演習④
王都にあるテルノヴィス学園に向かってアレンとフィアーネはテクテクと歩いて行く。
アインベルク邸から学園までは徒歩で1時間30分程だ。アレン達の体力では疲れるという距離では決して無いし、本気で走れば5分を切ることだろう。だが、二人は学園の放課後に到着するように歩いて行くことにしたのだ。
「ふっふふ~」
フィアーネは終始ご機嫌だ。アレンと二人で連れ立って歩くのは久しぶりであったし、見方を変えれば、いや変えるまでも無くフィアーネにとってはデートだったのだ。
アレンとフィアーネは婚約者同士であったが、恋人としての交際期間は一切無かった。
色々な要因が重なり合ったために恋人の段階をすっとばして婚約者となったためだ。
それはそれで幸せなのだが、心のどこかでフィアーネも恋人としての交際をしてみたいという思いはあったのだ。
他の三人には正直申し訳ないという気持はある。だが、それ以上にアレンとデートが出来るという幸せを噛みしめるのは仕方のない事であった。
「あ!!あの靴アレンに似合いそう!!」
「あ!!あのマフラー、アレンのあの服に合う」
というように、フィアーネは目を輝かせて、アレンとのデートを楽しんでいた。
「なぁ、フィアーネ俺のばかり見てるけど、お前自身の欲しいものは無いのか?」
あまりにもアレンの身につける事に集中しており、自分のものを見ない事につい言葉をかける。
「それを言うなら、アレンだって目に留めるのは、私のものばかりじゃない」
フィアーネはニコニコと微笑みやり返す。ばれていないつもりだったが、フィアーネはきちんと分かっていたようだ。
アレンも自分のものよりも『フィアーネにはこれが似合うな』とか思っていたのだからある意味似たもの同士だった。
「そうだな、そうだフィアーネ、今回の件が終わったらちゃんと出かけようか?」
「え!!いいの!!」
「ああ、思えばみんなとちゃんとデートしたことないからな」
「みんなで?」
「いや二人で、といっても他のみんなは別の日にそれぞれ誘うつもりだ」
「それなら気兼ねなく楽しめるわ。私一人だとみんなに悪いもんね」
フィアーネにとってアレンが大切な存在なのは当然だが、アディラ、レミア、フィリシアも大切な存在だったのだ。
フィアーネは三人の実力は高く評価していたし、人間的にも好感がもてる。まぁ言ってしまえば他の婚約者が大好きだったのである。
「でも、アレン」
「何?」
「考えてみればアレンって、世間で言う『女ったらし』というやつね」
「…」
「私とは別の日に他の女の子とデートする訳じゃない?」
「それについては一言も反論できないな。ただ…」
「ただ?」
「お前達がみんなぶっ飛んだ思考を持っているから俺達の関係は破綻しないんだと思うぞ」
「確かにアディラもぶっ飛んでいるわね」
「ああ」
「レミアも常識人と思っていたけど十分ぶっ飛んでいるわね」
「ああ」
「フィリシアもそうね」
「ああ」
「三人ともどこかぶっ飛んでいるのよね~」
「なぁ…フィアーネ、なんでお前の名前がでない?」
「私は常識ある淑女よ?アディラ、レミア、フィリシアはぶっ飛んだ淑女よ」
「お前も十分、ぶっ飛んでいるよ」
「そう?アレンの感覚がおかしいのよ。アディラは王女という立場なのに、戦えるじゃない。しかもあそこまでの技術を持っているわよ」
「お前は公爵令嬢だけど、魔族を素手で撲殺してたな」
「レミアはあんなに美人なのに凄まじい戦闘力を持っているわよ」
「お前もこんなに美人なのに戦闘力の高さは凄まじいな」
「フィリシアは剣の腕だけじゃなく、魔剣をひれ伏させるぐらい心が強いわよ」
「お前も魔剣ヴェルシスを俺と一緒に屈服させてたな」
「…」
「…」
「ねぇ…アレン」
「なんだ?」
「私もひょっとして世間一般の方の常識とはちょっとずれているのかしら?」
「違うな」
「そうよね、私は常識ある淑女よね!!」
「いや、『ちょっと』じゃないだろ。おまえは『すごく』常識はずれだよ」
「そうかしら?ちょっと探せばどこにでもいると思うわ」
「…あのさ、フィアーネ」
「何?」
「あんまり常識というやつをお前を基準に考えないほうがいいぞ」
「そうかしら?」
「まぁ、俺はお前たちのようなぶっ飛んだ相手の方が好きだけどな」
アレンの言葉にフィアーネは一気に喜びの表情を浮かべる。
「えへへ、アレンがそう言ってくれるのなら、ぶっ飛んだといわれた方がはるかにいいわね」
「まぁ、そういうことだ」
そこまで言うとフィアーネはアレンの腕を絡めてくる。フィアーネの暖かな体温と胸の感触がアレンに幸せと動揺を与える。まぁ要するに照れたわけである。
「おい、ちょっと恥ずかしいだろ」
「てれないでよ♪」
それから、フィアーネは腕を離すことなく連れだって学園まで歩いた。その様子を見ていた若い男たちがアレンを凄まじい目で睨み付けていたが、アレンは動揺していたので、その男たちの視線に気づくことはなかった。
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このテルノヴィス学園は貴族の通う学園なので当然の事ながら警備は厳しい。門にいる衛士に身分、来校の目的を伝えると、二~三のやりとりを経て学園内に入る。その時に武器を持ち込む事は許されないので、アレンは自分の剣を衛士に預けて敷地内に入ることが出来た。
面倒だが警備の面を考えれば、かなり手続きは簡略化されたと言っていいだろう。それもアレンが元学園の生徒であったために衛士達も顔を覚えていたし、王太子殿下の親友であり、王女殿下の婚約者という面を考えれば納得出来る措置であった。
アレンとフィアーネは学園に入る前からは、腕を組んでいない。
とりあえず、アルフィスとアディラに来校を伝えてもらい、待ち合わせの場所で待機することにした。
その場所は学生が使用するサロンだ。このサロンは基本、学生たちであれば使用は自由だ。だが、アレン達はこの学園に在籍しているわけではないので厳密に言えば自由に使用することはできない。
席の一つに座りアルフィス達を待っていたが、やはりというべきだろう。貴族の子弟に絡まれてしまった。
絡んできた相手は、レオン=ルイ=シーグボルトだ。かつて夜会で絡んできた公爵家の嫡男と取り巻きたちだ。
「なぜ、こんな所に穢らわしい墓守がいるのだ?」
開口一番に疑問なのか侮辱なのかわからない言葉がレオンから発せられる。前回の夜会の関係でアレンもこの公爵家の嫡男とやらに礼儀を守る気は一切ないので、すかさずやり返す。
この手のやつに礼儀を期待すること自体が間違いであり、ストレスがたまる存在なので、さっさと潰しておいてストレスを最小限にすべきだろう。
「用があるからここに居るに決まってるだろ。その程度のことも理解できないのか?頭の悪い奴との会話は苦痛だからさっさとあっちに行け」
アレンの言葉にぎょっとなったのは、周囲の生徒たちである。レオンはシーグボルト公爵家の嫡男であり将来の公爵だ。そこにこの暴言だ。どれほどの修羅場が展開されるのか注目せざるを得なかった。
「な!!貴様自分が何を言っているかわかっていのだろうな!!」
「当たり前だろ。分かった上でお前に言ってるんだよ。それともお前は俺から敬語を使われるようなことをした覚えがあるのか?お前の品性の無さから考えれば記憶力を期待すること自体が酷ということは理解しているが、少しは努力しろよ」
「貴様!!アディラ王女との婚約があるからと言って調子に乗っているな!!」
「調子に乗ってる?お前も大概だろうが、お前の父親は公爵だが、その威を借りて男爵である俺を見下している。お前はバカだから教えておいてやるが、お前は将来公爵になる可能性はあるが現在は爵位を持っていないんだよ。それに対して俺はすでに男爵だ。口の利き方に気を付けろよ。クズが!!」
「な…」
「ふん、お前は身分で人間の序列を決めるのだろう?だったら男爵の俺と爵位を持たない貴様では俺の方が遥かに身分が高いという事になるな。さっさと跪け!!後ろの雁首揃えた無能な取り巻きもご主人様が侮辱されてるぞ?何か声でも上げろよ無能共が!!」
アレンの暴言にレオンとその取り巻き達は、怒りが大きすぎて声を上げることが出来ない。何か反論をと思っているのだろうが、アレンの舌剣は容赦なくレオン達を切り刻んでいる。
「おい、お前!!」
アレンはレオンの取り巻きの一人を指差す。突然の事に指を差された少年は狼狽える。
「え?」
「きちんと返事しろよ!!クズが!!」
「は、はい!!!」
アレンの声にビクッとなったのは指を差されていた少年だけでなく周りの生徒達もである。
レオンに対する態度からアレンに身分を盾にした脅しなどは一切無力であることを察したのだろう。家の力が及ばなければ本人の実力でアレンに対抗せねばならないのだが、アレンから発せられる威圧感にはまだ少年少女の彼らでは抗しきれないのは明らかだった。
「ふん、おい低能、貴様らのようなアホと話しても時間の無駄だ。さっさと逃げ帰ってお前達のお父様、お母様に泣きついたらどうだ? どうせこの場にいても俺をひれ伏せさせることは絶対に出来ないんだからな。さっさとそこで怒りのために思考が止まっているクズに上申しろよ」
「な…」
アレンはそう言うと、レオン達に凄まじい殺気を放つ。直に殺気を向けられたのは初めてだったのだろう。しかも、アレンの放つ殺気は魔族ですら恐れを持つレベルの強さだ。
レオン達は目に見えてガタガタと震えだした。
「それぐらいで勘弁してやれ」
「アレン様、もうそれぐらいで」
そこに声をかけたのは王太子アルフィスと王女のアディラであった。アルフィスとアディラ制止の声のため、アレンは放っていた殺気を収める。その瞬間、レオン達は跪きはぁはぁと浅い呼吸をくり返す。
「王太子殿下と王女殿下に感謝しろよ」
アレンはそれだけ言うと、二人に場所を変えることを提案した。空気が重かった事は明らかであったため、アルフィスとアディラは同意し、アルフィスに与えられた執務室に移動する。
元々、アレンはアルフィス達に執務室で話をするつもりだったのだが、待ち合わせのサロンで少し世間話をするつもりだったのだ。
アルフィスはまだ学生の立場ではあったが、王太子として少しずつ執務を行っており、そのために執務室を与えられていたのだ。といっても学生の身分であるアルフィスに与えられた執務室はそれほど広くなく質素なものであった。
その執務室に通されると、アレンとフィアーネはソファに腰掛ける。アレンの隣にはアディラが腰掛け、アレンはフィアーネとアディラに挟まれる形になった。アルフィスは対面に腰掛ける。
「アレン、あんまり苛めるなよ。お前は容赦なく心を折るからな」
「確かにやり過ぎたという気がせんでもないが、まぁいいだろ」
「はぁ…それであいつらに何を言われたんだ?」
「たいした事は言われてない」
「気になるだろ、言えよ」
「なんでこんな所に穢らわしい墓守がいるんだと言われた」
「お前、本当に大した事言われてないな」
「だからそう言ったろ」
「うん、嘘をついてないのは分かった」
アレンとアルフィスの会話を聞いて、フィアーネもアディラも苦笑する。
「お前、もう完全に開き直っているな」
「まぁな、今まではカウントダウンがあったから我慢してたんだが、もう国を出るという選択肢は無くなったからな。容赦しないよ」
「確かに、婚約者達を守る立場になったからな。そうなるな…」
アルフィスはため息をつく。今までアレンが堪えていたのはそれが自分の利益だったからだ。それが失われた以上、一切容赦しないだろう。
「まぁ、俺とすればお前が国を出て行く可能性が下がったことは喜ばしい限りだ」
「そうそう、さっきのバカ息子共の後始末頼むわ」
「は?」
「子ども同士のいざこざに家が出るのは野暮とか、そんな理由で収めといてくれ」
「おいおい、こっちにも容赦ないな」
「国はアインベルク家を利用するのだから、アインベルク家も国を利用するさ」
「はいはい、持ちつ持たれつだからそっちは任せといてくれ。さて…」
苦笑していたアルフィスだったが、真顔になりアレンに本題に入ることを促した。アレンもそれを察し本題に入る。
「今日、二人に会いに来た理由は『魔将討伐』に一緒に参加して欲しいという要望だ」
「「魔将!!」」
アレンの言葉にアルフィスとアディラは声を揃えて反応する。
「ああ、正確に言えば魔将未満の存在だ。それが複数同時に現れたらしく軍の手が回らないらしくて冒険者ギルドに依頼したのを俺が引き受けたと言うわけだ」
アルフィスもアディラもアレン達がこの話を持ってきた段階で、すでに根回しが済んでいることを察している。王太子と王女に対する根回しとは父ジュラスの許可である事は間違いない…という事は、明日には命令書が届くのだろう。
アレン達がここに来て話をしたのは、アルフィスとアディラへの筋を通したにすぎないのだ。
「分かった。俺も参加しよう」
「アレン様!!私がんばります!!!」
二人の快諾が得られてアレンはほっとする。アレンは敵には容赦ないが、それ以外、特に気を許している者の嫌そうな顔を見るのは好きではないのだ。
「それで、お前が魔将討伐に参加する事にどんな利益があるんだ?」
アルフィスがアレンに疑問点を言う。
「ああ、アルフィスもアディラも対魔神のメンバーだろ?」
「ああ」
「もちろんです!!」
「魔神が俺達のご先祖に敗れた存在と言ってもどんな相手か分からない以上、油断は禁物だ」
アレンの言葉にアルフィス、アディラは頷く。
「今回の魔将討伐で俺の目的は四つある。一つは人材育成のための戦闘演習、二つ目は俺達の連携の向上、三つ目は戦力増大、四つ目は国から出る恩賞だ」
アレンの言葉にアルフィスは疑問を呈する。
「アレン、三つ目の戦力増大と四つ目の恩賞について説明してくれ」
「ああ、戦力増大は魔将を可能であれば生け捕りにしてこちらの戦力にするつもりだ」
「捕らえる?」
「捕らえてしまえば、フィアーネの術で行動制限をかけるつもりだ」
「なるほどな。魔将の魔物を集める能力を利用して対魔神の戦力にするというわけか」
「ああ、上手くいけばそれだけ魔神の戦いの勝率があがる」
「ふむ…悪くないな、それで四つ目は?」
「魔将を捕らえても魔神が何かしらの動きを見せるまで魔将を滞在させる場所が必要だ。だから国からの恩賞には土地かその購入資金の頭金ぐらいを捻出してもらいたいと思っている」
「土地か…」
「理想の場所は人がこないような秘境のような場所だ。そこで魔将達に自給自足の生活をさせ、魔神との戦いに備えさせる」
「ふむ…となるとあそこが良いかもな」
「どこだ?」
「王家の直轄地に手つかずの森林地帯がある。一時開墾しようとしたんだが、魔物の住処になっていて断念した場所だ」
「ひょっとして、『エルゲナー森林地帯』か?」
「ああ、あそこならお前の目的にぴったりだろ」
エルゲナー森林地帯はローエンシア王国の南部に広がる森林地帯である。王家の直轄地となっているが、魔物が大量に住んでおり開墾をしようとしても上手くいかなかった。そのため、誰も欲しがらない森林地帯であった。
「だが、そんな広大な土地はいらないぞ」
「分かっているさ。必要な分だけ開墾するという事にしておけばいいだろ」
「そうだな、恩賞として開墾する許可と開墾した分を所有させてもらうと言う事でいいか」
アレンとアルフィスの話がまとまった所で、アディラがアレンに声をかける。
「それでアレン様、魔将討伐はいつ出発するんですか?」
「そうだな…準備には最短で3日かかっても5日といった所だな」
「最短で3日…最長でも5日…」
「ああ、大急ぎで申し訳ないがそれで頼む」
「はい♪」
「アレン、相談なんだけど…」
黙って考え込んでいたフィアーネが口を開く。
「なんだ?」
「ずっと考えていたんだけど傭兵を雇わない?」
「理由は?」
「二つあるわ、一つはアディラの護衛、もう一つは宣伝」
「宣伝?」
「うん、魔神と戦う事になる以上、傭兵を雇う事も想定しておいた方が良いわ。その際にアレンの実力をある程度把握させて頼りになるという宣伝をしておいたらどうかしら」
「それで今回傭兵を…というわけか」
「どうかしら?」
フィアーネの提案は悪いものではない。もし、腕の立つ傭兵につてが出来れば戦力拡大に繋がる可能性は高い。
「ありだな。アルフィス、アディラどう思う?」
アレンの言葉に二人はそれぞれ答える。
「私はその辺の判断がつかないからアレン様の判断に従います」
「俺は一応賛成だな」
「一応?」
「ああ、時間の面だ。この限られた時間で腕の良い傭兵を確保できるか?アディラの護衛も兼ねているのだろう?」
「アディラの護衛はメリッサさんとエレナさんだ。傭兵は宣伝だけしてくれれば良いから腕と素行は最低限度あればいいさ」
「そうか…そういう事なら軍から一個分隊を回してもらってアディラを護衛させよう」
「じゃあ軍の方へはアルフィス頼む」
「ああ、傭兵の確保は俺達に任せてくれ」
「分かった」
仕事が増えたなとアレンは思うが、命のかかっている戦場に行くのだから準備を怠るわけにはいかない、それでも時間の無さにうんざりしてしまう。
アレンは小さくため息をついた。




