魔将Ⅱ⑩
「ゴルヴェラが二体死んだみたいよ」
『暁の女神』のリーダーであるリリア=レグメスがメンバー達に告げる。
「え?もう二体もゴルヴェラが死んだの?」
「ええ、間違いないわ。死んだのは戦姫達と戦ったのと冒険者2人と近衛騎士の混合チームのね」
「戦姫が強いのはアナスタシアの話から判っていたけど、あの近衛騎士と冒険者の混合チームのメンバー達も相当な手練れね」
リリアと戦士のエヴァンゼリンの会話を聞いていた神官戦士のユイメが会話に割り込んできた。
「それにしてもゴルヴェラ11体なんてどうなるかと思っていたけど、2体が死んだというのは嬉しい誤算ね」
「確かにそうね。私達だけでゴルヴェラ11体なんて絶対に無理だもの」
ユイメの言葉にレンジャーのミアが相づちを入れる。
いくら『オリハルコン』クラスの冒険者といってもさすがにゴルヴェラ11体を相手にするのは不可能だったのだ。だが、王太子アルフィスが参加するという条件は魅力だった。なぜならこの戦いに参加すれば、王族とのツテを作れるからだ。場合によっては他の貴族と揉めたときに配慮してくれる可能性とてあったのだ。
また参加者の中に『戦姫』レミアがいることも参加を決心させた理由の一つである。メンバーのアナスタシアが先の魔将討伐においてレミアの強さを目の当たりにして、勝算ありと主張したのだ。
「でも…ちょっと不可解な動きをしているゴルヴェラもいるのよ」
リリアが怪訝そうな声でメンバー達に言う。
「どんな動き?」
「うん、一体のゴルヴェラの生命力はほとんど感じないのでも、普通の速度で魔将達がいる場所に移動しているのよ」
「え?」
「何かに操られているような感じでね」
「う~ん…とりあえずこちらに向かってきている訳じゃないんだからほっときましょう」「…そうね」
レンジャーのミアは感覚で行動するタイプであり、『考えるぐらいならまず行動』という感じだった。そのために危険が迫っている訳ではないので後にしようと考えての言葉だった。
「それにしても、このアンデッドの大軍を召喚したあの綺麗な子すごいわね」
リリアが感心したように言うとミアが完全に同意というような声で返答する。
「うん、いくらなんでも3000ものアンデッドを同時に使役できるなんて桁外れにも程があるわよ」
「でもあの子ってトゥルーヴァンパイアなのでしょ。しかもエジンベートで一番の名家であるジャスベイン公爵家の令嬢らしいわよ」
「う~ん、あれだけ綺麗で性格も良く、しかも公爵令嬢か~」
「まぁ、あそこまで完璧だと嫉妬すらできないわね」
リリアの言葉にミアだけでなく残りのメンバーも頷いた。
「でもさ…聞いたところによればあの子ってアインベルク卿の婚約者なんだって」
エヴァンゼリンがリリアに言う。
「そうなの? でもアインベルク卿って王女殿下の婚約者じゃないの?」
リリアはアディラの可愛らしい顔を思い浮かべて言う。
「そうよ、それどころかアインベルク卿は他に戦姫ともう一人のフィリシアって赤毛の女の子がいたでしょ?あの二人も加えて合計4人がアインベルク卿の婚約者なんだって」
「…なにそれ」
「私も最初、そう思ったからフィリシアちゃんに言ったら、それはもうすごい良い笑顔で『私もここまで上手くいくとは思ってませんでした』って言ってたのよ」
「…」
「さらに突っ込んで聞いてみたらね。どうやら早い段階で四人でアインベルク卿の婚約者になるように画策したらしいのよ」
「え?」
「どうやらアインベルク卿に話を持ちかけたのは、婚約者達の方かららしいのよ」
エヴァンゼリンの話にリリアは驚く。あれ程の美貌を持ち、実家は王族、公爵令嬢、しかも全員性格が良ければそれこそ男など選び放題だろう。にも関わらず四人が選んだのはアインベルク家という男爵家の当主だ。
確かに冒険者にとってアインベルク家と敵対するのは愚か者の烙印を押される行為だが、噂には尾ひれがつくものである。実際にアインベルク家の人間の実力を目にしたものはほとんどいないのだ。
だが、王族、公爵令嬢からみればアインベルク家はたかだか男爵、しかも領地もなく国営墓地の墓守という冴えない家だ。とても王女や公爵令嬢が嫁ぐ家柄ではない。もちろん、個人の趣味趣向から恋するという事は十分にあり得るが、実家がそれを受け入れる事などあり得ない。
「となるとアインベルク卿には私達が見えてない何かがあるのね」
「そうなるわね。アナスタシアは戦姫がいるから勝算ありと主張していたけど、私はアインベルク卿の実力に興味があったのよ」
エヴァンゼリンの言葉にリリアは頷く。
「正直言うと私もね」
そこにユイメも賛同する。そして、ミアもアナスタシアも頷いている。
「あの国営墓地の管理を一手に引き受けるアインベルク家…知ってる?あの国営墓地には夜になるとデスナイトや死の聖騎士達が当たり前のように徘徊しているって話」
「ええ」
「勿論」
「でもそんな中を一人で歩けば…間違いなく死ぬわよね」
「でも、アインベルク卿は当たり前のように毎晩、見回りしている…」
「それが本当なら、アインベルク卿の実力が常識を無視したほど高いか、それともデスナイトとかは単なる尾ひれなのか」
「それを確認する事が出来るわね」
彼女たちは真剣な表情で頷く。
「こっちにゴルヴェラが来るわよ」
そこにミアの鋭い声が飛ぶ。明らかに警戒の感情を含んだ声に全員がミアの指し示す方角を見る。視線の先には魔獣を駆る槍を携えたゴルヴェラが向かってきていた。
槍を持ったゴルヴェラの名前はジルゴルという。自分の技量に絶対の自信を持ち、自らの槍で命を奪うことを何よりも好む。ジルゴルの槍に貫かれた者は何も敵だけではない。それこそ老若男女まったく関係なく貫き命を奪ってきた。
戦場での主役である槍を持つゴルヴェラ…。
『暁の女神』達に緊張が走る。ジルゴルが魔獣を操りこっちに突進してくると同時に『暁の女神』達は陣形を整える。
そして、エヴァンゼリンとミアが左右に別れそのまま突進する。二人の手には金属で編まれた細いワイヤーが握られている。ミアがこのワイヤーに魔力を通す事で強度を増し、まずは魔獣の足に引っかけジルゴルを引きずり下ろそうと考えたのだ。
だが、ジルゴルは彼女たちの狙いを看破し、ワイヤーが魔獣の足にかかる瞬間に槍の穂先でワイヤーを貫く。
パチィィン!!
槍の穂先に貫かれたワイヤーはあっさりと切断される。
「な…」
ミアの声から驚愕の声がもれる。凄まじい速度で走り揺れる魔獣の背に乗った状態で、細いワイヤーを槍で貫いたのだ。そのような神業を見せられ驚かない方があり得ない。
だが、初手は失敗に終わったが、続いての第二撃がジルゴルに襲いかかる。リリアの魔矢がジルゴルに襲いかかる。もちろんリリアの狙いはジルゴルではなく魔獣だった。
魔獣に放たれた魔矢はジルゴルの槍によりすべて打ち落とされた。
「く…」
ジルゴルはニヤリと嗤うとリリアに向け魔獣を走らせる。凡庸な冒険者であればここで除けるか、距離をとるかだろう。
だが、リリアは前進し逆に距離を詰める。距離をとろうとしても数歩逃げただけで魔獣に踏みつぶされるだろうし、横に逃げてもジルゴルの槍に貫かれる。となるとリリアは前進するしかなかったのだ。
盾を構え突っ込んでくるリリアに狙い澄ましたジルゴルの槍が突き出される。放たれた先にはリリアの眉間がある。
完璧なタイミングで放たれた槍だったが、そこでジルゴルにとって予想外の事が起こる。自らの槍の先に衝撃が走り軌道がずれたのだ。リリアはまるでそれが判っていたかのように身を屈め魔獣の足を切り落とした。
「ギィィィィィィァァッァ!!!」
足を切り落とされた魔獣はその場に転がり倒れ込む、ジルゴルは魔獣が倒れ込む僅かの時間で魔獣の背を蹴り地面に着地するとアナスタシアを睨みつける。自分の至福の時間である獲物を刺し貫く瞬間を邪魔したアナスタシアに苛立ちを隠せなかったのだ。
リリアの眉間を貫こうとしたジルゴルの槍に衝撃を与えたのはアナスタシアの魔矢だった。
ジルゴルのすさまじい神業を見た『暁の女神』のメンバー達はジルゴルが槍に絶対の自信を持っていると当たりを付けた。その絶対の自信を持つ槍が最も栄えるのは一撃で仕留めることだ。
リリアは盾を掲げて突進していたため、ジルゴルから見てリリアを一撃で仕留められる場所はリリアの額周辺に限られる。アナスタシアはそのため、リリアの額周辺に魔矢を放ち軌道をずらしたのであった。
「上手くいったわね」
リリアが起き上がり笑顔を見せる。リリアは確かに他に選択肢がないからこそ突っ込んだのだが、それには仲間がフォローしてくれるという前提があったのだ。『暁の女神』は個人的な実力も確かに一流と言っても良い。だが、それ以上にチームワークによって『オリハルコン』にまで上ったのだ。
「ほぉ…貴様ら人間にしてはやるな」
ジルゴルが賞賛の言葉を彼女たちに告げる。
「さて…これからが本番よ」
リリアの言葉に彼女たちは頷いた。




