魔族Ⅲ④
ちょっと消化不良かもしれませんね。
その日、アレン達四人は、街に買い出しに出ていた。
といっても、若い男女がショッピングを楽しむという類のものではなく、買い出し品は、投擲用のナイフ、荊棘線、魔珠などという色気とは全く関わりのないものである。
荊棘線はバラのように棘のついた金属製のワイヤーであり、主に魔物や獣の侵入対策に使用される。
そして魔珠は、魔術の込められている使い捨ての珠である。といってもそれほどの高レベルな魔術を込めることはできない。アレン達が購入しようというのは、攻撃用でも治癒用でもなく、単に【煙幕】であった。
そういう色気のない買い出しであったが、フィアーネ、レミア、フィリシアにとってはアレンと出かけるという事実は変わりないために、朝から機嫌が良かった。
この場にいないもう一人の婚約者であるアディラがこの事を聞けば、むくれることは間違いないだろう。
アレン達は早々に買い出しを終えると、アインベルク邸に向かって歩き出す。
「来たな…」
「そうね」
「囲まれてるわね…」
「気付いていないふりをして、屋敷に戻ります?」
四人はほぼ同時に自分達を取り囲む気配に気付く。あからさまに殺気を放つような真似はしていないが、数はかなりのものがあるし、この場所で襲われると巻き込まれる人が出るために非情にやっかいだ。
「そうだな…出来るだけ早くここから離れよう」
「わかったわ」
「買い出し後で良かったわ」
「わかりました」
アレンの提案にフィアーネ達は簡潔に答える。
アレン達は、移動を開始する。それに伴い、アレン達を囲む気配達も移動を開始する。この動きからどうやら相手は計画を練ってきているらしい。おそらくその計画は各個撃破だろう。アレン達を分断し、それぞれ斃していくと意宇は簡単だが実際にやるとなるとそれはかなり困難だった。
理由は、アレン達の常識はずれの実力だ。並大抵の相手が分断しようとしてもアレン達ならあっさりと撃退することになるだろう。
もちろん、気配を掴んでいる相手達だけとは限らない。つい先日もアレン達が気配を把握することが出来なかった相手がいたのだから、警戒するのも当然だった。だが、フィアーネとレミアの話から、自分達が把握できなかった相手は諜報が専門だったようで戦闘力はそれほどでもないことがわかっている。
ちなみに、フィアーネとレミアが斃した魔族達は確かに諜報が専門だったのだが、それでも有する戦闘力は決して弱いとは言えない。というよりも蹂躙できるフィアーネとレミアの戦闘力が異常に高いだけだったのだ。
「みんな…そろそろ来るから…走るぞ」
アレンの言葉に三人は頷く。
囲む気配にまったく気付いていませんよという風に歩いている四人が突然走り出した事に周囲の魔族達は虚を突かれる。
アレン達の追跡が始まった。アレン達は人通りの少ない方向へ動き出す。これで誘っていると考え追跡がゆるむのならば良し、追跡が緩まなくても周囲を気にすることなく戦えるので、これまた都合が良かったのだ。
走るアレン達の前に魔族達が襲いかかってくる。
まずアレン達の前に6体の下級悪魔達が現れる。一呼吸置いてアレン達の進行方向の左側から下級悪魔を十数体従えた魔族が現れた。
前と左側のどちらを対処するかアレンは迷う。右手にはまだ敵が現れていないところを見ると右手に誘導しようとしている可能性が高い。そのため、アレンは罠を食い破る方を選択したのだ。問題はそれをどう食い破るかだ。
「みんな、正面の下級悪魔をやるぞ!!」
アレンが選択したのは正面の下級悪魔だった。左手の敵は数と質が多いのは間違いない。そのため、斃すのに時間がかかることは間違いない。その間に敵から囲まれる可能性が非情に高かったのだ。
「わかった!!」
「了解!!」
「わかりました!!」
アレンが剣を抜き戦闘態勢を整えると、フィアーネ達もそれに倣う。標的に定められた下級悪魔達こそ不幸だったことだろうが、襲ってきている以上、文句は言えない。
アレンは駆け抜け様に一体の下級悪魔の首をはね飛ばし、返す刀でもう一体の下級悪魔の首をはね飛ばした。首をはね飛ばされた下級悪魔達は自分の身に起こったことが理解できないような顔を浮かべる。視界が目まぐるしく変わる事に混乱しているのだろう。やがて、自らの身に起こった事を理解したのが驚愕の表情を浮かべてると、すぐに目の光が消える。
アレンに続くフィアーネ達もまたアレンと変わらない凄まじい戦闘力を披露していた。フィアーネは下級悪魔の腹に肘を叩き込み、内蔵を破裂させる。血を吐き出す下級悪魔の頭を鷲づかみすると左手にいた敵達に凄まじい速度で下級悪魔を投げつける。完全に虚を突かれた敵達は飛んでくる仲間の悪魔をまともに受け、数体の下級悪魔達を巻き添えに吹っ飛んだ。
レミアの双剣が振るわれるとほぼ同時に二体の下級悪魔の命は散った。レミアの剣の一本は下級悪魔の首を貫き、もう一本の剣は腹を切り裂いていた。
フィリシアも最後の下級悪魔の喉に突きを放つ。すさまじい速度の突きをかキュアクマは当然躱すことなど出来ずにまともに喉を貫かれる。フィリシアが下級悪魔の喉から剣を引き抜くと腹を切り裂かれ蹲る下級悪魔の首を切り落とす。
少しの乱れも感じさせない、連携の動きでアレン達は正面の下級悪魔達を葬った。6体の下級悪魔がアレン達の足を遅らせた時間はおそらく2秒にも満たなかったことだろう。アレン達は下級悪魔を葬る時ですら、足を止めていないのだ。だが、全力疾走よりも速度を落とさざるを得なかったために2秒ほど駆け抜ける時間が遅れたのだ。
一つの囲みを抜けたがそれで終わった訳でないのは明白だ。アレン達はそのまますさまじい速度で街を駆け抜ける。方々から襲ってくる悪魔達をそのたびに剣を振るって切り捨てていく。
アレン達が剣を振るう度に下級悪魔達の首が落ちていく。すでに切り捨てた下級悪魔は20体を超えている。それでも周囲の敵の包囲を切り崩すことが出来ない。かなりの数が配置されたようだった。
アレン達が完全に包囲されるまで気付かなかったのは、包囲は突然完成したからだ。転移魔術によってアレン達の周囲に突然悪魔達は現れたのだ。さすがにそれを事前に察知することなど不可能なので、まんまと囲まれたわけだった。
一方で悪魔達の動揺も大きい。イグノールの命令は、対象の人間を目的の場所に誘導することだったのだが、それは一方で成功し、もう一方は失敗だったのだ。
最初の襲撃の際に、敵のいない右手に誘導するという計画だったのだが、墓守達が向かったのは正面の下級悪魔達だった。もちろん、そっちを抜かれても問題ないように配置をしていたが、ちょっかいを出す度に犠牲者が増えていたのだ。いや、ちょっかいを出さなくても、所々で人間達はこちらに攻撃を仕掛けてくる始末だった。
「う~む…」
「アレン、どうかした?」
「いや、やはり誘導されてると思ってさ」
「あ、やっぱり?」
アレンとフィアーネは逃げながらも会話を交わす。
「それじゃあ、アレン相手の思惑にこのまま乗っかるの?」
レミアがアレンに問いかける。問いかける間も襲いかかる下級悪魔の首をはね飛ばしているところを見ると下級悪魔達の襲撃など何の脅威にもなっていないようだった。
「誘導された先にどんな罠があるかわかりませんよ?」
フィリシアも下級悪魔を剣で貫き、アレンに問いかけている。顔面を貫かれた下級悪魔が痙攣を起こしているが、それもすぐに動かなくなる。下級悪魔達にとって会話の片手間に処理された事は屈辱であったが、どうすることも出来なかった。
「いや、奴らが狙っているのは結局の所、俺達を分断して各個撃破することだ。となると俺達がとるのは分断されないこと、分断されてもすぐに合流する手はずは一応取ってるだろ?」
アレンの言葉にフィアーネ達は頷く。確かに分断されても良いようにアレン達は対策をとってはいたが、やはりそれにはタイムラグがあるのも事実であり、完璧なものではなかったのだ。
「わかったわ!!とりあえすアレンが誘導してちょうだい」
フィアーネがアレンに向け叫ぶ。その間に下級悪魔の首に手刀を叩き込み、下級悪魔の頸椎を砕いている。
「よし、こっちだ!!」
アレンはあえて敵の誘導にのることにする。このまま襲ってくる敵を殲滅させることは難しくない。だが、それでは大本を絶てない可能性が高い。となれば罠に嵌まればそれを食い破ることで、大本を始末することができると考えたわけであった。
アレンは敵の誘導に従い、敵が手薄な方、手薄な方へ移動していく。




