閑話~デート:レミア編①~
レミアは朝からご機嫌だった。
理由は明らかである。アレンとのデートが今日だからだ。レミアはこの間のフィアーネが本当に幸せそうにアレンと腕を組んで帰ってきたのを見たとき、本当に素直に羨ましいと思った。
私もあんな心から幸せな笑顔をアレンに向けたいとレミアが思ったのも不思議ではないだろう。
そしてついにその日を迎えたのだった。
レミアはまだ日が昇る前に起きると準備を始める。この日のために購入した白いワンピースにフィアーネの母であるフィオーナの製作したイヤリングを耳につけ、薄い化粧を施す。
もともと、レミアの肌はきめ細かくほとんど化粧を必要としないのだが、今日のデートではかなり気合いが入っているので化粧をする事にしたのだ。
入念な準備を終え、姿見の鏡の前に立つといつものボーイッシュなレミアではなく、年齢相応の可愛らしさを持つ一人の美少女が出来上がった。
レミアは自分の容姿を決して酷いとは思ってはいなかったが他の婚約者の容姿がずば抜けていたので密かな劣等感を持っていたのだ。もっとも他の婚約者達からはレミアのクールな美しさに羨望のまなざしを受けているのだが、レミアはその視線さえも気を使ってのことだろうと思っていた。
可愛いもの好きな一面を持つレミアも今の容姿に安堵する。いつもの格好も嫌いではないが、時々はこのような格好をしたくなるのだ。
「よし!!」
姿見の鏡の前でクルリと一回転する。おかしいところはどこにもない事を確認したのだ。
レミアは自分の準備が終わると可愛らしいポシェットを持ち、アインベルク邸を出る事にした。夜明け前に準備を始めたが、いつの間にかかなりの時間が経ったのだろう。すでに空は明るくなっている。
「急がなきゃ」
レミアは一言言うとドアを開けて待ち合わせ場所に向かう事にする。
「おはようございます。レミア様」
廊下で会ったキャサリンがレミアに一礼する。レミアの格好を見ると微笑む。
「おはようございます。キャサリンさん」
レミアはキャサリンに挨拶を返す。
「良くお似合いですよ。レミア様、これならアレン様も見惚れることは間違いないと思います」
「本当ですか!!よし、それじゃあ言ってきます!!」
レミアは気合いの入った声でキャサリンのとなりをすり抜けるとアインベルク邸を出て行った。
その様子をキャサリンは微笑ましげに見つめている。
(アレン様がレミア様の今日の格好を見たらお喜びになるでしょうね)
キャサリンは頬を緩めながら朝食の準備に取りかかった。
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レミアは待ち合わせの場所に2時間30分程前に到着した。場所は王都の中心にある噴水のある広場だ。この場所は恋人達が待ち合わせによく使われる場所だったのだ。
ただレミアがこの噴水の場所に来たのは待ち合わせより遥かに早い2時間30分前の7時30分である。さすがにこの早朝と呼んでも差し支えない時間から待ち合わせをするような者はレミア意外にはいない。
レミアは噴水の襟に腰掛け、そこでポシェットに入れてきた本を読み始める。レミアの荷物の中には時間を潰すために本を2冊入れている。
レミアはどうせなら待ち合わせをしたいと考えており、前日にアレンにその旨を伝えていたのだ。そして、着飾った姿をここで披露したいと思っており、アレンが起きる前にアインベルク邸を出たのだ。
その際に、アレンが早く来てしまっては気分が出ないので、絶対に気を使って早い時間に出ないようにアレンに念押ししていた。
レミアの提案にアレンは「同じ家に住んでいるのだから一緒に出よう」と言ったのだがレミアはそれを固辞する。どうやらレミアには憧れていたシチュエーションがあるらしい。
(う~楽しみ~アレンは今日の私を褒めてくれるかな♪)
レミアはホクホク顔でアレンを待ちながら本をめくる。内容はほとんど頭に入ってこないのだが、それでもめくる手は止まらなかった。
(あ~いいわ、ただ待つ時間もデートだとこんなに楽しくなるのね)
レミアはただ待つという普通なら苦痛でしかない時間をも楽しんでいる。恋するレミアに常識など当てはまらないのだ。
1時間ほど経つと周辺も慌ただしくなってきた。何人かの恋人との待ち合わせと思われる男女が噴水の近くにいるようになる。レミアはそれらを横目でみながら、本をめくっていく。
「ごめ~ん、待った~?」
レミアと同じぐらいの年齢の女の子が恋人の男に甘えながら謝っている。恋人の男の方も恋人が来たので頬を緩める。その姿は本当に幸せそうだ。
(えへへ~あと1時間ほどでアレンも来るわね。楽しみだな~)
レミアがそんなことを考えていると、二人の男がこちらに向かってくる。レミアは自分に用事があるとは思えなかったので本に目を移す。かなりページをめくっていたが、内容が頭に入っていなかったので、もう一度戻ることにしようとページを戻したところで声をかけられる。
「君可愛いね。俺達とどっかに行かない?」
レミアは自分の事とは思っていなかったので、本から目を離さない。どうやらそれが男達は気に入らなかったらしい。
「おい!!聞いてるのか?」
男は先程よりも大きな声でレミアに詰め寄る。
「え?」
レミアは自分に声をかけていたことに気付くと本から目を離し男達を見つめる。男達は20になるかならないかという感じの年齢に見える。だが、あまりまっとうな人間には見えない。何というか裏社会の人間のように見える。
「なんでしょうか?」
レミアの戸惑いがちな返答に男達は嫌らしい嗤いをする。レミアの戸惑いは恐怖とは無縁のものであり『どこかで会いましたっけ?』という戸惑いだったのだが男達は男慣れしていないために戸惑っており強引に行けばものにできると考えたのだ。
「君さっきからずっとここに居るよね?」
男の一人がレミアになれなれしく声をかける。さっきからずっと居るのはアレンとの待ち合わせ場所だから当然だ。
「ええ、人を待っていますので」
レミアは柔らかく言う。
「もう来ないと思うな」
もう一人の男がレミアに言う。レミアは決めつける男に少し苛つくが表面上はあくまで穏やかに返答する。
「いえ来ますよ。待ち合わせ時間までまだありますので」
レミアの言葉を無視して男達はレミアの両隣に座る。男達の距離はレミアの体に触れている距離だ。
「ちょっとなんでここにに座るんですか」
レミアの抗議に男達はニヤニヤしながら答える。
「え~だってここは公共の場だもん。どこに座ろうが俺達の自由じゃん」
男の言葉にレミアはピキッと忍耐の器がひび割れるのを感じる。時間の無駄である事を察しレミアが席を立とうとすると男の一人がレミアの手を掴む。
「おいおい、つれないな」
男のニヤニヤした嗤いがレミアの不快感を一気に上昇させる。こういう輩は誠意をこめて『迷惑ですから止めてください』といっても調子に乗る輩だ。殴りつける方が早いと判断したレミアが実行に移す前に声がかけられる。
「レミア、待たせたな」
声をかけたのはアレンだ。アレンは朝起きてすでにレミアが出かけた事を知るとすぐに用意をして待ち合わせ場所に向かったのだ。しかし、レミアの言葉を無下には出来なので陰に隠れて様子を伺っていたのだ。
「アレン!!」
レミアの声が弾む。アレンの登場にも関わらず男はレミアから手を離さない。
「そっちの人、レミアの手を離してくれるかな。これからデートなんだ。邪魔するなんて野暮だぞ」
アレンの言葉に男達は不快気に顔を歪ませる。
「おいガキ、邪魔するなよ。この女は俺達と遊ぶってさ」
男の言葉にレミアは不快気な表情を浮かべる。誰がいつそんな戯言を言ったのだ?と殴りつけたい気持で一杯だった。実行しなかったのは今日がアレンとのデートだったからだ。
「う~ん、あんまり調子にのるとズタボロにしますよ?」
アレンの言葉は慇懃無礼の見本ともいうべきものだ。
「はぁ?お前誰に物言って…」
アレンは男の首筋を掴む。優しく触れているだけであったが男はその意図を嫌が応にも思い知らされる。
「早くレミアからその汚い手を離すんだ。お前らがいくらアホでも離さなかったらどうなるかぐらいの判断は出来ると期待しているぞ。まぁ判断できないというのなら…な?」
アレンの言葉に男達は息を呑む。アレンが男の首に優しく触れたのを男はまったく気付かなかったのだ。気がついたらアレンの手が首にかかっていたのだ。
「で?俺とすればこのままお前の首を…でも良いんだが?」
アレンの言葉に男はゴクリと喉をならしてレミアから手を離す。そしてアレンはすかさずレミアの腰を抱き寄せるとレミアはアレンの腕の中に収まった。抱きしめられている事に気付いたレミアは真っ赤になる。
レミアはアレンの顔を見上げると見惚れる。
「さ、お前達はもう用無いだろ?さっさと向こうに行け」
アレンの言葉は静かだが男達二人はかなり恐怖心を刺激されたらしい。そそくさと離れていく。
男達が去るのを確認してからアレンはレミアを未だに抱きしめている事に気付くと急に恥ずかしくなったのか顔を真っ赤にすると体を離す。頭をかきながらレミアに謝罪の言葉を言う。
「ごめんなレミア、遅れて不愉快だったろ」
「ううん。助けてくれてありがとう」
レミアも顔を真っ赤にしながらお礼を言う。
「でもどうしてここに?まだ1時間くらい待ち合わせにはあるわよ」
レミアが首を傾げながら言う。
この質問にアレンはバツが悪そうに答える。
「実はレミアがもう出かけたと聞いて慌てて用意して屋敷を出たんだ」
アレンの言葉にレミアは微笑む。しかし、約束の時間まで1時間以上あるので今まで出てこれなかったのに、男に絡まれたので出てきたというわけかとレミアは事情を察する。
「えへへ、でもアレンが助けてくれて嬉しかったわ」
レミアの笑顔にアレンも微笑む。
「さて、それじゃあ行こうか」
「うん♪」
アレンとレミアのデートが予定より1時間早く始まったのだった。




