演習⑰
先日の後書きで演習編は終わりと書いておいたのですが、どちらかというと新章というよりも演習編の最後という内容になったので、今回までが演習編となりました。
ジルガルド地方の行政を司るルジアムにある行政府の転移施設に深夜転移する者達がいた。
もちろん今日、魔将候補達を討伐に出かけていったアレン達である。一度に全員を運ぶことは出来ないので、何度かに分けて討伐に参加した全員がルジアムに帰還するが、彼らにのんびりとする時間はない。
ルジアムを魔将が襲うという情報を手に入れたアレン達は、ジグドーラ都市長に都市の防御を固める進言をしなくてはならないのだ。
都市長のもとに向かうのはアレンとアルフィスの二人だけだ。あとのメンバー達は先に休んでもらう事にする。行政府は有事の際には司令部としての機能を果たすことになるために宿泊施設が併設されているのだ。その規模はかなりのもののために、20人程であれば何の問題もなく宿泊することは可能だった。
皆に休息を取っておくように指示を出すとアレンとアルフィスは都市長の執務室へ向かう。職員に聞いたところ都市長は深夜にも関わらず執務室で仕事をしていると言うことだった。
都市長が帰宅していなかったのは正直助かったとアレンとアルフィスは思う。もし都市長が帰宅していればそれだけ対応が遅れるのだ。
アレンとアルフィスは執務室の扉をノックすると都市長が「どうぞ」といった瞬間に扉を開け放ち入室する。
「都市長、緊急事態だ」
アルフィスが第一声で都市長に緊急事態である事を告げる。緊急事態という単語に都市長の顔が強張る。
「緊急事態とはまさか王女殿下の身に何かあったのですか!?」
「いや、魔将候補はすでに捕らえたし、大きな怪我をした者もいない」
「となると一体?」
都市長はアルフィスの言葉を聞いて内心驚いている。魔将候補を捕まえただけでなく戦死者もいないというのだ。アレン達がどのような方法で魔将候補を捕らえたか知りたいところだったが、緊急事態の内容を確認するのが先とその疑問は後回しにしたのだ。
「ルジアムに対し魔将が清軍中だ。どうやら討伐対象の魔将候補はその魔将の手下だったらしい」
「なんですと!!」
「そして、魔将の種族は『ゴルヴェラ』で率いる魔物は5000程だそうだ』
「ゴルヴェラ…そんな」
ゴルヴェラと聞いて都市長は目に見えて意気消沈する。生まれついての魔人を恐れない者などほとんどいない。都市長の顔に絶望が色濃く浮かぶ。
「しかも…5000…」
「そしてさらにマズイのがゴルヴェラは魔将だけじゃなく他に10体いる」
「11体も…」
「ああ、おそらく3日程度でルジアムに到達するだろうから対処を頼む」
「わかりました。すぐに王都への応援を要請いたします」
「そうしてくれ」
「王太子殿下はこれからどうされますか?」
都市長の言葉にはアルフィスを危険にさらすわけにはいかないために王都への避難を求める気持とアルフィスの実力を高く評価しているために残って欲しいという気持がせめぎ合っているようである。
「もちろん魔将を討ち取るために明日出陣する」
「な…」
アルフィスの答えに都市長は絶句する。『ゴルヴェラ』だけではなく約5000の魔物と戦うために出陣するというのはさすがに都市長の想像をはるかに超えた答えであったのだ。
「き、危険です!!王太子殿下はこの国になくてはならぬ御方!!」
「都市長、私はこの国の王太子だ。このルジアムの失陥は国防上どれだけ危険か知らないわけではないだろう」
「そ…それは…」
「確かに外部からの敵とまず戦うのはイスタリオン辺境伯だ。辺境伯軍が強力故に支援程度の戦力しか常駐していない。だが今回はそれが完全に裏目に出た。別の言い方をすれば上層部の失態なのだ。俺は王太子としてその失態を払拭せねばならない」
「しかし、それは…」
「都市長、これは王太子としての私の考えなのだ。翻意させることは出来ないし、国王陛下もまたそれを是とするだろう。それに何も勝算無しに魔将と戦うような事はしない」
「勝算があるというのですか?」
アルフィスの言葉に都市長は目を見開く。絶望しかない状況であったが、アルフィスの言葉に一縷の希望を見ているようだった。
「もちろんだ。実際に魔将候補の魔物達は700程であったが我々は完勝している。確かに厳しい戦いになるだろうが私はまったく悲観していない。むしろ、悲観するのは魔物達の方だ」
アルフィスの言葉に都市長はゴクリと唾を飲み込む。アルフィスの言葉は静かであったが覇気に満ちており都市長は反論の声を上げることはできない。
「都市長」
そこにアレンが都市長に声をかける。
「私はアンデッドを使役することが出来ます。いわば魔将が5000もの兵力を持っているからと言って心配する必要はありません。数での不利はないと断言できます」
「…」
「はっきり言わせてもらいましょう。都市長の不安は完全に杞憂です。魔将は我々が『無害化』させます」
「ですが先程、王太子殿下は王都から応援を要請するようにと…」
「それは別働隊がいた場合のための備えです。ですが恐らくゴルヴェラ達は別働隊を出す可能性は極端に低いでしょう」
「何故そのような…」
「魔将が『ゴルヴェラ』だからです」
「?」
「奴らは現在ルジアムに兵力がないと思っているからです」
「え?」
「魔将候補を討伐にイグラム森林地帯に向かっていると思っているからです」
「それでは…」
「はい、魔将候補はルジアムの軍をイグラム森林地帯へおびき寄せるための罠だったわけです。もちろんイグラム森林地帯に出向いたのは私達だけ、ですが魔将は私達を偵察部隊であると思った事でしょう。背後に本隊がいると思ったはずです。」
「しかし…」
「おそらく魔将はイグラム森林地帯から私達が野営した場所から大きく迂回したのでしょう。そして、そのままルジアムに繋がる街道をまっすぐ進んでいる事でしょう」
アレンの説明を都市長は静かに聞いている。
「わかりました。この都市の命運を王太子殿下、アインベルク卿に託させていただきますが、我々としましてもせめて何らかの支援をさせていただきたいと思います」
「ありがとうございます」
「具体的には、冒険者ギルドに支援の要請を出します」
都市長の申出にアレンとアルフィスは苦い顔をする。生半可な腕前の冒険者達では足手まといにしかならないからだ。
「10日程前から『オリハルコン』クラスの冒険者チーム『暁の女神』が滞在しているから出動を要請しよう」
『暁の女神』はその名が示すとおり女性だけで構成された冒険者チームだ。『オリハルコン』クラスの冒険者である以上、個々のメンバーの実力も非常に高いが、このチームは連携により互いを支援し合うことで実力以上の成果を上げている。
「『暁の女神』と言えば確か、アナスタシア=レーギットが所属していましたよね」
「ああ、彼女の魔術は広範囲なものだ。それに魔法剣士でありリーダーのリリア、戦士のエヴァンゼリン、神官戦士のユイメ、レンジャーのミアの五人だ」
「他に目ぼしい冒険者は?」
「他に『ミスリル』の冒険者チーム『鋼』がいます」
『鋼』は荒事を好む戦闘に特化した冒険者チームで、メンバーは戦闘狂ぞろいである。そのためにしょっちゅう暴力沙汰を起こし評判ははっきり言ってよろしくない。
「『鋼』か…まぁしょうがないか…」
アレンは背に腹は変えられないと割り切る事にした。
「それでは、明日の朝一番で冒険者ギルドに依頼を出しておきます」
「頼みます」
「それでは申し訳ありませんが、我々は一度休ませていただきます」
アレンの言葉に都市長は頷く。働きづめの一日だっただろうからさすがに疲労はたまっているだろうし、明日からまた動き出してもらうのだ。
「はい、こちらは事務処理関連をやっておきますので、王太子殿下やアインベルク卿はごゆっくりとお休みください」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
都市長の申出にアレンとアルフィスは礼を言うと執務室を退出する。
そのまま、宿泊施設のベッドに潜り込み目を閉じると、睡魔が襲ってくる。
(明日も…忙……し…い…)
こうしてアレンの忙しい一日は終わった。そして、また明日からはさらに忙しくなるのだ。その事を理解していたアレンはこのベッドの安らぎを噛みしめながら眠るのであった。




