試験④
アディラの放った矢は、まっすぐにアンデッド達に向かっていった。
矢は数秒でアンデッド達のもとに到達し、スケルトンソードマンの胸の位置にある核を正確に射貫いた。
核を射貫かれたスケルトンソードマンの体は、ガラガラと崩れ去る。その様子をもはやアレン達は当たり前のように見ている。
だが、数瞬後にこれはアディラだから出来る事であることを思い出し、アレン達は『いかんいかん』と首を振る。アディラを基準に考えるのは確実に悪手である。アディラが出来るからと言って他の者にそれを求めるというのは酷というものだ。
アレン達はアディラが放った矢の結末を見ていたが、アディラはすでにつがえていた矢を放っていた。
アレンはその事に気付いてアディラを見るが、普段のフワフワとした雰囲気のアディラとは違う『凜』とした雰囲気にアレンは胸がドキリと高鳴るのを感じる。
なんで自分の婚約者達は、普段の姿とは別の美しさも持っているのだろうか。
フィアーネはいつもは人の話を聞かない底抜けにポジティブシンキングの持ち主だが、アレンが悩んでいるとき、不安になっている時などは、包容力を発揮し、アレンを支えてくれる。
レミアは普段は凜とした美しさだが、実はカワイイもの好きであり、猫や犬を可愛がる姿はいつもと違う可愛らしさを見せる。またアレンに犬、猫を可愛がる姿を見られたことを気付いたときの照れ具合もまた可愛かった。
フィリシアは普段は清楚な美少女で、アレンに甘えるときも顔を真っ赤にして非常に可愛らしいが、その照れを吹っ切った時には、妖艶な美女へと雰囲気が変わるのだ。その時のアレンは必死に手を出さないように彼の心の中では激しい戦いが起こっている。
そして、今回のアディラのギャップを発見しアレンは、ついつい頬が緩んでいた。
「あ…また…」
フィアーネの声がアレンの耳に入り、アレンは思考を戻す。アレンが視線を向けるとまたしても、核を射貫かれたスケルトンソードマンが崩れ去る姿が見えた。
「よし!!あと8体!!こっちを見つけたみたいね…でも遅い!!」
アディラはこちらに向けて走り出している。アンデッド達を見ているが、すでに矢をつがえておりまたも矢を放った。
だが、今度の矢はアンデッド達の手前に落ちる。
『外したのか?』とアレン達が意外な思いにかられたが、アディラには一切の動揺は感じられない。その姿を見てアレン達はこれは布石である事を察する。恐らく【爆発】で吹っ飛ばすつもりだろう。
アレン達の予想は半分は当たっていた。
アンデッド達が向かってくる手前に落ちた矢に込められていた【爆発】が発動した。
ドゴオォォォドゴォォォォドゴオオオオオ!!!!
凄まじい爆発が起こり、アンデッド達をまとめて吹き飛ばす。さらにアディラは次の手をすでに打っている。デスナイト、リッチ、死の聖騎士達のような強力なアンデッドはこの程度で消滅させることは出来ないとアディラは思っており、すでに次の手を放っていたのだ。
そのアディラが打った手はすでにアディラの弓から放たれている。アディラの放った矢は今までの矢の軌跡とは異なり遥か上空に放たれていた。そして、ちょうど土煙が収まった頃に放たれた矢が地面に突き刺さる。
その瞬間に、アディラの放った矢を中心に魔法陣が描き出される。爆発によって吹っ飛ばされたアンデッド達数体がまだ地面に転がっている。正確には【爆発】の威力に耐えることの出来たアンデッド達だ。耐えることの出来なかったアンデッド達はすでに影も形も無い。
倒れているアンデッドは、デスナイト、死の聖騎士、リッチである。デスバーサーカーは影も形もないところを見るとどうやら吹っ飛んだらしい。
そして、描き出された魔法陣は術を発動する。魔法陣から発せられた光は柱となり、魔法陣の中にいるアンデッド達を浄化していく。
デスナイトが苦悶の表情を浮かべ、光の中に消え去り、防御陣を構成しようとしたリッチも間に合わず光の中に消え去った。
だが、死の聖騎士だけは立ち上がり、アディラを睨みつけている。
アンデッドにも関わらず神聖魔術を使用できる死の聖騎士は、神聖魔術に対して耐性があるのだ。そのためアディラの放った矢に込められていた【浄化】に耐えたのだ。
アディラが、この攻撃でねらったのはリッチだ。リッチは魔術を使う厄介なアンデッドである。そして、リッチはアディラと同じ遠距離型だ。
そこで、数体のアンデッドを遠距離からの狙撃により斃し、こちらに向かってくるようにアンデッド達を誘導する。
最初から【浄化】で浄化しなかったのは、リッチが防御陣を展開し、耐える可能性があったためだ。そのためまず【爆発】で吹っ飛ばし、倒れ込んだところを仕留める事にしたのだ。
リ普段なら防御陣を形成して、アディラの放った【浄化】に耐えていたであろうリッチだが、爆発で混乱していたため防御陣が間に合わず浄化されてしまったというわけだった。
「さて…あとはあの死の聖騎士ね」
アディラの言葉には、恐怖も動揺もない。いや昂ぶりもないのだ。少なくとも表面上はアディラは平常心で事に臨んでいるのは明らかである。
死の聖騎士は、こちらに向けて走り出す。すさまじいスピードだ。
アディラは、矢をつがえ連射する。死の聖騎士は盾を前面に押し出し、矢を盾で受けながら突っ込んでくる。放たれた矢は立てに突き刺さるが、死の聖騎士は構わず突っ込んでくる。
アレン達が剣を抜き、アルフィスと近衛騎士にアディラの護衛を頼むと死の聖騎士を迎え撃つためにアディラ達の前面にでる。
アレン達が全面に出ているというのに、アディラは構わず矢を放つ。放たれた矢はアレンの顔のすぐ隣を抜け、死の聖騎士の振り上げた右肘に突き刺さる。
次いで、アディラは死の聖騎士の右膝に矢を放つ。アディラの矢は右膝に突き刺さったが、死の聖騎士の動きを止めることは出来ない。
そこに矢に込められた魔術が発動する。すると死の聖騎士の右肘と右膝から先の部位が突然、塵となって消え去り足を失った死の聖騎士は転倒する。
アレンはその様子に一瞬困惑したが、この好機を逃すようなことはしない。アレンは一瞬で間合いを詰め、倒れ込んでいる死の聖騎士の心臓の位置にある核に剣を突き刺した。
アレンの剣は核を刺し貫き、死の聖騎士は苦悶の表情を浮かべると塵となって消滅した。
「アディラ、今、死の聖騎士に何をしたんだ?」
アレンがアディラに聞く。爆発で吹っ飛ばした訳ではない。矢でアンデッドを貫いたからと言って痛みを感じるわけでは無いため動きを止めることはできない。それどころかアディラの矢は突き刺さりしばらくして死の聖騎士の右肘、右膝から先が消滅したのだ。
何らかの術が作動したのは解るが、神聖魔術による浄化でない事は確かだ。死の聖騎士には神聖魔術への耐性があるからだ。
「はい、さっきの死の聖騎士に打ち込んだ矢には、【氷結】が込めてました」
アディラはあっさりと言う。
「でも氷結でどうして、死の聖騎士の腕と足が塵になるんだ?」
「氷結で形成した氷で、死の聖騎士の核から供給される瘴気を遮断したんです。だから腕と足が塵となったんです」
「でも、氷で瘴気が遮断できるなんて聞いたこと無いぞ」
「実際に使ったのは初めてですけど、学園の方で実験はしてました。氷結も三発分込めてましたので、形成された氷の密度は普通の氷結とは、比べものにならないんです」
アディラはさらに続ける。
「それに、ここまで接近した段階で、死の聖騎士の手足を塵にすればあとはアレン様達がとどめを差してくれると思ったんです」
アディラの言葉は、言い換えればアレンをはじめ、この場にいる全ての者に『信頼している』と言ったに等しかった。
いかに実験していたとしても、上手くいくという確証はどこにもないのだ。だが、アディラは自分に強烈な殺意を向けてくる死の聖騎士を相手にしてもまったく動揺していなかった。
それは自分は決して一人でないという安心感があったのだ。
「そうか…」
アレンも他の者もアディラの言わんとしていることを察したのだろう。みな嬉しそうだ。いや、近衛騎士達と侍女兼護衛の二人は感激の段階まで行っている。
「さぁ!!あと4体ですね。アレン様が斃した死の聖騎士は数に含みませんよね」
アディラが次のアンデッド駆除に目を向けて前向きな言葉を発したが、それを止めたのはアレンだった。
「アディラ、試験はこれで終わりだ」
「え?どうしてですか!!私はまだやれます!!」
アディラはアレンが試験を中止した理由を不合格と思ったのだろう、明らかに狼狽えた声をあげる。
「勘違いするな。アディラ、お前は当然合格だ。いや、それどころかこちらからお願いしたい。どうか俺の力になってくれ」
アレンの言葉の意味を理解したとき、アディラの顔には喜びの表情がうかぶ。見る者すべてが頬を緩ませるような笑顔を浮かべるとアディラはアレンに抱きついてきた。その時に自己主張をし始めたアディラの胸の感触を感じ、アレンはちょっと、いやかなり幸せな気分になる。
「アレン様!!私頑張ります!!必ずアレン様の期待に応えます!!」
顔を上げてアレンを見つめるアディラの顔を見て、アレンは頬を赤くする。先程の凜としたアディラも良いが、いつもの天真爛漫なアディラの笑顔はアレンにとって眼福以外のなにものでもなかったのだ。
「やったわね、アディラ!!」
「良かったわね、アディラ!!」
「これから一緒に頑張りましょう!!」
三人の婚約者達は、アディラに声をかけるとアディラはアレンから離れ、三人の手を取り合ってきゃいきゃいと喜んでいる。
その姿を見て、ついつい頬が緩む一同だが、アルフィスの顔は複雑そうだ。
親友のその複雑な表情を見て、アレンはアルフィスに声をかける。
「やっぱり心配か?」
「ああ…だが、お前の心配とは違うと思うぞ」
アルフィスの言葉にアレンは首を傾げる。アレンはアディラの身が心配だと思っていると思ったのだが、違うのだろうか?
「今夜、見せたアディラの実力はお前の足を引っ張る事はないだろうし、やられるとも思えない」
「ああ」
アルフィスの心配はやはり違うようだ。
「アレン…」
「どうした?」
「これはお前の親友のアルフィスの言葉ではない。ローエンシア王国の王太子として、王族としてアインベルク男爵に命じる」
アルフィスの言葉にアレンは目を細める。アルフィスは地位を背景とする圧力をアレンにかけることは今までなかった。出会って13年で初めてのことである。さすがのアレンも緊張する。
「アインベルク男爵…君に将来の妻達と『夫婦げんか』することを禁じる」
アルフィスの言葉は思いがけない事だ。真面目に聞いた自分が馬鹿らしいとアレンは笑おうとしたのだが、アルフィスの目が本気だったことから彼が冗談を言っていないことを察したのだ。
「いいか!!絶対に禁じるからな!!」
「ああ…了解!!」
アルフィスの真剣な様子にアレンも想像する。想像した結果、アレンはアルフィスに小さく言葉をかける
「アルフィス…今、想像した…シャレにならんレベルの被害が出るな…」
「ああ…頼むぞ。俺もまさかお前に出すべき命令がこれとは思わなかったぞ…」
アレンとアルフィスは、喜ぶアディラ達を見ながらそう思う。
こうして、アディラが魔神との戦闘に加わることが決まった。魔神との戦いの準備は確実に進んでいた。




