演習⑯
魔物の話す言葉が『カタカナ表記』となっていますが、カタコトっぽくしたかったのでこうなりました。読みづらいとは思いますがご了承ください。
魔将候補が降伏したことで、魔物達は抵抗することを止め跪いたのだった。それを受けてアレン達が魔将候補を降伏させたか若しくは討ち取った事を察したアディラ達もやってきて全員で魔将候補を取り囲んでいた。
その輪の中で魔将候補は居心地が悪そうに項垂れている。
それはそうだろう、ついさっきまで数を頼みにアレン達を嬲り殺すつもりだったのに、蓋を開けてみればとんでもない化け物ばかりだったのだ。もし時間を巻き戻すことが出来るのなら絶対に逃げ出していたことだろう。
魔将候補の種族名は『エルギル』という亜人種だ。エルギルは知能に優れ、魔力も高く、魔術を使いこなす魔物でゴブリンやオーク達を従えることが多かった。魔将候補としてはかなり有名な存在である。
容貌は、身長は成人男性とほぼ変わらず、浅黒い肌に、とがった耳、目は大きく、鼻はつぶれ、口元には牙がびっしりと生えている。
「名前は?」
アレンが魔将候補に尋ねる。亜人種は独自の社会を形成しており、エルギルも集落を作って生活を営んでいるために名前という概念があるのだ。
『イジュ…デス』
魔将候補はイジュと名乗る。どうやらアレン達に逆らうつもりは一切無いようだった。あれほどの戦闘力を見せつけられてなお、逆らうという選択肢を選ぶのは愚か者以外の何者でもない。いや、逆らうという選択肢がある時点で愚か者の烙印を押されることは間違いなかった。
「そうかイジュ、お前達は俺達に敗れた…そうだな?」
わざと一呼吸置いてアレンは確認する。
『ソウデス。ワレワレハ アナタサマガタニハ サカライマセン』
「そうか…俺達は投降者を殺すような事はしないからとりあえずは安心しろ」
『アリガトウゴザイマス』
「ただし、無罪放免とはいかない。お前達は俺達に仕えてもらう」
『エ?』
アレンの言葉にイジュは戸惑っている。魔物である我々を殺さずに召し抱えるというアレンの言葉はイジュにとって予想外であったのだ。
「言っておくが拒否は認めん。もし拒否するというのならここで殺すまでだ」
アレンの辞書に『敵への情け』などという言葉はないのだ。
『ハハァ!!アナタサマニ ツカエサセテ イタダキマス!!!』
イジュは平身低頭しアレンの申出を受ける。
「そうか、別に俺達はお前達に無茶な事をさせるつもりはないから安心しろ。ただ、俺達が戦闘を行うときにはお前達も参戦してもらう」
『ハハァ!!』
完全に心折れているイジュ達はアレンの言葉に異を唱えるような事はしない。
『ツキマシテハ アナタサマヲ ナントオヨビスレバ…』
「そうだな俺の名はアレンティス=アインベルクだ。アインベルク卿とでも呼べ」
『ハハア!!』
イジュはアレンの言葉を聞くと再び平身低頭する
「さて…」
アレンがここからが本題とばかりにイジュに質問する。
「イジュ…ここからの話は気を付けろよ?」
『エ?』
「お前にこれから質問するが嘘をついたと判断したらそこでお前達の命は終わりだ。部下達の命がお前の舌にかかっている事を理解した上で答えろ」
『…』
ゴクリとイジュは唾を飲み込む。アレンの言葉が脅しではなく本気である事をイジュは察したのだ。そして、嘘をついたと判断した瞬間に自分達は間違いなく殺されると言う事も同時に察していた。
「さて、俺の質問は簡単だ。お前は誰の命令で俺達に戦いを挑んだ?」
アレンの言葉に『え?』という顔をしたのはアルフィス以外の者達である。
「どういうことだ?」
「こいつが目的の魔将候補じゃ…」
「黒幕がいるとでも言うのか?」
ザワザワと周囲の者達が困惑しながら話し出す。
「アレン様どういうことですか?」
アディラが一同を代表してアレンに質問する。
「ああ、アルフィスが言っていただろ、魔将候補達が現れたのは王家の直轄地と国防上大切な土地だと」
アレンの言葉にアディラは『あっ!!』という顔をする。アレンとアルフィスとの会話を思い出したのだろう。
「その時のアルフィスの推理は、外国勢力、魔族、国内の反王家の貴族というものだったろ?」
「はい」
「だが実際にイジュ達と戦ってみて、それ以外の存在の可能性が出てきたんだ」
「え?」
「イジュの戦闘力ではトロルやサイクロプスを統制できない。いや、1体か2体であれば可能かもしれんがトロル達の数は合計して100程度…多すぎるだろ」
「…つまり大本は別にいるというわけですか?」
「ああ、イジュは確かに魔将候補なんだろうけど、他にもっと強力な魔将候補、もしくは魔将に仕えていたんじゃないか? そいつに俺達を殺せという命令を受けて派遣されたんじゃないか?」
アレンの言葉に全員が黙る。
「アレン」
アルフィスがアレンに声をかける。
「なんだ?」
「俺はお前の話を聞いて少し不安になってきたんだが…」
「お前もか…」
「ああ、狙われているのはルジアム…か?」
「お前の考えと一緒か…お前が別の所を指摘してくれてたら…俺は安心出来たんだがな」
アレンとアルフィスの会話を聞いて全員の顔にまたしても『?』がうかぶ。
「アレン、どういうこと?」
フィアーネがアレンに尋ねる。
「いいか…もしイジュが魔将の部下で俺達を殺しに来たのなら、ルジアムが狙われるという図式が成り立つんだ」
「?」
「現在、ジルガルド地方に駐留している軍は、ルジアムにいる一個大隊だけだ」
アレンの言葉にフィアーネは頷く。
「まさか、たった23人を殺すのに6~700の魔物を差し向けるというのはいくらなんでも数が多すぎる」
「でも、その前にゴブリン達を撃退したわ」
「ああ、確かにゴブリン達はな…でも、次のイジュ達はトロル、サイクロプスを含んだ大規模なものだ。それはもっと大規模な軍を相手にするつもりだったと考える事が出来ないか?」
「それがルジアムの一個大隊…」
「そう、そして魔将が現在ルジアムを守る軍はいないと判断していたら?」
「ルジアムに向かう…」
「もし、魔将が部下をイスタリオン辺境伯領に派遣して一個旅団を増援に向かわせていたとしたら?」
「…まずいわね」
「ああ、実際には一個大隊がいるから持ちこたえる事が出来るかも知れないが危険であることは間違いない」
アレンとフィアーネの会話を聞いて理解したのだろう。
「イジュ…今の話を聞いていただろう? 俺の予想は外れているか?」
『…イイエ』
イジュの言葉に一同は声を失う。
「そうか…それで最初の質問に戻そう。お前に命令を出したのは誰だ?」
『エギュリムサマ デス』
「エギュリムか…そいつが魔将か?」
『ハイ、アト エギュリムサマハ 『ゴルヴェラ』デゴザイマス』
ゴルヴェラと聞いてアレン達は息をのむ。
ゴルヴェラという種族は、亜人種ではなく魔人種に分類される。人間が儀式によって変貌する魔人と同じ呼び方だが、能力、禍々しさが魔人と酷似している。いわば生まれついての魔人と言ったところだ。
また知能は人間以上であり身体能力も魔力も人間よりも遥かに高い。ゴルヴェラの身体的特徴として、頭の両側から羊のような角とサソリのような尻尾が生えている事だろう。また目は複眼が集まって形成されており、蠅のような不気味な目をしている。
魔将がゴルヴェラなら、ルジアムの一個大隊だけでは確実に敗れるだろう。そしてその後はルジアムの住民達は間違いなく地獄の苦しみを味わった結果殺されるだろう。間違いなくトロルやサイクロプス達に食い散らかされるという未来が容易に想像できる。
「イジュ、ゴルヴェラはその魔将であるエギュリムだけか?」
『イイエ ゴルヴェラハ エギュリムサマ ダケデナク ホカニ10タイ オリマス』
10という言葉を聞いてアレン達は戦慄する。アレン達であればゴルヴェラが一体なら斃すことは可能だ。だが、一対一でゴルヴェラと戦えるのはアレン、アルフィス、フィアーネ、レミア、フィリシアだけだろう。それに対してゴルヴェラは11体、しかも他にも部下がいる事を考えればかなり厳しかった。
「そんな…」
「ゴルヴェラが11体って…」
「あり得ないだろ…」
状況の悪さに近衛騎士や傭兵達の口から弱気な声がもれる。
「さて…みんな、聞いての通りゴルヴェラが11体いる魔物の群れが相手だがすでに契約はイジュ達を撃破したことで完遂したと言える」
アレンはその声を受けて全員に話しかける。その声色には一切の動揺は感じられない。
「続いてのゴルヴェラを含んだ魔将の討伐は契約を結んでいないから、みんなはここで王都に戻ってもらいたい」
アレンの言葉にアディラが尋ねる。
「アレン様はどうするつもりですか?」
「俺?もちろん戦うさ」
アディラの問いにアレンはあっさりと答える。
「なら私も戦います!!」
アディラの言葉にアレンは『何を当たり前の事を』という顔をする。
「当たり前だ。アディラ、お前の力が今度の戦いには絶対必要だ。もちろん、フィアーネ、レミア、フィリシアもだ」
アレンの言葉に婚約者達は頷く。元々、アレンが魔将との戦闘を避けるとは思ってもいなかったのだ。理由は二つ、一つはアレンは他者の尊厳を踏みにじろうとする者をとことん嫌う。それを行おうとしている魔将をアレンは許すことは出来ない。もっと簡単に言ってしまえば魔将が気にくわないから潰してやると言う事。
もう一つは、ゴルヴェラという対魔神の戦力として申し分ない存在を放っておくつもりは一切無いのだ。
アレンの行動には正義感に基づいたものは確かにあるが、それ以上に嫌いな奴の邪魔をしてやろう、対魔神の準備という思いが強い。
「さて、アルフィスはさすがに王太子だからな…お前は危険だから帰った方がいいぞ」
「はぁ?アレン、お前はそんなアホだったのか?」
「でもなぁ~」
「考えても見ろ、ここで魔将を潰しておかないとどれだけ民に被害が出るか、わかったもんじゃないだろしかもこちらが有利な点があるだろ」
「有利?」
「ああ、こちらは魔将の行動を気付いているが、あっちはこちらが気付いたことを知らないだろ?」
「確かに…」
「じゃあ、その有利な状況を活かして奴らを罠に嵌めてしまおう」
「そうだな…」
アレンとアルフィスの会話を聞き、近衛騎士達が口々に言う。
「我々もお供させていただきます!!」
「殿下!!どうか我らも!!」
近衛騎士達の訴えをアルフィスは頷く事で了承の意を示す。
「もちろん、俺もシアも参加するぞ」
そこにジェドが発言する。
「この依頼を完遂できれば俺達は間違いなく『プラチナ』に昇格できるし、もしかしたら『ミスリル』にまで到達出来るかも知れない。こんなチャンスを逃すつもりはないぞ」
ジェドの言葉が本心のすべてでない事はアレン達にはわかっている。ジェドはジェドなりにアレン達を助けたいのだ。だが、それを口にはしない。口に出してしまえば安っぽくなってしまうからだ。
「そうか、そういうことならきちんとギルドには正確に成果を報告させてもらう」
「ああ、期待しててくれ」
アレンとジェドの会話が終わると傭兵達が今度は声をかける。
「アインベルク卿…正直俺達じゃあ役に立てるかどうかわからん…だが、俺達も参加の許可をくれ」
「いいのか?次は今回とは比較にならんぐらいの激しさだぞ」
「構わない!!アインベルク卿こそ忘れてはいないか?」
アヴィンの言葉にアレンは首を傾げる。
「この任務は俺達の試験でもあった事をだ」
アヴィンの言葉にアレンは思いだしたかのように頷く。
「そうだったな。確かに今までの状況ならほとんど役に立ってないな」
「そういうことだ。次の戦いこそ俺達を雇いたくなるような働きぶりを見せてやる」
アレンと傭兵達の会話が終わった所で、メリッサが声をかける。
「話もまとまったようですし、ルジアムに向かいましょう」
メリッサとエレナにとってアディラが参加する以上、降りるという選択肢はないのだ。当たり前の様に魔将との戦いに参加する事にしていたのだ。その事をわかっていたためにアレン達も何も言わない。
「そうだな…おいイジュ」
『ハイ!!』
「エギュリムの部隊はどれぐらいだ?」
『ハイ!!5000ホドデス』
「そうか…イジュ、俺達は一足先にルジアムの街に帰還するから、お前達は後から来い」
『ハハァ!!』
アレンの言葉に全員が驚く。監視の目がなくなればイジュ達がエギュリムに合流するのは明らかだったからだ。
「ちょっと、アレンいいの?」
「アレンさん…さすがにそれは信じすぎでは?」
フィアーネとフィリシアはアレンに苦言を呈する。だが、アレンはニヤリと嗤い返答する。
「構わないさ、もしイジュがエギュリムの元に戻ったらまとめて始末してしまえばいいさ」
アレンの言葉にビクッとしたのはイジュである。
「俺達とエギュリムを天秤にかけた結果、判断を誤るぐらいの状況判断しかないような奴が役に立つとは思えない」
すでにアレン達に恐怖心を植え付けられているイジュ達が再びアレン達と戦うという選択肢をとることはあり得なかった。アレン達の戦闘能力を体験した身としてはアレン達と敵対するなどという事は恐ろしすぎたのだ。
『ソノヨウナ マネハケッシテ!!ケッシテ!!イタシマセン!!』
ガタガタと震えイジュは頭をこすりつける。
アレンはイジュが裏切ったら裏切ったで構わないというのは本心だ。まずいのは逃亡した場合だろうが、生き残りの魔物達をつれて逃げ出してもはっきり言って脅威にはならない。トロルやサイクロプスはエギュリムの命令だから従っていたのだから、イジュが逃亡すれば確実に牙をむく。
「ああ、それから逃げ出しても構わんぞ。もし現れなければ俺は絶対にお前を見つけ息の根を止めてやるし、あり得ないことだがエギュリムを取り逃がした場合にはお前はそっちからも命を狙われることになるぞ」
『ヒィ!!』
「ちなみにエギュリムにあったらイジュの『おかげ』の部分を強調しておいてやるから安心しろ。俺とエギュリムのどちらからも逃げ切れる自信があるのならやってみるんだな」
『アインベルクキョウニハンコウするツモリナドモウトウゴザイマセン』
「お前の物わかりがよくて助かるよ」
『ハハァ!!!』
アレンとイジュの会話を聞いていた親友と婚約者達は苦笑する。どう考えてもアレンの方が悪人の言葉だったからだ。
「さて、それではかなりの強行軍で申し訳ないが、さっそくルジアムへ帰還しよう」
アレンの言葉に全員が頷いた。
これで演習編は終了です。
次回からは『魔将Ⅱ』編となります。演習編が前フリになってしまいました。




