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魔族Ⅲ⑦

「だ…大丈夫なのか? リオニクス卿…」


 イグノールの隣にいるエシュゴルは不安気に尋ねる。その不安をイグノールは笑わない。イグノールにとっては想定内の戦闘力であったが、他の者にしてみればそうではないのだろう。

 それだけ、アレン自身の戦闘力の高さと、闇姫の禍々しさ、死体をアンデッドとして使役する戦闘方法は脅威だったのだ。


「ふむ…あの墓守に数を背景とした戦法は逆効果だな…」


 イグノールの呟きがエシュゴルの不安を煽る。だが、イグノールは冷静であった。墓守の実力は想定していたよりも遥かに高い。

 加えて、斬った相手をそのままアンデッドとして使役する死霊術は非常に厄介だ。数で押しつぶそうとしても弱い者から順当に処理していき、それらをアンデッドとして自分の戦力として取り込んでしまう。ということは、奴は、こちらの陣容を見て内心ほくそ笑んだはずだ。下級悪魔というこれ以上ない駒候補がごろごろしているのだ。こちらの数の減少は、奴の戦力増強ということだ。

 さらに墓守が使役するあの四体の魔物も厄介だ。戦闘力からして中級魔族を圧倒する実力はあるし、あとどれくらい召喚できるか不明なのだ。


「弱者は取り込まれるか…となれば…」


 イグノールは左右に控える魔剣士達に視線を送る。主の視線を受けて左右に控える魔剣士達6体が頷き一歩前に歩を進める。同時に周囲の中級魔族、下級魔族達に距離をとるように命令を下す。


「下がれ!!あの墓守の相手は魔剣士達がやる」


 蹂躙される未来しか見えなかった中級、下級魔族達はイグノールの言葉に光明を見いだしたかのように喜色を浮かべ下がろうとする。何体かの魔族達はニヤニヤとして下がろうとしている。先程まで殺される側だったのに、自分達の代わりにアレンを斃してくれるという思いが、『お前はもう終わりだよ』という表情を浮かべていたのだ。


 だが、アレンはそんな勝手は許さないとばかりに下がろうとする魔族達に斬りかかった。生存の希望が見えたのにそれがアレンの行動により無残にも引き裂かれてしまったのだ。


「ぎゃああああ!!」

「ひぃぃぃ!!」

「ま、待って…がぁ!!」


 立て続けに絶叫が上がり、中級、下級魔族達は絶望の表情を浮かべる。


「逃げられると思ってんのか? バカ共が!!」


 アレンの言葉を聞いた者達は絶望に支配される。自分達がこの人間にとって単なる駆除対象である事を今更ながらに思い知らされたのだ。

 イグノールは強者である。魔剣士達は強者である。それは疑いのない事実だ。だが、自分達はそうではない。同じ陣営に属しているだけで、何も自分が強くなった訳でないことを今になって気付いたのだ。


 アレンの剣に切り伏せられた下級魔族をアレンは蹴り飛ばし、イグノール達陣営へ送り込む。空中を舞う下級魔族の死体は、途中でデスナイトに変貌し敵陣営のまっただ中に落ちると、そこで周囲の魔族達に襲いかかった。


「ぐぁああ!!」

「ぐぇぇぇぇ!!」


 敵陣のまっただ中に発生したデスナイトにより魔族達は大混乱に陥る。


 さらにアレンは、自分の側に控えていたデスナイト達も敵陣に突っ込ませた。せっかくの撤退命令により生存の可能性を見いだした魔族達は再び、死を間近に感じる事になったのである。


 顔面を貫かれた中級魔族が息絶えるとその死体をデスナイトが踏みつぶす。足を切り落とされた下級悪魔が悲鳴を上げるが、逃げ惑う他の魔族達に踏みつぶされ見るも無惨な肉片に様変わりする。

 この段階で魔族達にとってアレンは本当に怪物としてしか認識されていなかった。もはや戦ういや、逆らうなどと言うのは思いもつかない存在となっていたのだ。


 アレンは再び瘴気を集め出す。瘴気の塊はあっという間に拳大に大きくなる。その塊をアレンは敵陣営に二つ放つ。敵陣営に飛んでいったそれは敵陣営のまっただ中で形を変える。瘴気を使っての彫刻である闇姫と並ぶアレンの自信作『くるい』に変貌する。


 狂いは周囲の者を手当たり次第に殺戮するというかなり使いどころが難しい作品だが、こういう場面ではかなり重宝できた作品だ。元々、逃亡用に作ったのだが、敵陣営に放り込むと暴虐の限りを尽くしてくれるのだ。


 実際に突然、現れたフルプレートに身を包んだ鎧騎士であるくるいは、所持する斧槍ハルバートを振り回し、周囲に死を贈りつけている。斧槍ハルバートの一撃を頭に食らった魔族の頭がスイカのように弾けるとくるいは、次の獲物に向かって斧槍ハルバートを振るった。


「ちっ…」


 イグノールは舌打ちを無意識にしていた。自分の部下達の不甲斐なさに怒りを覚えたのだ。


「…行け」


 静かにイグノールは魔剣士達に出陣を命ずる。


「「「「「「はっ!!」」」」」」


 魔剣士達は声を揃えて、くるい、デスナイトへ向かい剣を抜き斬りかかる。暴虐の限りを尽くす、くるいとデスナイトに魔剣士達6体が迫ると、デスナイト達は狙いを魔剣士達に定め迎え撃った。


 だが、魔剣士達の技量はデスナイト達の遥か上をいっていた。ほとんど一合も打ち合うことなく瞬く間にデスナイト達を斬り伏せていく。死霊術によって作られたデスナイトと言ってもアンデッドであることには変わりない。魔剣士達はほとんど一太刀でデスナイト達の核を斬り裂いた。核を斬り裂かれたデスナイト達は瘴気によって形成された体を維持することは出来ない、瘴気が舞い散り後には、物言わぬ死体が残った。


 アレンはその様子を冷たく眺める。デスナイトでは魔剣士を斃すことが出来ない事を知っていたのだ。


 アレンはすぐさま次の手を打つ。その手とは闇姫の投入だ。アレンは先程作成した闇姫四体を魔剣士に向かわせる。だが目的は魔剣士を討ち取ることではない。


 魔剣士達はくるい斧槍ハルバートを避けると、凄まじい斬撃を見舞う。くるいの一体が躱す事も出来ずに真っ二つに斬り裂かれる。魔剣士によってくるいの核が斬り裂かれ、くるいは消滅する。


 一体のくるいが斃されたところに闇姫達が魔剣士達に襲いかかる。闇姫達の核の置かれている場所は個体によって異なる。個体によっては頭であったり、心臓であったり、鳩尾であったりと様々な箇所にある。そのため、敵は闇姫を葬るのに一度や二度、斬り裂くと言うことをしなくてはならないのだ。


 魔剣士達は新手である闇姫達を迎え撃つ。魔族達はその様子を黙ってみている。すでに心が折れている以上、戦力として期待できないことは明らかであった。先程、自分達を蹂躙していた闇の美姫達を魔剣士が斃してくれることを祈るだけであった。


 魔剣士達は闇姫達が自分達を斃すことを目的としていると考えていたのだが、そうではないことは次の瞬間にわかる。

 闇姫達は魔剣士と斬り結ぶ寸前に、急激に膨張し破裂したのだ。いや、破裂したのではない爆発したのだ。


 ドゴォォォオオォォォォォドオオォォォォォオ!!!!!!


 その爆発は凄まじく、爆発に巻き込まれた哀れな魔族達の体の破片が辺りに飛び散る。爆発が収まり、土煙が収まる。そこに立っている人影が一つあった。その足下には6つの魔剣士の死体が転がっている。


 もちろん、立っている人影はアレンである。アレンは闇姫の自爆では魔剣士を斃すに至らないことを知っていたので、爆発が収まった時に土煙の中に突入し、魔剣士達を討ち取ったのだ。

 土煙の中には、アレンの味方はいない。同士討ちの危険がないため、手当たり次第に剣を振るい。魔剣士達を葬ったのだ。


「さて…後は、お前とその偉そうな魔族、魔剣士が4体…後は雑魚が数体だな」


 アレンは、静かに言う。そこに威圧的なものは一切含まれていない。だが、聞いた者は自分が食われる側である事を本能で理解したのだ。


 だが…。


「さて、前哨戦も終わったようだな…」


 イグノールだけは余裕の表情で、アレンの視線を受け止めている。


「さて、では改めて挨拶をさせてもらおう。俺の名はイグノール=リオニクス…魔剣士の筆頭だ」

「筆頭と言うことは、お前が一番魔剣士の中で強いと言うことか?」

「そうだ。魔剣士で俺より強い者はいない」


 アレンとイグノールの会話は何と言うこともない普通の会話だ。だが、聞いている者は静かな声色に隠された殺意、敵意を本能で感じているのか、震えが止まらない。実際にアレンもイグノールも会話をしながら隙をうかがっていた。


「ところで…墓守殿のご尊名を教えていただけるかな?」


 イグノールの言葉にアレンは静かに返答する。


「エリック=ノーザスだ」


 アレンはあっさりと嘘を言う。あからさまな嘘にも関わらずイグノールは微笑む。だが、激高したのは周囲の魔族達だ。


「貴様!!どこまでも虚仮にしおって!!」

「貴様は自分の名も名乗れんのか!!」

「貴様の名はアレンティス=アインベルクだろう!!」


 激高する魔族を制したのは、イグノールである。


「何を怒るのだ? この御仁が自分の名を恥じ、偽名を使おうといういじらしさを理解してやるのも情けとというものではないか」


 イグノールの声には明確な軽蔑がある。明らかな挑発であり、わざわざ乗ってやる必要もないのだが、アレンはあえて挑発で返すことにする。


「俺の本名を知ってるとわかった上で、からかったんだよ。それぐらい分かれよ。それと俺は自分の名前が気に入っているんだ。お前らのような低脳に名乗るのは俺の矜持が許さないので、嘘をついたわけだ。お前らに誠意を持って接する理由がどこにある? ちょっと考えれば誠意を持って接してもらえるわけないとわかるだろ? 魔族は人間を見下しているが、お前らも相当にアホなんだからその事を分かれよ」


 お互いの挑発行為にアレンもイグノールも激高どころか心にさざ波も立たない。挑発行為とわかっていて乗るほどお互いに戦い慣れしてないわけではないのだ。


「さて…準備は終わった…」


 イグノールはアレンに告げる。イグノールの言葉にアレンは失敗を悟った。この会話自体が時間稼ぎだった事に気付いたのだ。だが、時間を稼いでどうなる?という思いが、アレンに生じる。


「さて、墓守殿…。察しの良い君なら私が時間稼ぎをしていたことを理解してくれたと思うのだが、問題は何のための時間稼ぎかと言うことだ…」

「…」

「君の戦闘力、術は素晴らしい。君に勝てる者は魔族であっても片手の指に余ることだろうよ…」

「…」

「君の戦闘技術の根本は、瘴気を操る事…」

「…」

「なら瘴気がなければ君の戦力は大幅に下がるというわけだ」

「…」


 アレンはイグノールの思惑がわかった。だが、アレンは動かない。時間稼ぎが終わった事に気付いた以上、今更動いても仕方がないのだ。


「君が死霊術で私の部下をアンデッドとして使役し、あの瘴気の魔物を使えないようにすれば君は相当困るだろうな?」


 イグノールはそう言うと魔法陣を展開させる。イグノールを中心に直径500メートルを超える超巨大な魔法陣の展開にアレンも驚く。ここまで巨大な魔法陣はアレンも初めて見る。

 地面の魔法陣から光が発生し、上空に光が放たれる。アレンを光が通り過ぎるが、アレンに一切のダメージはない。当然だろう、生き物に害を及ぼす術なら、イグノールの部下達にも何らかの害があるはずだ。

 アレンは自身に起こった事を探ろうとしたが、答えは先程のイグノールの言葉から分かりきっていた。


(やはり…)


 アレンの周囲から瘴気が一切消えていたのだ。そして瘴気を集めようとしても集まってこない。


(瘴気を浄化し、入ってこれないような結界を張ったわけだな…やられた)


 アレンがイグノールの狙いにまんまと出し抜かれた事に思い至ったのだ。


「さて…墓守殿、これで君は戦力を増やす事は出来なくなったな? まぁこちらも戦力の大部分を失ったと見てくれてもいいぞ」


 イグノールの言葉は嘘である事はわかっている。残った部下達、恐らくは控える魔剣士達の戦力がアレンが今まで斃した魔剣士、魔族よりも上なのだろう。


「その魔剣士達4体なら俺が斃した奴らを全滅させる事が出来るというわけか…」


 アレンの言葉にイグノールはニヤリと嗤う。


「さすがに良く分かってるな。その通り、この4体の実力は君が斃した奴らとは一線を画すぞ」


 イグノールは静かに言う。


「さぁ…前哨戦は終わった。これからが本番だよ。分かってるかな墓守殿?」


 読んでくれてありがとうございます。

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