騎士④
アレンはスタスタと歩き出す。
遅れて、四人も歩き出した。
(何なんだ、あいつは・・・)
(あり得ない・・・俺たちが四人がかりで斃せなかったスケルトンをたった一太刀で)
(あの剣に秘密があるんだ。あの剣は一体・・・)
(さっきの一太刀・・・いや、その前にアインベルク卿はいつスケルトンの間合いに入ったの?)
四人とも、それぞれアレンの先ほどのスケルトンとの戦闘に囚われていた。理解できないと考える者、武器の性能に秘密があると考える者、アレンの技量についてとそれぞれであった。
そんな中、ヴィアンカがアレンにおずおずと声をかける。
「あの、アインベルク卿・・・」
「なんです?」
アレンの声はそっけない。その声にヴィアンカはたじろぐが、聞かないわけにはいかない。
「さっきのスケルトンは、いつもこの墓地で発生するのですか?」
「しますよ」
またもそっけない返答である。実の所、アレンは落胆していたのだ。この近衛騎士達のあまりの弱さに・・・。
「なぜ、スケルトンがあんなに強いんですか?我々の斬撃で断つことができないスケルトンなんか異常です」
「はぁ?何言ってんです?スケルトンが強いわけないでしょう」
「え?」
「あなた方が弱すぎるんですよ」
アレンの指摘に、四人とも不快感を生じるが、自分たちとの力量差は歴然としており、声を発することも出来なかった。それでも、ヴィアンカは反論する。本当はその資格がないことを誰よりも理解しているのに・・・
「私達は、近衛騎士です。その我々が弱すぎるはずがありません」
「何言ってんです?私がいつ近衛騎士が弱いと言いました?」
「え?」
「さっきも言ったでしょう。私は『あなた方』が弱すぎると言ったんです」
再びの指摘に四人は今度こそ何も返せない。近衛騎士という肩書きをとっぱらった四人自身が弱いとアレンは告げたのだ。ヴィアンカにとって、これは応えた。幼い頃から剣の才能を認められ、数々の試合で優勝し、史上最年少で女性として近衛騎士となった『天才』と呼ばれることが当たり前だったヴィアンカ自身が弱いと断言されたのだ。
「大体、あなた達の技量は稚拙すぎます。動きは無駄だらけ、全くまとまっていない。よく、その程度の実力でよく他人を見下せるものですね」
不機嫌の極致といったアレンの声に、ヴィアンカは黙るしかなかった。
(くそ!!このクソガキが!!)
(・・・何も言い返せないなんて情けない)
(武器だ!!武器に魔法を付帯させているからスケルトンを切り裂いたんだ。そうに決まっている!!)
(アインベルク卿から見れば、私の技量なんて稚拙すぎると言われても仕方がない・・・)
「それはそうと、また出ましたよ」
アレンがそう言って指さす。アレンの指し示した先を見ると、スケルトンが再び表れた。
先ほどのスケルトンと違うのは武装していることだ。自然発生したスケルトンの中には、時々、武装した者も表れる。その武装は瘴気や怨念により形成されたもので、核が崩壊すれば塵と消えてしまう。
そんなスケルトンをスケルトンウォリアー、スケルトンソードマン等と呼ぶ。武装の種類によって呼び方が変わるのだ。今回のスケルトンの武装は、剣を持つ者が2体、戦槌を持つ者が3体だ。つまり、スケルトンソードマンが2体、スケルトンウォリアーが3体というわけだ。
(素手のスケルトンすら倒せなかったのだから、これは絶対無理だな。ケガをされたり、死なれたりしたら面倒だから、この四人は戦わせないようにしよう)
「あいつらは私が戦いますから、あなた達は手を出さないように」
「そんな、アインベルク卿、私も戦います」
「邪魔です」
ヴィアンカの申出を一言でアレンは切り捨てる。もう少し、言い方があるようなものであるが、もはや彼らを足手まといのカテゴリーに入れているアレンとしては、態度が冷淡になるのは仕方のない事であった。
アレンは、出来ない、能力が低いという事で、見下すことは基本ない。見下すのは、能力と人格のダブルコンボで低いときに見下すのだ。現時点で、アレンの四人への評価は『実力が全くないくせに、権力をかさに他人を見下す、クズ』という最低レベルだった。
もはや、四人を相手にするのも馬鹿らしいといった風に、新たなスケルトンへ向け歩き出す。スケルトンもアレンの元に歩き出す。スケルトンに関わらずアンデットは基本、治世というものは存在しない。だが、今回のスケルトンは足の運び、構えなどにあからさまなスキは見られない。
先手を打ったのはスケルトンソードマンの2体だった。右側は突きを、左側は剣を振りかぶる。アレンは下がるような事はせず、剣を振りかぶったソードマンの懐に踏み込み、左手で振りかぶった剣の腕を止め、同時に剣で核を貫く。黒い靄が流れ出てソードマンの一体は崩れ落ちる。
踏み込んだことで、突きを躱された形になったもう一体のソードマンをアレンは体を回転させ背中から切りつける。瘴気で形成された鎧を紙のように切り裂き、胸部にある核を切り裂く。もう一体のソードマンも呆気なく崩れ去る。
アレンは、残りの三体のスケルトンウォリアーへ対峙する。一体目のウォリアーが戦槌を振りかぶる。アレンは先ほどと同じように振りかぶった事で空いた懐にい旬で間合いを詰め、核を一突きする。またもスケルトンはあっさりと消滅する。
次のスケルトンウォリアーの一撃を剣で受け止めると、アレンはスケルトンウォリアーの腕を掴んだ。その瞬間である。スケルトンウォリアーが一回転した。アレンに捕まれた瞬間にまるで自分から飛ぶように一回転する。そのまま地面に叩きつけられたスケルトンウォリアーの胸を踏み抜き、核を砕く。スケルトンウォリアーは、地面に叩きつけられたまま崩れ去った。
最後の一体に対しても、アレンは上段から一気に剣を振り下ろす。戦槌で受け止めようとしたが、アレンの剣は戦槌を断ち頭蓋骨から胸部にある核まで一気に断った。スケルトンウォリアーは切り離された左半身を地上に落とす。それから数秒後、背骨によって支えられていた右半身も崩れ去った。
(す・・・すごい・・・)
(一体、アインベルク卿は何をしたのだ?)
(武器は関係ないのか?確か一体は踏み砕いたぞ・・・)
(なぜ、握っただけであのスケルトンは一回転したの?あんな投げ技見たことない・・・)
四人はアレンの技量に感嘆する。先ほどの戦闘ではただ、一刀のもとに斬り捨てただけのようだったが、一部始終を目撃したときに、アレンの斬撃の鋭さ、状況に合わせての間合い、位置取り、体捌き、不可思議な投げと明らかに自分たちとは次元の違う技量に魅せられていた。
同時に、これほどの技量を持っているのなら、我々への態度も納得できる。増しては、自分達こそが最初にアレンを見下したのだ。はるか格下に見下されれば、それは愉快ではないだろう。自分を見下す近衛騎士がどれほどの実力かを見てみれば、お粗末というレベルですらなかったのだ。アレンが自分たちを役立たずと定めるのも当たり前だ。その事に考えが至った四人は、自分のやったことに恥じ入った。
ただ、アレンの目から見れば近衛騎士は弱すぎたが、四人が弱すぎるということはまったくない。スケルトンに手こずった事で、アレンの四人の評価は最低レベルまで下がったが、実はこれはしょうがないのだ。
この国営墓地は、瘴気が他の場所より遥かに濃いため、自然発生するようなアンデットは他の地域で発生する者よりもはるかに強いのだ。アレン自身は、ここのアンデットしか知らず、基準となるアンデットの強さが通常よりも遥かに上あったのだ。そのため、四人がかりでスケルトンを倒せなかった事がアレンは一気に評価が最低レベルに引き下げたのだ。ある意味、アレンの基準が高すぎる上での誤解であり、一般的な兵士、騎士達の強さの水準を知らない故の弊害であった。
「あ・・・あの・・・アインベルク卿」
ヴィアンカがおずおずとアレンに声をかける。
「なんですか?」
氷点下の視線を受けて、ヴィアンカは気圧される。しかし、ここでひるむわけにはいかない。
「先ほど、スケルトンの一体を投げ飛ばしましたね」
「それが何か?」
「スケルトンが自分で飛んだように見えましたが、あれは一体・・・」
「重心を崩して投げただけです。驚くようなことではないでしょう?」
「え?アインベルク卿はただスケルトンの腕を握っただけですよね。それなのにどうやって重心を崩したんですか?」
「口で説明するのは難しいですね」
「そ・・・それでは、後日教えていただきませんか!!」
「はぁ?」
「お願いします!!」
ヴィアンカが頼み込む。他の三人もアレンにそれぞれ告げる。
「私にも是非!!」
「私にも!!」
「私にもお願いします!!」
三人もヴィアンカに続き懇願する。四人の申出にアレンは困惑する。先ほどまでの敵意は四人には感じられない。何があったのだろうか?
(なんだ?この四人の目に先ほどまでの敵意はない。どうなっている?)
四人の目に敵意も嘲りも蔑みも負の感情は感じられない。それどころか敬意のこもった目を向けている。意味が分からない状況にアレンは困惑する。言葉を発しようとした時に響いた雄叫びにより、アレンは返答できなかった。
ウォォォォォォ!!!!!!!!!
獣のような雄叫びが聞こえたのである。
雄叫びの聞こえた方向を見ると巨大な甲冑に身を包んだ騎士がこちらに向けて走ってくるのが分かった。
アンデットの狂戦士であるデスバーサーカーであった。




