魔将Ⅱ⑳
アレン、アルフィスが剣を抜くとほぼ同時にエギュリムに斬りかかる。アレンはエギュリムの足を狙い、アルフィスは腕を狙う。
その際に2人は間合いを調節し、同士討ちになるような状況を一切作らない。長年の付き合いでお互いの間合いを正確に把握しているのだ。
凄まじい斬撃にエギュリムは剣を抜くが反撃をする事はできない。
アルフィスが間合いを詰め、絶え間なく斬撃を繰り出し、アレンが隙を見つけると斬撃を放つ。完全に流れをとられたエギュリムに呆気にとられていたズミュークがようやく我に返るとアレンに斬撃を繰り出す。
だが、その瞬間を狙ってフィリシアがズミュークに斬りかかる。不意をつかれた形のズミュークはフィリシアの鋭い斬撃に防戦一方となっていく。
「く…」
ズミュークはフィリシアの剣術の腕前が凄まじいことは先の戦闘を見て十分わかっていたようだったが、今の斬撃は先程の比ではなかった。先程までは周囲に気を配っての戦闘だったのだが、現在は全身全霊でこのズミュークに対応することができるのだ。
すでに状況はこちらに圧倒的に有利に傾いているのは明らかだ。この場にはアレン、フィアーネもいるしアルフィスも参戦している。この状況ならば一介の剣士として振る舞っても問題ではないとフィリシアは判断したのだ。
フィリシアの斬撃がズミュークの首を刎ねるために振るわれる。ズミュークはかろうじてその斬撃を躱すが、次の斬撃に備えフィリシアの剣に意識を集中した。ところがフィリシアは間合いに飛び込むと肘を顔面に叩きつける。
ドゴォ!!
まともにフィリシアの肘を食らったズミュークは後ろに吹き飛ぶ。そこにフィリシアの容赦ない追撃が行われる。
もはや、ズミュークは反撃など一切出来ない。ただフィリシアの斬撃を躱す事のみに意識を集中する。だが、所詮無駄な足掻きでしかなかった。
一方でレミアは同じ双剣使いのジュガへの攻撃を開始する。そして同時にフィアーネが『微塵』を振り回しギ・バラグへ攻撃を開始した。
一気に始まったアレン達とゴルヴェラ達の戦いを見ていたアディラ達は目を奪われている。
「やっぱり先生は凄いな…」
ウォルターが呟くと他の弟子達も頷く。シアもジェドも同様だ。自分達が強くなったという思いはあったが、実際にアレンの戦いを目の当たりにするとまったく近づいた感じがしないのだ。
だが、彼らは絶望しなかった。あの領域に少しでも近づきたいという思いが自然と自分の中からわき上がるのを感じていた。
「なんであんな動きが出来るんだ? 今、フェイント入れたよな?え?」
アルドが呟く。アレン達の戦闘ははっきり言って異常だ。動きが自分達とは完全に異なっているのだ。アレンがそうだというのはまだ理解できる。なぜならアインベルク家という特殊な一族が使う体術だ。我々と異なっていると言ってもまぁ納得出来る。だが、アルフィスはどうしてアレンと同系統の体術を使えるのかが不思議だった。
アルフィスの普段使っている体術は自分達のものと変わらない。もちろんレベルは自分達の使うものよりも遥かに高いのだが、今使っているのは明らかにアレンと同じなのだ。しかもその動きは流麗であり、まったく自然だった。この動きを見てしまえばむしろこの戦い方がアルフィス本来の動きである事は明らかだった。
普段使うアルフィスの体術こそ我々の動きを真似した結果である事をアルドは今更ながらに気付いた時、アルドは自分が仕える人物の底知れぬ実力に歓喜の感情が体の中を駆け巡った。『自分の主はこれほどの人物なのだ』と大声で自慢したい欲求を押さえ込むことに必死だったのだ。
「え?これ何?」
「あのフィリシアって娘もとんでもなく強いじゃない」
「強いなんてもんじゃないじゃない」
「アインベルク家に敵対なんかしちゃ絶対駄目ね」
リリア達もアレン達の戦いに目を奪われている。明らかに自分達とは一線を画す実力に驚いているのだ。そんな中、アナスタシアの声をリリアは耳に拾う。
「う~ん…『戦姫』…『雪姫』、『月姫』で…あの娘は赤髪だから…『赤姫』…だめね。優雅さが足りないわ…『紅姫』はどうかな…」
アナスタシアは二つ名をつけるのが趣味なところがあり、アレンの婚約者達の強さに完全に魅了され、それぞれに二つ名をつけようと思っていたのだ。
「あんたねぇ…勝手に二つ名をつける趣味はいい加減に控えなさいよ…」
「別にいいじゃない。人の趣味にいちゃもんつけないでよ」
リリアの窘めにアナスタシアが反論する。その様子を見て他のメンバー達はあきれ顔だ。
一行が観戦モードに移行し始めていたが、アディラはゴルヴェラ達の隙を探していた。このままいけばアレン達が勝利を収めるのは間違いない。だが、アディラは戦いに絶対はないことをアレン達から学んでいたのだ。だからこそ、アレンはあれほどの実力を持ちながらも決して手を抜かないのだ。その事を理解しているアディラもまたアインベルクの人間となるに相応しい娘であると言えるだろう。
「よし…」
アディラが短く言葉を発し矢を射る。
アディラの放った矢はジュガの右腕に突き刺さる。突如飛来した矢にジュガの動揺は大きい。ほぼ反射的にジュガは視線を矢が飛んできた方向へ向ける。
ズン…
その瞬間にレミアはジュガの腹に剣の一本を刺し込む。レミアがそのような隙を見逃すはずなかったのだ。
「ぐっ…」
ジュガの苦痛に呻く声は非常に小さなものであったが、エギュリム達に与えた衝撃は大きい。ただでさえ劣勢なのにこの段階でジュガがやられればもはや詰んだといっても良かった。
もう一本のレミアの剣が次の瞬間にジュガの首を斬り飛ばす。レミアの剣は何らひっかかりを生じることなくジュガの首を斬り飛ばしたのだ。首を落とされたジュガの体は二、三歩後ろによろめくと倒れ込んだ。刎ねられた首の切断面から血が噴き出し地面をぬらしていく。
「ジュガ…」
ジュガが倒れ込む瞬間を見たギ・バラグの口から絶望の言葉がつむがれる。
その瞬間にフィアーネの拳がギ・バラグの顔面を捉える。すさまじい衝撃にギ・バラグの意識は刈り取られそうになる。かろうじて持ちこたえたが、もはや戦いの帰結をギ・バラグは察していた。先程のレミアとの戦闘で思った以上に魔力を消費していたのだ。レミアの斬撃をふせぐために体全体を魔力で覆うことで防御力を上げていたのだが、レミアの双剣を防ぎきることは出来なかったのだ。
絶え間ない斬撃による怪我と魔力の消費は自分の想定以上に疲労を蓄積させていたのだ。
(くそ…あの女との戦闘がなければ…)
ギ・バラグは心の中で毒づく。だが、それが言い訳である事は誰よりも自分がわかっていた。おそらく万全の状況であっても自分がフィアーネに勝てないことを心のどこかで察していたのだ。
フィアーネはギ・バラグの心が弱気になり始めた事を察するとこの流れを逃すことなく、とどめをさす事を選択する。
フィアーネは微塵を振り回すと容赦なくギ・バラグの顔面に放つ。ギ・バラグの鼻先を微塵の分銅が掠めていく。その鋭さが自らの鼻先を掠めれば誰でもそちらの方に意識することになる。
その瞬間にフィアーネは踵でギ・バラグの脛を蹴りつける。突如意識していなかった部位に生じた痛みにギ・バラグは今度はそちらに意識を向けられる。そこに間髪入れずにフィアーネは一回転し裏拳をギ・バラグの顔面に叩きつけた。
グシャ…
何かがつぶれる音が周囲に響く。つぶれたのはギ・バラグの鼻だった。ギ・バラグはのけぞりフィアーネはとどめを差すために拳に魔力を集中する。もはやギ・バラグの意識は半分以上飛んでいる。そのためフィアーネの拳が大きく振りかぶられ見え見えの突きであっても躱す事は出来ない。
フィアーネの拳がギ・バラグの顔面を捉える。フィアーネの拳はギ・バラグの顔面を打ち砕く。ギ・バラグの頭部は粉々に砕け、頭部を失ったギ・バラグの死体は数メートルの距離を飛び地面に叩きつけられる。
「ふぅ…」
フィアーネは息を吐き出すと残りの戦いに目をやるとフィリシアの方も決着が付こうとしていた。
フィリシアの上段からの斬撃をズミュークが剣で受けようとする。
「くっ!!」
ズミュークの口から言葉がもれる。フィリシアの放った凄まじい斬撃による衝撃を予測しての事だった。
だが…ズミュークの剣にくるはずの衝撃はこない。
フィリシアの剣はズミュークの剣をすり抜けズミュークの頭を両断したのだ。
ズミュークの目には『信じられない』という感情のみが浮かんでいる。フィリシアの剣はズミュークを剣ごと両断したのではない。剣のその下にある頭部のみを両断したのだ。
フィリシアが使ったのはアレンの得意技である『陰斬り』だった。アレンにもしもの時のために技を教えてもらっていたのだ。最も、つきっきりで指導してもらうのを目的としていたのは否めないが、フィリシアは真面目に取り組むために『陰斬り』を完全にマスターしたのだ。
「初めて実戦に使ったけど上手くいきましたね」
フィリシアの声は淡々と事実を告げていた。ズミュークにとってこの上ない残酷な言葉だった。
エギュリムは仲間をすべて失った形になる。ところがエギュリムに仲間達の死を悲しむ余裕は一切無かった。アレンとアルフィスの攻撃が休むことなく放たれるからだ。
「くっ…」
エギュリムにとっては2対1であったが、アレン達は3対1のつもりだった。もう1人はもちろんアディラである。アレンとアルフィスは激しい攻撃を行いアディラから意識を逸らしただけでなく巧みに立ち位置を変えることでアディラに背を向けるとように誘導する。
(アディラ…頼むぞ)
(任せて!!アレン様!!)
アディラはアレン達の意図を正確に読み取ると矢をつがえ放つ。
アディラの放った矢はエギュリムの延髄の位置に突き刺さるとエギュリムは動きを止めた。
そこにアレンとアルフィスの剣が容赦なく振るわれる。アレンの剣は心臓を貫き、ほぼ同時にアルフィスの剣がエギュリムの首を刎ねる。エギュリムの首が落ちるときにその表情は無念という感情が含まれていたが意識を失ったときにすべての表情を消し地面に転がった。
アレンが剣を引き抜くとエギュリムの体は地面に倒れ込んだ。
「ふぅ…これで11体すべて討ち取ったな」
アルフィスが静かに言うとアレンも言葉をつむぐ。
「ああ、これでジルガルド地方の失陥はなくなったな」
「確かにな…ところでアレン」
アルフィスがアレンにニヤリと嗤い言う。
「覚悟しておけよ」
「ああ、ここまで来たら黙って従うさ」
「やっとか…親父様の悲願が達成されるな」
「まぁアディラと婚約した段階で遅かれ早かれこうなるさ」
アレンとアルフィスは不思議な会話を交わす。フィアーネ達はその会話を聞いて首を傾げる。フィアーネ達がこの会話の意味を知るのはもう少し後になってからであった。
今回で『魔将Ⅱ』編は終了です。
次回は後片付けになります。




