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継承②

 イリムが騎子爵に叙任されるという話は瞬く間に、帝都『ヴォルゼイス』を駆け巡った。


 しかも、皇帝の勅使としてリオニクス邸に派遣されたのは皇女のアルティリーゼという異例中の異例の出来事に帝都の住民が食いつかないはずはなかったのだ。


 だが、いかに皇帝の勅命であっても騎士爵に任命することは出来ても、魔剣士に任命することは出来ない。魔剣士になるには力を示す必要があるのだ。具体的に言ってしまえば現役の魔剣士と勝負して勝つ事である。


 イリムが騎士爵に任じられると同時に魔剣士として力を示すという事も知れ渡り、帝都の住民はさらに食いついた。


 通常、魔剣士として力を示す場は帝都にある闘技場で行われることになっているのである。帝都の住民にとってこれ以上ない娯楽である事は間違いなかったのだ。




 そして、試合当日の闘技場の賑わいは滅多に見ることのないような賑わいだった。


 今日の主役の一人であるイリムは試合までの時間を宛がわれた控え室で過ごしていた。



 他の出場者達はイリムをチラチラと見ているが話しかける者はいない。


「イリム=リオニクス殿出番です」


 案内係の男がイリムに声をかける。イリムは礼を言うと、愛用の剣を持ち試合会場へと歩き出した。


 この愛用の剣は父イグノールがかつて使っていたものであり、17の誕生日に譲られたものであった。


「父上…見ていてください」


 通路の先に光が見える。その光が差す場に出た瞬間にイリムを歓声が包んだ。周囲を見渡すと満員だった。闘技場の収容人数は約一万。つまりそれだけの観客の前で戦うのだ。


 闘技場の地面は土、周囲には約2メートル程の高さの壁で仕切られている広さは直径約20メートルほどの円形であった。

 中央に一人の男が立っている所を見ると審判といった所だろう。相手はまだ現れていない。


 イリムは中央の審判と思われる男のところで立ち相手を待つ。


 しばらくして、対面上の入り口から魔剣士の鎧に身を包んだレヴァンス=エーゲイルが現れる。レヴァンスは二十代半ばと思われる風貌の男で、頬に深い傷があるところが歴戦の剣士であることを思わせる。イリムを見る目に好意的なものは一切感じられない。それどころか、嘲りの感情のみが伝わってくる。

 


 イリムはニヤリと嗤う。イリムの容貌は秀麗と称して問題ない。そのイリムのニヤリという嗤いは妖しい魅力を放っていた。


「魔族の面汚しの息子がよく面を出せたものだな」


 レヴァンスの声と表情にはイリムへの敵意しかなかった。


「運がよかったな」

「何?」

「お前は弱くて運が良かったなと言ってるんだよ父上が連れて行った魔剣士の方々も全員命を落としている。父上はこと戦いに臨むときには、常に必勝を念頭に準備をされていた。お前はなぜ父上に誘われなかったのだ? 答えは簡単だ。お前は父上に役立たず、別の言い方をすれば弱いと思われていたんだよ。お前は弱かったから死なずに済んだんだ」

「な!!貴様!!」


 レヴァンスは怒りのあまり掴みかかろうとしたが、審判の男に制止された。


 イリムとすれば驚くほど上手くいった。イリムは最初から言葉で挑発するつもりだったのだ。『さて、どう取っ掛かりを…』と考えていたところに、レヴァンスから程度の低いイリムにしてみれば挑発にすらなっていない言葉が投げかけられたのだイリムはこれ幸いとレヴァンスの言葉を受け止めると凄い勢いで投げ返したのだ。


「せっかく命が助かったのにここで捨てるなんてな。まぁゴミ同様の命だからこそ捨てられるのだろうな」

「貴様!!言わせておけば!!」


 レヴァンスが剣の柄に手をかける。


「おいおい…まだ試合開始の合図が出てないぞ。皇帝陛下の見ている前で不意をつくつもりか?」

「ぐぅぅぅうううう!!!!」


 レヴァンスは歯を食いしばり、体を震わせている。


「早く試合を始めろ!!!!こいつを切り刻んでやる!!」


 レヴァンスは審判に凄まじい殺気をむける。審判はレヴァンスの殺気に怖じ気づいているようだが、自らの職務を投げだそうとはしなかった。


「それではこれより、魔剣士レヴァンス=エーゲイルとイリム=リオニクスとの試合を始める。決着は相手が負けを認めるか、死亡とする」


 審判の声が闘技場に響くと遅れて割れんばかりの歓声が二人に降り注いだ。


「なお、この試合は皇帝陛下も御覧になっておられます。双方その事を決してお忘れなきように」


 次いで、審判は二人にそれぞれ視線を向け言う。卑怯な行いをしないようにという警告である事は明らかであった。


「もちろんです」

「当然だ!!」


 イリムとレヴァンスは審判の言葉に頷きながら返す。


「始め!!」


 審判の声がかかる。


「切り刻んでやる!!」


 レヴァンスは剣を抜き獰猛な目でイリムを睨む。だが睨まれた本人であるイリムはまったく動じていない。


 イリムは剣を抜き構える。そこには失望の表情が浮かんでいる。


(これが魔剣士なのか? 簡単に挑発に乗る…構えは隙だらけ…)


 イリムはレヴァンスの構えを見て非常に残念にというよりもくだらないという気持がわきあがるのをどうしても止めることは出来なかった。魔剣士である以上、いかに気持が乱されていても隙が生じるわけがないのではないかと期待していたのだ。


「こないのか?臆病者め!!」


 レヴァンスは上段に振りかぶり一気に振り下ろす。


(なんだ?この遅さは?)


 イリムはレヴァンスの剣をあっさりと躱す。イリムの実力なら振り上げた瞬間に間合いに飛び込み、腹か首に必殺の突きを放ち勝負を決することも可能だった。だが、レヴァンスへの失望がそれをさせなかった。

 何だかんだ言ってもイリムは魔剣士と呼ばれる者の実力がこんなはずはないと思いたかったのだ。


「よく躱したな…臆病者め!!」


 レヴァンスはイリムを罵り再び斬撃を繰り出す。だが、イリムはそれを易々と躱す。レヴァンスの斬撃は速度が遅いのもあるが、打ち出そうという瞬間の意識があからさますぎてまったく脅威を感じない。


「ハァァァァァ!!」


 ブン!!


「キィェェェェェ!!」


 ブン!!


 イリムにとってあくびが出るような攻撃であった。観客も呆れているのではないかと視線を移すと観客達は興奮していた。


「すごいな!!さすがイグノール様のご子息だ!!」

「レヴァンス様の激しい攻撃をあそこまで躱すなんて!!」

「強いなんてもんじゃないぞ!!」


 観客達の言葉がイリムの耳に入ってくる。視線に入ってくる観客の顔は皆興奮しきっており、とても演技には見えない。


(どういう事だ?なぜ誰も失望していない?)


 イリムにとって魔剣士の実力の基準は父イグノールであった。そのためレヴァンスの実力もそれに準ずるものと思っていたのだがそうではないようだ。


(もう…いいか)


 イリムは失望をもはや隠そうともせず、剣を振るった。


 ヒュン!!


 イリムの振るった剣はレヴァンスの両腕を切断する。レヴァンスは自らの腕が切り落とされた事に気づき苦痛の叫びを上げようとしたが、それよりも早くイリムの剣がレヴァンスの首をはね飛ばした。


 レヴァンスの首は驚愕の表情を浮かべたまま地面に落ちる。


 観客にはいきなりレヴァンスの腕と首が飛んだとしか思えなかった。観客のほとんどの者にはイリムの剣が見えなかったのである。


 呆気にとられていた観客は、勝負が決したことに気付くと一気に歓声をあげた。


「それまで!!」


 審判は観客の声に負けないように終了の宣言を行う。


 イリムは皇帝イルゼムを見上げ跪くと頭を垂れる。イルゼムの言葉を待つためである。


 イルゼムは立ち上がり観客の声を手で制する。まるで示し合わせていたように歓声は一気に静まった。


「イリム=リオニクスよ」

「はっ!!」

「見事であった」

「ありがとうございます」


 短いやり取りであったが、観客達は自分達の皇帝がイリム=リオニクスを気に入っている事を理解した。


「聞け!!我が民達よ!!」


 次いでイルゼムは観客達に宣言する。観客達は戦慄する。皇帝陛下が我々に声をかけるなど異例中の異例であった。


「イグノール=リオニクスは強者であった。それは子イリムの強さを見れば一目瞭然だ」


 イルゼムの言葉に観客は黙って聞き入る。


「イグノールが敗れたのは決してイグノールが弱者であったからではない!!イグノールを斃した者がイグノールより強者であったからだ!!」


 イルゼムの言葉は力強く、闘技場にいる者すべてが聞き惚れている。まさしく覇者の声だった。


「これ以降、イグノールの名誉を陥れる事を余は決して許さぬ。異論がある者はいますぐにイリムと立ち会うがよい」


 観客達は動かない。


「イリムよ!!」

「は!!」

「もし、これ以降イグノールの名誉を不当に辱める者がおればどれほど高位の者であっても遠慮はいらぬ。己の剣で亡き父の名誉を守るがよい」

「ははぁ!!」


 イリムはイルゼムの真意を確実に見抜いている。これは事実上の殺害許可証だ。イルゼムはアルティリーゼのためにならない者がいればお前が殺せと命じているのだ。


 だが、観客の中に今のやりとりに込められた意味を察した者はほとんどいない。ほとんどの者が皇帝陛下の『粋なはからい』と捉えている。そのために観客達の中から一際大きな歓声が沸き上がった。


 そして、イリムは悟っていた。


 観客の中にサクラが紛れ込んでいる事を…。


 イリムはそれを察すると皇帝の恐ろしさに戦慄する。堂々と殺害許可証を認知させ、しかもそれを悟らせず、自らの名声を高めさせたのだ。


(おそらく仕込まれたネタはまだあっただろうし、上手くいかなかったものもあっただろう。だが、上手くいかなくても元は確実にとったのだろうな…)


 イリムは表面上、感激しているように装っているが、心の中は皇帝に対する畏怖の念で一杯だった。


(アルティは…あの怪物を目指しているのか…)


 イリムはその事に気付き戦慄する。それがどれほどの苦難かその一端を察してしまったのだ。アルティリーゼの助けになるように今までよりも努力せねばならない事を心に誓う。


 この試合でイリムが魔剣士として認められたことは、同時に彼がイグノールの名声を継承する者とベル是印帝国で認められる事でもあった。




 後に、『剣神』と謳われるイリム=リオニクス…


 ベルゼイン帝国の表舞台に現れた初めての日の出来事であった。


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