演習⑭
フィアーネとフィリシアが森の方に展開された魔物達を斃すために出発してすぐに、背後に回り込んだ魔物達が前進を開始する。
相手の前衛にはトロル、サイクロプスの巨体が見える。この2種類の魔物の戦闘力はゴブリン達など比べること自体が可笑しいぐらい差があった。
アレンは召喚しておいたスケルトンソードマン達に命令を下す。
その命令とは『前進し敵を殲滅せよ』というものである。生ある者達であればこの命令には尻込みしたことであろう。だが、アンデッドであるスケルトンソードマン達は不平をいうのでもなく前進を始める。手に握られた剣は所々錆びておりもの悲しい気分になる。
スケルトンソードマン達の前進を受けてもそこに魔物達の動揺はない。むしろ一撃で粉砕してやるという気概が見て取れる。
「アレン、後退はいつ頃だ?」
アルフィスがアレンに後退のタイミングを尋ねる。
「スケルトンソードマン達の防衛線が破れてから少しずつ後退を始める」
「そうか、しかしあのトロルとサイクロプスは確実に俺達を嬲り殺しにしてやろうという意識だな」
「まぁ、あいつらは知能がそれほど高くないからな。体の大きさが戦闘力の高さに比例すると思ってるんだろ」
どんな戦いにおいても体格が大きいというのはそれだけで有利なのはまず間違いないだろう。体格の有利さを覆すのは容易ではないのだ。その点でトロルやサイクロプスが自分達よりもはるかに劣る体格の人間達を甘く見るのは仕方のないことだと言える。
「あのニヤニヤした顔…今すぐにでも皆殺しにしたいんだが…」
アルフィスの言葉にアレンは心の中で同意する。確かにこちらを完全に嬲り殺してやろうという意図を放っているトロルやサイクロプスには嫌悪感しか湧かない。
「まぁ…楽しみは後に取っておこう」
「ああ、我慢するさ」
アレンとアルフィスの会話が終わると待っていたかのように、スケルトンソードマン達にトロル、サイクロプス達が襲いかかる。
そこにアディラがつがえた矢を放つ。距離は200メートル程だ。アディラの腕ならまず間違いなく命中するだろう。そして、トロルの一体の肩口に命中する。だが、すでにスケルトンソードマン達との戦いが始まっておりトロルの表情には苦痛は見えない。
どうやら興奮状態にあるようだった。
スケルトンソードマン達が剣を構え、トロルとサイクロプス達に斬りかかる。トロルやサイクロプス達は手に持った巨大な棍棒を振り回してスケルトンソードマン達を迎え撃つ。
トロルがスケルトンソードマン達に突っ込むと棍棒を振り回す。棍棒に殴られたスケルトンソードマンは構成する骨を砕かれバラバラになりながら10数メートルの距離をとび地面に撒き散らされる。
もう一撃で、他のスケルトンソードマンを薙ぎ払うとまたも10数メートルの距離をとんでスケルトンソードマンの骨が散乱する。
「あらら…ちょっとアンデッドが弱すぎるんじゃないか?」
「う~ん…国営墓地のアンデッドじゃないからな」
「ジャスベイン領のアンデッドだったか?」
「ああ、それでも自然発生的なアンデッドよりも少しは強いはずなんだけどな」
「トロルやサイクロプスにしてみれば変わらないというわけか」
「しかし、やっぱり俺達を舐めてるんだろうな」
「まぁそうだな。ある意味やりやすくて助かる」
アレンとアルフィスが言う『俺達を舐めている』というのは、スケルトンソードマン達の薄すぎる防衛線をトロルやサイクロプス達は余裕で破り突っ込んでくるとアレン達は思っていたのだが、一体一体スケルトンソードマン達を破壊している。
おそらくじわじわと嬲っていこうという考えなのだろう。
最後のスケルトンソードマンがトロルの棍棒の一撃に頭から叩きつぶされるとニヤニヤという嗤いを浮かべトロルやサイクロプスがこちらにむけ走り出す。
「来るぞ!!アディラ!!」
「はい!!」
アディラはアレンの指示を受けてスケルトンアーチャーに命令を出す。その指示とは『とにかく射ろ!!』だ。
命令を受けたスケルトンアーチャー達は弓をつがえ一斉に放つ。五十本の矢がトロルやサイクロプスに降り注ぐが、残念ながらトロルやサイクロプスの皮膚には刺さるものはそれほどない。決定的に威力が足りないのだ。
大した怪我を負わないことに気付いたトロルやサイクロプスはスケルトンアーチャー達の放つ矢に煩わしそうにするが、ほとんど無視して迫ってくる。
アディラはその状況に動揺することなく自らも矢を放つ。
『ギィィィヤァァァァ!!』
トロルの一体が蹲り痛みの声を上げる。その状況を作り出したのはやはりアディラの矢である。特別な矢を使った訳ではない。アディラが狙ったのはトロルの眼だったのだ。アディラの矢に眼球を射貫かれたトロルはさすがにこれには耐えられなかったらしく痛みのあまりに蹲ったのだ。
だが、アディラはこれでも手加減していたのだ。もし、アディラが本気で射れば矢は眼球を貫き脳に達していた事だろう。
本気を出して魔物達を射殺すのはもう少し後になってからだと手加減をしたのだ。
アディラは立て続けに矢を放つ。大体5本に1本の割合でトロルとサイクロプスの眼球を射貫いていく。
「アディラ!!指示通り下がりながらこちらの支援を頼む」
「はい!!」
アディラはアレンの最初の指示を遂行するために後退を始める。アディラの周囲にはメリッサ、エレナ、傭兵達が護衛し、スケルトンアーチャー達が後に続く。
アレン、アルフィス、レミア、ジェド、ウォルター、ロバート、ヴォルグ、ヴィアンカの8人が前面に立ち、その後ろにシア、アルド、ロアン、近衛騎士達が並ぶ。アレン達前衛が打ち漏らした魔物を2段目が討ち取ると言う配置だった。
「いくぞ!!」
アレンが一声かけると他の前衛のメンバーが頷きトロルとサイクロプス立ちを迎え撃つ。
トロルが振り上げた棍棒が振り下ろされた事を合図に殺し合いが始まった。もっともアレン、アルフィス、レミアは殺しすぎないように手加減をしなくてはならずストレスのたまる戦いではあった。ただし、ジェドやウォルター達には自由にやるように指示を出していた。
アレンはトロルの振り下ろされる棍棒を避けると、通り抜け様にトロルの腹を斬り裂く。一太刀で胴を両断しないように十分に手加減した斬撃だったため、剣はトロルの内蔵に達することなくトロルは軽傷ですんだ。手加減された事に気付いていないトロルは下品な嗤い声を上げてアレンに再び棍棒を振りかざす。
アレンはまたも躱すとトロルの腕に切りつけた。アレンの剣はトロルの腕を切断することなく皮膚の表面を斬り裂いたにすぎない。この演技はアレンにとって苦痛以外の何物でもない。
アレンにとって斬撃というのは合理的に行うべきという信念があったのだ。その合理的というのは体の理に従ったもので、アレンは長い修練のうえに引っかかりを持つ事なく理に従った斬撃を放つ事が出来るのだ。その理に従い制するからこそ、アンデッドの核でさえたやすく斬り裂いているのだ。
だが、今回はその理に従ったいつもの斬撃を繰り出せばこの場にいるトロルやサイクロプスなど5分もあれば斬り捨てる事も可能だ。
だが、そんなことをすれば今までの苦労がすべて台無しになってしまう。そのため、理を無視したからだの使い方をせねばならず疲労とそれに伴うストレスが大きい。
アルフィスもレミアも似たような状況だ。トロルやサイクロプスごときを斬り捨てることができないという状況がストレスを生んでいるようだった。だからといってアルフィスやレミアが遅れをとることなどありえないのだけが救いだった。
ジェドは盾と剣を構えトロルの一体と相対している。トロルの棍棒の一撃は威力こそ凄まじいが、ジェドはあっさりと回避すると剣を振るい的確なダメージを与えていく。ジェドの現段階での戦闘力は、アレン達に比べればはるかに劣るのは事実だ。だが、一般的に見ればジェドは十分に強者の部類に入るのは間違いなかった。
何回目かの空振りを繰り返したトロルはさらに大振りを繰り返し、ジェドは決定的な一撃を放つタイミングを狙っていた。
「そろそろか…」
イラつきが最高潮に達したトロルは、横なぎの一撃を放つ。その攻撃に理は一切ない。ただ力任せの愚者の攻撃だった。
ジェドはその横なぎをかわすと懐に飛び込み腹を切り裂いた。ジェドの剣はトロルの腹筋を切り裂き内臓に達すると傷口からトロルの臓物がこぼれ落ちる。
トロルは痛みのために蹲り、その時に自分の内臓がこぼれ落ちているのを見ると必死に手で落ちた臓物をかき集め始めた。
ジェドはその様子を冷たく見て、トロルの首に剣を振り落とす。
シュバァァァ!!
トロルの首が落ち激闘を制したジェドであったが、そこに喜びはない。一息つくまもなく次のトロルが襲い掛かってきたからだ。
ウォルターとロバート、ヴォルグとヴィアンカはそれぞれコンビを組み、トロル、サイクロプスに相対する。彼らの先頭は非常に合理的であった。一人が敵の攻撃を引き受け、一人が隙を見つけて攻撃するという非常にシンプルなものであったが、その効果は絶大だった。
たとえばウォルターが敵の攻撃を引きつける時は、攻撃を考えずに防御に専念すればよいのだ。アレンやロムの攻撃に比べればトロルやサイクロプスの攻撃など単調であり、しかも大振りなためにかわすのにまったく苦労しない。むしろ楽すぎてあくびが出るレベルであった。
そして隙を見つけて攻撃を担当するロバートの方も、ただ力任せのトロルやサイクロプスなど攻撃すれば必ずダメージを与える程度の相手だった。
そんな調子で、的確に相手を弱らせ動きが鈍りきったときにトドメを刺し、4人の近衛騎士達は次々とトロル、サイクロプスを斃していった。
そして要所要所でアディラの矢が放たれ、後続の部隊の足は鈍る。アディラの支援は非常に的確で、トロル、サイクロプスの後続のゴブリンやオークの部隊が前に出ようとするたびに矢が降り注ぎその度に損害が出るのだ。
それでも当初の予定通りアレン達は少しずつ後退していくたびに魔物達は前進していく。そして、その一方で思わぬ抵抗を見せる人間たちに苛立ちを募らせていくのだ。
そしてその苛立ちが魔物達の冷静な判断を奪っていく。もともと数で大きく上まわり、戦闘力的にも大きな差があるのだから、人間ごときがどのような罠を張っていようが食い破ってしまえばよいという判断に傾いていく。
魔物達は魔将候補の指揮を離れようとしていたのだ。
その事を感じた魔将候補であったが、所詮は数が違うと思い、配下の者たちを戒めることはせず放置した。結局のところ、魔将候補もアレン達をなめていたのだ。
アレン達はさらに後退する。
それを見て魔将候補は全軍で追う。
「アレンさ~~ん!!」
フィリシアの声がアレンの耳に入る。そのことがわかるとアレンはニヤリと嗤う。
「フィアーネ…さすがだな…本当に戦闘では残念令嬢じゃないな」
アレンに呼びかけたのがフィリシアだけだった事でアレンは察する。
「よし…やるか…」
アレンはそう呟くと左右に伏せていたアンデッド達に命令を下す。召喚したアンデッド達は、召喚主の命令を思念として受信し命令に従うのだ。
アレンの命令は『立ち上がれ』だった。
たったそれだけの命令をアンデッド達は遵守したにすぎない。だがその効果は絶大だった。
左右にアンデッドが立ち上がり魔物達にその姿を見せつけたのだ。その数は片側だけで約200、両側で400のアンデッドの軍団 (とよぶには小規模だが)が現れた事に魔物達は驚愕する。
今の今まで魔物達は数で押しつぶしアレン達を嬲り殺すつもりだったのだ。だが、この段階で数の優位は失われたのだ。しかも、背後に配置していたはずの部隊の攻撃がないことに今にしてやっと疑問を持った。
人間たちを嬲り殺すという愉悦のときが去り、自分たちが罠にはまった事に気づいた魔物達の動揺は大きい。
そして、背後を見ると別のアンデッド達が壁を作っている。両側にアンデッドの軍団を見つけたことに動揺し意識がそれたわずかな時間に背後にアンデッド達の軍団が立っていたのだ。
「これで詰みだな」
動揺する魔物達にニヤリと嗤いかけながら、アレンは残酷な事実を突きつけた。
最後の主人公のセリフは『チェックメイト』の方が的確なのかもしれませんが、こちらの方がなんか私の琴線に触れましてこっちを使いました。
ですが、『投了』は自分が負けた事をしめす言葉であるとご指摘をうけました。そのために『これで詰みだ』に変更しました。




