魔族Ⅲ⑨
アレンの背後に現れたフィアーネ達は転移魔術によって現れたのだ。
転移魔術は万能ではない。転移魔術はA地点とB地点を結びつける術であり、転移先をきちんと設定する必要があるのだ。
今回、アレンが転移させられた先を、フィアーネ達は知らないはずだった。しかも、この場所は王都から50㎞は離れた草原で、しかも街道より大きく離れている。
イグノールがアレンをこの場所に転移させて、まだ20分程しか経っていないのだ。闇雲に探して見つかるものではない、にも関わらずフィアーネ達はわずか20分程で見つける事が出来たのは不可解であったのだ。
「俺の知らないアインベルクの術か…。まったく厄介な相手だな」
イグノールは忌々しげに呟く。この段階で、自分の策が失敗したことを悟ったのだ。
「ふう~、良かった。もう少しでやられるところだったよ」
一方のアレンは実に安堵した表情だ。
「間に合って良かったわ」
レミアがアレンを見て嬉しそうに言う。
「…というよりも本当に手助け必要でしたか? とてもそんな感じに見えないんですが…」
フィリシアが周囲に転がる魔族や魔剣士達の死体の数とアレンの様子を見て、疑問を呈する。見ようによってはすでにアレンが全滅させようとした所にフィアーネ達がやってきたようにも見えてしまうためだ。
「いや、フィリシア、あのイグノールという魔剣士の実力からして、俺が一対一で勝てるかどうか分からん相手だったから本当に助かった。おまけに今は瘴気を集めることが出来ないので、俺の戦闘力は半減しているんだ」
アレンの言葉にフィリシアは警戒の視線をイグノールに向ける。アレンが一対一で勝てると断言しない相手なのだ。警戒するのが当然だった。また、アレンの言うとおり瘴気の存在をまったくこの場に感じる事は出来ない事から、アレンの得意とする死霊術や闇姫達の作成も行えないことを察した。
この状況なら確かにアレンが不利な状況に置かれていた事がわかる。本当に危ないところだったのだ。
「なるほど…この魔剣士がイグノールね。確かに雰囲気、佇まいから一流の実力者である事が分かるわ」
フィアーネもイグノールの実力を把握したのだろう。その声に警戒が宿る。
「それにしても…」
イグノールは穏やかな声でアレン達に尋ねる。
「後ろのお嬢さん達は、どうやってこの場所をこんなに早く見つけたんだい? 」
イグノールの質問に答えたのは、フィアーネである。それもこの戦闘場所に似つかわしくない声色でだ。
「もちろん、愛のなせる技よ!!私達とアレンの絆は転移魔術如きでは引き裂くことは出来ないのよ」
フィアーネの言葉にアレン達は苦笑で、イグノールは不快気な表情を浮かべる。フィアーネの言葉で、ネタばらしをするつもりでないことを理解したためだ。
実際にフィアーネはイグノールにどうしてアレンをこの短時間で見つける事が出来たのか教えるつもりはなかったのだ。
フィアーネ達がアレンを短時間で見つける事が出来たのは、キャサリンが作成した魔導具のおかげである。
アレン達はイグノール達の目的が自分達を分断し各個撃破する事とあたりをつけていたのだ。アレン達がそう考えた理由は、相手の今までの行動にある。
まず、監視から始まり、その監視も非常に徹底しており、ロム、キャサリンでなければ監視者を見つける事は出来なかっただろう。そこからアレン他達は相手が非常に用心深い性格をしていると考えた。
その後のフィアーネとレミアとの戦闘のためにアレン達を四人まとめて殺すといのは事実上不可能と捉えた可能性がある。となれば各個撃破を目指すのは当然の流れだ。
そして、その目的を推測してしまえば、その事に対して対策を取るのは当然の流れであった。
キャサリンの作成した魔導具は、位置確認の信号を発生させる。拉致された場合に最も時間がかかるのは拉致された者の位置を把握することだ、アレン達はその位置を把握できる魔導具をキャサリンに作成してもらい、それぞれ所持していたのだ。
あとは、拉致された者の信号をキャサリンに把握してもらい位置を特定する。ローエンシア国内であれば少々のタイムラグはあるが、10分もあれば位置を把握することができるのだ。
位置さえ把握出来れば、転移魔術ですぐに合流することが出来る。後は助けが来るまで粘れば良いのだ。合流してから一気に攻勢に出るというのがアレン達が考えた対処方法だったのだ。
20分程かかったのは襲撃場所から、キャサリンに会うまでにかかった時間が約10分程だったためだ。
当然ながら、この魔導具はキャサリンのオリジナルであり、その存在を知っているのは極少数だったのだ。そのため、アレン達はこの段階で魔導具の事をイグノール達に伝えるつもりはなかったのだ。
「…そうか、本当に墓守は我々の知らない術を多数持っているのだな」
イグノールの言葉には、苛立たしさ半分、称賛半分の感情が込められていた。
「さて…魔剣士殿、そろそろ決着をつけようじゃないか」
アレンの言葉にイグノールもニヤリと嗤って答える。イグノールはこの段階で小細工は無用と残った戦力をぶつけることにする。
魔剣士2体と残った数体の中級魔族がイグノールの後ろにつく。エシュゴルだけはその場から動くことが出来ない。
アレンとイグノールは同時に間合いを詰め、剣を交わす。
キィィィン!!
シュン!!
キィィィン!!
苛烈な剣技の応酬が始まる。アレンとイグノールの戦いが始まるとそれぞれの陣営も戦いを始める。
魔剣士2体には、それぞれレミアとフィリシアが…。
そして、残りの中級魔族はフィアーネが請け負う。
フィアーネが請け負った中級魔族は7体、下級魔族は4体だ。フィアーネは容赦なく魔族達に拳を叩き込んだ。
腹を打ち抜かれた下級魔族は苦悶の表情を浮かべ吹き飛ぶ。宙を飛ぶ下級魔族の足をフィアーネは握ると下級魔族の体を振り回し始めた。フィアーネのこの行動は技とはとても言えないだろう。ただの暴力と読んでもいいかもしれない。だが、その効果は絶大だった。
振り回される下級魔族の体が、他の魔族の体に当たるとその衝撃の凄まじさから両者の体が爆ぜる。肉片が舞い散り、地面に落下する様はどこまでもグロテスクであったが、不思議と忌避感を感じないのはその光景があまりにも現実離れしているからであろう。
振り回した下級魔族の体が完全に肉片となった段階で、フィアーネは下級魔族の体を投げ捨て、拳を中級魔族の顔面に叩き込む。魔力によって強化された拳は、中級魔族の防御結界を紙のように打ち破った。
顔面にまともにフィアーネの拳を受けた中級魔族の頭はスイカにように破裂する。あまりの速度で放たれたためか、頭部を失った中級魔族の体はその場に5秒ほど立っていたが、自分の死を受け入れたように倒れ込んだ。
フィアーネの拳足は、容赦なく魔族達の命を奪う。わずか一分ほどの攻防が終わったとき、計11体の魔族達は物言わぬ死体となって地面に倒れ込んでいた。
レミアと相対した魔剣士は超一流と呼んで差し支えない腕前であったが、レミアの双剣は変幻自在に振るわれ、魔剣士はわずか数合で斬り捨てられる結果になったのだ。
何しろ、レミアは魔剣士の斬撃を片方の剣で受け流すと同時にもう一方の剣で鎧の隙間に斬撃を見舞うのだ。すべての攻撃がカウンターのように帰ってくるのだ。最初の斬撃で、魔剣士はレミアから剣を持たない左腕を切り落とされた。痛みに耐え、新たな斬撃を見舞うが、またしても受け流されると同時に今度は右腕を切り落とされた。自らの頼みとする剣は自身の右腕と共に地面に落ち、次の瞬間にはレミアの剣は魔剣士の首をはね飛ばしたのだ。
フィリシアの相対した魔剣士もまたレミアの斬り捨てた魔剣士と同等の実力者出ることは間違いなかった。
だが、フィリシアの剣はその魔剣士を圧倒する。フィリシアが国営墓地の管理者の一員となり、毎晩のアンデッド達、数多くの敵との戦いがフィリシアの剣を大きく成長させていたのだ。
もはや、現在のフィリシアと数ヶ月前のフィリシアの実力差は天と地ほどの差が生じていたのだ。その鍛え抜かれたフィリシアの剣に魔剣士といえどもあらがうことは不可能であった。
フィリシアの鋭い突きが、立て続けに喉と腹に放たれる。魔剣士はそれを何とか躱す事に成功するが、さらに続けて放たれるフィリシアの突きを躱すことに精一杯で反撃できない。
そのうちフィリシアの突きが、顔面と喉に集中する。フィリシアの顔に焦りの顔が浮かび始める。魔剣士はその表情を見て、兜の中でニヤリと嗤う。攻撃が単調になってきたため躱す余裕が生まれてきたのだ。
魔剣士がカウンターを放とうとした瞬間にフィリシアは、一歩踏み出した魔剣士の足を斬り落とした。フィリシアはそのまま一回転し、倒れ込む魔剣士の首に斬撃を見舞う。魔剣士の首はフィリシアの剣に斬り飛ばされ数メートルの距離を飛んで地面に落下する。兜の中の表情は驚愕の表情が浮かんでいたことから、魔剣士の動揺が見て取れた。
部下達がすべてやられた事で、イグノールは覚悟を決める。
この段階で、この四人を相手して生き残る事など不可能だった。ならばせめて剣士らしく戦おうという覚悟を固めたのだ。
アレンもそのイグノールの覚悟を感じる。いつもであれば、この段階でフィアーネ達と共同して斃すのだが、今回ばかりは一対一で雌雄を決したくなったのだ。
アレンはイグノールと一端距離をとる。
「フィアーネ、レミア、フィリシア…すまないが、こいつとは一対一でやらせてくれ」
アレンの言葉にフィアーネ達は黙って頷く。本心を言えば、数で押しつぶすべきだということは分かっている。が、フィアーネ達はアレンの声からアレンの覚悟を感じたのだ。ならば、フィアーネ達のとるべき行動は決まっている。
この戦いを見届ける事だ。
(本当に俺の婚約者達は良い女揃いだな)
アレンは嬉しくなり、つい顔を緩ませる。
一方で、イグノールも顔を緩ませる。一対一でやらせてくれるという、少女達に心の中で感謝した。
(ふふ、最後の最後で好敵手と巡り会ったと言うべきかな…)
「さて…感謝するぞ、墓守殿…いや、アインベルク卿」
イグノールの言葉にアレンは応える。
「さて…イグノール=リオニクス卿、俺の名前はアレンティス=アインベルク、あなたの最後の相手をさせてもらう」
アレンが名乗ったことにイグノールはにやりと笑った。