戦姫Ⅱ④
一夜明けて、ギリアド一行はエルケ村に向かって出発した。
先頭はシアとジェド、次いで馬車にギリアド、ホフリ、コルムが乗り、レバンド、アージス、ベークが左右と後ろに続く。
昨日と一緒で平穏な旅である。
ガタゴト…ガタゴト…
馬が荷台を引く音に、それぞれ近場の者と喋る会話だけが周囲に響いている。
(そろそろ…だな…)
ギリアドが森の中をしばらく進んだところで、そろそろ決行の場所である事を察し、ホフリ、コルムに目配せをする。ホフリ、コルムはその視線を察すると、レバンド、アージス、ベークにも同様に視線を移す。
森の中の道を移動していると、20人程の盗賊風の男達にギリアド一行は囲まれる。もちろんギリアドの部下達だ。
「シア、下がって…」
「でも、ジェド…この数…」
シアとジェドは警戒した声を出す。通常、このような場合は盗賊の頭とこちらの雇い主であるギリアドが交渉を行うのだ。だが、今回はジェドはいきなり剣を抜き放っている。
これは、通常の護衛ではありえない事だった。できるだけ、戦闘を避けるのが冒険者としての有り様だ。だが、ジェドは迷いなく剣を抜いたことに、ギリアド達の嘲りは強くなる。
(ガキが浮つきやがって…)
ジェドの行動にギリアド達は経験の無さを見た気がしてならない。もはや、嗤いをこらえるのに精一杯である。このあと、20人の部下達に捕らえられこの二人は地獄を味わった結果、取引の道具になるのだ。バカなガキだとギリアド達は嫌らしい嗤いを顔に浮かべる。
「ジェド君、待ちなさい!!剣を収めて!!」
ホフリがジェドに厳しい言葉で戦闘を避けさせようと声をかけた。
「は、はい…」
ホフリの声を受けて、ジェドは剣を鞘に戻す。
「お前達の頭領と交渉したい!!」
ギリアドが声を張り上げ、盗賊達と交渉に入ろうとする。当然、茶番なのだが、この茶番が必要である事をギリアドも盗賊に扮した部下達も十分にわかっている。
「…おい、あれ…」
「誰だ?」
「おい、8人のはずだろ?」
ところが、盗賊に扮した部下達は呆然としている。部下達の視線はギリアドやホフリ、コルムを通り越し、レバンド、アージス、ベークも通り超した後ろに注がれている。
部下達の不可解な行動にホフリが、後ろを振り向く。
「ボス…あれ」
ホフリの呆然とした声がギリアドの耳に入る。ギリアドが振り返ると、そこにはいるはずのない人物達がいたのだ。
そこにいた人物は4人だった。もちろん、その4人はアレン、フィアーネ、レミア、フィリシアである。
呆然としているギリアド達を完全に無視し、レミアがシアとジェドに声をかける。
「シア、ジェド、お疲れ様♪」
レミアの声は本当に朗らかで、この場に相応しくない声色であるのは間違いない。
「ああ、後ろからこいつら襲ってくると思ってたんだが、茶番から入ってきたな」
ジェドは呆れた声色でギリアド達を嘲笑う。
「だめよ、ジェドこの人達は自分達が罠に嵌めたつもりでいたんだから、そこは言わないであげないと…」
シアも可哀想な者を見る目でギリアドを見ている。
「な…何を言ってるんだ…まるでこいつらと私達がグルみたいな言い方じゃないか」
ギリアドが上ずった声でシアとジェドに言う。
「はは、おっさん、とっくにバレてんだよ。お前らが俺とシアをさらって取引の道具にしようとしてた事はな」
「な…なぜ…」
「ジェド…見抜いたのはアレン達よ」
「シア、これぐらい言ってもいいだろ」
シアとジェドの会話がギリアドの神経を逆撫でする。自分よりもはるかに年下で、経験も少ない子どもが計画を事前に察知したというのか!!
「まぁ、とりあえず尋問は後回しにしようか…」
ギリアドの背後から冷たい少年の声が響く。
「ま、待て!!俺達はこの盗賊と何の関係もないぞ!!」
ギリアドの声が震えているのは、怒りのためか恐怖のためかアレンには判断がつかない。
「『それに、俺達が失敗することはないが、引き渡した後の取引が失敗したときには俺達まで手が伸びる危険性があるだろうが、俺達はあくまで被害者の立場でなけりゃならんだろうが』だったけ?」
アレンの言葉にギリアド達は凍り付く。
「ついでに、そっちのお前は『いや、あのジェドとか言う小僧の前で犯してやったら、そのガキ共、泣き叫びそうだと思いましてね』とか言ってたな。ゲスの考えは本当に似たり寄ったりだな」
アレンがレバンドを指さし、昨日の自分の発言を突きつけられる。
「な…なぜ、お前らが知ってる?」
レバンドは動揺し、つい認めてしまった。
「ああ、フィリシアは読唇術が使えてね。お前らの会話を読み取ったわけだ。シアとジェドが席を外せばゲスい本性を掴めると思って、離れてもらったが、あっさりと晒したから逆に不安になったぞ」
アレンの言葉は容赦なくレバンド達の心を抉る。見下していたシアやジェドに招待を見破られていただけでなくそれに気付かなかった自分達の迂闊さを見下されている事にギリアド達は屈辱で目も眩むようだった。
「いつからだ?」
ギリアドがアレンに聞く。
「何が?」
アレンがとぼけた感じで聞き返す。意味がわかっているのにわざと聞き返すアレンのやり方に婚約者達は苦笑する。
「いつから、俺達を疑ってた!!!」
ギリアドもそのアレンの意図を気づいたのだろう。憎々しげに叫んだ。
「ああ、最初からだよ」
アレンの返答にギリアドは『?』という顔をする。
「ジェドが護衛の仕事の準備の日に俺達に会いに来たんだよ。そこで、俺達に今回の仕事の事を言ったんだ。それで怪しいと思ったのさ」
「そのガキが俺達を怪しいと言ったのか?」
「いや、ジェドは会話の中で『護衛は俺達だけらしい。他は全て断ったらしい。他は報酬で折り合いがつかなかった』って言ったんだよ」
「それで…どうして…」
「はぁ? 普通ここで気付くだろ。必要経費を出すような太っ腹な雇い主がなんで護衛の報酬を惜しむんだよ。何で他の護衛を断ってまでシアとジェドを雇うんだよ? 確かにこの二人の実力は『ゴールド』か『プラチナ』クラスの実力はあるさ。だが、対外的には『シルバー』に過ぎない。シルバー二人だけで護衛を任せるか? 当然、良からぬ事を考えていると思う方が自然だろう? それにジェドは報酬の面でも言ってたぞ。『適正価格だった』ってな。報酬の折り合いが悪かったというのなら、通常よりも大きく安い価格を提示しなけりゃ雇わないだろ」
アレンの言葉にギリアドは苦し紛れに反論する。
「他の奴らが報酬をつり上げたんだ。だからだ」
ギリアドの反論をアレンは鼻で嗤う。
「へぇ~みな例外なく報酬をつりあげたんだ? 必要経費を持ってくれるような太っ腹な雇い主にさらにふっかけたんだ。シアとジェド以外誰一人として適正価格を示さなかったんだ。そんなわけないだろ!!もっとマシな嘘をつけよ。長く生きてるだけで頭使ってないからその程度の嘘しか考えつかんのだ」
アレンの言葉はギリアド達の心を抉りに抉る。
「それからな、お前達のしたり顔を見て、嗤いをこらえるのに苦労したぞ? シアやジェドも嗤い堪えるの必死だったと思うぞ。お前らが得意気な顔をすればするほど、ひたすら滑稽だったぞ」
アレンの言葉にベークが激高し、剣を抜いてアレンに斬りかかる。
「調子に乗るなクソガキがぁぁぁぁぁ!!!!!!」
ベークを迎え撃ったのはアレンではなくフィアーネだった。ベークが剣をふりあげた右腕にフィアーネの拳がめり込む。十分に手加減したがベークの右腕はへし折れた。ベークのへし折れた右腕は肘と手首のちょうど中間位置でへし折れており、誰の目から見ても骨が砕かれたことがわかる。
ベークは叫び声を上げようとしたが、フィアーネの拳が凄まじい速度で放たれ、ベークの顎を打ち砕いた。血と歯を撒き散らしながらベークは3メートルほどの距離をとび地面に叩きつけられる。
あまりのフィアーネの戦闘力にギリアド達が恐怖の表情を浮かべる。
その様子を見て、アレン達は呆れるしかない。あれほど手加減したフィアーネの技を見て恐怖するとは、この程度の実力でこちらにケンカを売ってきたのだろうか?
「さて、これ以上、話をするつもりはそちらにはないようだな。それでは痛い目に遭ってもらおうか。ああ、抵抗するなとは言わんぞ。せいぜい足掻いて見せろ。後で尋問するから命だけは助けてやるが、お前らが想定以上に弱ければ死ぬがな」
アレンの言葉によって戦闘は開始された。
いや、蹂躙が開始されたのである。
会話文が長かったですかね。予定では、盗賊一味はこの回で壊滅しているはずなんですが…。




