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演習⑩

 アレン達はイグラム森林地帯から1㎞ほど離れた場所に立っている。先程、最後の転移が終わり、23人の討伐隊のメンバーの任務は本格的に始まった。


 最初の転移で送られたのは、アレン、レミア、アディラ、近衛騎士のウォルター、ロバート、ヴォルグ、ヴィアンカである。実はアレンが最も緊張したのは最初の転移からアルフィスと合流するまでの時間である。


 戦力分散の危険性をおかしているし、なによりアルフィスを誘拐(自力で帰ってくる事は間違いないだろうが)する絶好のチャンスだからだ。もし転移魔術の担当の魔術師が裏切っていた場合には非常に面倒な事になったからだ。


 結果的には杞憂に終わり、アレンはほっと胸をなで下ろしていた。


「アレン様」


 アディラがアレンに声をかける。


「どうした?」

「はい、相手は形勢が悪くなると逃げ出すと言う事でしたよね」

「ああ、ディオグさんはそう言ってたな」

「普通に戦えばすぐに逃げ出すのではないですか?」


 アディラの言葉には、魔物と戦い敗れるという思いは感じられない。むしろ取り逃がすことを心配しているようだ。これは別に油断から来るものではない。アレン、アルフィス、フィアーネ、レミア、フィリシアの実力を考えれば普通に負けることはないという純然たる戦力分析によるものだ。


「そうだな…相手が猪突猛進の猛将タイプなら簡単だったんだがな…」

「はい」


 アレンとアディラの会話にアルフィスが入ってくる。


「だが、まずは魔将候補を探すことだな」

「いや、それには及ばない。勝手に見つけてくれる」

「?」

「ディオグさん達の話なら砦から軍が出撃したのをきちんと把握していたんだろ?」

「確かに…だが、相手を過小評価するのは愚かだが、過大評価するのも愚かだぞ」

「というと?」

「アレンは相手がすでにこちらを捕捉していると考えているようだが、実はあちらの監視がたいした事がないと想定もしておいた方がいいぞ」

「一理あるな」


 アルフィスの言葉は納得出来る。確かにすでに魔将候補がこちらを捕捉している可能性もあるがしていない可能性もある。とすればこちらも偵察を出す必要性があるということだ。


「アルフィス…俺は魔将候補に仕込みを入れたいと思う」

「仕込み?」

「ああ、そのためには俺が偵察に出る必要があるんだ。その間の指揮を頼めるか?」

「いいぞ。で?お前一人で行くのか?」

「ああ、相手を油断させるにはそれが一番だ」

「そうか…あんまり指揮官が現場を離れるのは感心しないんだがな」

「まぁ今回は仕方ない。アディラ」

「ひゃい」


 名前を呼ばれてアディラの声が上ずる。どうも、真剣に話すアレンに見とれていたみたいだ。


「な、何?」

「ああ、これから俺が偵察に出て帰ってくるまでの間に、この位置を中心に周囲を警戒しておいてくれ。お前の索敵能力は俺達より数段上だ」

「は、はい!!!!」


 アディラは力強く頷く。アレンに頼られた事が嬉しいのだろう。


「アルフィス」

「おう」

「お前は近衛騎士の人達、傭兵を指揮して野営の準備をしてくれ」

「わかった」

「それから出来るだけのんびりとやってくれ」

「…そうか、わかった」


 アレンの支持にアルフィスは少し考えて狙いが判ったのかニヤリと嗤う。あまりキビキビすると相手に強兵と見抜かれてしまう。そのためできるだけダラダラと野営することによって弱兵と思わせようとしたというわけだった。もちろんこんな手に相手が乗るとは限らないが、それでも相手の油断を誘っておくべきだろう。


「フィアーネ!!レミア!!フィリシア!!シア!!ジェド!!来てくれ!!」


 アレンが少し離れた所で談笑していたフィアーネ達に声をかけると、5人はこっちに駆けてくる。


「どうしたの?」

「ああ、これから俺は索敵にでるんだが…」

「よし!!まかせて!!」

「フィアーネまだ話の途中だぞ」

「え?ついてこいって事じゃないの?」

「ああ、みんなには違う仕事を頼みたい」

「何?」

「まずレミア」

「私?」

「ああ、森とこの平野の境目に転移魔術の拠点を作って欲しい」

「わかったわ、どれぐらい作ればいいの?」


 アレンは境目に視線を移し、指で数えながら考えている。


「大体、20メートル間隔で端から端までで頼む」

「わかったわ」

「フィアーネはアンデッドの召喚を天幕の中で行ってくれ。召喚するのはデスナイト2体そして戦闘が始まるまでは敵に見つからないように待機させておいてくれ」

「わかったわ」

「そして、フィリシア、シア、ジェドには森に入って少しの所を見回って欲しい」

「「わかったわ」」

「了解」

「但し、その時に『この仕事はつまらない』『指揮官がアホだ』とかそういう感じの不満を垂れ流して欲しい」

「?」

「もし、相手の斥候が人後を解するとして、その話を聞いた場合はまとまりのない集団と思わせる事ができるかもしれない」

「なるほど、相手の油断を誘うというわけですね」

「ああ、一応やっておいた方が良いだろうと思ってな」

「わかった」


 ジェドが同意するとシアとフィリシアも頷く。


「さて、とりあえずやるべき事はこれぐらいだな。それじゃあみんな頼むぞ」


 アレンの声に全員が頷くとそれぞれの仕事に散っていく。その様子をアレンは眺めると、自分は索敵に出かける。より正確に言えば敵に発見されに行くつもりだった。


「さて…」


 アレンは呟くと森に向かって歩き出す。アレン達が陣をはる位置から森林地帯まで約800メートル程だ。魔将候補の軍は当初の情報から600という事だが、多少の兵力が加算されたとしても700と言った所だろう。

 その600~700の集団である事を考えるとそれほど苦労はしなくても良いかもしれない。おそらく森林地帯の出入り口付近に陣取っているはずだ。


 アレンがそう考えた根拠はなにかというと、砦にいる軍が出撃して留守になったとたんに行動を開始したという事だ。魔将候補を操っている者がいようがいまいが、魔将候補の目的はジルガルド地方の蹂躙だろう。

 砦の軍がいない以上、対抗できる集団はジルガルド地方には存在しない。かといって平地に堂々と陣を張るほど魔将候補は強気ではないのだろう。いつ王都から応援が来るかわからないのだ。

 アレンはこれらの事を考えれば、魔将候補は決してこちらを侮っていないと思う。だが、恐れてもいない。侮っているのなら平地に陣を敷くだろうし、恐れていれば森の奥で息を潜めているはずだ。よって、どちらでもない魔将候補は森の入り口付近に滞在していると考えたのであった。


 もちろん、アレンの考えは的外れの可能性もあるが、それならそれで構わない。森の奥底に逃げているのなら、それだけ砦の軍が戻ってくるので、こちらとすればさらに優位に事がすすむ。

 アレンはこの討伐で戦力拡大とか訓練とかいう説明をしたが、やはり第一の目的は脅威の除去である。最終的に魔将候補の脅威が消えればそれでよいのである。


 アレンは一人で森の中に入ると、細心の注意をはらって進んでいく。ただアレンが本気を出して気配を絶てば魔将候補達が見つけてくれなくなる可能性もあったので、ほどほどに気配を消しながら歩いて行く。


 20分程奥に進んでいくと、アレンの気配察知にひっかかる者がいた。まだ向こうはこちらを発見していないようだ。警戒無しに進んでくるのがわかる。


「よし…」


 アレンは望み通りの展開に嗤う。とりあえずここで敵対者がいる事を相手に教えておかなければならないのだ。アレンは相手に気付かないフリをして歩き出す。理想は相手が少数である事、5~6体のグループである事が最も望ましい。ゴブリンである事はさらに望ましかった。


 ゴブリンは戦力として最下級に位置する魔物だ。シルバーどころかブロンズの冒険者でさえ逃げることを選択しないレベルだ。そこに複数とはいえゴブリン数体に逃げ出すような男が相手の目にどのようにうつるか? 言うまでもなく弱者にうつることだろう。そして斥候である以上、上役に報告するだろうから相手に動きがでる事だろう。


 それも弱者と思い込ませる事で戦闘を選択するとアレンは踏んでいる。それでも魔将候補はかなり用心深い性格らしいので、まずは偵察から入るだろう。そこでアルフィスやフィリシア達に頼んだ『仕込み』を眼にしてくれればさらに戦闘を選択する。



 お互いの距離が縮まってきたところで相手の動きが変わった事をアレンは感じる。どうやら相手がアレンに気付いたらしい。あとは出来るだけ何かを探している感じを演出すれば斥候と思ってくれることだろう。


 アレンは相手と距離が縮まってきたところで右側に曲がりそちらに進む。もちろん隙を見せることで、大した技量を持っていないという事と相手に気付いていませんよと誤解させることが目的だった。


 だが、ここでアレンの予想外の事が起こる。


 それは斥候のゴブリンがアレンに攻撃を仕掛けてきた事だった。ゴブリンは強い殺気アレンに向け放つ。ゴブリンの殺気を感じながらアレンは心の中でため息をつく。この距離で殺気をここまで放つことから相手の攻撃方法は見なくてもわかる。

 遠距離からの攻撃だ。ここまでわかっているアレンにとって躱す事など容易だ。問題はどのように躱すかだである

 あからさまに躱せば弱者と思わせるというアレンの考えは失敗に終わる。あくまでも偶然を装い攻撃を躱す必要があったのだ。



 アレンは何かを探すふりをしながら歩く。だが、意識は自分に注がれる殺気を放つ者に向けている。いつ敵が矢を放つかをアレンは待っているのだ。


 そして、ゴブリンから矢が放たれた。



 アレンはそれを察するとすかさず回避行動をとる。その回避行動とは躓いて転ぶことだ。アレンは転倒し、放たれた矢は数瞬前にアレンの首があった箇所を素通りして木に突き刺さった。


 アレンは驚愕の表情を浮かべ振り返る。振り返った先には弓を構えたゴブリンが初撃を外したことに怒りを発しているように見える。数は4体、3体のゴブリンが剣や槍、斧を構えケタケタ嗤いながらこちらに向かってくる。


 あんまりその様子が憎たらしいので、『皆殺しにするか?』と反射的にアレンは思ったのだが、当初の予定を思い出し、ぐっと我慢するとアレンは一目散に逃げ出す。


 アレンが逃亡したことで、アレンを弱者と思ったのだろうゴブリン達が追跡を始める。どうやらゴブリン達にとってアレンは戦うべき相手ではなく狩りの対象と思っているらしい。


 アレンが本気で逃げれば数秒も経たずに振り切ってしまうためにアレンは出来るだけゆっくりと、しかも本気で逃げているように見せるというかなりの演技力を必要とした。


『ゲゲゲゲゲ』

『クケケケッケケ』

『ヲルゥゥゥゥ!!!』


 下卑た嗤い声の中にゴブリンの言葉が混ざっているようだった。ゴブリン達は人語を解するかこの段階で判断はつかないが、少なくとも言語によって意思の疎通を図っているようだ。


 アレンは呑気にそんな事を思いながら走っている。途中で矢が何本か飛んできているが、アレンに命中することはなかった。


 アレンは何度も後ろを振り返りながら10分程走る。後ろを振り返るのはもちろんちゃんとついてきてるかの確認であったのだが、傍目には振り切ったかを確認しているように見えていたことだろう。

 視界にゴブリンを捕らえる度に安堵していたアレンはようやく目的の場所である森の出口に到着する。


 そこに見回りを頼んでいたフィリシア、シア、ジェドと出会う。血相変えて走ってくるアレンを見て、三人は戦闘態勢に入る。


 明らかにほっとした顔をアレンが浮かべ、フィリシア達の背中に隠れる。フィリシア達はアレンの行動が演技であるとすぐに理解した。フィリシアが小声でアレンに尋ねる。


「アレンさん、始末すべきですか?それとも逃げますか?」

「フィリシア、シア、ジェド、相手はゴブリンの斥候だ。ここでは殺さず、追い返すような感じにしてくれ」

「わかりました。ジェド」

「ああ、任せろ」


 フィリシアはジェドに声をかけると一歩前に進み出る。やっと3体のゴブリンが到着すると数が増えていることに少し驚いているようだが、アレンの演技が効いているのだろうかニタニタを嗤っている。


「ひっ」


 アレンは短く怯えた声を出す。フィリシアはアレンの怯える様ははっきり言ってお目にかかれることはまずないと思うと少し得した気分になった。


「でやぁぁぁぁぁぁぁっぁあ!!!!!!」


 フィリシアが一声叫びゴブリンに突撃する。いつものフィリシアの動きにしたら遅すぎる動きだがアレンから殺さないようにと言われているので、加減に加減を加えての攻撃である。


 フィリシアの攻撃をゴブリンは余裕で躱すと反撃に転じる。ゴブリンの剣をフィリシアは斧槍ハルバートの柄で受けると吹き飛ばされる。もちろん演技であるが、フィリシアの見た目は可憐な美少女であり荒事には向かないように見えるため、ゴブリンはそれほど不思議に思わなかったのだろう。いや、そこまでの知能がないのかも知れない。


 ジェドは剣を抜き、フィリシアを吹き飛ばした(というよりも自分で跳んだ)相手に斬りかかる。


 ジェドもこのゴブリン3体など即座に切り刻むことは可能だが、アレンの指示では『殺すな』だったために殺さないように十分に気を付ける。


「みんな逃げよう!!」


 アレンの声に3人は頷きジリジリと後退していく。その様子を見たゴブリン達は嘲りの声をあげる。言語はわからなくても侮辱の意思は十分に伝わる。だが、アレン達はタイミングを見て一目散に逃げ出した。


 それを見てさらにゴブリン達は追う。完全に狩る側の思考になっていることがわかる。


だが、アレン達に追いつくことは出来ずにアレン達は森を抜け平地に出る。そのまま一目散に天幕を張っている場所に向かって走り出した。


 一方ゴブリン達は森の外に出たときに、陣が敷いてあることに気付くと立ち止まり、森の中に引き上げていった。


 陣までちょっとした距離だったが、それをアレン達は息も乱さずたどり着くとゴブリンが追ってこないことを確認するとようやく笑顔を見せる。


「さて…これで一つ目の仕込みは終わりだな」


 アレンがそういうとフィリシア達も頷く。



 太陽はまだまだ高い位置にある。魔将候補との騙し合いはまだ始まったばかりだった。


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