魔族Ⅲ⑧
「行け!!」
イグノールの鋭い声が発せられると、魔剣士の4体が剣を抜き突っ込んでくる。足運び、体のぶれはほとんど見られない。すばらしい技量の持ち主だ。
「ちっ」
アレンは舌打ちしながらも魔剣士四体を迎え撃つ。いや、打って出る。
間合いを一瞬で詰め、魔剣士の一体の足に斬りつける。対する魔剣士も首を狙う横薙ぎの一閃を放つ。アレンは魔剣士の一閃を頭を下げかろうじて躱した。その際に、魔剣士の足下に放たれた斬撃は魔剣士の足を斬り裂く。だが、躱したことと魔剣士の鎧に阻まれ、深く斬りつけることは出来なかった。足を切りつけられた魔剣士は戦闘に支障はないようで、再びアレンに向かってくる。
魔剣士達はアレンを取り囲みながら、斬撃を放ってくる。アレンはそれを剣で受け流し、躱しながら反撃の機会を伺っている。魔剣士達の斬撃は凄まじいものであったが、アレンはそれを躱していく。
躱す事は出来るのだが、反撃にでると他の魔剣士がその隙を狙ってくるため、迂闊に反撃できない。そして、気になるのは魔剣士最強を名乗るイグノールの存在だ。
アレンが気にしているのは実はイグノールである。うかつに隙を見せると一足飛びに、間合いを詰める可能性があり、押し切られる可能性があったのだ。そこで、アレンは少しずつイグノールから離れていく。
アレンが魔剣士にまず打って出たのはこの後退を自然なものに見せかけるためであった。もし最初から逃亡していれば、アレンは一気に流れを失うことになる。それを避けるために打って出たのだ。
アレンは魔剣士達の斬撃を躱し、受け流しながらイグノールから距離をとる。イグノールの間合いと思われる距離を離れると、アレンは後退を止め、その場に踏みとどまった。そして、魔剣士達が隙を見せると、そこに反撃を繰り出す。ここでのアレンの反撃は、剣による斬撃だけではない、肘、拳、掌、膝、体当たりありとあらゆる攻撃方法で魔剣士達に相対していた。
魔剣士の一体が剣を振り上げたときに、アレンは間合いに飛び込み回転すると肘を魔剣士の胸の位置に叩き込む。
ビキィィィィ!!!
胸甲が砕ける音がして魔剣士の一体は吹き飛ぶ。アレンの肘は魔力で覆っており、肘打ちの威力を上げていたのだ。しかもその肘打ちは左腕で行っており、肘を振り回した遠心力によって、右手の握った剣が斬撃を繰り出す形となったのだ。斬撃の先にいた魔剣士が何とかアレンの斬撃を剣で受ける。
だが、アレンの斬撃の本命はアレンが斬りつけた魔剣士ではない。アレンの右側にいる魔剣士だった。アレンの斬撃のすさまじさに剣を受けた魔剣士は、1メートルほどの距離を飛んで着地する。アレンは魔剣士を吹っ飛ばした反動で、右側の魔剣士に斬撃を見舞ったのだ。
右側にいた魔剣士は思った以上の斬撃の速さに、攻撃を止め、剣で受け止めようとアレンの斬撃の軌道上に自らの剣を掲げる。完璧な防御であり、アレンの斬撃を受け止めるはずだった。
だが…
シュン!!!!
静かな音と共にアレンの剣が魔剣士の首をはね飛ばした。魔剣士がアレンの斬撃の軌道上に掲げた剣はそのままである。まるで魔剣士の剣をすり抜けたようにしか見えない。あまりの光景に魔剣士達の動きが止まった。魔剣士の剣ごと首をはね飛ばせば、魔剣士のショックはずっと小さかっただろう。だが、アレンの斬撃は魔剣士の剣をすり抜けたのだ。その光景の異様さに魔剣士達の思考は完全に止まってしまったのだ。
「な…」
魔剣士の口から漏れ出る一声は、動揺を如実に示していた。アレンがそんな隙を見逃すはずはない。アレンは上段に剣を構え振り下ろす。魔剣士は頭上に迫るアレンの斬撃を防ぐために頭上に剣を掲げる。先程の魔剣士と同じように通常ではアレンの斬撃を受け止めるのに十分な受けだった。
だが…
ズン…!!
またも、アレンの剣は魔剣士の防御の剣をすり抜け魔剣士の兜ごと、魔剣士の頭を両断する。アレンの斬撃の凄まじさは、頭から胸骨を抜け、腹にまで達していた。アレンは剣を引き抜くと、すでに絶命した魔剣士の体は倒れ込んだ。
二体の魔剣士を斬り捨てたアレンはイグノールからさらに距離をとる。魔剣士達の追撃はない。アレンの不可思議な斬撃を見て、追撃を躊躇したのだ。
アレンが魔剣士二体を斬り捨てた斬撃はアレンの得意技である『陰斬り』である。この技は、対象物の寸前で剣の軌道を変えることで、対象物をすり抜けるのだ。もちろん、斬撃の速度、軌道の変化があからさまであれば、大した技には見えない。だが、アレンは修練に修練を重ねて、普段の斬撃を変わらぬ速度、軌道の変化も流麗であり、余程剣に精通していない限り、いや、超一流の剣士であっても見切るのは難しい練度に達していたのだ。
(さて…見たことない技だろうから、さすがに躱せなかったな。だが、あのイグノールには見られたから、あいつは躱すだろうな…)
アレンは追撃をしてこない魔剣士を見て、もはや魔剣士2体は問題なく斃せることを確信していた。
「さて…殺すか」
アレンの静かな声が魔剣士2体の耳に届いたとき、すさまじい殺気がアレンから放たれる。
魔剣士達は剣を構えるが、自分から打って出ることはしない。先程の不可思議な斬撃を警戒しているのだ。
アレンは魔剣士を斬り捨てようと踏み出そうとした瞬間だった。
イグノールが剣を抜き、一瞬で間合いを詰めてきたのだ。その踏み込みの速さに警戒していたアレンでさえ、躱す事が出来ずに剣で受け止めた。
「やるな…墓守殿、まさかこの四体を圧倒するとは思わなかったよ」
イグノールの称賛に、アレンは苦虫をまとめて噛み潰したかのような表情を浮かべる。アレンにしてみればここで魔剣士を葬ることで、流れを完全に掴むつもりだったのだ。だが、イグノールの参戦によって、流れは再びあちらが掴んだことを察した。
「おいおい、あんた、部下が信用できないのか? ひょっとしたらここから逆転したかもしれんのだぞ? 」
アレンの軽口にイグノールも軽口で返す。
「いやいや、こいつらごときじゃ、墓守殿の相手は務まりそうもないのでな。ここからは私が相手をさせてもらうよ」
イグノールはそう言うと、アレンとつばぜり合いを行う。そのつばぜり合いの途中で魔剣士達が斬りかかってくる。だが、アレンは驚かない、これは一対一の戦いでないことを最初から想定していたのだ。
アレンは斬りかかってくる魔剣士の剣を躱すため、後ろに下がる。だが、イグノールはその瞬間に押してきたために、距離をとることが出来なかった。
(まずい…)
アレンがそう思った時にイグノールの斬撃が堰を切ったように続けて放たれる。イグノールの斬撃は速度、重さ、鋭さ、隙の無さで、アレンが経験したものの中でもトップクラスの使い手のものであることは間違いない。
アレンにとって幸運だったのは、イグノールの斬撃があまりにも凄まじすぎて、魔剣士二体が入り込めなかったことだ。この段階で魔剣士が入り込めば、イグノールの斬撃に比べて遥かに劣る魔剣士の斬撃の鬱陶しさはなかっただろう。そのため、最終的にはイグノールに斬り捨てられていたはずだった。
アレンは、イグノールの剣だけに集中し、受け流し、躱し時には反撃するという純粋な剣術の腕を競い合った。
キィィン!!キン!!キン!!キィィン!!
果てしなく続くと思われる剣の応酬で会ったが、実際の時間は長くない。
そして、アレンとイグノールの剣戟は終わりを告げることになった。
イグノールが剣を止め、アレンから距離をとったのだ。
「早すぎる…なぜ、ここが?」
イグノールの呟きにアレンは流れがこちらに向いたことを確信する。イグノールの呟きの意味は分かっている。
「アレン!!」
「アレン!!良かった!!」
「アレンさん、よくご無事で…」
アレンの背後から、愛しく頼れる婚約者達が声をかける。
アレンの背後にフィアーネ、レミア、フィリシアが立っていたのだ。その事を感じ、アレンはニヤリと嗤ってイグノールに言う。
「さて、これからが本番だ。魔剣士殿」