魔将Ⅱ②
今回も登場人物ががっつり増えました。
ローエンシア王国のジルガルド地方の最大の都市であるルジアムへの街道を、異形の軍隊が行軍している。
その異形の軍隊の種族は様々だ。
一番多いのはゴブリン、次いでオーク、そして所々にトロル、サイクロプスの巨体が混ざり、数は少ないがエルギル、デリングと呼ばれる種族も少数だが見える。
この異形の軍隊は、魔将エギュリム率いる軍隊であり、ゴルヴェラという魔人種が複数所属するという悪夢としか思えない軍隊であった。
「エギュリム」
魔将エギュリムに声をかけたのは同じ『ゴルヴェラ』のズミュークである。エギュリムの右腕と呼んでも差し支えない男である。
ズミュークに声をかけられたエギュリムはちらりと視線を移す。この異形の軍隊にあって騎乗しているのは『ゴルヴェラ』だけである。他の種族は全員が徒歩である。エギュリムに関わらずゴルヴェラはその高い能力から他の種族を見下しており、他の種族に気を許している者はいない。
「なんだ?」
「そろそろ、休息をいれないか?」
「なぜだ?」
「ゴブリンやオーク達に疲労がたまり始めている」
「ちっ…クズ共が」
「その点は同意だが、いざとなった時に使い物にならなかった場合は困る」
「確かにな…ズミューク、全軍に小休止をいれるよう伝えろ」
「わかった」
ズミュークが近くのデリングに指示を出すと、命令が伝達され異形の軍隊は行軍を停止する。するとみな思い思いの場所で休み始める。
するとエギュリムの周囲にゴルヴェラ達が集まってくる。
全員が騎獣から降り円形に座ると話し始める。
「あと3日程でルジアムだな」
ズミュークがそう言うと、一体のゴルヴェラが面倒だなという声でズミュークの言葉に反応する。
「ああ、さっさと人間共を殺してぇな」
その声を出したのはクルゴムド、言葉通り殺戮を好むゴルヴェラだ。腰の両側に『鞭』と呼ばれる打撃武器をつけている。この鞭とは鞭とは違う武器であり、1メートル程のミスリル製の棒に鋼鉄の輪をつけた武器である。鋼鉄の輪をつけているのは敵と触れる面積を小さくする事で打撃効果を上げるためである。
「くくく、クルゴムド焦るなよ。みなお前と同じ気持ちだ。弱々しい人間の怨嗟の声や絶叫を聞くのが楽しみでない者がここにいるわけはないだろう」
クルゴムドに嗤いながら言うのはジ・バル、戦斧を振るい他の種族を蹂躙するのがないよりも好きな男である。
「でもよぉ」
クルゴムドは不満そうな声を出す。周囲のゴルヴェラ達はその様子に笑う。
「それでエギュリム、ルジアムを落としたら次はどうするんだ?」
別のゴルヴェラがエギュリムに聞く。聞いたゴルヴェラの名はネルク、剣が得意だが、暗器も得意で変則的な戦いをする男だ。
「王都を攻めるつもりだ」
エギュリムの言葉には強者の傲りが見えるが、誰もそれを咎めない。王都など自分達ゴルヴェラだけで十分制圧可能という自信があるのだ。
「ひゃはは、それはいいな。王都はこんな田舎と違って人間も多いからな。殺しがいがあるな」
下品な嗤い声とともに賛意を示したのはギ・バラグ。徒手空拳の使い手であり素手で敵を引き裂くことに無上の喜びを感じる。またゴルヴェラの持つ高い魔力を肉体強化に回しており、魔術的素養はない。
「お前の殺し方は散らかるからなほどほどにしろよ」
ギ・バラグを窘めたのは魔術師のヴォルメルスである。ヴォルメルスは魔術師としての腕前はゴルヴェラの中でも五本の指に入るという腕前だ。
「お前の殺し方なら黒焦げになるだろうが」
ヴォルメルスに突っ込みを入れたのはジュガ、双剣を持って敵を切り刻むのが好きな男だ。
そのやりとりをジルゴル、カイブル、リラムンドは眺めながら笑う。
ジルゴルは、槍の名手であり、蚤でさえ貫くことが出来ると豪語する男だ。性格は他のゴルヴェラ同様残忍である。
カイブルは弓の名手であり、逃げる敵を後ろから射殺す事を何よりも好む。
最後のリラムンドは大鎌を振るい敵の首を狩るのを至上の喜びとしているのだ。
ゴルヴェラは前述したように自分達の身体的能力、魔力、知能が傑出しているために他の種族の見下しがちである。
魔族との差異は種族的にはほとんどない。言わば認識の違いと思えば良いのかもしれない。つまり自分の一族を『魔族』と思えば魔族であるし、『ゴルヴェラ』と名乗ればゴルヴェラという感じなのだ。
「なぁエギュリム、まずはルジアムの人間達だが、ガキは俺に殺させてくれよ」
ジルゴルが残忍な嗤いを浮かべる。
「また、あれをやるのか」
エギュリムがニヤリと嗤う。
『あれ』とはジルゴルが好むやり方だ。ジルゴルはどの種族だろうが子ども、特に赤ん坊を殺す事を好む。子ども、赤ん坊を頭上に放り上げて槍で突き殺すのだ。ジルゴルはそれをわざわざ親の目の前で行う。そうすることで親たちの絶叫がより響き、親が発狂したところでニヤニヤ嗤いながら親を突き殺すのだ。
「ああ、親が自分の目の前で何も出来ずに自分のガキが殺されるのを見るのは最高に楽しいぜ」
「好きにしろ。ただし…」
エギュリムはニヤリと嗤い、わざとらしく一呼吸置く。
「俺の目の前でやれよ?俺にも人間共が絶望し、怨嗟の声をあげるのを聞きたいからな」
エギュリムの言葉にゴルヴェラ達は愉快そうに嗤う。結局の所、エギュリムも魔将と呼ばれているが、それは人間達の勝手な区分けによるものだ。エギュリムにしてみれば人間とは自分達の殺しの欲求を受けるだけの惨めな生き物でしかないのだ。
「それにしても、ルジアムの軍隊は既に自分の守るべき都市が落ちた時にどんな顔をするかな」
「ああ、得意気に凱旋するんだろうが、都市の惨状を見たときにどんな顔をするか楽しみだ」
「いっその事、都市に入ったところで皆殺しというこうぜ」
「そりゃいいな」
ゴルヴェラ達は嗤う。自分達よりも強い者がいないという傲りがそうさせているのだが、彼らは知らなかったのだ。自分達よりも強く、自分達よりも狡賢く、容赦がない存在が自分達を狙っていることを…。
彼らがその事に気付くのまであと2日ほどの時間がかかる。そしてそれがこのゴルヴェラ達にとって他者を見下せる最後の時間になったのだ。




