魔族Ⅲ①
ベルゼイン帝国第二皇子に仕えるエシュゴルは、緊張のために背中に冷たい汗を流している。
エシュゴルが緊張している原因は対面上に座るイグノール=リオニクスにあった。このイグノールという男の風貌は醜悪なものではない。それどころか見目麗しいと言っても良いだろう。だが、エシュゴルは震えを隠すのが精一杯だった。
このイグノールという男はベルゼイン帝国の武の象徴である『魔剣士』のトップに君臨する男であり、生ける伝説であった。
そして、このイグノールという男は非常に我が侭であり傲慢であった。イグノールは気に入った仕事でなければまず受けない。それがたとえどれだけ高い身分であってもだ。
「どうだろうか、リオニクス卿引き受けてもらえないだろうか?」
エシュゴルの言葉を聞いて、イグノールは煩わしげに口を開く。
「ふん、その墓守は本当に強いのか? この俺が自ら出向くほどの相手とは思えんな」
「いや、人間だと言うことでリオニクス卿が気が乗らないのも十分に理解しているが、強いというのは間違いない」
「魔剣士三体を葬ったというその事実は良いが、それでも一人でやったわけではないだろう。あんたの話では四人がかりだったというではないか」
「…」
「もし、戦った結果、満足いかない相手であった場合はどう責任をとる? わざわざローエンシアとやらに出向いて、つまらぬ相手と戦うのは御免被るぞ」
「それならば心配ない。あの男は間違いなく強い」
エシュゴルの態度を見て、イグノールはニヤリと嗤う。エシュゴルは少なくとも嘘を言っていないことが確認出来たのだ。
「良いだろう。その墓守はこの俺が斬ってやろう。だが、俺の流儀でやらせてもらう。あんたの主人である第二皇子とはいえ、口出し無用だ。もし口出しすればその段階でこの依頼はキャンセルする」
イグノールの言葉にエシュゴルは安堵の息をもらす。元々イグノールのやり方に口出すつもりは皆無だったので、エシュゴルは問題ないとイグノールの条件をあっさりと飲んだ。
「こちらとすれば、あの墓守を斬ってくれれば何も問題ない。ただ一つ、リオニクス卿に願いがある」
エシュゴルの言葉に、イグノールは不快気な表情を浮かべる。
「…なんだ?」
「俺はあの墓守が死ぬところを直に見たいのだ。俺も一緒に連れて行ってくれないか。もちろん口出すような事は絶対にしない」
エシュゴルの言葉にイグノールの機嫌はどうやら直ったようだった。ニヤリという嗤いをエシュゴルに向ける。
「そういう事なら認めよう。ただし、あんたの意見を聞く気は一切無い」
「当然だ。リオニクス卿に口出しはしないし、命令にはきちんと従おう」
イグノールとエシュゴルはお互いにニヤリと嗤う。
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いつものように国営墓地での見回りを終え、帰宅したアレン達をロム、とキャサリンが優雅な一礼を持って出迎える。
「「お帰りなさいませ」」
優雅な一礼にアレン達もにこやかに返答する。
「ただいま、ロム、キャサリン」
「戻りました。ロムさん、キャサリンさん」
「ロムさん、キャサリンさん、ただいま」
「お二人とも、お疲れ様です。ただいま戻りました」
アレン達の返答を受けて、ロムとキャサリンは優雅に微笑むとロムがアレン達に今夜の見回りについて聞いてみるのがいつもの流れである。
「今夜の見回りはいかがでしたか?」
いつもの流れでは、『問題なく終わった』というアレンの言葉で締めくくられるのだが、今夜は少し異なった。
「うん…少し気になることがあった」
アレンの言葉は歯切れが悪い。
「「気になることですか?」」
ロム、キャサリンはアレンの言葉に声を合わせる。
「ああ、誰かが俺達を見ていた」
「…ほう、アレン様達を見張る者がいると」
アレンの言葉にロムの声色が一段低くなる。
「気になるのは、俺達を探る者の気配が一切出所が掴めなかったことだ」
「アレン様達が気配を掴み損ねたと?」
ロムの声に密かな驚きが混ざる。アレン達の探知能力はずば抜けている。アレン達よりも探知能力が優れているのは、自分の妻キャサリンと娘のクレアぐらいだ。という事は見張っていた者の能力に対抗するのは容易なことではないだろう。
「ああ、ロムとキャサリン、そしてクレアさんぐらいの探知能力がなければ見つける事は出来ない相手だ」
アレンの言葉に自分が入っている事に少々驚いたが、せっかくの高評価なので、ロムは訂正しなかった。
「そこでだ。ロム、キャサリン」
「「はい」」
「俺は明日、そいつを始末しようと思う。おそらく俺達の弱点を探っているのだと思うから今夜一日では終わらないだろう。ロム、キャサリンはそいつを見つけて欲しい」
「承知しました」
「ではアレン様、明晩国営墓地で探索と言うことでよろしいですか?」
キャサリンの提案にアレンは首を横に振る。
「いやキャサリン、おそらく明日からは敷地内でも俺達を探るはずだから、昼間で片付くはずだ」
アレンの言葉にロム、キャサリンは首肯する。
「それでは、始末は明日と言うことでよろしいですね」
ロムは静かな声で言う。
「ああ、それから、明日からの見回りには駒を何体か持って行くことにする。確か40体ぐらいいるはずだから、10人一組でローテーションを組ませる」
アレンの言葉にその場にいる全員が頷く。
「ナーガ達は通常の警備でかまわないが、レミアから今回の件を伝えてもらいたい」
「わかったわ」
アレンの言葉をレミアは二つ返事で答える。
「俺とフィリシアが囮になるから、フィアーネとレミアはキャサリンが相手を見つけたらそいつを連れてくるか、始末してくれ。その辺の判断はフィアーネ、レミアがしてほしい。正直な話、連れてきても最終的には始末するから結果は一緒だから悩まなくていいぞ」
フィアーネとレミアは頷く。
「でも、アレンさん、私とアレンさんで囮と言いましたが何するんです?」
フィリシアがアレンに聞いてくる。
「え~と…、庭先で…一緒にお茶を飲んだり…楽しそうにおしゃべりする…かな」
アレンの言葉にフィリシアは嬉しそうに微笑み、対照的にフィアーネとレミアが「ずるい」という表情を浮かべる。
「えへへ~明日が楽しみです♪」
「ええ~!!フィリシアばっかりずるい!!アレン終わったら私もアレンとイチャイチャするからね」
「さっさと、始末してアレンと…えへへ」
三人はそれぞれの反応を示す。だが、反発はしない。アレンの考えがわかっているからだ。相手は気配を察知させないほどの手練れ、ということはかなり変則的な相手と考える事が出来る。
フィリシアの得意とするのは剣術だ。その辺の相手なら遅れを取ることはまずあり得ないが、今回の相手は手練れだ。思わぬ不覚を取る可能性がある。ちなみにここでいう不覚とはフィリシアが破れるということではない。全力で逃げ出した時に取り逃がす可能性があるということである。
フィリシアは追跡において、フィアーネとレミアに一歩譲るのだ。
その事をわかっている以上、フィアーネ達もそれほど強く反対しないのだった。
「と、とにかく、ロム、キャサリンは相手を探知してもらフィアーネとレミアが捕縛か殲滅するという流れで頼む」
アレンが頬をわずかに赤くして言う。
魔族とのリターンマッチが始まったのだ。




