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魔人①

 新章です。よろしくおつきあいください。

 魔人と呼ばれる者達がいる。


 魔人は、種族的には魔族ではなく人間である。いや、『元』人間という方がより的確な表現であろう。


 魔人は様々な儀式によって人間を辞めた者達の総称だ。人間の体は、魔族、吸血鬼、魔物達に比べて種族的に身体能力、魔力の総量などで劣る。それを補うために、様々な儀式で肉体強化、魔力強化を行うのだ。


 その際に行われる儀式は、禁術の指定を受けているものがほとんどである。禁術に指定される理由は、儀式に大量の人間の魂を必要とするものであったり、稀少な魔導具マジックアイテムを使用するからなど様々である。だが、どの儀式にも共通しているのは精神に異常をきたすことだった。


 いわば麻薬のようなものであり、儀式によって強化された自分の肉体、魔力に酔いしれ歯止めがきかなくなるのだ。その結果、人間以上のスペックをもった精神が崩壊した化け物である『魔人』となるのだ。


 魔人に対する各国家の対応は共通している。速やかな駆除、もしくは封印である。魔人の力は絶大であり、一軍をあげても駆除できるとは限らない。そのような場合には、もう一段階難易度の下がる封印という手段をとるのだ。最も、その封印という手段も難易度が高いことには変わりないのだが…。


 魔人の討伐では、『オリハルコン』クラスの冒険者チームが敗れる事例が多々あり、魔人の噂が出ると国家首脳が戦慄する事になる。




----------------------


「封印が…」

「まさか…」

「封印を張り直せ!!」


 普段は厳かな雰囲気に満ちているローエンシア王国の北部にある『メージアット神殿』はこの時、混乱の極致にあった。


 メージアット神殿は、智の神『メルナス』を信仰するメルナス教団に属する神殿である。智の神メルナスは、智と相性の良い魔術師達が多く信仰する神であり、当然ながら神官達は、強大な魔術を使用することの出来る魔術師でもある。


 特に、教団が結成した『ラーミット魔術師団』の実力は、国の内外に鳴り響いていた。


 その実力は、一個分隊8人で、凶悪なアンデッドである『リッチ』を斃すことが出来るくらいである。ちなみにラーミットとは、神話の中でメルナスが使う使い魔の名前である。


 そして、このメージアット神殿には、ラーミット魔術師団の一個小隊24人が常駐していた。ある意味、過剰とも言える戦力であったが、それには理由があった。


 このメージアット神殿の奥底には、『魔人』が封じられていたのだ。魔人の名は『エーケン』かつて、メルナス教団に所属していた魔術師である。といっても所属していたのは約150年前の事で、当時の関係者はみなすでに故人となっている。


 人であったころの名前は伝わっていない。メルナス教団が削除したためだ。ただエーケンは、優秀な魔術師であったと伝わっている。

 人柄も温厚で、部下達や信者達に慕われていたらしい。だが、それはエーケンの演技であったのだ。


 彼は魔術を極めるためにすべてのものを犠牲にした、彼が犠牲にした者の中には、自分の妻、子どもが含まれており、その狂気のさまが浮き彫りにされる。教団が気付いた頃にはもはや、エーケンは完全に魔人へと変貌を遂げていたのだ。


 直ちにメルナス教団は、魔人となったエーケンを斃すためにラーミット魔術師団を動員し、事に当たらせたが、魔人エーケンの力は凄まじく、ラーミット魔術師団の7割がこの戦いで命を落とし、生き残った3割も無傷の者は誰もいなかったほどである。多大な犠牲を払いなんとか魔人エーケンを封印することになったのだ。


 メルナス教団は、魔人エーケンを封じたこの地にメージアット神殿を建設し、教団の管理下においたのだ。


 当時の事を知る者が教団内部に残っていたときには、メージアット神殿には、常にラーミット魔術師団の二個大隊が常駐していたが、150年の月日がエーケンへの警戒を薄れさせていった。

 メージアット神殿に常駐する魔術師の数は、徐々に減少していき、現在では一個小隊しかいなかった。ただ、これを教団の危機管理の甘さと責めるのは少し酷という気もする。


 何世代を経ることで、復活の兆しを少しも見せることのない魔人を侮るようになるのは仕方の無いことなのかもしれない。


 いかに悲惨な戦争であっても、それを実感していない者達にとって、それを自分の事のように考えろというのは中々難しいのだ。


 だが、今日、魔人エーケンは動いたのだ。


 魔人エーケンは、魔術的な処置を施した巨大な水晶の中に封印されている。水晶の中で魔人エーケンは鎖に雁字搦めにされている。

 

 儀式により強化された…いや、人間を辞めた魔人エーケンの容貌ももはや人間とはかけ離れている。

 頭髪は抜け落ち、青痣のように変質した皮膚に血管が浮かんでいる。その浮かび上がる血管の色はどす黒い。唇から歯がむき出しになり、見る者には嫌悪感しか与えないだろう。


 約150年もの間、閉じられていた眼は開かれ、ぎょろぎょろと周囲を見渡している。

その事に、気付いた魔術師達が、声を上げるとメージアット神殿は混乱の極致に陥ったわけだ。


「早く!!」


 つねに冷静沈着を求められるラーミット魔術師団の団員達も、この時ばかりは平静でいられない。何しろ、今日もいつも通りの一日が始まると思っていたのだ。ところが、今日は、そうでなかったのだ。


 永遠に続く毎日、変わり栄えしない毎日…。


 そんなものは、ただの幻であった事をこの時、魔術師達は思ったのかもしれない。


 魔人を縛った鎖が少しずつ弾けだす…。


 閉じ込めた水晶にヒビが入り始める…。



 もはや、何が起ころうとしているのか明らかである。魔人エーケンは目覚めたのだ。体を縛っていた鎖がまとめて飛び散ると、口を封じていた拘束具をエーケンは素手で引きちぎる。


 魔術師達はその様子を呆然と見ている。


 魔人エーケンの口がわずかに動く。魔術師達は魔人が何かしらの術の詠唱を始めたと思ったが、実際はそうではない。もしこの場に読唇術を習得している者がいれば、魔人が呟いた言葉を理解したことだろう。


 魔人は『誰だ?俺を呼ぶのは?』と呟いたのだ。



 魔人は視線を魔術師達に移す。


 ニヤリと嗤った瞬間に魔人を封じていた水晶が砕け散った。魔術師達は防御結界を展開していたため、砕け散った水晶の破片による負傷者はいなかった。


 だが、体にを負傷した者はいなかったが、精神的ダメージは大きい。


「くくく…たったこれだけとはな…」


 魔人エーケンは嘲りを込めて魔術師達を見る。その声も態度も堂々としており、精神に変調をきたしたとは思えない。だが、いかに声、態度が堂々としていようが、すでに魔人となった心は人間のそれではないのだ。



「とりあえず…お前達には死んでもらおうか」


 魔人エーケンは魔術師達に嘲りと共に告げた。




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