会議①
「アレンティス=アインベルクを侯爵に叙する。加えてエルゲナー森林地帯をアインベルク領として下賜する」
ローエンシア王国の王城にある会議室において国王ジュラス=ローエンが発した一言は室内にいる者達のほとんどを動揺させる。
動揺していないのは発言したジュラス王、王国宰相エルマイン公、軍務卿レオルディア侯ぐらいである。あとの出席者は国王の発言について困惑している。
確かに今回のゴルヴェラの撃破し、ジルガルド地方の失陥を未然に防いだ功績は絶大なものだ。
だが、男爵家であるアインベルク家をいきなり三つも爵位を上げるのはやり過ぎだろう。
「お待ちください!!」
声を上げたのはハザル=フィラ=ハッシュギル侯爵だ。ハッシュギル侯爵は古くからローエンシア王国に仕える名家であり外交関連を担っている一族の一つだ。
「何かな?ハッシュギル侯」
ジュラスの反応は予想通りという反応を示す出席者達にとって苛立たしいものである。
「何ではありません!!アインベルクを侯爵に叙するなど私は反対です!!」
ハッシュギル侯はジュラス王の態度にも今回の提案にも納得していない、そのため当然ながら声に険がこもるのも当然だった。
「理由は?」
対するジュラスは涼しい顔である。
「いくらなんでも爵位をいきなり三つも上げるというのは前例がございません!!」
「ふむ、前例がないか…」
「はい、陛下にはなにとぞご再考を!!」
ハッシュギル侯の言葉にシーグボルド公も相づちをうつ。
「陛下、ハッシュギル侯の言い分も最もでございます。信賞必罰は世の常でございます。私にはアインベルクがそこまでの功績を挙げたとは思えませんな」
シーグボルド公は堂々とした口調で国王に言う。
「ふむ、他に反対する者は?」
ジュラス王が言うと何人かの国家の重鎮が意見を言う。
「いくらなんでも侯爵位は厚遇しすぎでございます」
「アインベルクが功績を立てたというのは事実でしょうが本当に彼が立てた功績なのですかな?」
「アインベルク卿はアディラ王女の嫁ぎ先…と言うことでございましょう?」
「そもそも墓守如きが何故、ゴルヴェラ討伐に参加しておるのだ、越権行為も甚だしい」
口々にジュラスの提案に異論が噴き出している。だが、ジュラス王は不機嫌になるどころか涼しい顔を崩さない。それが出席者の貴族達には不気味に思える。次々と改革を行いローエンシア王国を順調に発展させているジュラス王の手腕を貴族達は軽く見ているわけではなかった。
「ふむ、諸君らの意見は聞いたが、私のこの件で譲るつもりはまったくない」
ジュラス王の言葉に出席者は色めき立つ。
「陛下!!」
シーグボルド公がさらに意見を言おうとするのをジュラス王は片手をあげて制する。
「面倒だが諸君らを一人一人を論破していくことにしよう」
ジュラスの宣言に意を唱えた貴族達は戸惑う。
「さて、まずはハッシュギル侯からだ」
ジロリと睨まれハッシュギル侯の背中にゾッとするものが走る。
「卿は、前例がないと申したな?故に反対であると」
「はっ」
「では聞くが、この度、ゴルヴェラ11体を討ち取った程の功績を上げた者の前例を答えよ」
ジュラスの言葉にハッシュギル侯は息を呑む。そのような大功を上げた者など存在するわけないのだ。第一ゴルヴェラが11体が行動を同じくするという例も今まで存在しないのだ。
「ございません…」
「そう、前例のない大功を上げた者に対して前例のない恩賞を与えることがそこまで不思議なことか?」
「…いえ」
「それでは前例の話はこれで終わる」
ジュラス王はさっさと話を打ち切る。咄嗟にハッシュギル侯が反論できなかった以上、打ち切ってしまった方が良い。蒸し返されても面倒だし、この際道理には引っ込んでもらおうとジュラス王は考えていたのだ。
「次にシーグボルド公」
「はっ」
「卿の反対理由もハッシュギル侯と似ているな。『信賞必罰』と言っていたな」
「はっ、陛下、私は「シーグボルド公はゴルヴェラ一体を討ち取るのに一体どれほどの兵力が必要か知らぬのだな」
ジュラス王はシーグボルド公の話に被せてることで言葉を封じた。とんでもない非礼な行動でありジュラスは普段、絶対に行わない行動だ。
「な…」
「申してみよ、ゴルヴェラ一体討ち取るのにどれ程の兵力が必要かを」
シーグボルド公は戸惑う。ゴルヴェラ一体を滅ぼすにあたり一軍が当たらねばならないという事は聞いたことがあった。
「確か…一軍と」
「という事はゴルヴェラ11体を討ち取るには11軍必要と言う事になるな」
「…はい」
「さて…そこでシーグボルド公に質問だ。我がローエンシアの国軍すべて合わせて何軍だ?」
「…8軍でございます」
「そうだな…では国軍すべて動員しても勝てないという事になるな」
ジュラス王の言葉は実の所、単なる屁理屈にすぎない。実際に8軍いればゴルヴェラを討ち取ることも可能なのだ。だが、それはここで言う必要はない。
「それでは国軍すべて投入して勝てない相手を討ち取ったアインベルク卿の功績が侯爵位に相応しくないか?」
「相応しいと…言えます」
シーグボルド公の言葉は論破された事を認めたに等しい。
「それでは問題ないな。次」
ジュラス王はまたしても意見を打ち切る。
「さて、ドッズ伯爵」
ギロリとジュラス王はドッズ伯爵を睨みつける。声のとげとげしさは先程の比ではない。なぜここまで声に険がこもっているのかドッズ伯爵は困惑する。
「貴様はどうやら王族に弓引くつもりらしいな」
ジュラス王の言葉にドッズ伯爵のみならず反対意見を述べた貴族達は震え上がる。
「へ、陛下、私は…そのようなことは決して」
「ほう…先程貴様は自らの口で申したではないか」
「え?」
ドッズ伯爵の顔色は青を通り越し土気色になっている。なぜここまでジュラス王に睨まれねばならないのかまったく心当たりがないのだ。
「貴様は先程『本当に彼が立てた功績か?』と言うたではないか」
「はっ」
確かに先程、その事を言ったがそれがなぜ王家に弓引くことになるのかが理解できない。
「今回のゴルヴェラ討伐の結果を報告したのは王太子アルフィスだ。その報告を貴様は信用できぬと申したのだぞ。つまり我がローエン家を信用できぬという事であろう?」
すさまじい論理の飛躍であった。ジュラス自身もその事を当然理解している。もちろんジュラスは本気でドッズが叛意を持っているなどとは思っていない。相手を動揺させるための言葉である。
「陛下、ドッズ伯は我がローエンシアの忠臣にございます。叛意など微塵もないと私は断言させていただきます」
ジュラスに異を唱えたのは宰相であるエルマイン公である。
「ほう…宰相は我が王家の報告を信用しないと断言するドッズを忠臣というか」
ドッズ伯爵の顔色はすでに土気色になっていたが泥色まで落ち込んでいく。もはやドッズの救いは宰相であるエルマインだけである。
「はい、恐らくは報告したのはアインベルク卿と勘違いしたと思われます。まさかアルフィス王太子殿下が報告したとは夢にも思わなかった事かと…」
エルマイン公は恭しくジュラス王に進言する。その言を受けてジュラス王はドッズを見やる。ドッズへと注がれる視線に僅かながら柔らかさが混ざる。
「今、宰相が申したことに相違ないか?」
「ははぁ!!王家への叛意など微塵も思っておりませぬ!!」
もはやドッズは大げさなぐらい深々と頭を下げる。
「そうか、世も少しばかり短慮であった。許せ」
ジュラス王の謝罪を受け、ドッズはさらに頭を下げる。もはやこの場はジュラス王が完全に支配していた。ジュラス王の交渉術は実の所、屁理屈をこね、予想していなかった方向から切り込むというかなり、いやものすごく質の悪いものである。ジュラス王はこのあたりの流れを掴んでからの攻めに転ずる姿勢がものすごく得意であった。
一度、流れを掴めばさらに踏み込むのがジュラス王のやり方だ。ある意味、次の言葉がジュラス王が狙っていた言葉である。
「さて、諸君らにはそろそろアインベルク卿を正当に評価する事を命ずる」
ジュラス王の言葉に国家の重鎮達は沈黙した。




