魔将Ⅱ⑥
「答え合わせだと?」
クルゴムドはアレンの言葉に困惑する。『殺す』『斃す』などの言葉を投げかけられればクルゴムドも反応しただろう。
だが、この人間がなぜ我々ゴルヴェラ相手にすでに勝ったかのように言うのかが理解できなかったのだ。加えて答え合わせなどという言葉を投げかけられるとは思ってもみなかったのだ。
「まぁ…お前は最初に俺達に殺されるわけだから最終的な答えは聞けないがな」
アレンはさらに続ける。
「後からお前の間抜けな仲間達も送ってやるから後から来た奴に答えを教えてもらえよ。心配しなくてもお前ら全員地獄に行くだろうからさ。あの世でも仲良くしろよ」
言いたい放題のアレンにクルゴムドはついに怒りを爆発させる。人間如きが調子に乗ってという思いが、クルゴムドを動かす。
クルゴムドは一瞬で間合いを詰めると、両手に握る鞭をあらゆる方向からアレンに向け放つ。
鞭の使い方は剣を振るう要領で使えば問題ないのだが、剣は『斬る』事を目的とする武器であるのに対し、鞭は『打ち据える』事を目的とする打撃武器だ。そのため、すべての面が攻撃に使用可能なのが剣よりも優れた点と言えるだろう。
ましてクルゴムドの鞭はミスリルの棒に鋼の輪を竹の節のように付けることで打撃効果を高めてある。この必殺の武器をクルゴムドの膂力で振るえば人間の体など粉々に砕くことも可能だ。
クルゴムドの鞭をアレンは剣でまともに受けるような事はしない。受け流し、躱し、クルゴムドの鞭を躱す。
アレンとクルゴムドは斬撃と打撃の応酬をくり返す。もしここが闘技場で観客がいたら両者の技の応酬に観客から大きな声援が降り注いだことだろう。いや、それとも呆気にとられて声を出すことも忘れ見惚れるのかもしれない。
両者の技の応酬はまさに一進一退であり、このままでは決着はつかないように思われた。だがこれは一騎打ちではないのだ。闘技場であれば第三者の介入がある事はまずあり得ないだろう。だがここは戦場である以上、第三者の介入は当然の如く想定されるべき事態である。
アレンはその事を正しく認識していたが、クルゴムドはそうでなかった。この意識の違いが結局の所、勝敗を分けるのだ。
そう…この場にはフィアーネがいるのだ。そして、アディラの支援もある。ここまで条件を整えてアレンが敗れるはずはない。そして、それは事実であった。
クルゴムドはアレンとの勝負に集中するあまり、周囲の動きに気を配る事が出来なかった。いや、アレンが自分に意識を集中するように絶え間なく斬撃を繰り出すことでそう仕向けたのだ。
クルゴムドが右手の鞭で地面を叩き、アレンの視界を遮るために地面の砂を巻き上げる。
そして、その瞬間にフィアーネの投擲した『微塵』と呼ばれる武器がクルゴムドの足を捕らえたのだ。
『微塵』は鉄の輪っかに三本の鎖をつけ、鎖の先には鉄球が付けられている武器であり、様々な使用方法がある。
例えば、近接戦闘では中心の輪っかに人差し指、中指を入れて振り回すことで三本の鎖の鉄球で敵を打ち付ける事が出来るし、中距離では二本の鎖を握り、残り一本の鎖で敵を打ち付ける。そして遠距離には鎖分銅が三方に広がるように投げつけることで、足を狙えば捕縛する事が出来るし、頭部に投げつければ打撃を与えることが出来るのだ。
フィアーネはこの『微塵』を投擲する絶好の機会を狙っていたのだ。地面の砂を巻き上げることは確かにアレンの視界を塞ぐための行動としては間違っていない。だが、その行動は自分の視界もまた狭めることになるのだ。
フィアーネにしてみればわざわざ自分から隙を作ってくれたのだから、有効活用するのは至極当然であった。
そして、戦場全体に目を光らせており、この隙を見逃さなかった人物がもう一人いた。その人物とはもちろんアディラの事である。
アディラは戦場の隅々に目を光らせ、ゴルヴェラ達の隙をうかがっていたのだ。そして、アレンと戦っているクルゴムドの意識が完全に逸れ、自ら視界を狭めるという愚行を見逃すことは決して無い。
アディラの放った矢はクルゴムドの左目を貫いた。
フィアーネとアディラの攻撃が当たった事で、一瞬の混乱状態に陥ったクルゴムドにアレンの斬撃が襲う。
アレンの剣はクルゴムドの腹を斬り裂くと傷口から臓物がこぼれ落ちる。周囲に放たれる臭いは間違いなく死臭だった。
クルゴムドの両手から鞭がこぼれ落ち、クルゴムドは膝から崩れ落ちる。かろうじて倒れ込まなかったがもはや戦う力は残されていない事は誰の目から見ても明らかであった。
この段階で、ようやくクルゴムドは自分が敗れたことを悟る。
クルゴムドにしてみればアレンとの『一騎打ち』を行っている最中の横槍である。それに対しての憤りが大きい。『卑怯者』という言葉がクルゴムドの中にわき上がる。
「ひ…卑怯…者が…」
クルゴムドの訴えに対してアレンは冷たすぎる目をクルゴムドに向け、視線同様の温度の声でクルゴムドに言う。
「どこまでも、ガッカリさせてくれる奴だ…」
「な…に…」
「そんな浅はかな考えしか持ってないから、お前は今そんな事になってるんだよ」
「な…」
「俺とお前がいつ『一騎打ち』をした?お前の勝手な思い込みになぜ俺が付き合わなければならない?」
「…」
「さっきも言ったろ。お前達は根本的に勘違いしてるんだよ。俺達は殺し合いをしてるんだ。ここは『狩り場』じゃないんだよ」
「ぐぅぅ…」
クルゴムドは痛みのために苦痛の声がもれるが、アレンは構わず続ける。
「わかったか? 俺がお前に『負けた』と言った理由が?」
「…」
「やるべき事を何もしてないお前のようなボンクラと、勝つために準備を整えている俺達が勝負すればどうなるか。お前のようなアホでもさすがに理解できるだろ」
「…く…そ…」
「さて、話は終わりだ。これから貴様には最後の役目を果たしてもらう」
「何を…させ…」
アレンの言葉にクルゴムドは困惑する。もはやクルゴムドの命の灯は消えかけているのだ。何をさせるつもりかという疑問が巻き起こっても不思議ではなかった。
「お前を瘴気で操り魔将を攻撃させる。それがお前の最後の仕事だ」
アレンの言葉にクルゴムドは目をむく。
「や…やめ…」
「お前が今まで殺してきた中にも命乞いをした者がいただろう?お前はその命乞いを聞いたか?」
アレンの手に周囲から瘴気が集まってくる。瘴気の塊はどんどん大きくなっていくと、クルゴムドにむかって放たれる。放たれた瘴気はクルゴムドの体を覆い尽くすと体の中に入っていく。
クルゴムドは瘴気が体に入ると『すくっ』と立ち上がった。腹からは臓物がこぼれ落ちてはいるが少なくとも表面上は痛みを感じていないかのような行動だった。
クルゴムドは自分の足に巻き付いている『微塵』を取り外すとフィアーネに放る。放られた微塵をフィアーネは受け取るとフィアーネは鎖を握りしめる。
「さて、お前の最後の仕事だ。魔将に俺の事をちゃんと伝えろよ?」
アレンの言葉を受けてクルゴムドは鞭を拾い上げると魔将であるエギュリムのいるであろう森の出口に向け歩き出した。
それを見送るとアレンはフィアーネに言う。
「まずは一体だな。さて、これでゴルヴェラの意識がこちらに向ける事が出来るかな」
アレンの言葉にフィアーネは頷く。二人は次の相手を探すと移動を開始したのであった。




