表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
200/602

演習⑫

 ゴブリン達を撃退した後、アレン達は敵の再来襲に備えていたのだが、魔将候補はこなかった。


 どうやら、偵察というよりも数を聞いてゴブリン達だけで十分と考えた結果、本隊は出撃の用意をしていなかったのだろう。


「アレン」

「ん?」


 アレンにジェドが話しかけてくる。その顔には困惑が浮かんでいる。アレンの話からジェドもすぐ来ると思っていたためだ。


「来ないな…」

「ああ、すぐに来ると思ってたから当てが外れたな」


 一方のアレンは拍子抜けしたかのような声だ。だが、これはアレンの演技である。アレンは現在指揮官としてこの場にいる。実際今までは面白いほど自分の予想の範囲内で事が進んでいたのだから増長まではしていないが僅かな躓きを感じているのだ。


 アレンがいくら墓守として毎日、国営墓地でアンデッドを斃していようとあくまで使うのは自分の武勇だ。戦場で指揮官として動くというのは今回初めて経験するのだ。いかにアレンといえども不安がないとは言えない。


「となると、みんなには休憩をとりつつ食事をとってもらおう」

「ああ、確かに食事の時間だな」

「お~い、フィアーネ!!」


 アレンがフィアーネを呼ぶと少し離れた所にいたフィアーネはアレンのもとに駆けてくる。


「どうしたの?」

「ああ、どうやら食事をとるぐらいの時間はあるみたいだ」

「わかったわ。襲撃を考えるとあんまり重いものは止めといた方が良いわね」

「ああ…まさか、お前が作るのか?」

「正確に言えば私もよ。女性陣でつくるわ」

「え?」

「何不満なの?」

「いや、そうじゃなくこういうのって器具と食料を渡して自分で作るもんじゃないの?」

「それはもっと規模が大きい舞台ならそうするかも知れないけど、今回のうちのような場合はまとめて作った方がはるかに効率がいいのよ」


 言われてみればごもっともな言葉だ。


「へ~シアは料理うまいんだけど、フィアーネは確か公爵家の令嬢なんだろ?大丈夫なのか?」


 ジェドが不安そうに聞く。


「大丈夫よ。こう見えてもアレンに手料理を振る舞うためにみんなで練習してるんだからね」


 えっへんとフィアーネは胸をはる。形の良い胸がゆれ少年2人の頬は少し赤みがさす。その後でジェドがアレンに嫉妬のこもった眼を向けた。


 その視線を感じ、アレンはジェドに小さく声をかける。


「何だよ?」

「別に~」

「いっとくがフィアーネには何もしてないからな」

「『には』って事はレミアとフィリシアにはすでに手を出したと言うことだな?」

「その2人にもまだ何もしてないぞ」

「…という事は、お前…」


 ジェドは残り1人の婚約者の顔を思い浮かべ絶句する。いくら婚約者といえども最も手を出しては駄目な相手だろう。


「ち、違う!!俺はアディラにも何もしていないぞ」


 アレンの言葉は嘘ではない。アディラに結婚を申し込んだときにキスはされたが、アレはされたのであってこちらからしたのではないのだ。たんなる詭弁だがアレンにしてみれば重要な事だったのだ。


「そうなのよ、アレンったら私達がどんなに迫っても手を出さないのよ」


 フィアーネが話に加わる。


「そうなのか?」

「ええ、この間もアレンの看病をした時にね…もが」


 アレンがフィアーネの口を掌でふさぐ。このままだとアレンは据え膳なんとやらのヘタレ野郎という評価に落ち着いてしまう。


 フィアーネはアレンの掌をはずすと恨みがましい眼でアレンを見ながら言う。


「もう!!何するのよアレン」

「頼むからフィアーネ、これ以上俺の精神を削らないでくれ」

「?」

「頼むから!!」


 ずいと顔を近づけてアレンは言うと、フィアーネはニコニコと微笑む。どうやら解ってくれたらしい。


「しょうがないわね。アレンをこれ以上からかうのも可哀想だし止めとくわね。それじゃあ食事の用意してくる。大体三十分ほどで出来るから待っててね」


 フィアーネはそう言うと女性陣の所に歩いていく。


 女性陣を集めてフィアーネが何か話し、しばらくして女性陣の顔に笑顔が浮かぶ。といってもレミア、フィリシア、アディラはやる気に満ちた笑顔に対して、メリッサ、エレナは諦めたかのような笑い、ヴィアンカとシアは苦笑いと言った感じだ。


「まぁ…いいか」


 女性陣の様子を見て深く考えないようにしようと思いアレンはジェドに視線をうつす。


「ところでさ…」

「何?」

「ジェドとシアは2人で依頼をこなしてるだろ」

「ああ」

「バランス悪くないか?ジェドが前衛、シアが後衛だろ。前衛がもう少しいた方がいいんじゃないか?」

「いや…実は昔は5人で組んでたんだ」


 『昔は』という言葉にアレンは事情を察する。この場にいない3人はすでに死んでしまったのだろう。「すまない」という言葉を言いかけたときに、ジェドは話し出す。


「誤解するなよ。その人達の1人は子どもが生まれた事を期に冒険者を引退し、あとの2人は結婚すると言う事でやっぱり冒険者を引退したから。死んだわけじゃないぞ」

「あ、そうなの」

「で俺とシアの2人だけになったんだけど俺達はランクも低いし、この年齢だからな足下を見られることが多くてな」

「なるほど、それで二人きりでやっていたというわけか」

「ああ、幸いにも俺もシアにもロムさんやキャサリンさんっていう先生が出来たからな。俺もシアも本職ほどじゃないが、前衛、後衛どちらもこなせるぞ」

「そうなのか」

「ああ、俺もシアもロムさんとキャサリンさんのどちらからも指導は受けている。シアはロムさんから格闘術をならっているから、ある程度の魔物なら撲殺できるんじゃないか?俺もキャサリンさんから術の手解きを受けたからスケルトンぐらいなら召喚できるぞ」

「お前ら…いつの間に…」


 アレンは友人の成長の方向性を見誤っていた。ロムもキャサリンも2人の長所をのばす指導方針と思っていたが、まさか長所を伸ばしつつ新しい能力を身につけさせようとしていたとは…このままあの2人の指導を受けていたら最終的にはワンマンアーミーと呼ばれるようになるかもしれない。


 となるとあの近衛騎士達もすでに術も仕込まれている可能性が高い。そういえば4人で騎子爵の魔族を斃したとか聞いた。本人達は『先生達の指導通りやったら勝てました』と言っていたがその指導の中にアンデッドを使役するものが含まれていたのではないだろうかと少し不安になる。


「さて、それじゃあ食事が出来るまでのんびりするかな」

「だな」


 アレンとジェドは周囲を警戒しながら移動する。






 女性陣が食事を作り始めてから30分程立った時に、周囲に上手そうなシチューの匂いが漂い始める。


「みんな~集まって~」


 レミアの声に男性陣が手渡された食器を持ち、上手そうな匂いを漂わせるシチューの鍋の前に並ぶとアディラがすくって食器に装っていく。アディラによそおってもらう事に近衛騎士達は緊張していたが、あまりにも嬉しそうにシチューをつぐアディラに何も言えず恐縮していた。


 本日の食事は、野菜と肉が少々入ったシチューとパン二個だ。少々物足りない感じもするが、いつ敵襲があるか解らないために軽めにとっておく必要があるとの判断からであった。


 女性陣が作ったシチューは短時間で調味料が限られているというのにとても美味しかった。その事を告げると女性陣達は嬉しそうに微笑み話に花が咲いた。


 質素だが楽しい食事の時間は終わり、アレンは交代で休むように伝える。みなその指示に異を唱えることなく交代で睡眠を取り始める。


「フィアーネ、頼みたいことがある」

「何?」

「アンデッドを召喚してくれ」

「いいけどどれぐらい?」

「スケルトンソードマンを200体、デスナイト5体を西側に配置する。召喚した後は伏せさせておいてくれ」

「なるほど…わかったわ」

「ああ、東側は俺が同数を配置しておく」

「その後はここに配置するとしてこっちの内訳は?」

「ここはスケルトンソードマンを50体、スケルトンアーチャーを50体」

「わかったわ。でも…」

「何?」

「最初はこの23人だけって言ってたじゃない。なんで心変わりしたの?」

「実は反省したんだ」

「反省?」

「俺は自惚れていたんだ。俺達の戦闘力はすさまじく高いのは事実だ」

「うん」

「だが、この場にはそうじゃない人達もいる」

「そんな人達を俺の自惚れに巻き込んで不利な状況で戦わせることはやってはいけないことだとさっきのゴブリン達との戦いで思い知らされた」

「でも勝ったじゃない」

「あのゴブリン達にはな。だが近衛騎士やロアンは明らかに息が上がっていた。あのまますぐに本隊が来てたらあの人達はやられたかも知れない」

「確かにね。あの人達は決して弱くないけど、さすがに数が違うわ」

「そういうことだ。俺は指揮官ごっこをしてたという事に今更ながら気づいたのさ」

「なるほど…」

「そう、『ごっこ』は終わり。これからは指揮官として最善の方法をとることにする」

「ねぇ…アレン」

「何だ?」

「やっぱり、あなたは格好いいわよ」


 フィアーネは本心からそう思う。自分の誤りを素直に認めず状況を悪化させるものがこの世にどれだけ溢れているかをフィアーネは知っていた。面子と名誉を混同し、自らの誤りを認められない者はフィアーネの美意識では最も愚かな者に区分けされていたのだ。

 

 フィアーネは本心から言ってくれた事に気恥ずかしくなりアレンはつい自分が普段しない言葉を発した。


「だろ?だからこそお前も俺に惚れたんだろ」


 アレンが珍しく気障な言い方をする。せっかくの気障な言い方であったが、アレンの声は上ずってしまったためにしまらないことこの上なかった。


「ふふ、そういう気障な言い方が決まらないアレンに私は惚れちゃったのかもね」


 対してフィアーネは余裕の表情でアレンにかえす。どうも旗色が悪いなとアレンは思ったが言葉にはしない。


「それじゃあ、アレンは東側ね。私は西側に配置してくるわね」

「ああ、頼む」


 フィアーネはアレンの言葉を背に受け、振り返らずに右手を振りながら左側に向かう。


 配置を終えて戻ってきたアレンとフィアーネは自分達の背後にもアンデッドを召喚するとその場に伏せさせた。

 

 フィアーネには休むよう指示する。アレンは1人になると次の戦いについて思いを巡らせた。


「さて…」


 アレンは独りごちる。おそらく指揮官としてはあっちが上を行っていることだろう事を察している。


 となると相手がとる戦法としては…。


 そこまで考えた時にアレンは思う。


「そうか…失敗したな」


 アレンの言葉は誰も聞いていない。だが、想定していなかった自分の迂闊さには落胆してしまう。


 今からレミアを起こして事に当たってもらうには時間がなかった。


「そろそろ来るな…」


 アレンがそう言ったところで背後からの気配をアレンは感じた。十やそこらではない。500程の魔物の気配だ。


 アレン達は魔将候補にまんまと背後を取られたのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ