魔人③
アレンはオルトー=レンスと言う名前には心当たりがまったくなかったが、魔人エーケンという名には、心当たりがあった。
(確か、百何年前に現れたという魔人の名前がエーケンとか言った気がする)
アレンは心の中で、そう独りごちる。問題は何しにここに来たかと言うことだ。アレンは会話をする事で、魔人の目的を探ろうとする。
「魔人エーケン…か、確か百何年前に現れたという魔人だな」
アレンの言葉に魔人エーケンは心地良さげに嗤う。その笑顔を見てアレンは不快気に顔をしかめる。
「そうだ。小僧のくせに中々ものを知ってるな」
「その魔人がなぜここに来た?」
「…誰かに呼ばれたのだ」
「?」
魔人エーケンは誰かに呼ばれてここに来たという、思ったよりも簡単に何しにここに来たかを魔人エーケンは話してきたのでやや拍子抜けする。
「それはつまり、別に俺達に危害を加えるつもりはないと言うことか?」
アレンは魔人エーケンに率直な疑問を呈する。
「貴様達が俺を呼んだわけではないのだな?」
魔人エーケンは質問で返してくる。アレンはその質問に頷くことで返答する。
「そうか…誰が俺を呼んだか分からないがお前達でないことは確実のようだな…」
魔人エーケンはそう独りごちるとニヤリと嗤う。
こいつの嗤いは、非常に不愉快だな…と、アレンは心の中で思う。そしてこの段階で、この魔人とは戦闘は不可避である事を察していた。
魔人は間違いなくアレン達を獲物として見ている。フィアーネ、レミア、フィリシアもそれぞれ、その事を察しているのだろう。表面上には見えないが、確実に戦闘態勢に入っている。
その事に、魔人エーケンは気付いた様子はない。
自分が人間を超えた存在であると自負しているからであろうか?
それとも、魔術師であるために接近戦を得意とするアレン達の技量に気付くことがないのだろうか?
そのあたりの判断はつかないが、確かな事はただ一つである。間違いなく初撃は入るという事だ。技量が及ばないのなら間違いなく入るし、油断しているのなら、これまた入るだろう。
アレンは重心を変化させ、いつでも斬り込めるように準備を終える。フィアーネ達も同様だ。
「ああ、最初のお前の質問だが、見逃して…」
魔人エーケンは挑発を最後まで続けることは出来なかった。途中でアレンが斬りかかったからだ。
アレンの斬撃は、静かに魔人エーケンの両太股を斬り裂く。アレンの斬撃を皮切りに、フィアーネ、レミア、フィリシアも先制攻撃に移る。いや、正確にはアレンが両太股を斬り裂いたという絶好の機会を逃すような真似をするわけにはいかないのだ。
レミアの双剣が、混乱する魔人エーケンの顔面を狙う。魔人エーケンはかろうじて躱すが、それがレミアの狙いであったのだ。レミアの一本目の剣が魔人の顔面を狙う。魔人はその剣を避けるが、そこに生まれた好きをついた二本目の剣により、腹を斬り裂かれたのだ。
双剣により繰り出される流れるような斬撃は、人間を遥かに超える身体能力を持つ魔人エーケンでさえも躱す事は出来なかったのだ。
「がぁ!!」
両太股と腹を斬り裂かれた事に気付いたときに、魔人エーケンは苦痛と怒りを込めた声を絞り出す。
だが、アレン達の先制攻撃はまだ終わりでない。いや、やっと折り返し地点である事を魔人は、まだこの段階で気付いていなかった。
フィリシアの斬撃は静かに魔人の右腕を斬り飛ばした。フィリシアの斬撃は鋭すぎたからであろうか、斬られた魔人でさえ、自分の右腕が切り落とされた事に気付くのに、時間がかかったぐらいである。
「ぎぃ!!」
右腕を斬り落とされた事に気付いた魔人が、またも苦痛の声を上げる。だが、アレン達はまったく躊躇無くトドメを差すことにする。
最後のトドメはフィアーネだ。
フィアーネは間合いに入り込むと同時に、右拳を左脇腹に叩き込む。
ビキィィィィ!!!
肋骨の砕ける音と手応えをフィアーネは感じるが、フィアーネは攻撃の手を緩めることはない。フィアーネはそのまま右拳を折りたたみ自分の胸の前に添えると、上空に向かって放つ。
上空へ向けて放たれたフィアーネの拳は魔人エーケンの顎を打ち砕く。
ゴギャガァァァァァ!!
今度は魔人エーケンの顎の砕けた音が周囲に響き渡る。
フィアーネは、そのまま魔人の顔面を交叉した両手で掴むとそのまま凄まじい勢いでねじった。
そのフィアーネのねじるという行為は、魔人の頸椎をねじ切ったのだ。あり得ない方向に魔人エーケンの曲がった。
フィアーネはトドメとばかりに心臓の位置に掌抵を叩き込んだ。フィアーネの掌抵を受けて、魔人エーケンは吹っ飛び、5メートルほどの距離を飛んで地面に叩きつけられる。
地面に転がった魔人エーケンはピクリとも動かない。
十秒にも満たない時間での攻防…いや、蹂躙だった。だが、アレン達は警戒を解かない。
「さて…先制攻撃は上手くいったな」
アレンの言葉にフィアーネは答える。
「アレン…まだ生きてると思う?」
「いや、普通に考えればこれで終わりだ…だが」
「だが?」
「奴が誰かにここに呼ばれたと行ってたろ」
「うん」
「ということは…」
「もう一幕あるというわけね」
アレンとフィアーネの会話を聞きながら、レミアとフィリシアは周囲の警戒に入っている。もう一幕という言葉に妙に納得したのだ。
「アレン…あれ…」
「ああ…」
「アレンさん、もう幕が上がったみたいですね」
「そのようだな…」
レミアとフィリシアの言葉にアレンは頷く。
アレン達の視線の先には魔人エーケンが横たわっている。いや、うつろな目ではあったが、上体を起こしたのだ。
もう少し、魔人には頑張ってもらいます。




