閑話~デート:フィアーネ編②~
アレンとフィアーネは寄り添いながら王都を歩く。
周囲の人々特に男性はフィアーネにまず目を奪われ、次いでアレンに嫉妬のこもった目を向けるというのはもはや定番だった。
アレンはその視線を受けるのをもはや当然のように思っている。フィアーネに限らず、自分の婚約者達の美貌を考えればこの程度の嫉妬を受けるのは当然と割り切るしかないのだ。
アレンとフィアーネが向かったのは様々な小物が置いてある雑貨屋『リッカの店』だった。
この雑貨屋は店名の示すとおりリッカという女性が開いている店で、決して高価ではないが趣味の良いハンカチーフやスカーフ、リボンなどが置いてあり、女性に人気のある店である。
実はフィアーネはこの『リッカの店』が大のお気に入りで、すっかり女主人のリッカとも顔なじみである。
カランカラン
フィアーネが店の扉を開けるとドアにつけられた来客を告げる鐘がなる。
「あら、フィアーネちゃん、いらっしゃい」
カウンターに座っていた主人のリッカが顔を綻ばせフィアーネを迎える。
リッカは40代前半の女性で、人の良さが全身から漏れ出しているといった印象を受ける。夫のアルグは商人で買い付けに1ヶ月の半分は家を空ける。子育てが一段落したために時間が出来たために、雑貨屋を経営しているのだ。
リッカの人柄と品物の趣味の良さのために売り上げは上々で若い女性達で店内はいつも賑わっている。
「おや、そっちの男の子がもしかしてアレン君かい?」
リッカがフィアーネにニコニコと人好きのする笑顔を向けてくる。
「はい、ふっふふ~私の婚約者のアレンです」
フィアーネは幸せそうにアレンを紹介する。店内にいる女性の客達がチラリチラリとこちらを見ているのを感じる。どうやらフィアーネの事を知っている客らしい。その事でアレンはフィアーネがこの店の常連である事を察する。
「おや、そうなのかい。初めましてアレン君。君の事はフィアーネちゃん達からいつも聞いてるよ」
リッカはニコニコとした笑顔でアレンに挨拶する。
「初めまして、アレンティス=アインベルクです。みんながお世話になっています」
アレンは丁寧な挨拶を返す。アレンは敵には容赦しないが、それ以外の人には非常に礼儀正しい。傍若無人に振る舞い相手を意味なく不快にさせるのはアレンの美学に反するのだ。だが、この美学は別の言い方をすれば意味があれば不快にさせるのも辞さないという事を意味していた。
「おやおや、貴族様と言うから偉そうな御方かもしれないと心配していたけど、そんな事無かったね」
カラカラとリッカは笑う。このような軽口を叩くのもフィアーネ達からアレンの為人をある程度把握していたからだろう。にも関わらず決して軽薄な印象をうけないのは客に対する敬意があるからだろう。
(客商売のプロはやはり違うな)
「それじゃあ、邪魔をするのも何だし、ゆっくり見ていってくださいな」
「「はい」」
アレンとフィアーネはリッカの言葉に返事をすると店内の品物を見て回ることにする。フィアーネの見ているのはリボンだ。結構、フィアーネはリボンが好きだったりするのだ。アレンも髪を結ぶリボンを似合っているものはきちんと褒めるためにさらにのめり込むようになっていたのだ。
「これどうかな?」
フィアーネが見せたのは藍色のリボンだ。ここで『良いんじゃない』とか適当な意見を言うと結構フィアーネはご機嫌斜めになるのだ。
「そうだな…」
アレンはフィアーネの銀髪に結ばれた藍色のリボンを想像して考え込む。アレンもそこまでファッションに自信があるという訳ではないのだが、それでも似合うか似合わないかの意見を言うぐらいはする。こういうのはセンスの問題ではなくてアレンがフィアーネのために考えるという事が大切なのだ。
「いつものゴスロリファッションならせっかくの藍色のリボンが活かせないと俺は思う。だが、今日のフィアーネの格好ならありだな」
アレンの言葉にフィアーネは嬉しそうに微笑む。
「そっか、じゃあリッカさん…」
「待て、フィアーネ」
フィアーネがリッカに藍色のリボンを購入しようと声を掛けかけたのだが、それをとどめたのはアレンである。
「どうしたの?」
「せっかくだがら、こっちもどうだ?」
アレンの差し出したのは淡い青紫のシルク製のリボンだ。今日の蒼色のワンピースのバランスを崩すことないものだ。
「買うわ!!」
即答であった。フィアーネにとってアレンが選んでくれたものなのだ。買わないという選択肢は存在しないのだ。
フィアーネはホクホク顔でリッカのところにアレンの選んだリボンを持って行こうとするのをアレンがまたも止める。
「フィアーネ、これは俺に贈らせてくれ」
アレンはフィアーネから選んだリボンを受け取るとリッカのところに向かい、購入を伝える。
「良かったねぇ。フィアーネちゃん」
ニコニコと笑いリッカはフィアーネに言う。
「えへへ~♪」
フィアーネは嬉しそうに微笑む。アレンはその様子を見て、こんなに喜んでくれるのならもっと早く出かければ良かったなと思う。
購入したリボンをフィアーネは大事に胸元に抱えるとリッカに『また来るね~』と挨拶をしてアレンとフィアーネは店を出る。
その後も街を散策しながら楽しい時をアレンとフィアーネは過ごす。そして小休止を入れようと言う事になり王都の中心にあるカフェで軽く食事をとる事にする。
その道の途中に一人の女の子にアレンとフィアーネの目は止まる。その女の子は3歳ぐらいで目に涙をため、周囲をキョロキョロと不安げに見渡している。
「ねぇ、アレンあの子…」
「ああ多分、迷子だな」
アレンとフィアーネはその女の子の近くに行きフィアーネが優しく声をかける。こういう場合、アレンよりもフィアーネのような美少女が声をかけた方が相手も怖がらないだろうという判断からである。
「どうしたの? お父さんかお母さんは?」
フィアーネの優しい声に緊張の糸が切れたのか女の子は泣き始めた。
「おとうしゃまとおかあしゃま、おにいしゃまもいないの!!うわぁ~ん」
泣き始めた女の子をフィアーネは優しく抱きしめると背中を撫でることで安心させようとする。
「はぐれちゃったのね。お姉ちゃんがあなたのお父様達を探して上げるから安心してね」
フィアーネの優しい声に安心したのか女の子は小さく頷く。ぐすぐすという声はするが、先程のような大きな泣き声はひとまず収まった。
「よし、じゃあお嬢ちゃんの名前をお姉ちゃんとお兄ちゃんに教えてもらえるかな?」
「メイベル…」
「メイベルちゃんね。お姉ちゃん達に任せてね」
「うん」
メイベルは安心したのか笑顔を見せる。子どもの笑顔は心を癒やす何かがあるのは事実である。
アレンとフィアーネはメイベルの両側に立ち、それぞれ手をつないでメイベルの家族を探し始める。その時にメイベルから色々話を聞き、覚えがあるかどうかを聞きながら探し回る。
途中で衛兵の詰め所に行こうかとも考えたのだが、メイベルの話からそれほど遠く移動していない事を察し、近辺を探すことにした。
「メイベル!!」
「良かったメイベル!!」
「メイベル、こんな所にいた!!」
1時間程探したところでメイベルを呼ぶ三人の声がする。アレンとフィアーネは声のした方を振り向く5歳ぐらいの男の子を連れた夫婦がいた。それを見たメイベルの顔が安堵感のために綻ぶ。
「おとうしゃま~おかあしゃま~おにいしゃま~」
メイベルが嬉しそうに笑うと男の子の手を引き夫婦が急ぎ足でこちらに駆けてくる。アレンとフィアーネはメイベルの手を離すとメイベルは家族の元に駆け出す。
父親はメイベルを抱き抱え再会を喜んでいる。
「あのねおとうしゃま、あのおねえしゃんたちがね。えとね」
メイベルの言葉に父親と母親はアレンとフィアーネに近づくと頭を下げる。
「ありがとうございます。メイベルと一緒に私達を探してくれてたんですね」
「あ、はい」
父親の話だとこの一家は王都の親戚を訪ねてきたらしい。そのついでに王都の見物をしていたところメイベルとはぐれて探し回っていたらしい。
なれない街であったので、あっちこっち探していたため、逆にすれ違いのような形となった事が多々あったようだった。
「いずれにせよ。無事に家族の方に会えて良かったです」
アレンが言うと夫婦は微笑む。
「ばいば~~い、おねえしゃん、おにいしゃん」
メイベル達家族は何度もお礼を言い、メイベルは父親に抱かれて手を振りながら去って行く。
メイベルと父親が抱き、母親と父親と手を結んで去って行くメイベル達家族を見て、アレンとフィアーネは胸に暖かなものを感じる。
「良かったわね」
「ああ、大変だったが、無事に見つかって良かったよ」
空を見るともう太陽は西に傾き始めている。もうそろそろ帰る時間だった。
「ねぇ…アレン」
フィアーネがアレンに言う。
「何?」
「いつか、私もメイベルちゃんみたいな娘が欲しいな」
「俺もだ」
「でもアレンに似たら凜々しい子になっちゃうわね。それはそれで嬉しいけど♪」
「フィアーネに似たら大丈夫さ」
「えへへ♪」
フィアーネは照れたように笑うとアレンの腕に自分の腕を絡める。
「さぁ、帰ろ。キャサリンさんの作ってくれる夕食が待ってるわ」
「ああ」
アレンとフィアーネはゆっくりと家路を歩く。この暖かい気持が共有できたことがアレンにとってもフィアーネにとっても何よりも嬉しかった。
今日のフィアーネの顔はアレンが見た中で最も幸せそうに見えたのだった。




