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魔将Ⅱ⑯

「アレン様、あのゴルヴェラは私達がやりますので、少し休んでいてください」


 アディラが気合いたっぷりにアレンに告げる。アレン達は一射目をアディラが打ち落とした後すぐにアディラ達の元に後退したのだ。『暁の女神』のメンバー達は、アディラの言葉に甘えることにして、シア、ジェド達が休む隣に腰掛け休息をとる事にしたのだ。


 そしてアディラは先程の攻防からカイブルについて分析を始めていた。


 アディラの見立てでは、カイブルは弓に対してかなりこだわりを持っているようだった。


 並々ならぬ腕前である事は、一射目でアレン達一行を背後から射貫こうとした事から十分に理解できた。いくら距離があったとはいえ、アレン達に殺気を読ませない実力は賞賛されてしかるべきものだった。

 だが、次にカイブルがとった行動はアディラへの攻撃だった。カイブル程の弓に精通している者がこの距離でアディラを斃せるというような判断で射たとは思えない。となれば、先程の攻撃の意図は明らかである。アディラの腕前を試したのだ。


 すなわち、一射目を打ち落としたアディラの実力がまぐれかどうかをまず確かめたかった。もしくはアディラを挑発したのだろう。


「メリッサ、エレナ、頼むわよ!!」

「「はっ!!」」


 アディラが自らの信頼する侍女兼護衛の2人に声をかけると、メリッサは剣をエレナは杖を構えるとアディラの横に立つ。

 その様子を見ていた3人の傭兵達もアディラの護衛に付く。もはや3人はこの戦いで自分達が単なる足手まといである事を十二分に理解していた。だが、せめて雇い主の命令通りにアディラの護衛を果たそうとしたのだ。


「アディラ、どうやってあのゴルヴェラを斃すつもりかしら?」


 フィアーネがアレンに尋ねる。


「正直わからん。近接戦闘ならともかく弓の距離で戦う術は俺にはないからな」

「私もよ、この距離で射てもあのゴルヴェラは躱すでしょうし…」


 アレンとフィアーネはアディラの邪魔にならないように小声で囁く。実際この距離で、矢を射たところで不意をつかない以上、カイブルは容易に躱す事だろう。だが、それはアディラも同じ事だ。

 アレンはアディラの仕事は不意をついてゴルヴェラを射殺すか、支援だと思っていた。まさか真っ向勝負でゴルヴェラを斃すという選択肢があるとは思っていなかったのだ。


「俺達が見えてないものがアディラには見えているという事か…」


 アレンの言葉がアディラの耳に入る。


(あんまり、ハードル上げないで欲しいなぁ…)


 アディラはアレンが自分に期待している事を想像以上に嬉しく思う反面、一体どのようにカイブルを斃すのだろうと期待に満ちた目で見ている事にプレッシャーを感じていた。


 アディラがやろうとしているのは非常に地味な方法だったのだ。

 

「アディラ様…」


 エレナが小声でアディラに進言する。


「どうしたのエレナ?」

「チャンスですよ。アディラ様、ここでアインベルク卿に良いところを見せれば…」


 エレナがニヤリと笑う。アディラは続きを促すような目でエレナを見る。アディラにとってアレンの事は最優先事項なのだ。


「キスぐらい迫っても許されるのではないでしょうか?」


 エレナの放った『キス』という言葉にアディラは反応する。確かにここであのゴルヴェラを斃せば『キス』をせがんでも良いのでは無いだろうか?という思いは、いや、すべきだ!!という結論に順調に落ち着く。

 となるとあのゴルヴェラにはさっさと死んでもらおう。アレンとの逢瀬を楽しむためにはあのゴルヴェラには踏み台になってもらう事にする。

 メリッサがエレナを窘めようと口を開きかけた瞬間にアディラのやけに気合いの入った声が響く。


「そうよね!!それぐらい許されるわよね!!」


 アディラの気合いの入った声に周囲の者達は何事かとアディラに目を向ける。


「待っててね!!アレン様!!ぐへへ~」


 アディラの口から例の言葉が漏れた。自分の名前が呼ばれたのをアレンは驚くが触れないことにする。アディラの『ぐへへ』は王女としてどうかとは思うのだが、あの声が出たときにはアディラは方向性はどうあれすさまじい実力を発揮する事が多々あったのだ。そのため、ここでアディラを窘めてアディラのやる気をそぐのは悪手と思ったのだ。

 それにアレンはアディラの『ぐへへ』について最初は若干引いていたのだが、最近はそれすらも可愛く思えてきたのだ。それは慣れなのか、恋は盲目というべきなのかは本人にもわからない。


 アディラは同時にカイブルに対して三本の矢を放つ。一本はそのままカイブルへ、残りの二本はカイブルが避けると思われる場所へ放った。


 煩悩丸出しの精神状態であったが、アディラの放った矢は山なりではあるがアディラの狙った場所に寸分違わず飛んでいく。


 カイブルは自らに放たれた矢を片手で掴むとニヤリと嗤う。どうやらアディラを挑発しているらしい。『お前の矢なんぞ避けるまでもない』と言った所だろう。


 だが、それは悪手だった。なぜならアディラにまたカイブルは情報を与えてしまったのだ。しかも今回与えた情報は致命的である。カイブルがアディラを舐めているという事を伝えてしまったのだ。


「どこまでも踏み台として振る舞ってくれるのね。ありがとう名前も知らないゴルヴェラさん」


 アディラの言葉は妙に弾んでいる。どうやらアディラの中ではカイブルはもはや警戒すべき敵としては目に映ってはいないようだった。相手がこちらを舐めてくれるというのならそれにつけ込むまでだった。


「上手くいけばあと三射ね。あとはとどめを刺せば終わりね」


 アディラの声に周囲の者は驚く。アディラの矢を弾くのでもなく、ただ掴むというカイブル相手にどのような流れをアディラが組み立てているかまったく読めないのだ。


「王女殿下はどうするつもりだ?」

「わからない…」

「いくらなんでも三射で決着つけるなんて出来るのか?」


 そんな言葉がアディラの耳に入るが、アディラは心配無用とばかりに1本目の矢を放った。


 アディラの放った矢は山なりにカイブルへ飛んでいく。カイブルは余裕の表情で先程と同じように余裕たっぷりに片手で掴む。わざわざ顔面近くで掴むところにカイブルの嘲りを見ることが出来る。


 カイブルが『芸がない』と嗤おうとした瞬間にそれは起こる。アディラの放った矢には【照明イルミネーション】が込められていたのだ。突然発した凄まじい光はカイブルの視界を奪う。


「がぁ!!」


 突然奪われた視界にカイブルは混乱する。


 ズ…。


 そして次の瞬間にアディラの放った矢がカイブルの眉間を射貫いた。アディラはカイブルに矢が到達する瞬間に次の矢を放っていたのだ。眉間を射貫いたアディラの矢は先程までと違い山なりに放たれたものでは無く、一直線にカイブルを射貫いたものだった。

 両者の距離は300メートルを超えており通常であれば、山なりに射てかろうじて届くといった所なのだが、アディラは一直線にカイブルを射貫いたのだ。

 しかも、アディラは矢に魔力を込めてありカイブルの頭蓋骨を貫通し後頭部から鏃が飛び出していた。


 もはや腕が素晴らしいとかそういう次元ではない。弓についてアディラに出来ない事は存在しないのではと思わせるには十分な出来事だった。


 眉間を射貫かれたカイブルは魔獣から転がり落ちる。ピクリとも動かない所を見るとカイブルは絶命したようだ。だが、アディラは容赦なく3本目の矢を放つ。山なりに放たれた矢は眉間を射貫かれ倒れ込むカイブルの胸の位置に突き刺さる。


 ドゴォォォドゴォォドゴォォォォ!!!!!


 そして、次の瞬間に鏃に込められた【爆発エクスプロージョン】が発動し、すべてをその爆風で吹き飛ばした。土煙が収まった後にはカイブルの死体は影も形もない。


 カイブルはまったくアディラに危機感を抱かせることなく肉片となり生涯を終えたのだった。


「二射で十分だったわね」


 アディラは何の感慨もないというような口調で言う。アディラの弓の腕前が規格外であることを十二分に理解している者達はもはや驚かないが、初めてアディラの腕前を見る『暁の女神』のメンバー達は呆然としている。


「ねぇ…王女殿下って何なの?」

「リリア…悪いんだけどちょっとつねってくれないかな?」

「なんて…規格外なの…」

「あり得ない…」

「王女殿下にふさわしい二つ名は…姫という単語は入れたいわよね」


 自失から戻ると先程のアディラの戦いについてそれぞれ語り始めている。1人明らかに違う事を言っている者がいるが、アディラの実力を高く評価している事には違いなかった。


 そんな声を背後にアレンはアディラに尋ねる。


「アディラ、ちょっと聞いても良いか?」


 アレンに声をかけられアディラが嬉しそうに駆けてくる。


「アレン様!!見ててくださいましたか。私がんばりました!!」


 アディラが満面の笑みをアレンに向ける。褒めて褒めてと全身から訴えかけてきている。その事に気付かない程アレンは鈍感ではない。


「ああ見ていたぞ。凄いじゃないか。また腕を上げたな」

「はい!!アレン様に褒めてもらえて嬉しいです!!」

「ははは、それでだなアディラ聞きたい事というのはな」

「はい」


 アディラが真っ直ぐにアレンを見つめて言う。その視線を受けてアレンは少しばかり気恥ずかしくなる。


「ああ、聞きたいことと言うのはさっきの戦いの事だ」


 アレンは出来るだけ平静を装いアディラに尋ねる。さきほどの戦いで疑問点があったので聞いておこうと思ったのだ。何しろアレンは弓術の素養がほとんど無いために後学のために聞いておきたかったのだ。


「なんでしょう?」

「ああ、なんで【照明イルミネーション】を使ったんだ?【爆発エクスプロージョン】の方がよかったんじゃないのか?」


 アレンはカイブルが矢を掴んだことから、次の矢も掴むという選択肢をとる可能性が高いとふんだのは理解できる。そこに鏃に仕込んだ魔術を発動させれば至近距離で発動させることが出来る。だがそこで【爆発エクスプロージョン】を選択しなかった理由を知りたかったのだ。


「ええ、アレン様がおっしゃることも最もなんですが、私はより成功の可能性が高い方をとったんです」

「?」

「え~と、つまりあのゴルヴェラが常時、防御陣を形成するタイプだった場合に多少のダメージを与えるだけ、もしくは防ぎきる可能性があると思ったんです」

「ふむふむ」

「でも【照明イルミネーション】は防御陣では防ぎませんよね、というよりもそもそも防御陣の対象外ですよね」


 アディラの言う事も最もだった。【照明イルミネーション】は攻撃魔術ではない。ただ明かりを灯すためのものだ。実際に防御陣を展開してから【照明イルミネーション】の光を見ても何の変化もないのだ。


「それなら、至近距離で【照明イルミネーション】の光を見てしまえばあのゴルヴェラの視界も一瞬失わせることが出来ると思ったんです」

「なるほど」

「後は、魔力を込めた矢で防御陣ごと貫けば良いと思ったんです」


 アディラの説明を聞いて合点がいったアレンは素直に感心する。


「それでアレン様…」


 アディラが頬を染めながらアレンに言葉をかける。


「どうした?」

「えっと…その…私、がんばりましたよね?」

「ああ」

「ご褒美をいただきたいのですが…」

「え?」

「その…耳を貸していただきたいんですが…」

「ああ」


 アディラの言葉に従いアレンはアディラに耳を向ける。そしてアレンにだけ聞こえる声で要望を伝える。


「あのですね…この戦いが終わったら二人きりでどこかに出かけたいんです」


 アディラの要望はデートに連れてって欲しいという事だった。アレンの答えは当然のことながら『承諾』だった。


「ああ勿論だ。今のうちにどこに行きたいか考えておいてくれ」


 アレンは穏やかな表情でアディラに伝える。その答えを聞いてアディラの顔は綻ぶ。本当に嬉しいという感情がにじみ出ている。


「ぐへへ~」


 だが、またも例の口調が出ているがアレンは先程同様に触れないようにする。まぁ、何というか幸せそうで何よりと言った所だった。


 ある意味、アディラはぶれないなとアレンは思ったのだった。



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