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魔族Ⅲ⑩

 アレンとイグノールのお互いを見る視線に殺し合いをしている者達の間に含まれる敵意、殺意以外の感情が含まれる。


 その感情とは『敬意』だ。


 確かにイグノールはこちらを監視し、弱点を探り、分断し各個撃破しようとしている。だが、アレンはその事に対して嫌悪感は感じていない。


 勝利のために、生き残るためにとった手段である以上、アレンの行動哲学においては、十分に理解し、共感できるものである。非道であっても卑しさを感じないのは単にアレンがイグノールを気に入ったからのかもしれない。


 一方のイグノールもアレンの実力には、すっかり感嘆していた。少ない情報から、こちらの意図を読もうと考え、対策を講じ、こちらの作り上げた状況を覆したのだ。そのことを認められないほどイグノールは狭量ではない。


「さて、アインベルク卿…」


 イグノールがアレンに問いかける。


「なんでしょう?」


 対するアレンの言葉も丁寧である。とても殺し合いをしている者同士の会話ではない。


「あなたはいくつだ? 見たところまだ十代にしか見えないが…」

「来月には18になります。」

「そうか…私の息子と同じか…」

「息子さんがおられるのですか」

「ああ…帝都の」


 会話の途中でイグノールは動く。すさまじい速度で上段から放たれる斬撃は一流の剣士であっても躱す事は出来ないだろう。


 だが…


 キィィィン!!


 アレンはイグノールの斬撃を受け止める。アレンは剣で受け止めた瞬間に、左の正拳突きをイグノールの顔面に放つ。

 それをかろうじて躱したイグノールは、アレンの放たれた左腕を切り落とそうと剣で狙う。アレンは驚異的なスピードで左手を戻すと、右手に握っている剣でイグノールに斬撃を見舞う。

 イグノールはアレンの斬撃を躱すと距離をとった。


 時間にしてわずか1~2秒の攻防であったが、その内容は非常に濃い攻防だった。


 言葉による意識を逸らそうという試みから、意識を逸らされたというふり(・・)、剣での戦いと思わせ拳による攻撃、視線、手の動き、足の向きなど様々な相手よりも一歩先んじるための駆け引きが行われていた。


 アレンは一端距離をとったイグノールから、一呼吸行い、一瞬で間合いを詰めると、イグノールへの攻撃を行う。


 選択した攻撃は突きだ。最小、最短の動きで敵に到達する突きをアレンは攻撃の柱として使うことがよくあった。

 アレンの突きは常識を遥かに上回る速度で、イグノールの喉に放たれる。イグノールはその突きを難なく躱すと、アレンの『剣』を斬るために、斬撃を放つ。イグノールの斬撃はこれ以上ない正確さと威力であったが、アレンの技量が上回った。


 アレンは自分の剣の角度を変えることで、剣が最も傷つかない角度でイグノールの剣を受ける。


 そして…


 剣を自ら手放した。イグノールは剣を斬るために最も適した斬撃を繰り出していたため、アレンの剣を手放すという行為に対処するのに一瞬だが遅れた。


 だが、アレンにはその一瞬で十分である。アレンは左の掌をイグノールの心臓の位置に置き、ほぼ同時に右掌で自分の左の手の甲を打つ。この打ち方だと、衝撃が鎧、筋肉を通り抜け、内蔵の直接衝撃が加えられることになるのだ。


 すさまじい衝撃がイグノールを襲う。イグノールはこの一撃が致命傷である事を理解していた。口から血が溢れだし、前のめりに倒れ込む。だがすんでの所でなんとか堪え、横薙ぎに斬撃を見舞う。


 アレンもまたこの斬撃を躱し損ねる。一瞬の膠着を狙われ、回避が一瞬遅れたのだ。イグノールの斬撃はアレンの腹を割いたが、幸いにも内蔵まで達して折らず、内蔵が飛び出すこともなかった。

 万全の状態のイグノールの剣であれば間違いなく致命傷だったのだろうが、すでに致命傷を受けていたイグノールの斬撃ではそうはならなかった。むしろ、致命傷を受けた状況でこれだけの斬撃を繰り出せたイグノールの実力が驚異的であった。


 最後の斬撃で致命傷を与えることのできなかったイグノールだったが、その顔は充実していたようだった。

 そして、イグノールはそこでバランスを崩し後ろに倒れ込む。


(…負けたか…本当に強いな)


 イグノールの心にはアレンに対する素直な称賛があった。


「さて…リオニクス卿、言い残すことはありますか?」


 アレンがイグノールに問いかける。斬られた腹を押さえつける様は痛々しいが、足取り、意識はしっかりしている。


「ああ、そうだな…アインベルク卿、まずは貴殿の技量に称賛を…。最後の相手が貴殿で良かった。そして、おそらく私の死は利用されるだろう…そして、そのための被害を貴殿は受けることになる」

「被害?」

「そうだ…、おそらく…私を斃した貴殿を斃すことで名を上げようという輩が襲う事だろう。そして私の息子も貴殿を狙うだろう…それが貴殿に被害を…与える」

「なるほど、名声のために襲ってくる者、怨恨のために襲う者が出ると言うことですね」

「前半は当たりで、後半は間違いだ…。私の息子は私を超えることを目標としている。そのため、私を斃した貴殿を斃すことで私を超えた証とするだろう」

「そうか…では、あなたの息子の名前を教えていただきたい。挑んで来た場合のために」

「イリム…だ」

「承知した。あなたの最後をイリム殿に伝えることを約束しよう…」

「感…謝す…る」


 イグノールは少しだけ微笑むと目を閉じる。その表情から力が抜け表情が抜け落ちるとイグノールの命が失われた事をアレン達は察した。


「さて…」


 アレンは一体だけ残った魔族に目をやる。アレンの視線を受けたエシュゴルは身を震わせる。イグノール達は完全に敗れたのだ。もはや彼の周囲には誰もいない。転移魔術で逃げだそうにも、術の展開前に殺されることは間違いなかった。だからといって抵抗は無意味である事も十分に理解している。

 もはやエシュゴルの取るべき道は、アレン達の指示に従順に従うことしかない。


「安心しろ、お前を殺すつもりはない」


 アレンの言葉にエシュゴルは安堵の表情を浮かべる。だが、同時に不安も覚える。この墓守は敵対する者にはまったく容赦ないことは今までの行動から十分に分かっている。敵対したにも関わらず自分を殺さないのは、何かしら利用価値を見いだしたからだろう。問題はその利用価値が何なのかということである。


「何をさせるつもりだ?」


 エシュゴルの言葉にアレンはニヤリと嗤う。先程のイグノールへの敬意に満ちた表情とはまったく別のものだった。その恐ろしさを目の前で見せつけられた以上、エシュゴルは体の震えをどうしても止めることは出来ない。


「何、簡単なことだ。お前は帰って、見たことをそのままベルゼイン帝国の上層部に伝えろ。ローエンシアの墓守に手を出すのは利あらずとな」


 アレンの言葉にエシュゴルは黙って頷く。上層部が信じるか信じないかは別としてエシュゴルとして正確に伝えるつもりだった。


「別に正直に伝えなくても構わんぞ。それで勘違いした奴が来れば斃すだけだ」


 アレンの言葉には虚飾がないことは明らかだった。エシュゴルはゴクリと唾を飲み込む。あれほど策を弄したイグノールにこの墓守は完勝したのだ。この墓守を斃すには一体どれだけの戦力が必要になるかエシュゴルには予想もつかない。


「生半可な奴を送り込むなよ? ひょっとしたら俺の支配下に置いてからベルゼイン帝国に送り込むだけだ。どんな不幸がベルゼイン帝国に訪れるかな」


 アレンの言葉にエシュゴルはさらに恐怖感を刺激される。この墓守の術には特異なものがあるのは事実だ。その特異な術によりベルゼイン帝国にどのような災厄が起きるか考えるのも恐ろしい。


「さて…こちらの話は以上だ。お前はこの死体を責任を持って祖国に連れて帰れ」


 アレンはそう伝えると話を締めくくり、三人の方に振り返る。


「待たせたな…帰ろう」


 アレンがそう言うと、フィアーネ達はアレンの下に駆け寄り、魔剣ヴェルシスを回収する。

 レミアが転移魔術を発動し、アレン達4人の姿が消える。



 アレン達の姿が消え、気配が消えた事を確認するとようやくエシュゴルは命の危険が過ぎ去ったことを実感しヘナヘナとその場に座り込んだ。

 


----------------------


 転移した先は、アインベルク邸のエントランスである。


 アレンはアインベルク邸に戻った事を確認すると、その場に膝をついた。イグノールの最後の斬撃を躱しきれずに腹部を斬られた傷は致命傷ではなかったが、深手である事には違いはなかったのだ。


「アレン!!」

「すぐに治療するわ!!」

「アレンさん!!」


 フィアーネ達三人は膝をつくアレンに駆け寄る。すぐにレミアの治癒魔術が施され、傷口は塞がる。だが、流れ出た多くの血と、術を多用した事による消耗までは回復しない。


「助かったよ…」


 アレンの声に三人は微笑む。実の所、アレンが深手を負っていることはフィアーネ達は十分に理解していた。だが、あの場で治癒魔術を行わなかったのは、エシュゴルに対する恐怖を植え付けるためである。

 すなわち、アレンにどのような技量を持つ敵が挑もうが、どのような策を弄しようが、アレンを傷つける事など出来ないという印象を意識付けるためである。そのために、腹を切られたアレンも何でもないような顔をしていたのだ。


「もう!!アレン、本当に心配したんだから…」

「アレン、確かにアレンの中ではアレが最良の手だったんだろうけど二度としないで…」

「アレンさん…」


 微笑んでいた三人だが、アレンに声をかけると、安堵からか涙ぐみ始める。三人とも、もちろんアレンの事を信じている。アレンが治療を後回しにしてエシュゴルへの脅しを行ったのも必要な事であるというのは理解できる。だが、頭では分かっているが、心が引き裂かれそうだったのは事実だった。もし治癒魔術が間に合わなかったらという不安とフィアーネ達は必死に押し殺していたのだ。


 三人が涙ぐみアレンに抱きつく。戸惑うアレンであったが、三人を引き離すような事はしない。三人が顔をアレンに押しつけ、泣いているのが分かったからだ。


 アレンは三人の背中をポンポンと叩く。


「すまない。もう二度とこんな方法はとらない」


 アレンの言葉に三人はアレンに顔を押しつけたまま頷く。少し、泣きじゃくる声が収まった気がする。


(今回の戦いの最終的な勝者はフィアーネ、レミア、フィリシアだな)


 とアレンは心の中で呟いた。

 今回で魔族Ⅲは終了です。


 次回から新章です。

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