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魔将Ⅱ⑱

「助けてくれ!!頼む!!」


 地面に這いつくばり1人の冒険者風の男が慈悲を乞うていた。男の名はロイド=ハーミュン、『ミスリル』クラスの冒険者チーム『鋼』のリーダーだった男だ。いつもの彼を知る者はその卑屈さに驚いた事だろう。


 『だった』というのは彼が『鋼』のメンバーから追放されたからではなかった。『鋼』というチーム自体がすでに存在しないからだ。


 ロイドがひれ伏す周囲には、『鋼』のメンバー達の死体が転がっていた。生き残っているのはロイド1人だ。メンバーが1人しかいないチームなどもはやチームとは言えない。ミスリル冒険者チームの『鋼』は崩壊したのだ。


 ロイドを見下ろすゴルヴェラの名はジュガ、手には双剣を持ちすでにその双剣は血にぬれている。もちろんその血は『鋼』のメンバー達のものだ。


「無様だな」


 ジュガの露骨な嘲りにもロイドに怒りは湧かない。あまりにも一方的に『鋼』のメンバーを切り刻んで殺したゴルヴェラに恐怖しか感じなかったのだ。


「まぁ、生かしておいても仕方ないし殺しておくか」


 ジュガの言葉にロイドは涙を流しながら慈悲を再び乞う。だが、ジュガの行動は止まらない。


 ヒュン…。


 ジュガの双剣が振るわれ、ロイドの首が地面に落ちる。


「ふん、人間如きがゴルヴェラである俺に願い事など生意気な」


 ジュガの声には人間という種族に対する侮蔑しか込められていなかった。そこに仲間のゴルヴェラであるギ・バラグがやって来る。


「ジュガ、エギュリムから伝令だ。至急戻れという事だ」


 ギ・バラグの言葉にジュガは疑問を呈する。


「何かあったのか?」

「ああ、クルゴムドがやられたらしい」

「なんだと…」


 ギ・バラグの返答にジュガの声は自然と低くなる。


「それだけじゃない。リラムンド、ジ・バルもだ」

「まさか…」


 ジュガはかろうじて声を絞り出す。この戦場には自分達よりも強者が存在するというのだろうか。


「クルゴムドは何らかの術で操られエギュリム達のもとにメッセンジャーとして送り込まれたらしい」

「メッセンジャーだと?」

「ああ、クルゴムドの死体の口を使ってエギュリム達に伝言を伝えたらしい」

「死体を…」

「その中でアインベルクと名乗ったらしい」

「アインベルクだと?」

「ああ、どうやら俺達を迎え撃っているのはアインベルクというらしい」

「何者だ?」

「わからん。だが、死体を道具として扱うことに対して何ら忌避感を持っていない事は間違いないな」

「外道が相手という訳か…面白いな」


 ジュガはニヤリと嗤う。久しぶりに殺しがいのある相手だという思いがジュガの心に生じる。


「それで、他の奴等には伝えたのか?」

「ああ、反対側にいる奴等にはネルクが伝えに行っている」

「わかった。一度エギュリムの所に戻るとするか。お前はどうする?」

「俺も一度戻るつもりだ」


 ギ・バラグの言葉にジュガも頷き。ジュガは自らの魔獣に騎乗する。


 その瞬間に凄まじい魔力が弾けるのを感じ、ジュガもギ・バラグもそちらの方に目をやる。


「ネルクが向かった方だな」


 ギ・バラグが事も無げに言う。


「ふん、人間如きが中々がんばっているようだな」

「ああ、ネルクがやられるとは思えんが…リラムンド、ジ・バルもやられたという話だからな」

「…」


 ジュガの言葉にギ・バラグは黙る。確かにこの戦場で絶対的強者のはずの自分達の仲間がすでに3体も討ち取られた事を決して軽視して良いはずはなかった。


「援護にいくか?」


 ギ・バラグの言葉にジュガは首を横に振る。


「いや、必要ないだろ。ネルクは伝言を伝えにあちらに行ったのだろう?1人で戦うような事はしないだろうさ」

「そ…そうだな」


 ジュガの言葉を聞き、ギ・バラグも一応納得したようだった。


「とりあえず、エギュリムの元へ急ごう」


 ジュガが魔獣の手綱を操ると魔獣は走り出した。ギ・バラグもそれを見て走り出す。ジュガと違いギ・バラグは魔獣に騎乗していない。無手での戦いを好むギ・バラグは魔獣に騎乗することは滅多にない。


 途中でアンデッド達がジュガとギ・バラグに襲いかかるがそれらを文字通り蹴散らしエギュリムの元へ急ぐ。


 向かう途中でまたも凄まじい魔力の奔流を感じる。今まで経験した事の無いような強烈な魔力だ。先程の魔力も凄まじいものであったが今回のは確実に別物だ。今回の魔力の奔流は永久凍土を思わせるような雰囲気だったからだ。


「今のは…」


 ジュガが呟く。僅かながらその声に恐怖の感情が含まれている。その事をジュガは自覚すると苦笑する。


「急ぐぞ!!ジュガ!!」

「ああ」


 ギ・バラグもジュガを嗤わない。先程の魔力に恐れの感情をまったく持たない程、感覚が鈍っているわけではない。


(一体、アインベルクとは何者だ?)


 ジュガとギ・バラグは心の中でまだ見ぬアインベルクという存在を警戒し始めていた。


 魔獣を駆りそれからしばらく進むとエギュリムとズミュークが目に入る。ジュガは近くまで来ると魔獣から降りるとエギュリムに声をかける。


「エギュリム!!」


 ジュガに声をかけられたエギュリムは安堵した声で返答する。


「ジュガ、無事だったか!!」


 エギュリムの返答にジュガは動揺する。今、エギュリムは『無事だったか』と言ったのだ。つまりそれだけ状況は悪いと言えるのだ。いや、ひょっとしたら追い詰められていると言って良いのかもしれない。


「ああ、他の奴等は?」


 ジュガは状況が悪化していることを察していたが、それをエギュリムに伝えるようなことはしない。


「ジルゴルとネルクが…やられたようだ」


 エギュリムの言葉にジュガとギ・バラグは絶句する。


「ヴォルメルスとカイブルは!?」


 ギ・バラグはエギュリムに尋ねる。不安からだろうか、かなりその声は大きく詰問の一歩手前といった声色だった。


「あいつらは大丈夫だ。だが、ネルクがやられた事で現状が伝わらない」


 エギュリムの言葉にジュガもギ・バラグも頷く。ゴルヴェラは探知能力が意外と低い。自分達が強者であるという事実が探知能力を発達させなかったのだ。

 さすがに先程のような強大な魔力は感じる事ができるが、それは声をかけられれば反応をするというのとほとんど変わらないのだ。ちなみに気付いたのはズミュークだ。ズミュークは探知能力にかなり自信があるため、エギュリムの近くにいる事が多いのだ。


 エギュリムは完全に相手の戦力を見誤っていたことに気付いたのはリラムンドとジ・バルがほぼ同時刻に討ち取られた事に気付いたからだ。


 クルゴムドがメッセンジャーとして送り込まれ『各個撃破しやすい状況を作ってくれてありがとう』という趣旨のメッセージを、自分達を集結させ一網打尽にするための罠であると捉え、そのまま個別に行動させていたのだ。


 それから、しばらくしてリラムンドの無惨な死体がアンデッドに運び込まれ、それからしばらくしてジ・バルの死体も同じようにアンデッドに運び込まれたのだ。


 ジ・バルの死体は戦場で新たなゴルヴェラを探していたレミアとフィリシアが見つけるとリラムンドと同じようにアンデッドに運び込むよう命令していたのだ。


 立て続けに運び込まれた仲間の死体を見て、エギュリムはようやく各個撃破をし続ける戦力が相手にはあると言うことを認めたのだ。そのため、ゴルヴェラ達を集結させようとして比較的近くにいたギ・バラグとネルクに集結するように伝言を命じたのだ。


「信じられん…ジルゴルやネルクまでやられるとは…」


 ギ・バラグが呟いたところにまるで太陽が地上に降り立ったような光が周囲を照らす。その光が周囲を照らしたのはほんの1~2秒だったが、ゴルヴェラ達はそれが敵の攻撃である事を察していた。


「ヴォルメルス…」


 ズミュークの呟きに周囲のゴルヴェラ達は反応する。ズミュークの呟きの意味を理解していない者はここにはいない。だが、一縷の望みにかけてエギュリムはズミュークに尋ねる。


「ヴォルメルスがどうした?」

「わかってるだろう…ヴォルメルスが今、死んだ」


 突きつけられた現実に全員が息を呑む。自分達の仲間の半数以上がやられたというのだ。喪失感はあった。だが、それ以上にあったのは恐怖だった。


 自分達が相手にしているのは人間ではなかったのか?


 人間を見下す気持が人間の中にも強者がいるという事実を容易に認めることは出来ない。

 何とも言えない静寂が4体のゴルヴェラの間に生じる。その静寂を破ったのは爆発音だった。


 ドゴォォドゴォォォ!!


 遠くで爆発音が響いた。エギュリム達は咄嗟にズミュークを見るとズミュークが首を静かに横に振るのが見える。


「カイブルまで…」


 エギュリムは自分の仲間達の7人が敗れた事に衝撃を受けている。同時にエギュリムの心に『撤退』の言葉が浮かび、それを必死に心の奥底に沈めようとするが、何度沈めてもその言葉は浮かび上がってくる。


 そこにズミュークがエギュリムに進言する。


「エギュリム…相手の力量は凄まじく高いとみるべきだ。戦力の半分以上が失われた今、戦闘継続は自殺行為だ。撤退しよう」


 ズミュークの意見は最もだったがエギュリムの返答は賛成とは言えなかった。


「ズミュークの言葉は正論だ。だが、どう逃げる?」

「くっ…」


 エギュリムの言わんとする事をズミュークは正確に理解していた。森の街道からは一向に自分達の駒が来る気配がない。その事からすでに敵が街道に潜んでいるのは容易に想像がつく。

 つまり逃走経路がないのだ。


「ゴルヴェラはこれで全部かしらね?」

「そうみたいですよ。他のゴルヴェラはもう死んでいるようですし」


 そこに女の声が投げかけられる。女の声にエギュリム達は声のした方に視線を移すとそこには2人の少女が立っており、その周囲にはデスナイト、スケルトンソードマンのアンデッド達が付き従っている。


「貴様らが仲間達を殺した一味か?」


 エギュリムの声に剣呑なものが宿る。その声を聞いても少女達に動揺はない。


「ええ、そうよ。大鎌を持ったゴルヴェラは私達が始末したわ。本当にマヌケな最後だったわよ」

「レミア、あんまりあからさまに言うとこのゴルヴェラさん達は尻尾を巻いて逃げ出しますよ。そうすると面倒ですから立派な最期だったと嘘を言って騙くらかしましょう。どうせ頭が悪いゴルヴェラなんですから見抜けるような奴はいないでしょう」

「フィリシアも言うわね。そうね所詮はゴルヴェラなんだから騙せるわよね。でも、逃げるなら逃げるで良いんじゃないの? あの大鎌使いと同じように尻尾ごと斬り落としちゃいましょうよ」


 2人の少女の会話に聞き捨てならない箇所があり、ゴルヴェラ達は色めき立つ。


「貴様らがリラムンドの尻尾を斬り落としたのか!!」


 エギュリムが憤怒の声を上げ、ズミューク、ギ・バラグ、ジュガも声こそ出していないが同様に憤怒の表情をしている。ゴルヴェラにとって尻尾は種族の誇りを象徴するような大事なものだ。それを斬り落としたと言うのだからゴルヴェラという種族への最大の侮辱だったのだ。その事にゴルヴェラ達が憤るのも当然だったのだ。

 その圧迫感は凄まじいものであったが、レミアとフィリシアはまったく動じない。思い切り人の悪い笑顔を浮かべ言う。


「さぁてねぇ~どうだったかしら?フィリシア覚えある?」

「いえ?尻尾って何のことでしょう?」


 レミアとフィリシアの首を傾げながらの返答にゴルヴェラ達の怒りはさらに燃え上がる。


 レミアとフィリシアがここまでエギュリム達を挑発する理由は2つある。一つは冷静さを失わせることだ。冷静さを失わせることで隙を生じさせようという考えだったのだ。そして、もう一つは時間稼ぎだ。時間を稼いでアレン達がくるのを待っていたのだ。


「どこまでも人間如きが虚仮にしおって!!!」


 ギ・バラグが激高しレミアとフィリシアに殴りかかる。それを見てジュガも双剣を抜き斬りかかった。


「フィリシア…失敗ね」

「まぁ…半分は成功したんだから良しとしましょう」

「そうね」


 レミアとフィリシアもそれぞれ剣を抜きゴルヴェラ達を迎え撃った。



 ゴルヴェラ達との最終戦が始まったのだ。



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