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魔族Ⅲ②

 翌朝、アレン達はすかさず行動を起こす。こまかい所をつめなくともロム、キャサリンはアレンの意図を大まかに把握していた。


 朝食がすみ、1時間程アレンは執務室で執務を行う。もちろん、時間つぶしのためだ。


 執務を終えたアレンは、庭先にロムが用意した席にフィリシアと座り、茶会を楽しむ。


 茶会でのアレンとフィリシアの様子は、非常に幸せそうであった。元々、見張っている者へ見せつけるという演技の側面があったのだが、二人ともお互いに愛し合っている仲なので、演技という枠を超えていた。


 フィアーネとレミアはその様子を羨ましそうに見ているが、自分の役目を放り出すことはしない。


「キャサリンさん、早く見つけて」

「キャサリンさん、急いで」


 フィアーネとレミアの声は独り言にしては大きなものであった。キャサリンはその声を聞きながら微笑む。

 フィアーネとレミアはアレンの恋人をすっとばし、婚約者となった少女であり、キャサリンにしてみれば将来、自分が仕える少女達だった。だが、フィアーネもレミアもフィリシアも、そして王女であるアディラでさえもロムやキャサリンに家族に対するように接するのだ。そんな婚約者達にロムやキャサリンが悪い感情を持つわけがない。

 

 この婚約者達の嫉妬は女性特有のドロドロしたものではなく、可愛らしいという表現がぴったりのものなのである。


 とはいえ、あまり時間をかけるとフィアーネとレミアに悪いので、キャサリンは全力で探知能力を働かせる。


 無論、フィアーネ、レミアも探知しようと心がけているのだが、キャサリンほどの探知能力を有していない以上、発見は出来ないだろう。


「…」


 キャサリンは瘴気を四方に飛ばし探知を行う。瘴気に触れたものは、どのような穏行の術を駆使しようがキャサリンはその存在を感じ取ることが出来るのだ。


 キャサリンの操る瘴気は、アインベルク邸の敷地内から敷地外まで広がり、観察者を探知していく。


 そして、アインベルク邸の敷地外の約100メートル地点に、アインベルク邸を伺う存在を6つ探知する。


「見つけました…。敷地外のベルム通りにつながる路地に6つ、こちらを伺う者がおります。武器を所持しているみたいですので、フィアーネ様もレミア様も十分にご注意を」


 キャサリンからもたらされた情報にフィアーネとレミアは頷く。フィアーネもレミアもすさまじい戦闘力を持ってはいるが、戦いにおいて油断をすることは決して無い。そして、忠告を聞き流すような事も決してしないのだ。


「わかりました。行ってきます!!」

「よし、行くわよフィアーネ!!キャサリンさん行ってきます!!」


 キャサリンに一声かけると、フィアーネとレミアは観察者のもとに動き出す。勿論、真っ正面から行くような真似はしない。逃げられてしまう可能性があったし、不意をついた方が遥かに戦闘を有利に進めることができるからだ。


 フィアーネとレミアは気配を消し、ありえない速度で観察者の元へ向かう。



---------------


 アインベルク邸を見張っている観察者達は、息を潜め、気配を消している。自分達の主人であるイグノール=リオニクスから細心の注意を払うように厳命を受けたからだ。


 イグノール=リオニクスは、絶大な戦闘力を持っておきながら、その戦い方は用心深いものである。イグノールの部下達は一見、臆病に思えるイグノールの戦い方に対して不満がないわけではない。だが、それを口にすることは絶対に出来なかった。


「それにしても、いつものことながらイグノール様も慎重な事よ」


 観察者の一人が小さく呟く。完全に独り言だったのだが、他の観察者達も頷いたところを見ると、同じ事を考えているらしい。


 観察者達は、【千里眼】という術により、対象者を見張っていた。この術は術士が対象者を視認することで発動させることができる。発動中は実際に視覚に捕らえなくても対象者の様子を見ることが出来るのだ。ただし、術の名前が千里眼であっても実際に千里の距離を離れて発動する類のものはない。並の術士では30メートル、一流の術士であっても60メートルが限界だった。だが、この観察者達は150メートルまで術の効力を伸ばすことが出来るのだ。それだけでも、この観察者達の諜報の実力が超一流であることがわかるだろう。

 本来であれば【遠耳】によって音声も捕らえるのだが、これは断念した。なぜなら、【遠耳】は【千里眼】同様に、対象者の声を実際に聞かないと発動しない。さすがに声の届く範囲まで近づくのは不可能だったのだ。

 加えて観察者達は【阻害】という術により、気配を極力絶っているため、彼らを見つける事はほぼ不可能であると言って良いだろう。キャサリンがやったように瘴気を触手のように四方に放ち、触れた者の存在を把握する術を使わなければ存在を把握する事は不可能に近かった。

 一応、アレンもキャサリンの使用した術を取得しているが、使用範囲は100メートルが限度であり、その範囲内にいない以上、アレンでは把握が出来なかったのだ。ちなみにキャサリンの限度は300メートルである。


「それで、あのガキをどのように料理されるつもりなのかな?」


 観察者の男が楽しそうに周囲の者に言う。


「さぁな…昨日のアンデッドとの戦いを見る限り、大した奴じゃないだろ」

「ああ、あの程度ならイグノール様の相手にならんな」

「切り刻まれる姿しか見えんな」


 観察者達は遠慮無くアレンとイグノールとの戦いの結果を予想し、好き勝手にのたまっている。


「はは、あの程度のガキがイグノール様に勝てるわ…がぁ」


 アレンをさらに罵ろうとした観察者の一人が苦痛のうめき声を上げて倒れ込む。背中から胸を貫いたのはレミアの剣である。倒れ込んだ観察者の首に剣を刺し、観察者の命は終わりを告げる。


 レミアは下品に叫び声を上げるような真似はしない。深い湖よりも静かな目をしている。だが、付き合いの深い者ならばレミアの怒りの深さが嫌が応にも理解することができただろう。


 レミアは観察者達のアレンへの侮辱を聞いていたのだ。レミアにしてみれば、アレンを侮辱されて黙っている事はもはやどうしても出来ないのだ。その想いは婚約者になってからさらに強くなっていた。


 観察者達は自分達が任務を失敗したことを悟った。監視対象者が自分達の前に現れ、仲間の一人を何のためらいもなく殺したのだ。その容赦の無さだけでなく、自分達が気配を察する事なく、ここまで接近を許した事で相手の技量の高さがうかがえたのだ。


 観察者達は一斉に散会し、レミアから逃げ出す。だが、観察者が逃げ出す一瞬早く、レミアが間合いを詰め、一人の観察者の首を切り裂く。血を撒き散らしながら倒れ込む観察者を見ることなく、レミアは次の相手の胸に剣を刺し込んだ。レミアは観察者の一人に刺し込んだ剣を横に薙ぎ、観察者の胸を切り裂く。


 一分も経たずに、半数が殺された事に驚愕しつつも、観察者達は逃げ出す。だが、逃げ出した先には銀髪の美少女が立ちふさがった。観察者達はそれが対象者の一人である事に気付いたが、逃げるという選択肢を捨て去ることはしなかった。


 だが…



 無駄な行動だった。


 フィアーネは避けようとする観察者の一人の胸部に凄まじい速度で正拳突きを放つ。音を置き去りにしたかのような速度で放たれた正拳は観察者の胸骨を打ち砕く。


 骨の砕ける音を辺りに響かせ、胸骨を砕かれた観察者は壁に激突してそのまま動かなくなった。


 フィアーネは次の観察者との間合いを一瞬で詰め、腹部に肘を叩き込む。あまりの衝撃に肘を受けた観察者の体はくの字に折れ曲がる。フィアーネはその観察者の延髄に肘を落とし、延髄を打ち砕いた。延髄を打ち砕かれた観察者は二、三度痙攣するとすぐに動きが止まった。


 逃げる最後の観察者の足、延髄にレミアの投擲したナイフが突き刺さるのと、フィアーネが仕留めた観察者を蹴り飛ばし、最後の観察者に命中し吹っ飛ばしたのはほぼ同時であった。一体どちらの攻撃が致命傷となったのかは被害者の観察者自身にもわからない。あぁ、そこは被害者にとってさほど重要ではないかもしれないが…。


「よし、終わりね」


 レミアがニコリと笑いフィアーネに言う。


「そうね、まぁ、ほとんど殺しちゃったけど、一体残ってるからいいわよね」


 フィアーネの言葉にも一切の容赦はない。アレンへの侮辱を聞き逃してやれるほどアレンへの想いは軽くないのだ。


「お見事でございます。フィアーネ様、レミア様」


 ロムが二人に一礼する。ロムもキャサリンから情報を得て、急いで来たのだが、すでに観察者は二人が斃したところだった。


「フィアーネ様もレミア様も屋敷に戻り、アレン様にご報告をお願いしていただきたいのですが、よろしいでしょうか? 私はこの後始末をして戻りたいのですが」


 ロムの申出は二人にとって有り難い申出であった。


「ロムさん、ありがとうございます。ほとんど殺しちゃったけど…」

「助かります」

「それにしても、監視していたのはやはり魔族でしたな」

「はい、どうやらアレンへの対策の目処が立ったみたいですね」

「こちらもそれなりに準備を進めてきましたからね。さて、次はどう出るでしょうね」


 倒れ込む観察者の腰の位置からサソリのような尻尾が生えており、人間でないことは明らかであった。


 フィアーネとレミアはロムに後を任せるとアレンへ報告のために戻っていく。




---------------------


 イグノールの元に黒衣に身を包んだ魔族が跪いている。


「以上がご報告の全てでございます」


 報告者の魔族は跪きながら、イグノールの言葉を待つ。


「そうか、ご苦労であった。しばし休むが良い」

「ははっ!!」


 黒衣に身を包んでいた魔族はそういうと煙のようにフッと消える。転移魔術によって音もなく退出したのだ。


 イグノールは、アレン達を監視する観察者をさらに監視する者を付けていたのだ。別に観察者が裏切るということを考えていたのではない。アレン達が、観察者の存在に気付き、その観察者との戦闘を把握するためであった。


 報告者の話では、観察者達は何もミスをしていない。適正な距離をとり、気配をほぼ完全に断ち、見つける事はほぼ不可能という状態であったらしい。だが、実際は、見つかり、圧倒的な力により、為す術もなく蹂躙されたとのことであった。


 報告者の顔が青くなっていたことから、その戦闘力のすさまじさを感じることが出来た。


 どうやら、エシュゴルの言ったとおり、墓守達の実力は凄まじいとこは間違いなく、油断をすべき相手でないことが十分にわかったのは幸いだった。


 魔剣士三体をあっさりと斃したというのは間違いなく墓守達が強かったからだ。イグノールはつい頬が緩む。


 これほどの獲物が四人…。


 相手にとって不足無しといったところだ。


「リオニクス卿…」


 エシュゴルがイグノールに声をかける。エシュゴルはアレン達の実力を過小評価することはなかったために、報告に驚きはしなかった。だが、イグノールの部下達の実力をしるエシュゴルとすれば心配にならざるを得なかった。


「あんたの言うとおり、大した獲物だな」


 イグノールはニヤリと嗤いエシュゴルに言う。


「心配するな。こちらは墓守達の実力の一端を把握したが、相手は魔族であること、もしくは俺の名前ぐらいしかわからん」

「だが、つかまったリオニクス卿の部下の口からリオニクス卿の強さがばれるのではないか?」

「それは心配ない。つかまった部下が俺の事を強いと墓守達に漏らしたからと言って、結局は俺の実力を測ることは不可能だ」

「?」

「つかまった部下の実力は墓守達からすれば雑魚にすぎんだろう。そんな雑魚が強いといった所で強さの幅が大きすぎるから結局把握することは出来ん」


 イグノールは静かに言う。


「しかし、墓守達は四人そろうと俺でも苦労しそうだ。…となると一人一人分断して斃すしかないな」


 イグノールの言葉にエシュゴルは首肯する。あの墓守達が四人そろうと厄介なのはエシュゴルでさえ頷かざるをえなかった。


「いずれにせよ、情報戦では一歩…いや、半歩リードしていると思っていいだろう」


 イグノールの言葉に再び、エシュゴルは頷いたのであった。



 読んでくれてありがとうございます

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[気になる点] 千里眼で三十メートル?なんか近く感じるんだが
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