魔将Ⅱ⑭
ちょっと長いです。
『私達がつく頃にはゴルヴェラは死んでいる』
アレンの言葉に『暁の女神』のメンバー達は声を発することが出来ない。
確かに、王太子殿下は武勇に優れていると言う話は聞いていたが、それでもゴルヴェラをあっさりと斃すほどの実力があるというのはにわかには信じられなかったのだ。
「あの、王太子殿下はそんなに強いのですか?」
ミアが遠慮がちにアレンに尋ねる。
「はい、さっきの爆発はアルフィスの魔術によるものです。あいつが魔術を使って戦っている以上、相手をしているゴルヴェラは間違いなく生き残れません」
アレンの言葉に魔術師のアナスタシアが食いつく。
「アインベルク卿…王太子殿下は魔術師なのですか?」
「いえ、あいつは魔術師ではありません」
「?」
「でも並の魔術師では1000人集まってもあいつには勝てません。そして並の騎士達が1000人集まっても完勝するでしょう」
「では…魔法剣士なのですか?」
「う~ん…魔法剣士って表現は違和感ありますね。一番近い表現をするなら『怪物』ですね」
「…怪物」
「はい、他の言い方をすれば『化け物』ですね」
アレンのアルフィスの評する言葉は王族への不敬にあたるようなものであることは間違いない。だが、アレンの言葉はそれを褒め言葉として使っているような印象を受ける。親友の強さを誇っているかのような響きなのだ。
ドォォォン!!
またも爆発音が響く。その音を聞いて『暁の女神』のメンバー達は顔を見合わせ、その後、アレンの顔を見る。アレンの顔は相変わらず涼しげだ。
『暁の女神』から見て、アレンも十分常識はずれの実力を持っているのだが、そのアレンをして『怪物』と言わしめるアルフィスの実力が正直、気になるところであった。
だが、アレンが言ったとおり今から向かっても既に戦闘は終わっているだろう事を当たり前の様に『暁の女神』のメンバー達は確信していた。
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アルフィスはアディラの側を離れるような事はしなかった。アディラが弓でゴルヴェラ達を狙撃していることがわかれば間違いなくアディラを狙うことが十分に考えられたのである。
そのため、アルフィスはアディラの側についているのだ。現在、アディラの周囲にはアルフィスをはじめ、メリッサ、エレナ、アルド、ロアン、近衛騎士達、傭兵達が周囲を固めて、その周りをアンデッド達が護衛している。
「お~い」
そこに向かってくる一団があり手を振って近づいてくる。その一団を全員が迎える。
その一団とは先にジ・バルを討ち取った、シア、ジェド、ウォルター、ロバート、ヴォルグ、ヴィアンカの6人だ。大きな怪我をしている感じはないが、どうやら疲労がたまっているらしい。
「ゴルヴェラの一体を討ち取りましたが、消耗が激しいために少し休ませてください」
ジェドの言葉にアルフィス達全員が6人を労った。
「よく無事に帰ってきたな。ここなら安全だから休んでくれ」
「ありがとうございます」
アルフィスが代表して6人に労いの言葉をかけジェドが礼を言うと、6人はアディラの斜め後ろに座り込む。
「みなさんお疲れ様でした」
アディラが6人を労うと全員が立ち上がりかけたので、アディラが優しい口調でそれを制止する。
「みなさんそのままで。今は体力の回復に努めてください」
「は、はい」
アディラの申し出に6人は返事をすると体力の回復に努めることにする。
アディラはニッコリと微笑むと周囲を警戒する。
アディラは アディラは【鷹の目】と呼ばれる遠視の魔術を展開し、上空から戦場の様子を確認している。この魔術は【鷹の目】という大層な名前がつけられているがせいぜい20メートル程上空から様子を見るだけであり高梯子の上で戦場を見渡しているぐらいのものだ。だが身を晒さなくても良いと言うことで偵察にはもってこいの術である。
「アディラ、アレン達は今どこだ?」
アディラにアルフィスが尋ねる。
「今、『暁の女神』の方々の支援に入りゴルヴェラ2体と交戦中です」
「ゴルヴェラ…2体」
「はい、でも1体は『暁の女神』の方々にかなり手ひどくやられてますので事実上、ゴルヴェラ1体ですね」
「そうか…」
「これで、アレン達がゴルヴェラをさらに2体斃すから残りは6体になるな」
「はい、お兄様…」
「なんだ?」
「ゴルヴェラが一体、こっちに向かってきています」
「そうか」
アディラの言葉に周囲の者達は緊張を高めるがアルフィスは涼しげな顔をしている。
「王太子殿下!!すぐに迎撃を行います」
アルドがアルフィスに進言する。
「いや、アルド達はアディラの護衛に専念して欲しい」
アルフィスの言葉にアルドは難色を示す。アルフィスが単騎でゴルヴェラと戦うつもりであることを察したのだ。さすがに王太子に戦わせ近衛騎士である自分達が戦わないのは抵抗があった。
「しかし…」
「大丈夫だ。すぐに終わる」
アルフィスの自信に満ちた声と様子を見てアルドは口を紡ぐ。アルフィスの実力を知るアルドにとってアルフィスの自信は決して根拠のないものではない。同時に自分達がアルフィスの足手まといになっている事も理解する。
「…わかりました」
アルドは一礼する。頭を下げたアルドは無念そうである。アルフィスはその事に気付いたがあえて何も言わない。ここで慰めの言葉をかける事はアルドにとってよほど屈辱となる事を理解していたからだ。
「アルド、アディラの護衛を頼むぞ。他の者達もアディラを頼む」
「「「「「はっ!!」」」」」
ロアン、近衛騎士達が一斉に返事をする。
「じゃあ、行ってくる」
アルフィスの言葉にロアン達は『ご武運を!!』という言葉を声を揃えて言った。
こちらに向かってくるゴルヴェラの名前はヴォルメルス、魔術に秀でたゴルヴェラだ。
アルフィスが1人でヴォルメルスの元に歩き出すのを見て、ヴォルメルスはニヤリと嗤う。実力差を理解しようとしない人間を嬲り殺してやるつもりだったのだ。
「愚かな人間よ、貴様ら人間のような劣等種族がこの俺に勝てると思っているのか!!」
ヴォルメルスはアルフィスに嘲りの声をかける。その事に対してアルフィスは別段、気分を害した様子もない。アルフィスにしてみればヴォルメルスごときが何を言おうと知ったことではないのだ。
アルフィスは剣を抜く。ただし一切の構えをとらず棒立ちのままだ。アルフィスはニヤリと嗤う。
その嗤いがヴォルメルスには気に入らない。『人間如きがゴルヴェラである自分を恐れないことがどれほどの不遜な事か思い知らせてやる』という思いがヴォルメルスを突き動かすと無詠唱で魔術を展開する。
ヴォルメルスが放つ魔術は【双雷撃】、その名の通り雷撃を同時に放つ高等魔術だ。
「死ね!!」
ヴォルメルスの口からわかりやすい意思表示がされると【双雷撃】が放たれる。
亜光速で放たれる【双雷撃】であったが、アルフィスには到達しない。
アルフィスの手には手のひらサイズの魔力の塊があり、雷撃はその魔力の塊に吸い込まれていく。アルフィスの使った術は【魔力食い】、魔力を吸い込むことで魔術から身を守るという防御魔術だった。本来、【魔力食い】はもっと巨大な魔力の塊を形成し一目でそれとわかるのだが、アルフィスはどこまで小さく出来るかを追求した結果、現在の大きさにすることが出来たのだ。
ただし、この術で魔力を吸い込む容量は術者の実力によるところが大きい。要するに自分の許容範囲を超える魔術を防ぐことは出来ないのだ。相手が放つ魔術が自分の許容範囲を超えていた場合には、防ぎきれずにほぼ無防備で術にさらされることになるために、使うにはかなり覚悟がいるのだ。
だが、アルフィスはそれを何の気負いもなく使う。その理由はアルフィスの【魔力食い】の特異さにあった。アルフィスは【魔力食い】に改良を加えており、ため込んだ魔力を放出することで許容範囲を超えるないようにしてるのだ。
その出口はアルフィスの剣の鋒である。つまり敵が魔術を放てばそれはそのまま相手に跳ね返されるというからくりだった。
ヴォルメルスは【双雷撃】が消えた事にも驚いたが、その数瞬後に自分に【双雷撃】が放たれた事に驚愕する。アルフィスは相手の魔力に自らの魔力を上乗せして返すために威力が上がるのだ。
ヴォルメルスは防御陣を常時展開しているために、【双雷撃】によって傷付くことはなかったがその衝撃は大きかった。なぜなら自分が防いだ【双雷撃】は自分のものよりも威力が高かったからだ。
「ほう…人間にしてはやるではないか」
ヴォルメルスは虚勢をはる。アルフィスが少なくとも自分と同等の強さを持っている事を認めた上での行動だった。
一方のアルフィスは何も言葉を発しない。ヴォルメルスの言葉は見え見えの虚勢であることを察したからだ。
アルフィスは左手を掲げると純粋な魔力の塊をヴォルメルスにぶつける。その術の名は【魔衝】、だが【魔衝】という術は厳密に言えば魔術とは呼べない。術と呼ぶには原始的すぎるのからだ。
だが、アルフィスはこの術というか技を多用する。面倒な詠唱、集中をする必要がないため非常に使い勝手が良いのだ。
アルフィスの放った【魔衝】はヴォルメルスの防御陣に衝突する。ヴォルメルスの防御陣に亀裂が入った事からその威力がうかがい知れるというものだ。
「な…」
呆然としたヴォルメルスの声は爆発音によってかき消された。アルフィスは【魔衝】を放った数瞬後に【爆発】を放ったのだ。【魔衝】によって亀裂の入った防御陣ではアルフィスの【爆発】を防ぎきることは出来ない。
「がはぁ!!」
ヴォルメルスは爆風によって吹っ飛び地面を転がる。怒りと恐怖のこもった目でアルフィスを睨みつけるがアルフィスの顔は意外そうな表情を浮かべていた。ヴォルメルスは何もかもが気に入らない。
一方アルフィスは意外だった。その意外さはヴォルメルスの防御陣の脆さであった。アルフィスはまがりなりにも相手はゴルヴェラであったために【魔衝】【爆発】を交互に放ち、防御陣を破るつもりだったのだ。だが、ふたを開けてみればただ一度ずつ放っただけで防御陣を撃ち抜いたのだから拍子抜けするのも当然だった。
実際のところ、ヴォルメルスの膨大な魔力による防御陣を並の魔術師が破る事は相当の数がいないと難しい。しかし、アルフィスにはまったく通用しない。アルフィスの術の威力が遥かに高い事もあるが、それ以上にヴォルメルスの防御陣が稚拙である事がその大きな理由であった。
ヴォルメルスの防御陣は魔力操作が歪であり、その防御力に脆い箇所が数カ所あったのだ。その脆い箇所から亀裂が入りついには撃ち抜かれたというわけであった。『蟻の一穴』というやつだ。
「この程度なら警戒するほどの相手ではないし…役に立ちそうもないから始末するか」
アルフィスの言葉にヴォルメルスは戦慄する。アルフィスの雰囲気が明らかに先程と異なったのだ。
「【魂の牢獄】…」
アルフィスは静かに術の名を告げると、ヴォルメルスの周囲に九本の柱が顕現する。その柱はそれぞれ直径50㎝程だ。
「なんだ…これは?」
ヴォルメルスは【火矢】をアルフィスに向けて放つ。この柱がどのような力を持つか知らないが術者であるアルフィスを斃してしまえば破る事ができると考えたのだ。
だが、ヴォルメルスの放った火矢は突然かき消える。まるでもとから存在していなかったかのように…。
「な…」
ヴォルメルスが驚愕した次の瞬間、背後から火矢が飛来して、ヴォルメルスに直撃する。
「がは!!」
思わぬ所からの攻撃にヴォルメルスは前のめりに倒れ込む。
「今のは…?」
ヴォルメルスは困惑する。今自分に直撃したのは火矢だった事に気付いたのだ。自分が放った火矢が消え、自分の背後から火矢が攻撃される。ヴォルメルスはその意味を察した。
確かめるためにもう一発の火矢を放つ。やはり放たれた矢は柱と柱の間でかき消える。そして背後から現れた矢を手で払い落とした。
「閉じ込められた…」
ヴォルメルスは呆然と呟いた。




