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魔将Ⅱ⑰

 ちょっと時間がもどって戦闘開始直後の魔将視点です。

「妙だな…」


 エギュリムは仲間のゴルヴェラ達を見送ると独りごちる。その声に隣にいたズミュークがすかさず反応する。


「確かにな」


 ズミュークはそう言うと背後の森へと視線をおくる。自分達ゴルヴェラの駒の魔物達が来ないのだ。

 森を抜け平野に展開している魔物達はわずか500程だ。自分達の駒は約5000程いる。別働隊として800程を残してきたが、それでも約4000の魔物達が付き従ってるはずだった。


 だが、いくら待っても残る3500の魔物達が現れる気配はなかった。魔物達が現れない理由は、森の中の街道沿いに転がっている魔物達の死体がデスナイトに変貌し、行軍中の魔物達に襲いかかった結果だった。だが、この段階でエギュリムもズミュークも何があったかを知るはずもなかった。


 アレン達はできるだけ情報を与えないために魔物達の死体を森の出口から500メートルの地点に転がった死体をアンデッド化させていなかった。デスナイト達は発生した周辺に射た魔物達を手当たり次第に殺していったが、森の出口とは反対方向へと殺戮の歩みを進めていったのだ。


 訓練された軍でない事、様々な種族で進む速度が違った事、森の中の街道は曲がりくねっていた事などの様々な要因がかさなり前後の距離がバラバラであったために後ろの連中がどうなっているかなど気にする魔物はほとんどいなかったのだ。


 そこにデスナイト達が登場し横槍を衝いた形となり背後の魔物達は各個撃破されたという状況になってしまったのだ。


 また、ゴルヴェラ達が先を急いだという事も後方の様子を気にかける余裕を無くしたのだ。何しろこのゴルヴェラ達はちょっとした事で戯れに他種族を殺すために少しでも遅れれば命取りになる可能性があったのだ。そのため、魔物達は急ぎに急いだというわけだった。


 エギュリムもズミュークも訝しげに森の出口を見ているが何も変化はない。


 ザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッザッ


 アンデッド達はゴルヴェラ達によって打ち破られた隊列を組み直すため、移動していく。規則正しい足音は単純な命令しか遂行できないアンデッドゆえの行動と言える。


 エギュリムもズミュークも次々に現れるアンデッド達を放っておくわけにもいかないので、まずはアンデッド達を片付ける事を選択する。


「ズミューク…後ろはとりあえず放っておけ、まずは目の前のアンデッド達を始末するとしよう」

「そうだな」


 この2人の判断は明らかに誤りだ。本来であれば背後に伏兵がいることを想定し魔物達を指揮するべきであったのだが、エギュリムもズミュークも自分達が絶対的な強者であり、誰も自分達を殺す事は出来ないと高を括っていたのだ。


 強者故の傲りが結果として甚大な被害をもたらすことになるのだが、まだこの時はエギュリムもズミュークも自分達が絶対的な強者であるという意識にとらわれていたのである。


「クズ共!!目の前のアンデッド達を駆逐しろ!!」


 何の捻りもない。ただの消耗戦を指示するとエギュリムもズミュークも駒達とアンデッド達の殺し合いを見学することにする。


 本来であれば、エギュリムもズミュークの指揮能力は決して低いとは言えない。いや、高いと言って良いだろう。だが、この時エギュリム達は他のゴルヴェラ達同様、戦いでなく狩りと捉えていたのだ。いや、『遊び』と捉えていたと言った方がより的確かも知れない。


 ゴブリン、オーク達は隊列もほどほどに目の前のアンデッド達に突っ込んでいく。ここで逡巡するようなことをしてしまえば間違いなくエギュリム達に殺されてしまう。


 準備もそこそこにゴブリン、オーク達は雄叫びを上げながらアンデッド達に突っ込み、激突した。


『グゲェ!!』

『ウォォォォ!!』

『ギャア!!』


 怒号と悲鳴が入り交じる。エギュリムもズミュークもその様子を冷徹に眺めている。


「ズミューク、あのデスナイトはクズ共では押さえられぬだろうな」

「確かにな、デスナイトは肩慣らしに俺が始末しよう」

「ああ、そうしてくれ」


 ズミュークは話が終わるとほぼ同時に剣を抜きデスナイトに突進する。その速度はアレン達でさえ感心するレベルだ。


 ズミュークは剣を縦横無尽に振るい、スケルトンソードマンをまとめて薙ぎ払うと目的のデスナイトと斬り結ぶ。ズミュークの剣はデスナイトの左肩から入り右脇腹へと一瞬で抜ける。核から切り離された部位は塵となって消え去り、再生する前にズミュークはデスナイトの核を斬り裂いた。核を斬り裂かれたデスナイトは体を保つことが出来ずに消滅する。


 ズミュークは次のデスナイトに狙いを定め駆け出すと、先程同様にデスナイトを斬り伏せていく。ズミュークがデスナイト達を斬り伏せたことで、魔物達は態勢を立て直し、なんとかアンデッド達を殲滅することが出来た。


「エギュリム…」


 ズミュークが呆けたようにエギュリムに問いかける。エギュリムが訝しげにズミュークを見ると指をさしている姿が見える。


 ズミュークが指差す方向を見るとエギュリムも固まる。そこには自分達の仲間であるクルゴムドがしっかりとした足取りでこちらに向かってきているのがわかった。そして、エギュリムはズミュークが呆けた声を出した理由を理解する。


 クルゴムドの腹からは臓物がこぼれ落ちており、体の所々に切り傷があった。しかもかすり傷ではない。一目で重傷、いや致命傷である事がわかる。だが、足取りはしっかりしており怪我とのアンバランスさが不気味であった。


「クルゴムド…」


 ズミュークは小さく呟く。エギュリムはその声に怒りの感情があるのを察する。事実、ズミュークはクルゴムドの姿に怒りを感じていた。一つはクルゴムドをこのような目に遭わせた者に対して、そしてもう一つはゴルヴェラでありながらむざむざと敗れた事に対してだ。


「エ…エギュ…リム、ズ…ミューク…」


 クルゴムドの口から弱々しい言葉が紡がれる。強者としての尊厳など見る影もない惨めな声だ。

 エギュリムとズミュークはクルゴムドの言葉を黙って待つ。


「気を…」


 クルゴムドが言葉を続けようとしたときに突如クルゴムドは痙攣を起こす。白目をむき、口から泡を吹く姿はエギュリム達に衝撃を与える。そして痙攣が治まったときにクルゴムドの口からクルゴムドでない声が発せられる。


「初めまして。俺の名はアレンティス=アインベルク。ローエンシアに所属する男爵だ。このクズにはメッセンジャーとしての役割を与えたので心して俺の言葉を聞け。まずはお前達が想定していたよりも遥かにアホだったことに深い感謝をおくりたい。どうやって各個撃破の状況にもっていこうかと考えを巡らせていた所、わざわざ自分からその状況を作り出してくれたのだからな。これから続々とお前達の間抜けすぎる仲間達の死が届けられることだろうよ。反省会は地獄でしっかりやっておけよ。まぁ、貴様ら如きの頭の出来ではまともな結論には達することは出来ないだろうからやるだけ無駄だろうな。ああ、それから逃げ切る自信があるのなら逃げても構わんぞ。お前達の様なクズを追い詰めるのもまた一興というやつだ。降参は…」


 なおも侮辱の言葉を吐き出すクルゴムドの口を閉じさせるためにエギュリムは【雷撃ライトニング】を放ち、クルゴムドの頭部を破裂させる。頭部を失ったクルゴムドの体は崩れ落ちる。


「おのれ!!!人間如きがふざけおって!!」


 エギュリムが怒りの声を上げ、ズミュークも同様に憤怒の表情を浮かべている。アレンの言葉は見え透いた挑発であった。その事をエギュリムもズミュークも十二分にわかっている。だが、それを上回る激情がエギュリム達を支配していた。

 特にエギュリム達の逆鱗に触れた言葉は『逃げても構わん』という言葉だ。


 エギュリム達は人間如きがゴルヴェラに逃げても構わんとは何事かと怒りに震える。


「エギュリム…奴らは仲間達を各個撃破するつもりだ。皆と合流した方が良いのでは無いか?」


 ズミュークの言葉は正論だ。相手が各個撃破を狙っているのなら、それを防ぐために行動すべきだった。だが、エギュリムにはどうしても引っかかる箇所があった。


「ズミューク…クルゴムドを斃したという人間はなぜ殊更、各個撃破という言葉を使ったのだ?」

「え?」

「おかしいと思わんか?」

「まさか…俺達が再び合流するのを狙っているとでもいうのか?」

「その可能性は十分ある。でなければわざわざクルゴムドをメッセンジャーに仕立てる理由はない」

「確かに…」

「となると合流する事は確実に悪手という事になる」

「だが、このままだと各個撃破されるだけではないのか?」

「その危険性は確かにあるが、こうは考えられないか? 奴らはクルゴムドに精鋭をぶつけた。その結果、クルゴムドを斃す事は出来たが予想以上に損害を受けたために、これ以上各個撃破出来るという状況でなくなったために俺達を一つ所に集め、何らかの術で一網打尽することにした」

「ありえるな…」


 エギュリムとズミュークはアレンの行動を深読みした。実際の所、アレンがエギュリム達を過剰に侮辱し、挑発したのはエギュリム達の怒りを自分に向けさせ他の者達の安全を高めようとした為であったのだが、思わぬ方向へと効果を発揮したのだ。


 結果としてこのエギュリムとズミュークの判断がゴルヴェラ達を窮地に追い込むことになったのだ。



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