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魔族Ⅲ⑤

 ほとんど戦闘というよりも蹂躙になってしまいました。

 アレン達への襲撃者達は、中級魔族、下級悪魔など様々だった。中級魔族は、コウモリのような羽を生やし、腰の辺りからサソリのような尻尾を生やし、人間の傭兵のような服装と装備をしている。

 下級悪魔は、蛙のような顔に牙を生やし、浅黒い肌に羽と尻尾というこれまたオードドックスな要望で一目見ただけで『悪魔』とわかってしまう。


 そんな襲撃者達がアレン達にワラワラと向かってきているのだ。そして、包囲に手薄な方があり、アレン達はそちらに逃亡していく。もちろん、アレン達も誘導されている事に気付いているが、罠を食い破る方向に思考を切り替えている以上、そこに迷いはない。


 襲い来る下級悪魔達を戦闘を走るアレンが、走り抜けながら斬り捨てる。続くフィアーネが下級悪魔の首に手刀を叩き込み、骨の砕ける音とあり得ない方向に曲がった下級悪魔の首の死体がフィアーネの手刀の威力を伺わせる。

 レミア、フィリシアも剣を縦横無尽に振るい、首、腹、腕、足を切り裂かれ、落とした下級悪魔達が量産された。


 襲撃者達はアレン達の異常な戦闘力に明らかに恐れが見え始める。確かに襲撃しているのは自分達だ。だが、圧倒的な強者は明らかに向こうという状況が襲撃者達に迷いを生じさせていた。

 この人間達は、自分達を全滅させることは容易なのに、何かしら目的があって逃げているのではないかという疑念がどうしても消えなかった。


 襲撃者の考えは、まったく的外れではなかった。アレン達は相手の思惑を読んだ上で、それに従って行動していたのだ。


「そろそろ…」


 アレンがフィアーネ達に言葉をかけようとした瞬間に、アレンの姿が消えた。まったく前触れもなく消えたアレンにさすがにフィアーネ達も慌てる。


「アレン!!!」

「アレン!!どこ!?」

「アレンさん!!」


 フィアーネ達が声を出したときには、アレンが消えた足下の魔法陣が綺麗に消えていた。


 誘導するアレンがフィアーネ達よりも5歩ほど前方を走っており、僅かながら分断していたとも言える。だが、まさかたった5歩程で分断となってるとは思っても見なかったフィアーネ達は出し抜かれたという感が否めない。


「しまった…」


 フィアーネの呟きはレミア、フィリシアの耳にも入る。すぐに合流しなければという思いが、三人の中に芽生える。


「レミア、フィリシア、すぐにアレンを探すわよ!!」


 フィアーネの言葉には焦るはない。だが、時間との勝負である事は間違いない。襲撃者達もその声を聞いて好機と思ったのだろう。『アレンを探す』という言葉から襲撃者への攻撃が収まると考えたのだ。だが、実際はそうではない。フィアーネの『アレンを探す』とは、まずは襲撃者達を始末するという意味だったのだ。


 言葉の意味するところが異なっていた事を知らない両者の意識の相違が、悲劇を生んだことは間違いないだろう。ただ、その悲劇は完全に襲撃者だけげ請け負うことになったのだが…。


 フィアーネ、レミア、フィリシアは逃走から戦闘に完全に思考を変えた事を襲撃者が知ったのは、残った襲撃者の半分だけだった。残りの半分はその事に気付く間もなく、一方的に殺されたのだ。


 フィアーネの拳が音を置き去りにした一撃を放つと、まともに受けた下級悪魔の頭が、砕け散った。頭を吹き飛ばされた下級悪魔に一瞥もくれずにフィアーネは手刀を次の下級悪魔に放つ。フィアーネの手刀は『シュン』という剣を振るう音以上の澄んだ音を響かせ下級悪魔の胴を両断する。両断された下級悪魔は上半身が地面に落ちる僅かの時間に意識を失っており、痛みを感じる事なく逝けたのはいっそ幸せと言うべきだった。


 レミアの双剣も次々と襲撃者を屠っていく。


 レミアに襲いかかった中級魔族は、一瞬で間合いを詰めたレミアの双剣に、喉と心臓を同時に刺し貫かれ、自分がやられた事を認識する前にバランスを崩し路上に倒れ込む。そして葬った中級魔族が倒れ込む僅かの時間にレミアは下級悪魔の首を3つはね飛ばしていた。


 フィリシアが凄まじい速度で突きを放つ。その度に下級悪魔の体にフィリシアの剣が突き刺さり、2、3回痙攣をするとすぐに動かなくなる。突きは最も早く相手に届く攻撃だが、その一方で攻撃面積が狭いために躱す事は出来ないわけではない。しかし、それは普通の剣士の技ならばだ。

 フィリシアの突きはもはや一流の剣士ですら見切れないほどの速度で放たれる。しかも、フィリシアの技は初動を極力読ませない静かなものである。フィリシアの剣に貫かれ、初めて自分がやられた事に気付くぐらいだった。


 そんな常識はずれの戦闘力を持つ、墓守の婚約者達の蹂躙に襲撃者達はすぐに恐慌状態となる。魔族や使役される悪魔達が人間によって恐怖に陥らせられることなどほとんど例がなかった。


 だが、それは現実だった。しかも、逃げだそうとした下級悪魔や魔族からフィアーネ達は襲ったのだ。逃げる相手を背中から斬るのは、あまり褒められた事ではないかもしれないが、アレン達の行動哲学において、『情けをかける相手とそうでない相手を区別する』というものがあり、今回の襲撃者に情けをかけるべきでないという考えから容赦しなかったのだ。

 ここで、見逃せばアレンを襲撃してる方に合流するかもしれない。それはアレンの命を危険にさらす行為だ。フィアーネ達にそんな選択肢をとるわけないし、そもそも存在しない。『襲撃者はここで皆殺し』というのがフィアーネ達のとった選択肢だったのだ。


「ぎゃああああ!!」

「ぐぇぇっぇぇぇぇぇぇっぇぇ!!」

「腕が…俺のう…がぁ!!」


 フィアーネ達により周囲に漂う死臭は加速度的に増えていき、一方で怒号、悲鳴は反比例して減っていっていた。フィアーネ達の容赦ない攻撃に晒された結果だろう。


「降参する!!命だけは助けてくれ!!」


 レミアに相対した一体の魔族が跪き命乞いを始めるが、そんな命乞いを聞いている場合ではない、レミアの双剣が跪く魔族の首を容赦なくはね飛ばした。


 レミアは別に加虐からこの魔族を殺したのではない。この魔族が本当に降参しているか判断する時間が惜しかったために殺したのだ。もし、ここで見逃し背中を見せた瞬間に襲いかかられたら思わぬ不覚を取る可能性もあるし、自分でなくフィアーネ、フィリシアがそのためにケガをしたらと思うと、当然ながら助けるつもりはなかった。レミアにとって敵の魔族と仲間のフィアーネ、フィリシアの安全のどちらを優先するか考えるまでもなかったのだ。


 レミアが命乞いした魔族を容赦なく殺したことは残りわずかとなった襲撃者達を動揺させた。命乞いしても殺される、逃げ出しても殺される、となると生き残るにはこの三人を殺さなければのだが、そのハードルが限りなく高い事に襲撃者達の絶望は深まるばかりだった。


 襲撃者の指揮官と思われる魔族は呆然としていた。自分の主人であるイグノールが油断するなと言っていたが、たかだか人間と高をくくっていた。実際に四人は逃げだし、自分達の誘導に従っており、一人を転移させイグノール達が待ち構える場所に送る事に成功したが、その後の展開はまったく予想外だった。


 のこった三人の女がこちらにここまで凶暴な牙をむくとは思っていなかったのだ。確かに逃走中に犠牲を出していたが、まさか全滅させようと動き出すとは思っていなかったのだ。


 なんだ?


 あの、素手で魔族を撲殺している女は?


 なんだ?


 あの二本の剣で容赦なく魔族の首を狩る女は?


 なんだ?


 あの凄まじい突きで、魔族の顔面、喉、心臓を貫く女は!



 指揮官の魔族にとって、信じられないという思いしかなかった。あれは、本当に人間なのか?


「ぎゃああああああ!!」


 叫び声が至近距離で聞こえ、それが指揮官の意識を現実に引き戻した。見る双剣を操り魔族を斬り捨てる死を象徴する者が間近に迫っていた。

 目線をそちらに移した僅かな時間に凄まじい衝撃が、指揮官の顔面を襲った。


 フィアーネの拳が指揮官に叩き込まれたのだ。指揮官は顔面に叩き込まれた衝撃に大きくのけぞったが、後ろに倒れ込むような事はしなかった。フィアーネが指揮官の左手を掴むと間合いに入り込み、背負い投げの要領で投げ飛ばしたのだ。しかも受け身のとれないように頭から落ちるように投げ落としたのだ。


 指揮官は顔面に生じた衝撃から数瞬の間に頭頂部に新たな衝撃を感じた。そして自分の体を貫く感覚を感じたが、それが何なのかもはや指揮官にはわからなかった。


 指揮官の魔族からレミアとフィリシアは剣を引き抜く。フィアーネが投げた指揮官にとどめを刺したのだ。


 レミアの剣は指揮官の心臓と喉を、フィリシアの剣は顔面を刺し貫いたのだ。これで生きているというのはいくら魔族であってもあり得ないだろう。


 襲撃者の魔族達は全滅していた。


 辺りに充満する死臭と魔族達の死骸が戦闘の激しさ、いや、蹂躙の激しさを物語っている。戦闘を目撃した人達はこの惨劇を呆然と見ていた。中には冒険者らしき身なりの人達もおり、手助けに入ろうとしたのだろうが、市民と同様に呆然としていた。


「さぁ、アレンを探すわよ」


 フィアーネの呼びかけに二人は頷き、三人はアインベルク邸へ向かって走り出した。


 戦闘の後片付けは騎士団に任せることにする。フィアーネ達にはアレンを探すというなによりも優先する仕事があったからだ。


 しばらくして、騎士団が戦闘後を見たときにこの惨状に呆然となったのはまた別の話である。

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