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調伏③

 その空間は異質なものであった。


 一片20メートル程の正方形の大理石のような材質の床があり、他は何もない空間だ。周囲を見渡しても、黒い空間しかフィリシアの目には入らない。上空を見ても同様だ。


 おそらく、20メートル四方のこの床以外にはこの空間には何もないのだろう。フィリシアはここで魔剣セティスとこれから戦うのだ。逃げ場はない事をフィリシアは悟る。決着がつくまでこの空間から出ることは決して出来ないのだろう。


「さて…魔剣はどこかしら…」


 フィリシアは相手を探す。この空間にいるのは自分だけのはずはない。そう考えていると、フィリシアの3メートル先に一人の女性が現れる。


 黒い髪に黒い瞳の年齢が30歳半ばの女性で、黒い髪は無造作に後ろで束ねている。顔立ちはわりかし整っていると言って良いだろうが、目の下にある隈が彼女の印象を暗い、いや不気味なものにしていた。


 皮鎧を身につけ腰に剣を帯びている姿は、冒険者を思わせる。


「あなたが魔剣セティスね」


 フィリシアの質問に女性はニヤリと嗤い答える。


「そうよ、お久しぶりねというべきかしら?、それとも初めましてというべきかしら?」

「どちらでもいいわ」

「あら、つれないわね。まぁいいわ。で、私とあなたがここで戦うというわけね?」

「そうよ、私とあなたはここで戦う。勝者は敗者のすべてを手に入れるの」

「単純明快でいいわね。でもあなたは負けた時すべてを失うのよ、私よりも失うものが大きいんじゃないの?」

「大丈夫よ、セティス。すべてを失うという条件はあなたも同じよ。そこに大きいも、多いもないわ。すべてを失うという事実は変わらないのよ」

「ふふ、なるほど確かに、すべてを失うという面を考えれば条件は一緒と言えるわね」


 セティスは可笑しそうに笑う。


「じゃあ、こちらからも聞いていいかしら」

「いいわよ」

「あなたは、なぜ私を選んだの?」


 フィリシアが言ったのは、幼かったフィリシアをなぜ呪ったかということだった。実際に他の家族が魔剣セティスに触れたが呪われなかった。剣を握ったフィリシアだけが魔剣セティスに呪われたのだ。


「別に深い理由はないわ。あなたの家族の中で、あなたが一番小さかったからよ」

「?」

「あなたは家族の中で守られる立場であったのよ。そんなあなたに対して家族が恐怖心を持つようになればどんな事になるか興味があったの」

「そうなの、それであなたの興味は満たされたのかしら?」

「そうね、まさか守られる立場でしかなかったあなたが私の助けがあったとは言え、生き残るとは思わなかったわ。そういう面から言えば非常に面白かったわ。


 セティスは嗤う。セティスは単なる実験動物としてフィリシアを選んだだけだったのだ。だが、フィリシアはそんなセティスの言葉を聞いても怒りも何も湧いてこない。

 なぜならセティスは人間ではないのだ。人間の価値観で縛ろうとしても意味はないし、そもそもそんな事をフィリシアは求めてなどいない。


 フィリシアが求めるのはアレンをさらに助けるための力だ。そのためにセティスをもう一度使うつもりでいるのだ。逆に言えば、フィリシアはアレンの助けにならないのなら、セティスを滅ぼすことも厭わない。手放した当初は、再び魔剣セティスを手にすることを望んでいたのだが、現在はアレンや将来の家族達がはるかに優先順位は高かった。


「…」


 フィリシアの様子に一切の変化がないことにセティスは怪訝な表情を浮かべる。


「どうしたの? まさか私があなたごときの安い挑発に乗ると本気で思ってるの?」


 フィリシアの言葉にセティスは不快な表情を浮かべる。


 フィリシアはセティスの言葉は挑発であると思い、軽く聞き流したのだ。これは自分の存在を駆けた戦いである。それなのに呑気に言葉を交わすなどという事をするわけがないのだ。

 フィリシアはセティスに話しかけたのは、セティスを知りたいと思ったからではない。ただ、有利な状況をつくる可能性があったため行ったまでだった。


 フィリシアはセティスに向け、露骨な嘲りの表情を向ける。


(魔剣といっても所詮は進化を放棄しただけの存在か…)


 フィリシアには、もはやセティスに敗れるなどと言う事は微塵も思っていない。対して、セティスはフィリシアの嘲りの表情に怒りを覚えている。だが…それ以上にフィリシアに気圧されていたのだ。

 もはやフィリシアは自分を振るっていたころのフィリシアではないことを悟ったのだ。


「さて…いい感じに怯えてくれましたね…」


 フィリシアの言葉をセティスは否定しない。いや出来ない…。


 フィリシアは剣を抜き構える。その姿には一切の隙を見ることは出来ない。セティスは冷たい汗を体中からかき始めた。

 

 自然と呼吸が浅くなる。


 フィリシアは緊張に身を固くするセティスを見ても油断しない。精神的に完全な有利を確立してもなおフィリシアに油断はないのだ。有利と勝利は違う事を理解しているのだ。降参ですら相手を油断させるための作戦であるかもしれない。そんな戦いをフィリシアはアレン達と共に乗り越えてきたのだ。


 フィリシアが動く。まるで時間を切り取ったかのような急激な踏み込みにより一瞬で、間合いを詰めるとセティスの右腕を狙う。


 セティスはかろうじてフィリシアの斬撃を躱す事に成功するが、それで状況が改善したわけではない。フィリシアの剣のきっさきは、セティスの腹にすでに狙いを定めている。


 ほとんど止まることなく、フィリシアの突きが放たれる。セティスは体を捻って躱すが、フィリシアの攻撃は突きを放った段階ですでに次の攻撃準備を終えている。

 セティスは体を捻ってフィリシアの突きを何とか躱していたが、足を残したままであったのだ。

 フィリシアの斬撃はそのままセティスの左太股に振り下ろされる。さすがにこれは躱す事が出来なかった。フィリシアの剣はセティスの左太股をザックリと斬り裂く。


「ぐぅぅぅ!!」


 セティスの口から苦痛が漏れる。血が噴き出し床に大量の血が落ちる。そこに、フィリシアの容赦ない横蹴りが放たれる。セティスは腹にまともに受けた蹴りのため、3メートルほど吹っ飛ぶ。


「くそがぁぁっぁぁぁっぁぁぁぁっぁぁ!!!」


 セティスは叫ぶ。殺される恐怖を打ち払うかのような叫び声だ。おそらくセティスの本体は剣であり、普段痛覚を意識することはない。ひょっとしたら初めての痛みを感じているのかもしれない。


 怒りに満ちた目でフィリシアを睨みつけるが、フィリシアはまったく動じていない。虚勢である事がフィリシアに分かってはいた。いや、セティス自身が虚勢であることをすでに自覚している。


 セティスは憎々しげにフィリシアを睨みながら、腰に帯びた剣を抜き放とうと、柄に手をかける。その瞬間にフィリシアは自分の剣を投げつける。鋒を向け投擲するのではなくわざと回転するようにフィリシアは投げつけたのだ。

 一直線に向かうだけなら躱しやすいが、回転させ剣の攻撃範囲が大きくなれば、それだけ躱す動作は大きくなるし、剣で払っても隙が生まれるのだ。


 セティスは躱すのではなく、剣で打ち落とすことを選択したらしい。剣を抜き、フィリシアの剣を打ち落とした。


 キィィィィン!!


 剣同士の打ち合う音が消える前に、フィリシアは動く。


 一瞬で間合いに飛び込むと、鳩尾にフィリシアの右拳がめり込む。そして同時に抜き放った剣を持つ右手を掴む。その数瞬後にセティスは肩を基点に一回転する。逆上がりのような一回転をしたセティスの体はフィリシアの誘導により頭頂部から床に落ちる。


 フィリシアが重心を崩し投げ飛ばしたのだ。傍目にはセティスが自らとんだようにしか見えなかっただろうが、投げたのはフィリシアだった。


 頭頂部から落ちたセティスは倒れ込む。フィリシアはそれを確認すると、セティスの胸を踏みつける。


 ゴギィィィ!!


 胸骨の砕ける音が響くが、フィリシアは追撃を怠らない。もう一度足を上げ、振り下ろす。


 ゴギャァァァ!!


 再び骨の砕ける音が響く。



 その時、セティスの上に四色の剣が現れた。


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