演習③
最難関を突破したアレンは意気揚々とアインベルク邸に戻ってきた。戻ったアレンを、フィアーネ、レミア、フィリシアは出迎える。
何だかんだ言ってもアレンが国王達を説得できなければ、そこまでなのだ。
「どうだった?」
レミアがアレンに首尾を尋ねる。
「ああ、許可が出た。さっそく準備に取りかかろう。レミア、フィリシアはシアとジェドに話をしてくれ。フィアーネは俺と一緒に学園の方に行ってアルフィスとアディラに話を通そう。といっても、アルフィスとアディラは陛下から参加を促されるはずだから、ほぼ断られることはないと思う。だが、シアとジェドには断られる可能性がある。レミアとフィリシアには何とか二人を口説き落としてくれ」
アレンの言葉に、フィアーネ、レミア、フィリシアは頷く。
「それでアレンさん、シアとジェドの二人の報酬の面は冒険者の二人分という事で良いのですね?」
フィリシアの問いにアレンは答える。
「ああ、それに加えて国から恩賞がでる事になった」
「その内容は?」
「残念だがそこはまだ決まっていない。恩賞が国庫から出るのか、それとも王家から出るのかも分かっていないが、国王の性格からして王家からでると思う」
「そうですか。その点もシアとジェドに伝えますね」
「ああ、そうしてくれ。それからレミア、フィリシアも必要なものがあれば購入しておいてくれ。あとで代金は支払うから」
「分かったわ」
「それじゃあ、早速だが始めよう」
アレンの言葉に三人は頷き、行動を開始する。
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レミアとフィリシアは冒険者ギルドの運営する宿泊施設である『アーケオンの宿』に向かう。
冒険者ギルドは『アーケオンの宿』以外にも複数の宿泊施設を所有している。当然、宿泊費は他の宿屋より安く設定されている。まぁその分サービスや料理の質などは落ちるのだが、駆け出しの冒険者達にとって有り難い施設である事は間違いない。
ちなみに『アーケオン』とは旅の安全を司る神であり、行商人や冒険者達の中には信仰する者が多い。アーケオンにまつわるエピソードも旅人がケガをしたときに治癒をしてあげたとか、危険を知らせるなどの旅にまつわるエピソードが多かったのだ。
シアとジェドは若くして『ゴールド』のクラスに昇進しているが、王都にある『アーケオンの宿』を拠点としているのだ。ただし、他の駆け出しの冒険者と違ってそれぞれ個室を借りている。
一番安いのは大部屋料金で、一つの大部屋ににいくつかのベッドが並べられており、部屋を借りると言うよりもベッドを借りると言った方がしっくりくる。そこからある程度余裕が出てきた冒険者は個室に移動するか他の宿に移ったりするのだ。
レミアとフィリシアが『アーケオンの宿』のカウンターにいる30代の男性にシアとジェドがいるかを確認した結果、シアとジェドは消耗品の補充に出かけているという。二人は宿の食堂で待つことにした。
「それにしても結構、この時間でも人がいるのね」
食堂の席に座り周囲を見渡したレミアがフィリシアに言う。
「そうね。冒険者の仕事は不規則でしょうから、昨日まで仕事で出ていて今日は休養という人が多いのではないかしら」
フィリシアが答える。
「それにしては数が多いように見えるわ」
フィリシアの言葉に一理あるとはレミアも思っているが、それにしても数が多いように思えるのだ。
「なんだ、あんた達は知らないのか?」
レミアとフィリシアが話していたら、突然隣の席で飲んでいた冒険者達が二人に声をかける。気の良さそうな4人組の若者で20代前半といったところだろう。
「え?」
「レオゲルード伯爵が冒険者を広く集めているって話をだよ」
「初耳だわ」
レミアがそう言うと冒険者の一人があっさりと教えてくれる。冒険者にとって情報は決してタダではないのだが、レミアとフィリシアにお近づきになりたいのか男達の口は軽かった。
「何でもレオゲルード伯爵の領内で大規模な遺跡が見つかったんだとさ。そこで大規模な調査が行われることになったらしくて、冒険者を集めているって話さ」
「へぇ…、でもどうしてその伯爵様の領内の遺跡の調査なのに、参加希望の冒険者達が王都に集まるの? 普通、その領内で集めるものじゃないの?」
「ああ、伯爵はよほどこの調査に乗り気らしくて、自分の目で参加させる冒険者を選ぶんだとさ。王都までの旅費は伯爵家が負担するらしい」
「へぇ気前が良いわね」
「ああ、一体どれだけの人数が集まるか知らないが、かなりの出費になるのは間違いないな。まぁレオゲルード伯爵家はかなり裕福な家って話だからな。それぐらいの投資を惜しむわけじゃないのだろうさ」
「なるほどね。それであなた達も王都に来たというわけ?」
「いや、俺達は別件で王都に来たんだ。俺達の拠点は『イーゲル』という町だ。王都から大体、馬車で4日ぐらいかかる小さな町だ。そこのギルドにも伯爵家の募集の案内がきてたよ」
「ふ~ん、ありがとう参考になったわ」
「ああ、良いって、その代わり今度会ったらあんた達が耳寄りな話を持ってきてくれよ」
「ふふ、分かったわ」
「あ、レミア、シアとジェドよ」
話が終わった所で、シアとジェドが食堂に顔を見せる。どうやらカウンターでレミアとフィリシアの来訪を聞いたらしい。
「あ、それじゃあ待ってた人達が来たからこれで、情報ありがとうね」
レミアはニッコリと笑い。フィリシアと共に席を立つ。
「ああ、じゃあね」
男達もあいさつを返す。
レミアとフィリシアはシアとジェドの部屋で交渉をすることにしており、シアのとっている部屋に向かって食堂を出て行った。
食堂からレミア達がいなくなると、先程レミアに話しかけた冒険者の男達は話し出す。
「めちゃくちゃ可愛いかったな」
「俺は赤毛の清楚な感じの方が好みだな」
「俺はヒューイが話していたショートカットの方だな」
男達はレミアとフィリシアの容姿をそれぞれ褒め称えている。
「なぁ、ヒューイはどうしてあのまま行かせたんだ? いつものお前なら食事にさそうぐらいの事はしただろ?」
ヒューイと呼ばれたレミアに声をかけた男は仲間の言葉に苦笑する。
「お前ら、あの娘が誰なのか気付かなかったのか?」
「え?」
「あれが…多分、噂の『戦姫』だぞ」
「え?」
「あれが戦姫?」
「戦姫ってマジかよ…」
『戦姫』と呼ばれる冒険者がいる事を知らない冒険者は少なくともこの国にはいない。
「ああ、連れの娘が『レミア』って呼んでたろ」
「ああ」
「確かに」
「双剣を持ち、レミアという名前で呼ばれ、しかも美少女…ここまで条件が揃えば答えは一つしか無いだろ」
ヒューイの言葉に仲間達は頷く。
「戦姫にしつこく言い寄った男がどうなったか噂は知ってるだろ?」
「「「ああ」」」
「俺達もそんなアホな奴らの仲間入りしたいか?」
「ないな」
「それから『戦姫』には婚約者がいるって話だぞ」
「あ、確か…アインベルク家の…」
「そうだよ、戦姫だけじゃなくアインベルク家と事を構える事態になるぞ」
「確かに…それだけは避けたいな」
男達はウンウンと頷き合っている。ヒューイがしつこく言い寄らなくて本当に良かったと思ったようだった。
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レミアとフィリシアは、シアとジェドに部屋に案内された。
扉を開けると、部屋の片隅にベッドが置かれ、その横に机と椅子、2人掛けのソファがある。壁際に小ぶりの箪笥もあり、どことなく生活感が感じられる。
「二人ともソファに座ってね」
「「ありがとう」」
シアはレミアとフィリシアにソファに座るように促し、自分はベッドに腰掛け、ジェドは椅子に座る。
「それでどうしたの?」
シアが二人に尋ねる。レミア達が自分達を訪ねてくるのは珍しい事なので、シアとジェドとすれば用件が気になると言った所だった。
「単刀直入に言えば、シアとジェドを雇いたいと思ってるの。今日はその交渉に来たというわけよ」
「俺達を雇う?」
「そうよ」
ジェドがレミアの言葉に不思議な表情を浮かべる。もちろん不快感、不信感からの言葉では無い。自分達を雇うような事をしなくてもすべて自力達で解決できるだろうという思いからだった。
「シア、ジェド…私達と一緒に魔将討伐に参加して欲しいの」
レミアの言葉にシアとジェドが固まる。魔将が発生したというのは一大事だったからだ。
「正確に言えば、規模は魔将とは言えないものなの」
「そうなの?」
「それでも配下の魔物は5~600と言うところらしいの」
「5~600…」
「うん、どうやら魔将がたくさん同時に現れているらしいの。他は軍が対処するらしいけど、一番規模の小さいものを私達が討伐することになったの」
「ん?」
ジェドはレミアの説明に疑問が生じたらしい。ジェドはレミアにその疑問を呈する。
「でも、それをなぜアレンが? アレンは墓守であって軍に所属していないだろ?」
ジェドの疑問はもっともだった。アレンは国に所属しているが、『墓守』として国に仕えているのだ。決して『軍』に所属しているわけではない。その辺の所はジェドも決して詳しくないのだが、それでも組織の縄張り意識があり、越権行為についての反発がある事は十分に理解できる。
またアレン自身も越権行為を好まない事は、短い付き合いとは言えジェドは分かっていた。
「勿論、普段のアレンならそんな越権行為をしないわ」
「…普段ではない理由があるという訳か…」
「そうよ」
「じゃあ、その理由って何なの?」
シアもレミアに聞く。シアもアレンの事を友人とみなしており理由が気になるところであった。
「うん、ついこないだ国営墓地にエーケンという魔人が現れたのだけど、その魔人を最終的に斃したのは国営墓地にいる『魔神』だったのよ」
「「魔神?」」
「そう、どうやらアレンのご先祖様が斃した魔神の死体が国営墓地にあるらしいの。それが活動を見せたのよ」
「…」
「アレンの話ではすぐに魔神が現れる事はないという事だけど、魔神に対する準備をする事になったのよ」
「それが、魔将討伐なのか?」
「アレンは魔神との備えにおいて人材を集めようとしているのよ」
「それじゃあ…アレンは俺達を魔神との戦いに…」
「うん、魔神と呼ばれるほどの相手である以上、少数精鋭と考えているみたい」
「でも…俺達の実力じゃあ…」
ジェドの言葉は歯切れが悪い。自分達の実力では足手まといになるのではという心配だった。冒険者という職についている以上、命をかけるという場面は何度も経験してきた。だが、『あの』アレン達が準備ために人材を集めるほどの相手だ。その危険度は今までの比ではないことは明らかだ。
「シア、ジェド…私達はあなた達を大事な友人と思っているわ。それと同じぐらいあなた達の実力と可能性を評価しているのよ」
「可能性?」
「そうよ、アレンも私達もあなた達の努力を知っているわ、そして成長もね。もしあなた達の成長が前回の魔将討伐の時期とほとんど変わってなかったら、対魔神のメンバーの話を持ってこないわ」
「…」
「シア、ジェド、正直に答えて欲しいの。もし魔神と一緒に戦ってと私達が言わなかったらほっとする?それとも悔しい?」
レミアの質問にシアとジェドは即答する。
「悔しいわ!!」
「悔しいに決まってる!!」
その答えを聞き、レミアとフィリシアは嬉しそうに微笑む。
「レミア、フィリシア、俺達はお前達に比べれば実力的に大きく劣るのは事実だ。だが、お前達は俺達を友人と言った。友人とは対等な関係だ!!一方的に守ってもらうという意味じゃない!!」
ジェドの言葉にシアも頷く。
「魔将討伐は俺達2人の訓練の場というわけなんだろ!!よし、俺達は強くなる!!そのために魔将討伐に参加する」
「ええ、私だってレミア達を助けたいわ。もっと強くなる必要があるというのならどんな機会も利用するわ!!」
シアとジェドの勢いにレミアとフィリシアは気圧される。まさかここまで気合いが入るとは思っていなかったのだ。
「ちょっと待って、今回の魔将討伐はシア、ジェドの訓練だけが目的じゃないのよ」
「「え?」」
「二人とも自分達だけが実力不足と思っているみたいですけど、実力不足は私もレミアもアレンさんもフィアーネも同じです」
フィリシアの言葉にシアとジェドは『へ?』と呆気にとられた。
「何しろ相手は魔神と呼ばれる存在です。今までの戦法が通じない可能性は十分にあります。だからこそ、私達は今までよりも強くなる必要があるんです」
「フィリシアの言う通りよ。私達も二人と同じよ」
「でも、アレンさんは魔神相手に完勝するつもりです」
「「な…」」
魔神と呼ばれるような存在にアレンは完勝するつもりだと言うことを、シアとジェドは驚く。
「アレンさんが言うには、『相手は魔神と呼ばれているが、人間に敗れた存在だ。一度人間に敗れた前例がある以上、恐れる事はない』と…」
「アレンがそう言いきった以上、私達も魔神相手に完勝するつもりなのよ」
二人の言葉からシアとジェドは本気でアレン達は魔神と呼ばれる存在に完勝するつもり打と言うことを察する。シアとジェドは視線を交わし微笑む。どうやら自分の相方も同じ気持ちらしい。
「レミア、フィリシア、今回の件は参加させてもらう。そして、魔神討伐も当然参加だ」
「あなた達と一緒に戦えば凄い経験ができそうね」
シアとジェドの言葉にレミアとフィリシアは笑う。
この後、シアとジェドは今回の魔将討伐に参加する報酬、条件などをレミア、フィリシアから説明を受けた。
こうして、対魔神のメンバーにシアとジェドが加わったのであった。




