演習②
翌日になりアレンは王宮へ出仕する。
ローエンシア国王ジュラス、宰相エルマイン公爵、軍務卿レオルディア侯へと謁見し、魔将討伐 (正確には魔将未満)に出ることの許可を求めるためだ。
アレンは前回のレミアの魔将討伐について行こうとした時は、いわば私生活の範囲で参加しようとしていたのだ。だが今回は国の仕事として参加しようというのだからその難易度は桁違いだ。
なぜなら組織の論理で言えばアレンの申出は越権行為以外のなにものでもないのだ。そのため、普通に考えれば、アレンの要望が通る事は決して無いといえる。
だからこそ、アレンは三人の国家の最高指導者陣を説得しなければならない。当然ながら生半可な事では説得は出来ないのだ。言わば組織の論理をねじ曲げてでもアレン達が国の仕事として魔将討伐に出ることの利益を解かなければならないのだ。
前日のゼリオの訪問の後、すぐにアレンは謁見を申し出ており、許可も得ていた。
アレンは国王の執務室に通されると、すでに国王ジュラス、宰相エルマイン、軍務卿レオルディアが待ち構えている。
単純な戦闘力などでは図れないような重圧がアレンに放たれる。特に宰相のエルマイン公爵などは戦闘能力で言えばアレンの足下にも及ばないだろう。だが、国家の柱の一人としてローエンシア王国を支えてきたという自負はアレンを圧倒する。
(相変わらず怖い人達だな…)
アレンは背中に冷たい汗を流しながら三人に一礼する。
「今日は時間を取っていただきありがとうございます」
「ふむ…アインベルク卿、昨日届いた書状に書いてあったように、魔将討伐に赴きたいという事だね」
エルマイン公はアレンに挨拶は不要とばかりに本題に入る。アレンも急いで説得して用意に入りたいのだ。
「はい、許可を頂きたく参上いたしました」
「まずアインベルク卿、なぜ君が魔将討伐に赴きたいのだね」
「はい、まず墓守である私が魔将討伐に参加する目的ですが、魔神対策の一環です」
「どういうことだね?」
「ご報告に上げましたように、国営墓地の魔神の死体が何かしらの動きを見せています」
「確かにそうだね」
「現在の所、その魔神の対処のために人材を集めているところなのは報告書をあげています」
「確かにその記述はあったな」
「はい現在、アルフィス王太子殿下、アディラ王女殿下とその二人の護衛兼侍女の参加は確定しております。そして、懇意にしている冒険者二人にも参加を打診しているところです」
「それで?」
「王太子殿下の実力は存じ上げておりますので問題はありません。ですが、王女殿下、侍女の二人、そして冒険者の二人は我々と比べると一歩遅れをとると考えております」
「つまり、戦闘訓練のために魔将を討伐したいというわけかね?」
「はい、実戦経験を積むことで戦力の底上げを図るつもりです」
エルマイン公はアレンの言葉を予想の範囲内とばかりの態度で聞いている。どうやら、この論法ではエルマイン公を納得させることは出来ないようだ。
「だが、単純に戦闘経験を積ませるというのであれば、国営墓地においてでも十分に用足りるのではないかね?」
エルマイン公の反論はアレンの予想の範囲内であった。
「確かにそれも一理あります。ですが魔将討伐においては数々の種類の魔物との戦いが予想されます。そこから得られる戦闘経験はアンデッドのみ発生する国営墓地とは違う経験をもたらす可能性が高いと考えます」
アレンの答えはエルマイン公の予測を超えるものでは無かったようだ。どうやら、ここまではエルマイン公、いや三人の指導者達の掌の上と言う事らしい。
「ですがそれはまだ目的の一つにしかすぎません」
アレンはさらに用意していた利点を告げることにする。アレンは説得のために利点を4つ用意していた。戦闘訓練による戦力の底上げという答えでは三人の指導者達を納得させることが出来なかったため、アレンは次の利点を挙げることにする。
時間を与えるとこの三人なら確実に論破されてしまう。膨大な知識量に裏付けられた的確な判断力、決断力を持つ三人相手ではアレンにとって分が悪すぎる。
「ほう…他にも利点があるのか…」
レオルディア侯は興味深げにアレンの言葉に反応する。
「はい、もう一つは私の指揮能力の向上です」
「ふむ…続けて」
指揮能力と聞きレオルディア侯は目を細める。その眼光の鋭さにアレンはゴクリと喉をならした。
「はい、私や婚約者達は戦闘においては比肩する者はいないと断言できます。そしてその事は皆様方も認めていただけると思っています」
アレンの言葉に三人は頷く。確かにアレンと婚約者達がチームを組んだ場合にその戦闘力はローエンシア軍の全軍を持って当たるべき存在である事は間違いないだろう。そのことを認めるのは三人にとっては当然すぎる事であった。
「確かにな…君たちの実力を考えるとその言葉は大言と断ずることは出来ないな」
レオルディア侯の発言はアレン達の実力を正当に評価したものである。
「しかし、私達は他人を指揮する事に慣れておりません。魔神がどれほどの力を持つのか存在なのか、配下がいるとしてそれがどれほどの規模なのか不明である以上、私達も今よりも強くなる必要があると思われます」
「ふむ…一理あるな」
レオルディア侯はどうやら理解を示し始めてくれているようだ。ならばさらに利点を告げる事で賛成の方に気持を向けさせるつもりだった。
「そして、少人数ゆえに費用は普通に軍を動かすよりも遥かに安価です」
「ふむ…」
「冒険者として参加するのは4人です。ギルドに支払う予定の額から考えればそれだけでも利益としては十分ではないですか?」
「確かにな、君の言う通り、冒険者ギルドに依頼した場合は冒険者は軽く100人を想定していた。それが4人分であるならば十分採算があうな」
「はい、そこで今回参加する冒険者への報酬を一人分ごとに倍に引き上げていただいても十分採算がとれます」
「ふむ…確かに採算的には何の問題もないが、その4人の冒険者達は納得するのかね?」
「実は4人の冒険者のうち二人は私の婚約者の二人です。すでにその二人には了承をもらってあります」
「そうか…」
(上手くいったか?)
アレンはレオルディア侯の反応から賛成の方に傾き始めていることを感じた。
「他にはないのかい?」
国王ジュラスがアレンに言う。
「確かにアレンの言った利点はすべて国家の利益だけでなく、君自身の魔神への対策という観点からは賛成しても良いかなと思わせられたよ、だが逆に言えばそれだけだ。君が国営墓地を離れた危険性を覆すほどの利点をまだ聞けてないよ。どうやら軍務卿は賛成しているようだが、私はまだ利点が足りないと考えている。そして宰相もまだ賛成とまでは言えないみたいだよ?」
アレンは利点の最後を告げることにするが、その前にアレン達が不在の危険性への対策を告げておくことにする。
「まず、私が墓地を離れる間は、当家の家令であるロム=ロータスに任せたいと思っております。彼の実力であれば問題なく墓地の管理を任せることができるかと、そして、ロムの手にあまる事態…魔神が顕現するような事態が起こった場合は、我々も転移魔術ですぐにかけつけるという対策を予め取っておくつもりです」
「ふむ…君が不在の場合の対応は一応大丈夫と言うわけだね」
「はい」
「そうか、なら最後の用意した利点を話してもらおうか」
ジュラスはニヤリと嗤う。どうやらアレンが考えた利点を四つと見切っているようだった。
(なぜ分かる?)
という思いが、アレンの背中に冷たい汗を流させる。
「ああ、アレン今の言葉は君の反応を見たかっただけだよ」
「え?」
「簡単に言えばカマをかけたんだ。最後で無ければ余裕の雰囲気が出ただろうし、最後だったら『なぜ分かった?』と君を動揺させる事ができるからね」
アレンが国王、宰相、軍務卿の順に視線を移すとそれぞれ国家の重鎮達は『まだまだ甘いな』と言わんばかりの表情を浮かべている。
「…それでは、魔将討伐に参加するための最後の利点を説明させてもらいます」
「うん、頼むアレン」
「はい、その利点とは戦力増加です」
「…ほぉ」
三人の顔に初めて驚きの表情が浮かぶ。どうやらこの利点は三人の予想を上回ったようだ。
「先の魔将討伐に私の婚約者が参加した事はご存じだと思います」
「うむ」
「そして、ご報告に上げましたようにその際にナーガを当家は部下に迎えております」
「そうだったな」
「そこで、魔物であっても一定の知性を持つものであれば、こちらの戦力に組み込む事が出来ると考えました」
アレンの話に三人は黙って耳を傾けている。アレンは反論がこない間に一気にたたみ込む事にする。
「今回私が選んだ魔将は、ゴブリン、トロルなどの亜人種が中心と聞いています。それならば魔将も亜人種である可能性が高いと考えます。それを屈服させれば魔将の戦力をこちらが手に入れる事が出来るようになります。また魔将は魔物を支配し、屈服させることで部下とする事で勢力を増していきます」
「魔将に魔物を統制させ戦力を増やすという事か?」
「はい」
「ふむ…」
三人は考え込む。
「アレン…君の意見は中々面白いが、危険性も想定しているだろう?その対処は?」
ジュラスの言葉は穏やかだが、放つ雰囲気は厳しい。
「はい、魔神を捉えたあかつきには、術による行動制限をかけたいと思います」
「その術は君のものかな?」
「いえ、エジンベートの術です」
「なるほどフィアーネ嬢の術というわけか…」
吸血鬼の国であるエジンベートの魔術レベルは、ローエンシアよりも高いのは周知の事だ。エジンベートの魔術なら納得させる事もしやすかった。
「そして、その行動制限には、ローエンシア国家への反逆を加えたいと思います」
アレンの言った言葉は、アレンが膨れあがった魔将を率いて反逆する危険性を排除するという事を意味していた。勿論、三人はアレンが反逆をするなどとはまったく思っていない。もしアレンが地位や権力などに拘るような人物であればとっくに公爵位を受けていたはずである。
「いや、アレン、別に私達は君を疑っているわけではないよ。逆にそんな単純なら私達も対処がしやすかったんだけどね」
ジュラスはため息をつきながら言う。視線を移すとエルマイン公もレオルディア侯も同様の表情をしている。
「ふむ…まぁその点は置いといて、アレン、君の魔将討伐を認めよう。魔将討伐を成功させたら…いや、無害化させたら恩賞を渡すことを約束しよう」
ジュラスの口から許可が下りたことでアレンはほっと胸をなで下ろした。
「アインベルク卿」
エルマイン公爵がアレンに言葉をかける。
「陛下が許可を出した以上、魔将の討伐について私は反対しない…しないが、王太子殿下と王女殿下も参加するのかね?」
「はい、少なくとも王女殿下には参加してもらおうと思っています」
「王女殿下だけ?王太子殿下はどうしてかね?」
「はい、王太子殿下にもしもの事があってはいけませんから王太子殿下は…」
「アレン、アルフィスも参加させなさい」
アレンの言葉を遮り、ジュラス王はアルフィスの参加を命じる。
「え?しかし…」
「いや、アルフィスを参加させることで他の口うるさい者共を黙らせることが出来る。それに…」
ジュラスは言いかけて止める。エルマイン公とレオルディア侯の視線を受けたためだ。
「詳しくは分かりませんが、アルフィスを参加させることで他の者から文句が出づらくなるのは助かりますので、王太子殿下も参加してもらおうと思います。それでは学園の方に命令書を発行していただけませんか。話がスムーズに進みますので」
「わかった。すぐに作成させ学園に届けさせる」
「ありがとうございます。それでは」
アレンは一礼して執務室を退室する。
ジュラス王の言葉にひっかかりを覚えたが、アレンは許可がおりた事に安堵し、次の準備のために動き出すことにした。
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「陛下…口を滑らすような事は…」
「すまん」
「間違いなくアインベルク卿は何かあると思ったはずです」
三人の会話はジュラス王を窘めるものだ。
「それに、あまり感心はしませんな」
レオルディア侯の言葉は苦虫を噛み潰したような感情が含まれている。
「軍務卿の言葉ももっともだが、アディラだけが参加する事の不利益は分かっているだろう?」
「それは分かってはいるのですが…」
もし、アディラだけが魔将討伐に参加し、アルフィスが参加しなかった場合、間違いなくアディラだけの名声があがる事になる。もちろんアルフィスがそれに嫉妬し、危機感を覚えるという事は決して無いだろうが、アディラの名声だけが上がれば、アルフィスを引きずり下ろそうという者がアディラとアレンを利用しようと蠢動を始める可能性があるのだ。
そのため、アルフィスが参加すればアルフィスとアディラの名声は共に上がる事になるため、バランスが崩れることはないのだ。
「まぁ結局は、これがあの三人のためになると私は思っている」
「確かに…そうですが、アインベルク卿もまだまだ甘いですな」
「あの年齢であの洞察力は素晴らしいと言えますが、あと一歩及びませんな」
三人の言葉はこの場にいないアレンにはもちろん届いていない。届いていたたら自分と三人の差を思い知らされ、かなり落ち込んだ事だろう。いかに三人の声に侮る意思が感じられなくとも。
「まぁ、もう少しはアレンに対して、いやアルフィスに対しても我々は大きい顔が出来る事を喜ぼうじゃないか」
ジュラスの言葉にエルマイン公とレオルディア侯は笑った。




