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命名

 ルジアムでの処理を終えアレン達が王都に帰還したのは、結局すべての戦闘を終えて8日後である。


 すでにアレン達がゴルヴェラを討ち取ったという話は王都に届いていた。


 戦闘に参加した者の中にアルフィスやアディラの名前があると王家の名声は天井知らずで上がっていった。


 またアレンの功績も王都の市民達は正確に知っており、その名声もアルフィス達に負けず劣らずはね上がった。こうしてアレンもまたジルガルド地方を救った主要人物として知れわたったことで、疎まれたアインベルク家の当主という評価はひっくり返ることになったのである。


 あまりのアレン達を称える声の高まりに、逆にアレンは裏事情を考えずにはいられない。思い至ったのは国王ジュラスだった。あの食えない国王は今回の件を使って長年の悲願を達成するつもりだという事を察した。


 困った事にジュラス王のやろうとしていることは対外的にはアレンに不利益を生じさせるものでは無い。それどころか国王がアレンをどれだけ厚遇しているか国内外に示すことである。つまり、アレンにはジュラス王の目的を防ぐ大義名分がないのだ。


 その事を察しアレンは結局の所、ジュラス王が一番美味しいところを持っていった事を察した。


(やっぱり食えない人『達』だな…)


 アレンは厳しすぎる自らの教師達の顔を思い浮かべる。確実にジュラス王だけでなくエルマイン公、レオルディア侯もからんでいる事だろう。


「まぁ…しょうがないか…まだまだあの人達と張り合うのは無理だな」


 アインベルク家のサロンで婚約者達とちょっとした茶会を楽しんでいるところにアレンはそっと呟いた。


「どうしたの?」


 レミアがアレンの小さな呟きを聞き尋ねる。レミアの問いに全員の視線がアレンに集まる。今、この場には婚約者の全員が顔を揃えているのだ。


「ああ、みんな恐らく今回の件で俺は爵位が上がるぞ…」

「「「「え?」」」」


 アレンの言葉に婚約者達は揃って呆けた声を出す。普通に考えれば爵位が上がる事は喜ばしいことなのだが、アインベルク家は代々、爵位が上がる事を辞退し続けた家なのだ。そしてアレン自身も地位に執着することは決して無いのだから、当然、爵位が上がる打診を受けても辞退すると思っていた。


「アレンいつもみたいに辞退しないの?」


 フィアーネがアレンに尋ねる。


「いや、今回は無理だな。完全に外堀を埋められている」

「どういうこと?」

「王都に帰ってきたときに俺の名声も上がってたろ?」

「確かにそうね。王都の人達がアレンを褒め称えているんだから私も嬉しくなっちゃったわ」

「手際が良すぎないか?」

「え?」

「考えても見ろ。俺達がルジアムに戻って色々な処理をしてから王都に戻るまでわずか6日だ。発表までの期間が短すぎる」


 アレンの言葉にフィリシアが賛意を示す。


「確かにそうですね」

「だろ?と言うことはジュラス王は俺達が魔将討伐に出発してからすぐに発表の準備を始めたんだ」

「でも、お父様はなんでそんなに急いだのかしら?」


 今度はアディラがアレンの意見に疑問を呈した。


「俺の名声を上げることで叙勲を断らせないようにするためだな」

「?」

「つまりここまで俺の名声が高まった以上、俺は叙勲を受けざるを得ないんだ」

「どうして?」

「おそらくジュラス王は俺に『ここまでお前の名声が高まってしまった以上、お前の爵位を上げないと格好がつかない。今度こそ受けてくれるよね?』という類の事を言うはずだ」「それでもアレン様なら断る事もあると思うのですが…」


 アディラが首を傾げる。いつものアレンならそれでも辞退すると思ったのだろう。


「そこでさっきも言った通り外堀を埋められていると言うことだ」

「外堀ですか?」

「ああ、ここまで名声が高まっている以上、参加した者達にはまず間違いなく恩賞が下されるだろう。近衛騎士の皆さんは間違いなく昇進するな。だが、俺が受けなかったらどうなる?」

「それはあの方達はアレン様が受けなければ受けづらいですよね…」

「そう、今度はジュラス王は『お前が受けなければ彼らの昇進も認められないよな?君は彼らの功績を無にするつもりか?』という類の論法で責めるだろうな」


 アレンは自分の栄達についてはほとんど関心は無いが、自分のせいで他者の栄達を阻むというのも嫌がるだろう。ジュラス王は今度はそこを衝くはずだ。


「お父様…」


 アディラが天を仰ぐ。


「というわけで多分、子爵か伯爵に俺はなると思う」


 アレンの言葉に婚約者達はそれぞれ頷いた。


「まぁ、考えようによっては呼び方が変わるぐらいよね」


 レミアの慰めにアレンは黙って頷く。ジュラス王がアレンを引き留めるのは国営墓地の墓守を担わせるためである事は間違いない。たとえ爵位が上がったところで、墓守の任を解かれることは絶対無い事は確信していた。


「そうだな…呼び名が変わるぐらいだよな」


 アレンが納得した所に、ロムがサロンに入室し来客を告げる。


「アレン様、『暁の女神』の皆様方がお越しでございます」

「え?」

「いかがいたしますか?」

「勿論会うよ。お通ししてくれ」

「はい」


 ロムは一礼すると『暁の女神』を呼びサロンを退出する。


「メリッサ、すぐに5人分の席を用意して、エレナはお茶の用意もお願い」


 アディラがメリッサとエレナに頼むと二人は一礼して準備を行う。ロムとキャサリンにはメリッサとエレナがある程度、アインベルク家で仕事をする事の許可をもらっていたのだ。


 程なくしてロムが『暁の女神』をサロンに案内してくる。すぐにメリッサが席を用意してエレナもお茶の用意を終える。


メリッサとエレナは侍女としての能力もアディラ付きに選ばれるだけあってずば抜けているのだ。


「アインベルク卿、婚約者の皆さん、お邪魔します」


 リーダーのリリアが一同を代表して挨拶をする。今日は戦いに来たわけではないので、みな女性らしい格好をしている。


「いえ、こちらこそ来ていただいて光栄です。それで今日はどうされました?」

「え~と…大変言い辛いのですが、うちのアナスタシアが婚約者の皆様方にご迷惑をおかけすることになりそうなので、お許しを頂きたいと思いまして…」

「ご迷惑ですか?」

「はい…」

「ちょっと、変な言い方は止めてよ。私はただ単にアインベルク卿の婚約者の皆さんをみんなに知って欲しいと思って行動しているだけよ」

「それが余計な事なのよ…さっさと謝りなさいよ」


 リリアとアナスタシアが揉め出す。さすがに喧嘩されては困るので、理由を尋ねる。


「どういうことです?」

「実はうちのアナスタシアが今回の件を冒険者達に話しているのです」

「はぁ…」


 どうも悪口を言っている感じはしないので何を謝る必要があるのかと不思議にアレンは思う。


「あっ…ひょっとして…」


 レミアが一つの事に思い至り呟く。


「どうした?」


 アレンが訝しげにレミアに聞く。


「ひょっとして私に『戦姫』という二つ名をつけたのって…」


 レミアの言葉にリリアが申し訳なさそうに言う。


「はい…うちのアナスタシアです」


 リリアの言葉にレミアはニヤリとする。リリアはかたくなに戦姫と呼ばれるのを避けたがっていたのだが、もはや本人がいくら拒否してもすでに定着してしまった以上、無かった事に出来なかったのだ。


「じゃあ、フィアーネやフィリシア、アディラにも二つ名をつけたんですね?」


 レミアは妙に嬉しそうだ。時々、フィアーネ達に『戦姫』と呼ばれてからかわれたので、みんなにもその気持ちを味わって欲しいと思っていたのだ。


「「「え?」」」


 フィアーネ、フィリシア、アディラの声が揃った。まさか自分達が二つ名をつけられてようとは思ってもみなかったのだ。


「それでアナスタシアさん、フィアーネはなんて二つ名にしたんですか?」


 レミアの言葉を受けてアナスタシアは自信たっぷりに答える。


「ふふふ…レミアちゃん、聞いて驚きなさい。フィアーネちゃんの二つ名は『雪姫ゆきひめ』よ!! 理由はゴルヴェラを一瞬で凍結する魔術の使い手である事とその雪の女王のような美しさをイメージしたのよ」


 アナスタシアは嬉しそうに語る。完全にスイッチが入ってしまったようだ。『暁の女神』の面々は黙って天を仰いでいる。フィアーネはその様子を呆然と眺めている。


「素晴らしいです!!アナスタシアさん、フィリシアは?」


 レミアもそれに食いつく。


「フィリシアちゃんは悩んだは…。候補は二つあったのよ『紅姫べにひめ』と『剣姫けんき』だったわ。『紅姫べにひめ』はもちろん容姿から、『剣姫けんき』は剣の腕前からよ…。結局、『剣姫けんき』こそが最も相応しいという結論に至ったのよ!!」


 アナスタシアはさらに自信たっぷりに言う。今度はフィリシアが呆然となる。


「素晴らしいです!!フィリシアにぴったりだわ!!アディラはどうなんです!?」


 レミアは異常な程乗り気だ。


「ふふふ…王女殿下は『月姫げっき』よ。元ネタはもちろん、弓を持って魔獣を狩る月の女神エスメルからの二つ名よ!!王女殿下の可憐な美しさも表現した二つ名よ」


 アナスタシアはもはや留まるところを知らない。アディラも月の女神エスメルに称えられたのはかなり恥ずかしかったらしい。女神エステルは絶世の美女と言われているのだ。


「さすが!!フィアーネもフィリシアもアディラもそれぞれ相応しい二つ名です!!」


 レミアの異常なテンションにアレンはようやくレミアがここまで乗り気なのかに気付いた。


(まぁ…悪口じゃないし、イメージを的確に表しているから問題ないよな)


 アレンは本人達は恥ずかしいだろうが、アナスタシアがつけた二つ名は自分の婚約者達を的確に表現していると思っていたのだ。


 フィアーネの『雪姫ゆきひめ』は、フィアーネが見せた新たな一面にあってるし、白皙の美貌の面から言っても的確だ。

 

 フィリシアの『剣姫けんき』も、フィリシアが剣を振るう姿は本当に美しい。『紅姫べにひめ』の方も似合っているがアレンとすれば『剣姫けんき』の方がより相応しいと思う。


 アディラの『月姫げっき』に至ってはもはやそれしかないだろうと言うレベルだ。


 もちろん、レミアの『戦姫せんき』もアレンは似合っているという感想しかない。


「アナスタシアさん…その私、女神エスメルに称えられるのは…ちょっと…」

「あの…私…姫というガラじゃないんで『剣姫けんき』と呼ばれるのは恥ずかしいんですが…」

「私もその…『雪姫ゆきひめ』はちょっと恥ずかしいんだけど、ものすごい深層の令嬢みたいな響きがあるし…」


 三人はそれぞれ感想を漏らす。正確に言えば自分以外の二つ名はすばらしいと思っている。


「何言ってるのよ!!みんな、せっかくアナスタシアさんがみんなの二つ名を考えてくれたんだからありがたく頂戴すべきよ。私だけ…あっ、コホン…とにかくアナスタシアさんの考えた二つ名はみんなに似合ってるの!!」


 レミアの漏れ出た本音に3人のジト~~とした視線が注がれる。だが、レミアはその程度ではへこたれない。切り札を使う事にしたのだ。


「アレン!!フィアーネの『雪姫』って二つ名はフィアーネに似合うわよね」


 レミアはアレンという切り札を使うことにする。


「ああ、フィアーネの『雪姫』という二つ名は決して過剰な表現じゃないぞ」

「え、あ、ありがと」


 フィアーネはアレンの言葉に頬を染める。レミアはその様子を見てさらにたたみかける。


「アレン、じゃあフィリシアの『剣姫』はどう?この二つ名もフィリシアにぴったりだと思うわ」


 レミアの問いにアレンはあっさりと賛意を示す。


「ああ、フィリシアには『紅姫』も似合うが、やはり『剣姫』の方がしっくりくる」

「あ、う…」


 フィリシアも頬を真っ赤に染める。


「じゃあアディラは?『月姫』なんて洒落てるわよね」


 最後のアディラの二つ名もアレンは賛同する。


「もちろん、アディラの『月姫』という二つ名もとてもアディラに似合ってるぞ」

「ありがとうございます!!アレン様が認めてくれるのなら私はそれで十分です」


 アディラは喜色満面と言った感じだ。レミアはすべてが上手くいき上機嫌だ。


「もちろんレミアの『戦姫』というのもレミアの凜とした美しさを表現した素晴らしい二つ名だと思うぞ」


 アレンの思わぬ言葉に自分が褒められるとは思っていなかったため不意をつかれて一気に真っ赤になる。


 その様子を見て『暁の女神』の面々はすっかり胸焼けを起こしているようだ。どうやらアレンと婚約者達との甘い雰囲気にやられたらしい。


「よし!!何はともあれ、皆さんの承諾が得られたと言う事で公認の二つ名という事で良いわね」


 アナスタシアが得意気に言う。フィアーネ達が惚けた今が絶好のチャンスとばかりにたたみ込むつもりらしい。


「ふっふふ~いいですよ♪」

「えへへ、アレンさんがしっくりくるって…」

「似合ってるって…ぐへへ~」

「凜としたって、ふふふ♪」


 こうして決まってしまった事にリリア達はアレンに少し申し訳ない気分になる。いくら喜んでいるとは言え、半分は不意をついたようなものだったからだ。


「あの…アインベルク卿、もし今後、私達で手助けできることがございましたら声をかけてください。今回の件もありますので最優先で受けさせていただきますので」


 リリアが申し訳なさそうに言う。


「あ、はい。また声をかけさせていただきますので、その時はよろしくお願いします」


 アレンも一礼する。


 『暁の女神』の面々は実力的に申し分なく、人間的にも素晴らしい人達だ。このような人達とお近づきになれたのは正直、望外の喜びだった。


 

 しばらくして正気に戻ったアレンの婚約者達はつい承諾してしまった事に身悶えする事になる。


 ちなみにアナスタシアはアレンに『黒の貴公子』という二つ名をつけようとしたらしいが全力で阻止させていただいた。


 この時、二つ名をつけられるというのは意外と恥ずかしいと言うことをアレンは実感し、アレンは心の中でそっと謝ることになったのである。

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