魔人④
「起き上がったわね」
フィアーネの言葉にアレン達は頷きながら戦闘態勢をとる。
魔人エーケンの体に起こった変化は劇的だった。アレンが斬り裂いた両太股、レミアが裂いた腹、フィリシアが斬り落とした右腕、フィアーネにねじ曲げられた頸椎が、再生したのだ。
いや、まるで、無かった事になったような感じだった。まずフィアーネにねじ曲げられた頸椎が元通りとなり、フィリシアの斬り落とした右腕が再生、レミアの斬り裂いた腹の傷が塞がり、最後はアレンが斬り裂いた両太股が再生した。
アレン達が蹂躙した順番とは逆に魔人エーケンの傷は再生したのだ。
「よくもやってくれたな」
魔人エーケンは忌々しげに顔を歪め、あの不快な嗤いをアレン達に向ける。おそらくは不可解な事、攻撃は無駄という意識を与える事でアレン達の動揺を誘おうとしたのだろう。
「う~ん、これは不死身というわけじゃないな…。何らかの術だな」
アレンの声には動揺の響きはまったくない。フィアーネ達も同様の考えに落ち着いたようだった。アレン達にまったく動揺のない事を見て、逆に魔人エーケンが訝しむ。
アレン達が動揺していないのは、まったく知らない術ではあっても、術である以上、破る事も可能という考えからであった。
世間一般では、不可思議な術を見たときに、破る事は不可能と思うものなのだが、アレン達はそう考えない。生き物が作り出したという事は何かしら必ず対処方法があるのだ。そして、それは相手が神であってもそうだと思っていた。
魔人エーケンは何かしらの術で、蘇生したのだろう。ならば、まずやることはその術を確かめることだ。幸い、そんな不可思議な術を確かめるのに最適の存在がいる。
「ここは駒を使うことにするか、おいお前ら魔人に突っ込んで奴の情報を少しでもこちらに与えろ」
アレンの言葉にはまったく情が感じられない。それはそうだろう。アレンは駒達にまったく情なんて無いのだから。言葉を聞いた男達の顔はあっという間に土気色となる。
男達はすがるような眼で、フィアーネ達を見るが、フィアーネ達はまったく心を動かされた様子はなかった。
まぁ元々、アレン達にちょっかいを出し、返り討ちにされた間抜けなどにアレン達が情を持つ事などありえないのだ。増してや、この男達は、不幸を量産し撒き散らしてきた連中だ。どのような扱いを受けようが文句を言う事は出来ないだろう。
「さっさと行け!!」
アレンの言葉に男達は顔を青くして、魔人エーケンの前に立つ。
魔人エーケンは少し意外だったようである。魔人に対して前に立つというのは『死ね』という命令を出された事に等しいのだ。にも関わらず男達は、顔を青くしながらも自分の前に立ったのだ。魔人エーケンにとってこれは侮辱だった。この男達は、不可思議な術を使う自分よりも、アレン達に恐怖を感じていると思ったのだ。
確かに、先程はアレン達に自分は為す術なくやられた。だが、それで勝負が決したわけではないのだ。殺す事の出来ない自分を恐れるのが道理ではないかという思いがあったのだ。
もちろん、男達はアレンが怖いというのもあるが、抵抗もしなかったのは、男達にかけられている術のせいだった。男達はあらゆる敵対行動を封じられており、命令に反するという事は敵対行為に属するため、逆らう事が出来ないのだ。
その事を知らない魔人エーケンは自分を軽んじる存在ととらえたようだった。これが男達にとってはこの上ない不幸だった。
魔人エーケンは、剣と盾を構える男達に向かって歩き出す。その様を見て、男達は狂ったような叫びを上げて魔人に突っ込んだ。
魔人エーケンの拳が振るわれると、男の一人の盾を貫き、男の顔面を吹き飛ばした。力を失った男の体は倒れ込もうとするが、魔人エーケンが体を掴んだことで、倒れ込むような事はなかった。
魔人エーケンは男の肩を掴むと、周囲の男に叩きつける。かろうじて盾で防いだのだが、その衝撃は凄まじく、男は吹っ飛んだ。そこに魔人が倒れ込んだ男の腹を蹴り飛ばす。その威力は凄まじく、蹴られた男の内蔵はグチャグチャに破壊され宙を舞う。その間に男は人生を終わらせた。
その後も一方的に男達を蹂躙していく。全員が苦痛と恐怖の中で人生を終えたのだが、一番苦痛が長かったのは最後に殺されたテルフィアである。
テルフィアはアレンの親友であるアルフィスに暗示をかけようとした結果、返り討ちにあった男で、魔族を誘うというエサのためにアレンに渡されたのだ。
当初、アレンはテルフィアに接触してくる魔族を始末するためにいくつかの策を考えたのだが、いつまで経っても接触する気配がなかったため、『もういいか』という気持になり、見回りで使い潰す事にしたのだ。
アルフィスの話を聞いた限り、このテルフィアという男は真性のクズであり、どのような悲惨な最期を遂げてもまったく心が痛まない。アルフィスも普段は王族として冷静沈着に物事を進めるのだが、テルフィアのように戯れで殺し合いをさせるような輩に対しては、感情を優先するのだ。
アルフィスがテルフィアの研究資料をすべて焼き払ったのは、そのためである。頭では研究資料を管理するべきとは分かっているのだが、テルフィアへの嫌悪感がそれをさせなかったのである。
アレンがその事で苦言を言うと、アルフィスは「お前ならそんなクズの作った資料を活用したいか? それよりもクズを踏みにじる方に使った方がよくないか?」と逆に質問で返された。
そのアルフィスの質問にアレンは「その通りだな。俺もクズを踏みにじるのに使うな」と答えたのだ。何だかんだ言ってこの二人の精神構造は似通っているというわけだった。
また。アレンもアルフィスも精神力、身体能力はずば抜けているが、それでも人間である以上、常に論理的な正しさを優先するのではなく感情を優先することもあるのだ。それが王族として貴族としていくら誤った事だとしてもである。
そのテルフィアは人生の最後において、これ以上ない苦痛と恐怖の中で、その罪にまみれた人生を終えたのだ。被害者達の溜飲は大いに下がったのではないかとアレンはテルフィアの死に様を見てそう思う。
テルフィアは兵士ではない。まともな戦闘訓練などしたことはないのだ。身体能力的には新兵以下しかないだろう。
魔人エーケンはテルフィアの戦闘力を見て、さらに怒りを倍増させたのだろう。殺した四人の男達は取るに足らない戦闘力であったが、それでも最低限度の力はあったのだ。だが、このテルフィアはそれにすら達していないのだ。侮辱されたと思い、テルフィアをいたぶって殺す事にしたのだ。
魔人エーケンは、あまりにも遅すぎるテルフィアの剣を避けるどころか拳で打ち砕いた。テルフィアはあまりの衝撃に尻餅をついてしまった。しばし呆然としていたが、魔人エーケンが自らの前に立ったからだ。
「ひぃ」
テルフィアの怯えが魔人エーケンの神経を逆撫でしたようだった。魔人エーケンはテルフィアの顔面を鷲づかみにすると、眼前にテルフィアを掲げた。
魔人エーケンはテルフィアの腹に手刀を突き刺す。経験した事の無い苦痛がテルフィアを襲う。魔人の手はテルフィアの体の内部を進み、背骨を鷲づかみにした。
テルフィアは苦痛の中で、自分がどういう状況にあるかを正確に理解していた。恐怖のために精神が崩壊した方がはるかにテルフィアにとっては幸せだったろうだが、皮肉にも経験した事の無いような苦痛が、彼の精神の崩壊を防いでいた。
テルフィアは魔人エーケンの手が自分の背骨を掴んだことを感じる。
「た、たひゅけ…」
魔人エーケンは背骨を掴む手の圧力を少しずつ上げていく。その事に気付くがテルフィアに出来る事は何も無い。苦痛と恐怖が絶え間なくテルフィアに襲い来るが、テルフィアは自身の生命力が流れ出ていくのを感じている。
なぜ自分はこんな目に遭っているのだろう…。
なぜ自分はここまで悲惨な目にあっているのだろう…。
テルフィアは死の瞬間にそんな疑問を持ちながら命を終えたのと魔人エーケンがテルフィアの背骨を握りつぶしたのはほぼ同時だった。いや、テルフィアは命を終える瞬間に自らの背骨をが握りつぶされた音を確かに聞いていた。その音が彼に絶望を与えたのか、それとも苦痛から救う希望に満ちた音であったかは本人しかわからない。
魔人エーケンはテルフィアの命が失われた事を確認すると、ニヤリと嗤う。だが、それはすぐに驚愕に変わる。
たった今、惨殺したテルフィアの腕が魔人エーケンの腕を掴んだからだ。
「な!!」
魔人エーケンが驚愕すると、テルフィアの体から瘴気があふれ出す。テルフィアの体を覆った瘴気はテルフィアをデスナイトに変貌させる。
魔人エーケンは周囲を見るとテルフィア同様に四つの死体がデスナイトに変貌し、魔人エーケンに瘴気で作った大剣を魔人エーケンに突き立てる。
魔人エーケンは苦痛の表情を浮かべるが、余裕ある態度を崩さない。
魔人エーケンは自分の体に剣を突き立てたデスナイト達を薙ぎ払った。吹っ飛んだデスナイト達が立ち上がる。
「ふん…アンデッドを使役するという事か…だが、この程度のアンデッドでは俺を殺す事はできんぞ」
魔人エーケンはニヤリと嗤う。たった今、デスナイトが突き立てた剣による傷は瞬く間に塞がる。
「アレン…」
「そういうことね…」
「はぁ…面倒くさい相手ですね」
「まぁ、みんな、奴の術がどんなものか分かったから良しとしようじゃないか」
アレン達の会話には恐怖など微塵もない。ひたすら面倒くさい相手という認識しかないような声だった。それが、魔人エーケンには気に入らない。
「なんだ?貴様らその余裕は」
魔人エーケンの言葉に僅かながら動揺が浮かんでいる。
「え、だって…なぁ」
「「「うん」」」
アレンの問いかけにフィアーネ達は事も無げに答える。
「対策が見つかったから、お前如き恐れる理由はもうないだろ」
以前、『感想を読んで一応納得したが、本文で書くべきでは』というご意見がありまして、よい機会と思い入れてみました。
この文で納得していただけるかは不安ですが、私の中では一応のつじつまはあってると思います。