魔人⑥
ちょっと今回は拷問シーンがありますので、苦手な方はご容赦ください。
アレン達の魔人エーケンへの攻撃は苛烈であった。
まずはフィアーネが一瞬で間合いに飛び込むと、肝臓に凄まじい一撃を放つ。そして次の瞬間に鉄槌と呼ばれる拳の打ち下ろしで左鎖骨を強打する。鎖骨を強打されると、左腕が一定時間上がらなくなるのだ。
魔人エーケンはもはや人間に属さないと言われているが、いくら強化されているとはいっても、内蔵、神経、筋肉、急所などは人間と変わらない。その事をアレン達は正しく認識している事もアレン達が魔人エーケンを恐れない理由の一つなのだ。
フィアーネの鎖骨の強打のために、魔人エーケンの左腕は上がらなくなってしまう。もちろん、魔人には再生能力があるために、その効果は非常に短く、一瞬と呼んでも差し支えないようなものだ。
だが、アレン達を相手取るのに一瞬という時間は命取りだ。
レミアが左腕を斬り落とし、次の瞬間にもう一方の剣で魔人の首をはね飛ばした。魔人エーケンの首は地面に落ちるとしばらくして、術の発動のために落ちた首が落ちた軌跡をそのままなぞり魔人の体にもどる。
そして、次に左腕が…
だが、アレン達の容赦の無さはここで発揮される。アレン達は魔人の首が戻った瞬間に、また、首をはね飛ばしたのだ。今度、はね飛ばしたのはフィリシアである。
左腕が再び戻る前に、首をまたしてもはね飛ばされた魔人エーケンはまたしても絶命すると首が元に戻る。
そして、戻った瞬間にアレンが脳天から魔人の頭を斬り裂き、首を刎ねる。またしても、魔人の首は地面に落ちる。今度は、二つに割れた状況でだ。しかも、フィアーネは地面に落ちた首の片方を蹴飛ばしたのだ。
二つに両断された首の片方が、夜の墓場を飛んでいくという光景はかなりシュールなものがあったが、アレン達は気にしない。ただ、この光景を目にした者がいれば、一生のトラウマになってもおかしくないだろう。
レミアがまだ蘇生しきっていない魔人エーケンの両足を双剣で両断すると、魔人の体は地面に倒れ込んだ。
そして、これで準備は終わりだった。
アレンは、闇姫を作り出すと魔人エーケンを押さえつけさせる。いくら姿形が妖艶な美女であっても、闇姫は素手で下級悪魔達を引き裂くのだから、その膂力は当然ながら凄まじいものがあるのだ。
その闇姫が4体で魔人エーケンを押さえつけたのだ。しかも通常の状況ではなく、地面に押さえつけられているのだから、いかに魔人の膂力といえども引きはがすことはできないだろう。
「さて、準備はこれで終わりだな」
「はぁ…なんか気が進まないわね」
「仕方ないわよ、何度でも復活するって言うんなら何度でもやらないとね」
「まぁ、みんな、こういうやり方は嫌いでしょうけど、今回ばかりは仕方ないですよ」
アレン達の声に楽しさはない。アレン達は敵対者には容赦しない。必要だからこそ、容赦ない攻撃を加えるのだが、加虐趣味はないのだ。
特に抵抗の出来ない者に対して痛みつけるというのは、アレン達の行動哲学から考えれば好まない事なのだ。
だが、今回はそうは言ってられない。何しろ相手は魔人であり、何度でも蘇るという術を持っている以上、魔人エーケンが復活した瞬間に命を奪うという事が一番アレン達に危険が少ないのだ。
そして、もう一つアレン達がこういう行動をとる理由があった。
しばらくするとフィアーネが蹴飛ばした首の片割れが戻ってくる。もう片方の首と合体し、体に戻る。戻った時に魔人エーケンは意識を取り戻すのだろう。「はっ」とした表情を見せる。
そして、その瞬間にアレンの剣が魔人エーケンの首をはね飛ばす。
そして数秒後にまた首が戻る。それをまた落とす…。
これを何度もアレンはくり返した。
何度も繰り返していくうちに、魔人エーケンも自分が置かれている状況を理解し始めているようだった。
それはそうだろう。意識が戻った瞬間に首を刎ねられているとはいっても、絶命まで少しの時間があるのだ。自分の体が押さえつけられており、意識を取り戻した瞬間に首を刎ねられるというのは想像以上の苦痛である。言わば、斬首刑を延々とくり返されるに等しいのだ。
何度目か、いや、何十回目かの斬首刑から魔人エーケンが蘇ったとき、魔人エーケンの口が『ま』という言葉を発する形になる。それを無視してアレンは首を落とす。
「もう少しだな…」
アレンの言葉に三人は頷く。
アレンのもう少しとは、魔人エーケンの心を折るという事だった。そして、これがアレン達の考えるもう一つの理由であったのだ。
魔人は体も魔力も人間をはるかに超えているし、精神も人間を辞めているのは間違いない。だが、生物の根源である『死』への恐怖はあるのだ。何度も何度も斬首されるという状況を甘受できるほど、生物の心は強くないのだ。
「よし…」
アレンがそう言うと、振り下ろし続けた剣を止めて、魔人エーケンの復活を待つ。
魔人の首が元に戻ると、その瞬間に魔人エーケンは叫ぶ。
「待ってくれ!!!!もう止めてくれ!!!!!もう殺さないでくれ!!!!」
魔人エーケンの叫びを聞いて、アレン達は魔人の心が折れたことを確信する。
「さて…止めて上げるのは構わないが、それでお前は俺達に何をしてくれるんだ?」
アレンの言葉には慈悲の心を感じる事は一切出来ない。いかに哀れさを演出しようが、こいつも今までの行動を考えれば、容赦をする気はない。にも関わらず、アレン達が魔人の首を刎ねるのを一端止めたのは、何かしらの利用価値があるかもしれないという考えからであった。
「俺はお前達に従う!!」
魔人エーケンの口から従属の言葉が発せられる。
「ふむ…」
アレンが悩むような顔をする。魔人エーケンは助かるかもしれないと口を精一杯動かし、自分を配下にすることの意義、有用性を説き始める。
『俺は役に立つ!!俺の実力なら一国の軍隊を滅ぼすことも容易だ!!お前のために気にいらん奴をいくらでも殺してやる!!』
簡単に要約すれば魔人エーケンの言った事はそれだけである。魔人エーケンの提示するメリットはアレンにとって、そしてフィアーネ達にとっても興味はなかったのだ。
明らかに失望した様子で、アレンは仕切り直しするために、魔人の首をまたも刎ねる。
転がった首が再び元に戻ると、魔人は明らかに恐怖に満ちた顔をアレン達に向ける。自分が提示できる有用性をアレン達にアピールしたが、通じなかったのだ。どうすれば良いのかもはや、想像もつかない。
「お前をここに呼んだ者の声に心当たりはあるか?」
アレンが発した言葉の意図を察した魔人エーケンは正直に答えることにする。もはや、延々と続く斬首が止めてもらうためならば、何でも正直に話すという精神状況に魔人エーケンはなっていたのである。
「いや…ない。俺は150年封印されていたが意識はあったんだ。ところが、この10日ぐらい前から時々、頭の中に直接、俺を呼ぶ者の声が響いてきたんだ」
魔人エーケンの言葉をアレン達は黙って聞いている。
「そして、今日になって『我が元へ来い、力を授けよう』と言ってきたので、封印を破ってここまで来たんだ」
魔人エーケンの言葉には嘘はないように思える。だが、疑問があるのも事実なので、アレンは魔人エーケンに聞いてみることにする。
「そうか、だが、お前は意識があり、封印を解くことも出来たのだろう。なぜ今まで封印を破らなかったんだ?」
「意識があると言っても、夢と現実の狭間にいた感じだったんだ。今日聞いた俺を呼ぶ声が俺を完全に覚醒させたんだ」
「なるほどな…」
魔人エーケンの話には一応の筋は通っている。となると魔人に問いかけた声は魔族だろうか?
「頼む!!助けてくれ!!俺はお前らに…がぁ!!」
なおも命乞いを続ける魔人の声が中断される。中断した理由はアレン達ではない。地面から突き出した瘴気で構成された槍にも似た突起物の数十本が魔人エーケンを貫いたのだ。魔人エーケンを貫いた突起物はそのまま伸び、魔人エーケンは地面から10メートル程の高さに掲げられている。
アレン達は突起物が魔人エーケンを貫いた段階で、距離をとったのだ。魔人エーケンを押さえていた闇姫達もアレン達の前に展開する。何かあった場合に闇姫にまず相手させるためだ。
「あがぁ…あがっががっがっがっががっががあががががっがががが!!」
魔人エーケンは苦しみだし、それにともない、魔人エーケンの体から生命力が抜けていく。いや、比喩ではなく本当に抜けて言っているのが分かるのだ。魔人エーケンの体がしぼみ、急速に枯れていっている。
やがて魔人エーケンはピクリとも動かなくなる。今までであればこの段階で復活するのだろうが、復活はしない。どうやら、生命力だけでなく魔力も吸収されていたために、術が発動しなかったのかもしれない。
魔人の体はさらに枯れていき、骨と皮だけの姿となる。最終的にボロボロに砕け散り、アレン達の目には見えないぐらい細かくなっていく。文字通り塵と化したのだ。
魔人の生命力を吸収した突起物は地面の下に潜っていく。
アレン達はその様子を黙ってみている。
しばらくの間、攻撃を警戒していたが、気配が完全に消えた事で、アレン達はようやく戦闘態勢を解く。
「アレン…あれって何?」
「わからん」
フィアーネの声には困惑があった。フィアーネがこの墓地の見回りに参加して随分たつが、初めての現象だったからだ。しかも、アレンも知らないものなのだ。困惑するなという方が酷というものだ。
「じゃあ…アレンさんはあれの心当たりはあるんですか?」
「ああ、心当たりはある」
フィリシアの質問にアレンは答える。アレンの答えを聞いて、三人は安堵の表情を浮かべる。まったく未知の存在でないという事実が三人にとってこれ以上無いほど心強い。
「その心当たりって?」
フィアーネの質問に他の二人もアレンの言葉を待つ。アレンは重々しく口を開く。
「魔神だ」