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帝国

 ちょっと時間が戻ります。

 人間にとって未開の大陸であるガーンスヴァルク大陸には、魔族の国がある。その名はヴェルゼイン帝国という。ガーンスヴァルク大陸にある国家はベルゼイン帝国だけである。他の国は、みなベルゼイン帝国に滅ぼされたのだ。


 ガーンスヴァルク大陸を統一したベルゼイン帝国はもともと、大陸の中央にあった小国であったのだが、イルゼム=コーツ=ヴェルゼイルが即位すると、瞬く間に周囲の国家を滅ぼし、大陸有数の強国に発展した。その後は、まるで作業のように他国を滅ぼしていき大陸を統一した。

 イルゼムが即位して60年程度で大陸中央にあった小国だったベルゼイン公国(・・)は、半途が広がると名を王国と改め、大陸を統一した時に帝国とし、イルゼムはベルゼイン帝国初代皇帝に即位したのだ。


 小国であったベルゼイン帝国が瞬く間に大陸の覇者となったのは、瘴気をエネルギーとする技術を確立したことが大きかった。

 元々、魔族は魔力が人間に比べ遥かに多かったため、そのエネルギーには魔力を使用していたのだが、ベルゼイン帝国というよりもイルゼムはアンデッドを生み出す瘴気に早い段階で目を付け有効利用するために新技術の開発に巨額の資金を投じた。


 結果、新技術の確立により周囲の国を圧倒することになったのだ。



 そんな建国の英雄であり、ベルゼイン帝国の精神的支柱である皇帝イルゼムには三人の皇子がいる。第一皇子エルグド、第二皇子アシュレイ、第三皇子トルトの三人である。この三人は兄弟ではあったが、次代の皇帝の座を争うライバルであった。


 三人はそれぞれ自身の派閥を形成し、互いに争った。血で血を洗うような暗闘がくり返されいくつもの悲劇がおこったのだが、三陣営とも止めるつもりはさらさらなかった。こういうときには、皇帝イルゼムが指導力を発揮して止めさせる必要があったのだが、皇帝イルゼムは不思議なことに動こうとはしなかった。


 イルゼムが動かないことを良いことに三陣営はさらに暗闘を激しくさせていった。


 そこに、イルゼムの後継者指名の条件が発表される。その条件とはベルゼイン帝国の重要なエネルギー源である瘴気を最も集めた者に帝位を譲るというものであった。あまりの条件に廷臣が異議を申し立てた瞬間、イルゼムの人差し指から放たれた魔力の塊により顔面を打ち抜かれて絶命すると、廷臣達は口をつぐんだ。


「エルグド、アシュレイ、トルトよ…」


 イルゼムの冷たい声が三人の皇子達に降り注ぐ。


「「「はっ!!」」」


 三人の皇子達はイルゼムの言葉を黙って聞いている。背中には冷たい汗が滝のように流れている。この時、思い知ったのだ。目の前にいる男は一代でベルゼイン帝国を建国した傑物中の傑物であることを…


「先程、言ったとおり、余の後継者の条件は先程述べたとおりだ。もし異存があるならば申出よ」


 イルゼムの言葉にはたとえ我が子であろうと殺す事をためらう事は無いことが如実に表れている。


「「「ございません!!」」」


 三人の皇子は日頃の仲の悪さはどこに?といわんばかりの揃ったものであった。


「ふむ…、皇子達よ。あまり調子にのるでないぞ? それとも帝国のためにならんものを生かしておくと思うほどお前達は甘い思考を持つ者共か?」


 イルゼムの言葉は、三人の暗闘について釘を刺したのは明らかだったからだ。


「「「そのようなことはございません」」」


 またも声が揃う。


「そうか…それならば良い。さて…」


 イルゼムは廷臣達に視線を移す。視線を受けた廷臣達はみな凍り付く。


「貴様らもだ。帝国のためにならぬのなら生かしておく理由もないの…」


 廷臣達はイルゼムの言葉に一斉に跪き慈悲を乞う。イルゼムはさらに続ける。


「ふむ…見せしめのために2,3家を潰すか…」


 イルゼムはそう言うと、指先から魔力の塊を放つ。廷臣達は頭を下げているため、イルゼムの言葉しか聞こえない。だが、恐ろしすぎて頭を上げることはできない。


 ドシュ…ドシュ…ドシュ…


 何かが突き刺さるような音が聞こえ、倒れ込む音が廷臣達の耳に入る。しばらくして床を見つめる廷臣達の何人かの視界に血が入る。床に血が流された事がわかると廷臣達の恐怖は最高潮に達する。誰が殺されたのかはわからない。だが、廷臣達はひたすら自分が助かったことを感謝していた。


「今、処刑した者の一族郎党は例外なく殺せ。もし一人でも生き残っておれば、また2,3家潰す事とする」


 イルゼムはそう言うと、玉座から立ち上がり謁見の間から立ち去った。



 玉座からイルゼムが立ち去った後も、皇子達や廷臣達は恐怖のあまり動くことが出来なかった。

 イルゼムが立ち去ってかなりの時間が過ぎたとき、やっと一人の廷臣が顔を上げ、周囲の者達に声をかける。


「お、恐ろしい…。陛下があそこまでいかられるとは…」

「ここ十数年、陛下は我々に仕事を任せ、人前に出なかった…。我らの気の緩みが陛下の逆鱗に触れたのだろう…」

「我らの中に知らず知らずのうちに陛下を侮る気持が芽生えていたのか…」

「バカな…陛下を軽んじる気持ちなど持つわけがあるまい!!」

「いや、皇子達の争いを諫めるどころか派閥に入り、争いに参加した事は陛下からすればベルゼイン帝国の力を弱める行為だ。陛下がベルゼイン帝国の繁栄をなによりも優先する事を知っているはずの我らが、弱める行動をとるということは結果的に陛下を軽んじていると陛下が受け取られても不思議ではない」


 廷臣達の言葉を聞きながら、三人の皇子達も呆然としていた。



-------------------


 イルゼムは、玉座の間を退出するとまっすぐに自室に向かう。


「お父様、お帰りなさいませ」


 自室に入ったイルゼムを迎えたのは、一人の美しい少女である。黒い髪を腰まで伸ばし、黒い瞳はまるで黒曜石のような輝きだ。白磁の肌に顔を構成するパーツが絶妙のバランスで配置されている。一目で心奪われる者は決して異性だけでは無いだろう。また、体つきも少女らしさと妖艶な美女のものが同居しているような不自然さがより一層、美しさを演出していた。年齢は17,8歳に見える。ただ、魔族は寿命が人間よりも長いために見かけ通りの年齢とは限らない。

 

「ふむ、アルティ、あのクズ共に釘を刺しておいたぞ」


 イルゼムの言葉には先程の皇子、廷臣達への冷たい声をうかがわせることは出来ないほどの暖かさがあった。


「ふふ、お父様、そのような事をおっしゃられればお兄様達がかわいそですわ」


 アルティと呼ばれた少女のフルネームはアルティリーゼ=クレリア=ヴェルゼイル、イルゼムの娘であり、ベルゼインの皇女である。


「ふん、あのような愚鈍な者共など、クズ以外になんと表現すればよいのだ?」


 イルゼムの言葉は三人の皇子達に対する一切の情は感じられない。イルゼムの言葉を聞き、アルティリーゼは苦笑する。


「まぁ、あのような愚鈍な者であっても使い方次第で有益な駒とすることができるか…」

「はい、お父様の言うとおりですわね。お兄様方がいかに無能とはいえ、少しは役に立っていただかないと」

「アルティよ…やはり儂に一番似ているのはお前だな」


 イルゼムの心の中では後継者はアルティリーゼであった。アルティリーゼの魔力は父親に匹敵するほど高く、上回る者などガーンスヴァルク大陸にもほとんど存在しない。だが、それ以上にイルゼムが後継者に選んだ理由は、その冷徹さであった。目的のためにどのような犠牲であっても躊躇しない、非道な事を躊躇わず行える思考回路をイルゼムは最も高く評価していたのだ。


「ふふ、お父様の娘ですもの。似て当然ですわ」


 アルティリーゼは艶やかに嗤う。


「とりあえず表面上はあの三人の争いはなりを潜めるであろうよ」

「はい」

「だが、それも2~3年といったところだろう」

「はい」

「アルティよ、この期間に兄たちを上回って見せよ」

「はい」


 優雅に一礼すると、アルティリーゼは皇帝の私室を退出する。アルティリーゼが退出するとイルゼムは独りごちた。


「…さて、これでベルゼイン帝国はさらに発展するのう」


 イルゼムの言葉には愉悦が混ざっている。


-----------------------


 イルゼムの怒りに触れた三人の皇子は、暗闘を控え、互いに邪魔をすることはなくなった。だからといって和解したわけでも、自分が帝位を諦めたわけでもない。ただ、イルゼムの怒りに触れないように、他陣営への攻撃をなくしただけである。


 三人の皇子達はライバル陣営の力を削ぐのではなく、帝位を継ぐ条件の瘴気集めに奔走することになった。


 ガーンスヴァルク大陸を飛び出し、瘴気集めに魔族達が動き出したのだ。


 魔族がローエンシア王国の国営墓地に目を付けるようになったのは、この出来事から2年後のことである。 

 読んでくれてありがとうございます

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