調伏④
「あ…剣が」
「剣が…」
「消えた」
フィリシアを見守る三人の口からそれぞれ言葉が発せられる。フィリシアは陣の中心で目を閉じたまま立っている。その周囲に浮かんでいた四本の剣がふっと煙のように消えたのだ。
「アレン…」
「ああ、決着がついたようだな」
アレン達の会話に悲壮感はない。フィリシアへの信頼が悲壮感をもたせなかったのだ。
「意外に早く決着がついたのね」
レミアがアレンに言う。
「精神世界での戦いだからな、ひょっとしたら時間の流れが違ったのかもしれないな。いずれにせよフィリシアが気がついたら聞いてみよう」
「そうね」
アレン達はフィリシアが戻ってくるのをもう少し待つことにした。
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フィリシアはセティスの上に浮かぶ四色の剣を黙って眺めている。
この場に四色の剣が現れたと言う事は、セティスは負けを認めたという事だろう。決着はついたのだ。
フィリシアはセティスから一歩離れる。
未だに目を覚まさないセティスであるが、すでに勝敗が決した以上、このまま儀式を進めても問題ないと思い、フィリシアは儀式を進める。
「白」
フィリシアが『白』色の剣に命じる。その瞬間、浮かぶ『白』の剣は倒れているセティスに突き刺さった。
白の剣に貫かれた者は『抵抗の意思』を消滅させられる。セティスから抵抗の意思は完全に消え去り、どのような契約も拒まない、いや拒めないのだ。
「紅」
フィリシアは次に『紅』色の剣に命じた。次に『紅』の剣はセティスの体に突き刺さる。
この『紅』の剣は肉体を拘束する。通常の生物であれば、必要な剣ではあるが、セティスに関して言えば本体は魔剣なので、あまり必要のない剣である。
「蒼」
フィリシアの次の命令は『蒼』、精神を拘束する『蒼』の剣がセティスに突き刺さる。
「黒」
最後にフィリシアが『黒』の剣に命令を下す。『黒』の剣はセティスに突き刺さった。四本の剣のうち『白』『紅』『蒼』の剣はセティスの体の中に入り込んでいき、最後に残った『黒』の剣が形を崩しセティスの体を覆い始める。
セティスを覆った『黒』はセティスの体の中に入っていく。
セティスの体の中に入った三本の剣は『黒』によって体内に閉じ込められ、もはや抜き取ることは出来ないのだ。
これで『四剣』による調伏が完成したのだ。
フィリシアの意識は調伏の完成を確認したときに、自らの体に戻っていくのを感じた。すでにこの場にとどまる理由もないためにその流れに逆らうような事はしなかった。
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「フィリシア」
意識を取り戻したフィリシアを迎えたのはアレンの声である。アレンの声は『お疲れ様』というフィリシアを労る気持で満ちている。
その事を感じ、フィリシアは微笑む。
(ああ…、この人は私を心から信頼してくれているんだ。そして、フィアーネもレミアもそうなんだ)
フィリシアは信頼を寄せてくれている三人の気持を察し、胸に暖かいものが満ちるのを感じていた。
(セティス…あなたは私から家族を奪ったけど、みんなと出会わせてくれたことには感謝してるわ)
「それでフィリシア、魔剣セティスは生きてるのか?」
アレンの言葉にフィリシアは頷く。精神世界での死とは魂の死を意味する。たとえ体が生きていても魂が死んでしまえば、そう遠くない時期に体も死んでしまうのだ。
「はい、トドメは差していませんので、確実に生きていると思います」
「そうか…じゃあ、フィリシアは魔剣セティスを使いこなせるのか?」
「多分大丈夫だと思います。試してみますね」
フィリシアは魔剣セティスを掴む。それからアレンに視線を移す。フィリシアに見られたアレンの心に恐怖心がわき上がる。
フィリシアは、敵意、害意、殺意とよばれる者は一切発していない。にも関わらずアレンの心には恐怖心がわき起こったのだ。これが魔剣セティスの能力なのだろう。そして、傍らにいるレミアとフィアーネは平然としている所を見ると、うまく使いこなしているようだ。
「どうやら、アレンさんに恐怖心を起こさせたようですね」
フィリシアはそう言うと微笑む。そしてアレンから恐怖が消える。どうやら任意に対象者に恐怖心を植え付けることができるようだ。
「ああ、しかも任意に恐怖を起こさせてる。使いこなせていると思っていいだろう」
アレンの言葉にフィリシアだけでなくフィアーネ、レミアも頷く。
「あ…あの、アレンさん」
フィリシアが嬉しそうにアレンに声をかける。
「どうした?」
「私やっと過去を乗り越えた気がします」
「…そうか」
「はい!!これからはアレンさんの役にもっと立てると思います」
フィリシアの言葉を受けて、アレンはフィリシアの肩に手を置く。
「ひゃ!…アレンさん…えへへ♪」
フィリシアは最初びっくりしたようだが、幸せそうに笑った。その笑顔があまりにも可愛すぎてアレンは自然とフィリシアを抱きしめていた。
「ふぇ!!ア…アレンさん」
フィリシアはアレンの抱擁に驚いたようだが、黙ってアレンの腕の中で目を閉じている。その顔は本当に幸せそうだった。
この後、フィアーネとレミアも抱擁をせがみ、アレンはそれぞれフィアーネとレミアも抱きしめたが、フィリシアの時は自然と出来たのだが、フィアーネとレミアの時はついつい意識してしまったからかアレンの顔は真っ赤だった。
その様子をロムに見られてしまい、生暖かい視線を受けてしまったため、アレンはしばらくの間、頭を抱えていた。