演習①
ある午後の昼下がりに、アインベルク邸に来客があった。
客は冒険者ギルドマスターのゼリオ=マーキンだ。50代とは思えないほどの筋骨逞しい肉体を持ち、厳つい顔に頬に一本ざっくりと入った傷が恐ろしさを増している。裏社会での大物と思われがちな見た目であるが、実は気の良い人物であり、愛妻家で子煩悩な男であった。
そのギルドマスターがアインベルク邸に来たのは、レミアへ仕事を依頼しに来たのだ。
レミアは先の魔将討伐での活躍により、その実力は国の内外に鳴り響いた。特に冒険者達の間でレミアは強さと美しさから絶大な人気があった。
「今日は仕事を依頼しに来た」
あいさつも程々にゼリオはいきなり本題に入った。
「…仕事ですか。でも…」
対するレミアの反応は鈍い。レミアに冒険者として身を立てるつもりがない以上、積極的にギルドの依頼を受けるつもりはないのだ。前回の魔将討伐に参加したのは、はっきり言って金が目的だったのだ。
だが、現在は予算が増額された事と大きな支出をする必要性がないことから冒険者ギルドの依頼を受ける必要性を感じていなかったのだ。
「君が冒険者として身を立てるつもりがないのは理解している。だが、そこを曲げて頼みたい」
ゼリオはそういうと頭を下げる。ギルドマスターに頭を下げられれば無下に断るのも気が引けるというものだった。
「レミア、とりあえず話を聞いてみなよ」
アレンがレミアに声をかける。フィアーネもフィリシアもこの場におりそれぞれ頷く。レミアもアレン達の反応を見て、ゼリオに話を促した。
「そうね…。とりあえず依頼内容を話してください」
レミアの言葉にゼリオはほっとした顔をする。にべもなく断られると思っていたので、とりあえず第一関門は突破したと思ったのだ。
「実は仕事の依頼とは魔将のことだ」
「魔将?また現れたんですか?」
「いや、正確に言えばまだ魔将として認められていない規模だが、放置しておけば間違いなく魔将となる」
ゼリオの声は重い。だが、アレン達は疑問があるので聞いておく。
「でも、普通は魔将の討伐は軍の管轄ですよ? なぜ冒険者ギルドが話を持ってくるんです?」
アレンの問いにゼリオは緊張しながら答える。以前、アレンがレミアのために強めの抗議 (実際は脅迫)を行ったために苦手意識を持っているようだった。
「ああ、実は軍はより規模の大きい魔将候補を討伐に出ることになっている。魔将候補の数は7つなので、とても手が回らないとの事でね。そのうちの一つを討伐して欲しいという事なんだ」
「なるほど…そこでレミアを参加させることで、冒険者達の参加を促そうと言うわけですか」
「え?じゃあ私って客寄せなの?」
「まぁ…言い方は悪いけどそれに近いんじゃないですか」
アレン達の話を聞いてゼリオは慌てる。ここでレミアの機嫌を損ねれば不参加となれば任務達成に支障をきたすし、アインベルクの不興を買うのは避けたい所であった。
「待ってくれ!!確かに君の参加には冒険者達の参加を促す目的もあるが、戦力的に頼りにしているという意味合いの方がはるかに強いんだ」
ゼリオは必死の弁解を行う。意外な事にアレンがその弁解を受け入れてようという気配を見せていた。普段のアレンであれば、婚約者達を利用しようという者には容赦なく攻撃を加える。だが、今回はそうではないらしい。
「ゼリオさん、一つ聞きたいのですが…」
アレンの言葉にゼリオが居住まいを正す。
「なんだい?」
「すでに冒険者で参加を表明している方はどれぐらいなのですか?」
「いや、まだ募集はかけていないからゼロだ」
「そうですか…その依頼ですが、アインベルク家に譲ってくれませんか? 報酬はローエンシアから支払われる額からギルドが受け取る分を引いた額です」
「いや…それは…」
「勿論、表向きはレミアとフィリシアが依頼を受けたという事にしておけば少なくとも波風は立たないのではないでしょうか?」
「…」
「レミア、フィリシア勝手に話を進めてしまっているけど、二人はどうだい?」
「私はいいわよ。アレンに何か考えがあるんだろうからそれを後で教えてくれればね」
「私も構いませんよ」
「ありがとう二人とも」
即答する二人にアレンの顔は綻ぶ。
「どうでしょうか?」
アレンの問いかけにゼリオは難しい顔をする。
「いや、だめだ。国からは一人あたりの額が決まっている。もし参加人数よりも多い人数を求めれば、詐欺になってしまう。冒険者ギルドは国から睨まれるわけにはいかない」
意を決したようにゼリオはアレン達に言う。
「そうですか。ということなら参加人数分であれば我々が参加しても大丈夫というわけですね」
ゼリオの言葉が正論である事を認めたアレンはすかさず次の条件に切り替える。
「…いや、冒険者でなければ冒険射ギルドから報酬を出すことは出来ない」
ゼリオの言葉にアレン達は黙る。元々、アレンの言い分が無茶なのだから、ゼリオを責めるのは筋違いだった。アレンは筋をきちんと通す事を信条としている今回の件で権力を背景に我を通すのはアレンの信条に反する。
となれば…別の方法をとるしかない。
その方法とは、国王、軍務卿の許可をもらい冒険者とは別ルートで参加するか。冒険者ギルドに登録するかの二つだ。
アレンは墓守が本業である以上、冒険者ギルドに登録するというのは現段階では不可能と思われる。まず国から許可が下りないだろう。冒険者になれば王都を離れる事も多くなり、その間の本業が疎かになる事を国が許すわけがないのだ。
すると消去法で、国のトップから許可をもらって魔将討伐に参加するしかない。
「ゼリオさん、冒険者資格を持つのはここではレミアとフィリシアの二人です。あと懇意にしている冒険者が二人います。冒険者側の参加はこの四人でどうでしょうか?」
アレンの提案にゼリオは驚く。
「バカな事を言わないでくれ!! 討伐対象がいくらローエンシアの魔将の基準で無いとは言え少なくとも六百の魔物を従えているんだぞ。たった4人なんて死にに行かせるようなものだ!!」
ゼリオは声高に叫ぶ。いくらアインベルクの関係者とはいえ無茶をとしか思えない言葉だった。
しかしアレンはあっさりとゼリオの叫びをいなした
「いえ、冒険者の参加は4人と言ったのです」
「え?」
「他に私とこちらのフィアーネ、そしてあと数人のつてがありますので、それなりの人数になると思います」
「しかし…」
「ちなみに私とフィアーネ、フィリシアの実力はレミアとほぼ変わりません」
「え?」
「あと私が持っている『つて』にあたる人物でいえば、分野によっては私達よりもはるかに優れた実力を持っています」
「な…」
アレンの言葉に婚約者達はそれが誰の事を言っているか一人の少女の顔を思い浮かべる。そして、納得とばかりにそれぞれ頷いた。
「どうです? この条件なら冒険者ギルドの人的損害は限りなく低くなりますよ。先の魔将討伐はレミアの活躍がことさらにクローズアップされていますが、その一つの理由に冒険者の損害が予想以上に大きく、そこから目を逸らさせるというものがあったはずです」
アレンの言葉にゼリオは視線を逸らす。
「確かにレミアは素晴らしい活躍をしたのは事実です。ですが、『戦姫』という二つ名で呼ばれた事が私には冒険者ギルドの意図を感じさせずにはいられませんでしたよ」
「…」
「戦姫という二つ名はレミアを知らしめるのにとても有効です。実際に『戦姫』という二つ名のためにあっさりと王都の住民の間にレミアの名前は知れ渡りました。しかも魔将討伐が終わってしばらくの間は『戦姫』レミアの噂で持ちきりでしたよ。今では落ち着きましたが、落ち着いたときには魔将討伐の件は過去のものとなっていました。もしレミアを『戦姫』として祭り上げ冒険者ギルドの損害から目を逸らさせようとしたのならギルドの狙い通りだったわけですね」
アレンの言葉にレミアが疑問を呈する。
「でもアレン、私が『戦姫』とか呼ばれ始めたのは王都への凱旋途中よ?」
「たしかにきっかけは一緒に戦った冒険者の誰かが言い出したんだろうけど、それを煽ったのは間違いなく冒険者ギルドだ」
「どうしてそう思うの?」
「レミアが貴族や冒険者達から引き抜きを受けるようになってから、噂の内容を調べていたのさ。結果、不自然な箇所がいくつかあったんだ」
「不自然な箇所?」
「ああ、並の冒険者では達成できないような依頼をいくつもこなしているとかギルドマスターから直接依頼を受ける切り札的存在であるとかだ」
「確かに不自然ね」
「だろ?レミアがあの時参加したのは、離れの建物の建設の材料費を捻出するためだ。しかも、それ以前に王都の仕事を受けたという話もレミアから聞いていない。にも関わらす切り札的存在という噂が流れてるんだから、ギルドが煽ったと考えていいだろうな」
アレンとレミアの会話を聞きゼリオは顔を青くしている。アレンが言った事はほぼその通りだったのだ。
「さて…ゼリオさん」
アレンの言葉は静かだ。だがそれだからこそゼリオは恐ろしい。
「レミアは冒険者ギルドに対して多大な貢献を行っていると言えませんか?」
「…言える」
「にも関わらず、ギルドが噂を助長したことで、レミアの周りは騒がしくなりすぎていると思いませんか?」
「いや…それは…いや、言える」
ゼリオが否定しようとしたが、認めたのはアレンがギロリと睨んだからだ。
「それほどまでに貢献をしているのに関わらず、ギルドはレミアに迷惑をかけ続けているのですから、少しぐらいレミアのために便宜を図ってくれても良いのでは?」
「…どうすればいい?」
「国への要望にアインベルク家の参加を後押ししていただきたい」
「え?」
「今回の魔将の討伐に私が参加することは私にとって非常に大事なんです。そして、それは冒険者ギルドに対して不利益をもたらすものではありません」
「…」
「どうです?こちらはかなり譲歩しています。それともギルドマスターはさらに譲歩を引き出そうとしますか?こちらが譲歩したのですから今度はそちらが妥協していただけませんかね。あまり欲張るとこちらも掌を返す事になります」
アレンの言葉は要するに『調子にのるなよ』と表現したにすぎない。実際にアレンとすれば冒険者ギルドを通さずに事を進めることをやろうと思えばやれるのだ(説得は大変だろうが…)。
アレンの言葉にゼリオは黙って頷く。
「ありがとうございます。それでは、冒険者ギルドから今回の魔将討伐に参加するのは、4人で報酬はギルドが支払う。そして、私とフィアーネ、集めた者の参加を国に後押しすると言うことで…」
「ああ…」
「討伐に失敗した場合の責任はアインベルク家がとると言う事を明記してください。ちなみに成功条件は『魔将のローエンシア王国民への無害化』としていただきたい」
「無害化?討伐ではないのか?」
「ええ、ローエンシア王国民へのという所が気に入らなければ『人間、吸血鬼』と変えていただいても構いません」
「一体、何をするつもりだ?」
「残念ですが、この段階ではお伝えできません」
「ローエンシア王国民に被害が及ぶ事はないのだな?」
「絶対に無辜の方々に被害は及ぼしませんよ」
「わかった。だが国に意見が通るとは限らない。それは理解してくれるな」
「勿論です。冒険者ギルドが国に働きかけたという事だけで十分です」
「そうか…そういう事なら、そうさせてもらうよ。だが失敗はしないでくれ。あんた方が失敗すれば多くの人が犠牲になるんだからな」
「分かってます。だからこそ失敗したときは『アインベルク』が責任を取ると宣言したんです」
アレンは力強く宣言する。その言葉を聞きゼリオは退出する。
ゼリオを見送ると、まずアレンはレミアとフィリシアに謝罪する。
アレンにしてみれば話の流れとは言え、勝手にレミアとフィリシアを戦場に送り出したことになるのだ。
レミアもフィリシアもその事については別段気にしておらず、謝罪をあっさりと受け入れる。
その事に安堵したアレンであったがすぐに気を引き締める。色々な方面に話を通さなくてはならず、忙しくなることが容易に想像できたからだった。
「さて…さっそく取りかかろう」
アレンの言葉に三人は頷いた。




