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演習⑤

 テルノヴィス学園に行き、アルフィス、アディラに魔将討伐の話をした翌日に、アレン、フィアーネ、レミア、フィリシアは王都にある傭兵ギルドのもとに向かう。


 傭兵ギルドはその名の示すとおり、ギルドメンバーは傭兵である。傭兵は冒険者同様に戦う事が求められる技能者であったが、冒険者が想定している相手が魔物であるのに対し、傭兵は人間を想定している。


 主な雇用者は国、貴族であり、戦争ともあれば優秀な傭兵は引く手あまただ。このローエンシア王国は他国と戦争を起こしていないため傭兵の需要は少ないが、それでもゼロではない。隊商の護衛、盗賊の討伐などを請け負ったりしているのだ。

 傭兵ギルドは食い詰めた傭兵達が犯罪行為に走るのを防ぐために仕事を斡旋しているという側面を持っていた。


 また、傭兵という職業柄、同じ傭兵ギルドに所属している傭兵であっても敵味方に分かれることは珍しくない。戦場で顔をつき会わせるという事もあるので、傭兵ギルドのメンバー達の仲間意識は基本的に薄く良く諍いが起こっていた。


 そのためだろうか傭兵ギルドが設置された区画は、治安が悪化する傾向にあった。


 ただ、傭兵を相手にする商売も自然に発生するので、傭兵ギルドがなくなると困るという意見も当然ながらあった。

 

 傭兵ギルドはローエンシア王国においては微妙な立ち位置にあったのだ。




 その傭兵ギルドの前にアレン達は立っている。


 その建物は2階建てで冒険者ギルドに比べ少しこぢんまりしているという印象で取り立てて目立つ訳でもなくありふれた造りである。だが、出入りする男達の風貌、放つ雰囲気などから日常から切り離された暴力性を感じさせていた。


「さて…質の良い傭兵が残っていてくれたら良いんだが…」

「可能性は低いわね」

「そうね…」

「まあ、仕方ないですよ」


 アレン達が不安になっているのは、軍がすでに大量に傭兵を確保しているという話を聞いたからだ。考えて見ればこの魔将討伐の話が回ってきた理由は、魔将候補が同時多発的に発生したために手が回らなかったからだ。

 傭兵達だけで一軍を構成するのは軍の方でも危険性が指摘されたのであろう。雇われた傭兵達はそれぞれの討伐軍に編成されたらしい。その傭兵の構成比率は2~3割を超えない。


 だが、すでに軍が傭兵の確保に動き出しており、余っている傭兵の数は現段階で少ない事が予想されていた。この段階で傭兵ギルドに残っている傭兵は声をかけてもらえないほどの腕前なのか、もしくは素行が悪すぎる者なのだろう。


 傭兵ギルドの建物に入っていく傭兵達を見る限りは、腕前よりも素行が問題のような気がして仕方がなかった。そのための不安であったのだ。


 アレン達が心配しているのは傭兵に難癖をつけられ暴力を振るわれることでは無い。ここまで来て時間を無駄にするのが嫌だったのだ。


「まぁ悩んでいても仕方がない。行くか」


 アレンの声に三人は頷き、四人は傭兵ギルドの扉を押した。






----------------------


 傭兵ギルドの中は慌ただしかった。職員と思われる者達が書類を持って走り回っているからだ。


 だが、走り回っているのは職員達ばかりで、併設された酒場にいる傭兵と思われる男達は酒をあおりながら下品な事を口走っている。その対比がアレン達に混沌という感想を与えた。


「温度差がすごいわね」


 レミアの言葉にアレン達は頷く。レミアの言葉はこの場の雰囲気を的確に表現していた。


「とりあえず、受付で仕事を申し込もう」

「そうね」


 アレン達が短すぎるやり取りを終え、傭兵ギルドの受付に声をかける。


 冒険者ギルドなどでは綺麗な若い女性が受付嬢として配置されることが多いが、この傭兵ギルドではそうではないらしい。厳つい顔をした四十代の男性だ。まぁ、この荒々しい傭兵達を若い女性ではあしらうのも難しいからだろう。

 なんだかんだ言って傭兵よりも冒険者の方が柄は良いという事だろう。


「すみません。魔将討伐に参加する傭兵を雇いたいんですが」


 アレンは受付の男性に言う。その言葉を聞いた者達はアレン達を見やる。そこに好意的なものはふくまれていない。端から見ればアレンは美少女を侍らしたいけ好かない貴族のガキと言ったところだろう。職員や傭兵がアレンを非好意的に見ないのは十分頷ける事である。


「お前のようなお坊ちゃんが魔将討伐に参加するのか?止めとけ止めとけ死ぬだけだぜ」


 受付の男性は嘲りを隠そうともしない。


「それを判断するのはあなたではありません。あなたの仕事は仕事を受理すること、受理した仕事をギルドメンバーに斡旋することでしょう。自分の仕事の事も理解していないというのなら遠慮無く他の方に代わってください」


 アレンの言葉に受付の男性は不快気に顔を歪ませる。


「おい小僧!!ここでは貴族という身分は何の役にも立たないって事教えてやろうか!!」


 カウンターを叩き叫びながら男は立ち上がる。


 だが、男の怒りは一瞬五には沈静化する。理由はアレンが立ち上がった受付の首に剣を押し当てていたからだった。いつアレンが剣を抜き、首に押し当てていたか受付の男が気付いたのは少し経ってからである。


「お前が傭兵ギルドの関係者である事がこの状況でどう役に立つのか教えろよ」


 アレンの言葉が単なる脅しでない事を男は本能で察していた。その雰囲気を周りの者達は感じたのだろう。ギルド内は水を打ったように静かになる。


「で?依頼を受理する気があるのか?ないのか?」

「あ、ある」

「あ?言葉遣いの指導がいるか?」

「いえ、大丈夫です。依頼のお話をお願いします」

「最初からそう言えよ」

「す、すみません」


 男は椅子に座り込む。先程までの勇ましさ、荒々しさはかけらもなく疲れ切った中年男の哀愁がそこにあった。


「そ…それで…」

「ああ、雇いたい人数は10名前後、一人あたり日給は金貨1枚、戦闘があればそれに伴い日給に1枚追加だ」


 金貨20枚あれば1ヶ月分の平均的な収入だから、アレンの提示した額は平均より少し実入りが良いというレベルだ。


「仕事内容は魔将率いる魔物達との戦闘だが、主な任務は後衛の護衛だ」

「後衛の護衛ですか?」

「ああそうだ。他に後衛に二人専属の護衛がつくが、戦場という場ではどんな不測の事態に陥るか分からないから念のために手配することにした」


 アレンの言葉を男は書き留めていく。


「期限は今日を入れて2日だ。それで集められなければそれはそれで構わない」


 アレンの言葉が終わり、アレン達が出て行こうとするとアレン達に声をかける者がいた。


 振り返ると四人の傭兵と思われる男達だった。みな年齢は二十代後半と言った所だろう。均整のとれた肉体をしており戦場という場を生活の糧にしている雰囲気があった。だが、口元には嫌らしい嗤いが浮かんでいる。


(売り込みか?)


 アレンは最初そう思ったのだが、違う事はすぐに分かった。


「おい、貴族のお坊ちゃんよ。あんまり俺達傭兵を舐めんじゃ…がぁ!!」


 男の一人がアレンに難癖をつけようとしたのだが、それを遮ったのはフィアーネだ。フィアーネの拳が容赦なく男の顔面にめり込み、男は血を撒き散らしながら二メートルほどの距離を飛んで酒場のテーブルの上に落下する。


 グワッシャアアアアン!!


 凄まじい音が響き男は気絶する。


「フィアーネ…まだそいつ話の途中だったぞ」

「いいのよ、どうせ要件は分かってるんだし、それにこの場にいる傭兵は魔将討伐に連れて行ってもらえない程度の腕前か、品性下劣な程度の低い傭兵でしょ」


 フィアーネの言葉に傭兵達はいきり立つ。人間は図星をつかれるとそれが痛ければ痛いほど反発の度合いも大きくなるものなのだ。


「おいおい、言ってくれるじゃないか」

「ここまでコケにされちゃ黙ってられねえな」

「調子にのりやがって」


 酒場にいた傭兵達がアレン達に殺意のある目を向け立ち上がる。ちらりと職員達に目をやるとどうやら止めるつもりはないようだ。


「しょうがないな…みんな殺さないように手加減しろよ」


 アレンの言葉に三人は頷く。


 職員が止めるつもりがない以上、こちらとしては容赦をするつもりはない。アレン達は飛びかかろうとする傭兵達に、いや職員達にも殺気を放つ。いきり立っていた傭兵達はアレンの凄まじい殺気を感じるととたんに意気消沈した。


 フィアーネ達もまた殺気を傭兵達に放つ。


 アレン達四人から放たれる殺気の凄まじさに飛びかかろうとした傭兵達は呼吸困難になったかのように浅い呼吸をくり返す。その様を見てアレン達は失望する。


「ねぇ…アレンごめんね」

「何が?」

「ここまで傭兵って使い物にならないと思わなかったわ。完全に時間の無駄だったわ」

「気にするなフィアーネ、俺もここまで傭兵が弱いとは思わなかった」

「まぁ、どうせここにいる傭兵は使い物にならないレベルしかいないのですから、そこまで気にしなくても良いのではないですか?」


 アレン達は声を潜めたりしない。アレン達の放った殺気はこの場にいた傭兵達にとって凄まじいものであっただろうが、アレン達にしてみればそれほど強く発したつもりはなかったのだ。にも関わらずこの怯えようだ。落胆するのも当然だった。


「おい」


 アレンは先程応対した職員に声をかける。


「さっきの依頼はキャンセルだ。傭兵のレベルが低すぎるから使い物にならんし、ギルドの職員は止めようともしない能無し揃いときたものだ」


 アレンの言葉に傭兵達も職員達も項垂れる。ここで反論しても力を重視する彼らにとって殺気を放たれた段階で戦意をなくしたという事実がある以上、説得力の無いことこの上なかった。


「じゃあ帰ろうか」


 アレンが声をかけると三人は頷きギルドを出ようとする。



 その時、扉を開けて入ってきた三人の傭兵達がいた。事情の分からない三人の傭兵達は少し呆けた顔をしていたが、ギルド内の雰囲気の異常さには気づいたようだった。


「アヴィン!!」

「ロアルド!!」

「ケリー!!」


 傭兵達の声には『こいつらなら』という期待が感じられる。



 アレン達と三人の傭兵達の視線が交錯した。


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