魔将Ⅱ③
魔将エギュリム達率いる異形の軍団が遮る者なく進んでいく。しかし、ここで行軍のスピードがかなり落ちることになることをエギュリムは感じている。
その理由はレーグル平野に出るためには森の中の街道を進む必要がある。森の中は道幅が狭く、5000もの魔物が通るにはかなりの時間がかかることが予想された。
自分達の先頭にはゴブリン達を配置している。エギュリムがゴブリン達を配置しているのは、一番数が多く、繁殖力も他の種族に比べて圧倒的に強いために、数を失っても惜しいと思わないからだ。
言わば捨て駒扱いしていたのである。
だが、その数の多さ、知能の低さ故にゴルヴェラ達の指示が行き届くまでにかなりの時間がかかるのだ。
「まったく…もう少し数を減らすべきだな」
エギュリムは苛立たしげな声を出す。その声を聞いた他の種族達はびくりと体を振るわせた。エギュリムが自分達種族の事を単なる駒としか見ていないことを知っていたのだ。だからといって逃亡すれば確実にゴルヴェラ達に殺される。しかも見せしめとしてその種族をランダムに一定数殺すのだ。
だが、反乱などまったく思いつかないのだ。ゴルヴェラ達の戦闘力を考えれば例え全員で反逆してもゴルヴェラ達はあっさりと皆殺しにするだろう。
反逆しても殺され、逃亡しても殺される。となれば付き従うしか方法は無かったのだ。
そんなエギュリムの元に報告が届く。
内容は人間の冒険者と思われる一行に発見されたというものである。
「それで?」
『ハ?』
「そいつらはどうした?始末したのか?」
『イエ…タダイマツイセキチュウデゴザイマス』
「クズが」
エギュリムはそう吐き捨てると剣を抜き、報告に来たオークの首を斬り落とす。周囲の魔物達は一声も上げる事はできない。ひたすら自分でなくて良かったと思うだけだった。今回の事に限らず、エギュリムはその時の気分で報告にきた者を殺す事がよくあったのだ。
「おいおい、エギュリムいきなり殺すなよ」
苦笑しながらズミュークがエギュリムの行為を責める。だが、本気でないことは明らかである。
「ふん、どうしてこのクズ共はこんなに使えんのだ。冒険者の一行ごとき始末した上で報告すれば良いものを」
「ははは、ゴブリンやオーク共にそれを求めるな。こいつらのような下等生物ではそこまで頭は回らんだろう」
「ふん、まぁルジアムに逃げ帰っただけだろう。だが何も出来まい」
「…だが、街の人間共が逃げ出すかもしれんぞ」
「ああ、その面倒があったな。ルジアムに急ぐとしよう」
エギュリムとズミュークに緊張感はない。だが、この報告を真摯に受け止めなかったとこがエギュリム達にとって大いに痛手となるのだが、この時の彼らはまだそれを知らない。
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森の中の街道をアレン、フィアーネ、レミア、フィリシア、ジェドの5人が走り、その後ろをゴブリン、オーク達の魔物が追う。
「そろそろだな…みんな」
アレンがそう言うと全員が頷くと、アレン達全員が一斉に振り返る。ゴブリン、オーク達はその様子に下卑た嗤い声をあげると武器を振りかざしながら突っ込んでくる。
短時間ではあるが激しい戦闘が、いや蹂躙が展開される。
アレンの剣がゴブリンの心臓を貫きゴブリンは口をパクパクと動かすとすぐにそのまま動かなくなる。
それを皮切りに他の4人もゴブリン、オーク達を血祭りに上げていく。
狭い街道のためにゴブリン、オーク達は数の優位を活かすことは出来ない。いや、開けた場所ならただ単に犠牲者の数が増えるだけだったろう。それだけ、この5人の戦闘力はゴブリン、オーク達を圧倒していたのだ。
ゴブリンやオーク達の顔に動揺の表情が浮かんだ。アレン達は別にゴブリン、オーク達の表情を正確に読み取れるわけではないのだが、この時のゴブリン、オーク達の恐怖にとらわれた感情を把握するのは容易だった。
「これぐらいでいい。1回引くぞ」
アレンの言葉に全員が頷くとアレン達はまた走り出す。仕込みが終わった以上、『この場所』で魔物達を蹂躙する意味はない。あくまで戦闘は短時間で魔物達の死体は広範囲にばらまかなくてはならないのだ。
アレン達の逃走に魔物達は顔を見合わせてアレン達を追う。数の優位を思い出したのかも知れない。
アレン達は50~70メートルごとに魔物達を蹂躙してはまた下がるという事をくり返していきその都度、街道に魔物達の死体が転がった。
それを何度も繰り返していくうちに魔物達は怒り狂い。半狂乱になってアレン達を追って行く。
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(誘ってるのか?)
エギュリムは森の中の街道をゆっくりと進みながら罠の可能性を考えていた。
「早く進め!!クズ共が!!」
ギ・バラグが周囲のゴブリン達を怒鳴りつけるのを、エギュリムは意識の端にとらえ次いで他のゴルヴェラを視界にとらえる。
(まぁ…人間共がどんな罠を張っていようが、我らゴルヴェラに通じるはずがないがな)
エギュリムの中で、いやゴルヴェラの中では人間はただ嬲り殺されるだけの存在であった。
そんな人間がいくら罠に嵌めようとしても同じく嬲り殺されるだけの存在であるゴブリン、オーク達が死ぬだけでありエギュリムにとって痛くも痒くもなかったのだ。
「エギュリム」
ズミュークがエギュリムに話しかける。ズミュークは一行の参謀的存在であり、この件についてエギュリムに一応の注意を促そうと思っての行動であった。
「なんだ?」
「ひょっとして人間は我らを誘っているのではないか?」
「その可能性は十分にある。だが、ズミューク」
「ん?」
「人間如きが何を考えようが我々に通じるか?」
「ないな」
「だろう?せいぜい考えられる罠は伏兵を置くぐらいだ。だが、人間如きの伏兵など踏みつぶしてしまえば何の問題もない」
「確かにな。すまんなエギュリム、俺らしくもない弱気な言葉だった」
「いや、お前の用心深さはお前の長所だ」
エギュリムは街道の横に除けられているゴブリンやオーク達の死体に目をやる。ゴルヴェラの進行の邪魔にならないように配下の者達が死体を片付けたのだった。
(逃げたという冒険者達はそれなりの腕ということだな)
エギュリムはそう思いニヤリと嗤う。嬲り殺しにするにしても多少は抵抗してもらわないと面白くない。
『テキシュウ!!!!』
その時、エギュリムの耳にざわめく配下の言葉が入った。
その言葉が配下の者達の口から上ると、ゴブリン、オーク達は動揺する。
『敵はいないはずではなかったのか?』
『逃げた冒険者を追っていたのではなかったのか?』
そんな思いがもたらした動揺である。
エギュリムとズミュークは視線を交わすと互いにニヤリと嗤い。前列に向かって騎乗している魔獣に鞭をいれ先を急ぐ。それを見た他のゴルヴェラ達も後に続いた。
エギュリム達の中には自分達を傷つけるような強者が敵に中にいるとは思えなかったために行動が軽い。いや、むしろ傷つける事が出来るのならやってみろという傲慢さがあった。
エギュリム達が進む間にゴブリン、オーク達の会話の断片をエギュリム達の耳は拾う。
『テキ』
『アンデ』
『オオイ』
『スケル』
『デッド』
などの言葉の断片が耳に入ってきた。その中にいくつか気になる言葉があった。それらをつなぎ合わせると…。
『敵はアンデッドで数が多い』
という感じになる。その事に思い至ったときに、エギュリムは嗤う。
(くくく…先程の冒険者達の中に死霊術師がいたというわけか。まぁ百体といったところだろうな)
エギュリム達は速度を落とすことなく進み、森の出口に到着する。光が差し込み一瞬、視界が効かなくなる。
視力を回復したエギュリム達の目に飛び込んだのは自分達以上の異形の軍団であった。
その軍団を構成する兵士達は人間の骸骨であった。
その軍団の所々に身長2メートルほどの瘴気によって構成された体を持つ禍々しい騎士がいた。
「な…」
エギュリムの口から言葉が漏れる。たった一言であったがそこにあったのは『驚き』の感情であった。




