魔剣Ⅲ⑤
「さて…」
アレンは落ちている魔剣を拾い上げた。
【殺せ…殺せ…】
アレンが魔剣を手に取った瞬間に流れ込んでくる不快な声が頭に流れ込んできた。
「…」
アレンは無言で魔剣を見つめると、『ふん!!』と気合いを入れる。すると、不快な声は聞こえなくなった。
アレンが力ずくで魔剣の意思をねじ伏せたのだ。アインベルク家の必須能力に洗脳、憑依への対策がある。アンデッドの中には憑依して人を操るモノがいるため、必須なのだ。魔剣がアレンを洗脳、憑依しようとしても、アレンは対処できる以上、まずアレンを乗っ取るのは不可能だった。
「おい、ナマクラ…」
アレンの声からは氷点下の冷たさが感じられる。魔剣ヴェルシスはその声に身震いする思いだ。
【は…はい!!主様ご用でしょうか!!】
アレンの不機嫌な声は魔剣ヴェルシスにとって何よりも恐ろしい。
「魔剣はどうしたら死ぬ?」
アレンの言葉には一切の慈悲はない。言語外に『庇うならお前も殺す』という脅しを魔剣ヴェルシスは感じた。そのような殺気を向けられて、逆らうほど魔剣ヴェルシスは愚かではなかった。
【は、鍔元にあるその宝珠を破壊すればその魔剣は死にます!!】
魔剣ヴェルシスは怯えた声で魔剣の殺し方をアレンに伝える。魔剣ヴェルシスからもたらされた情報は魔剣にとって生命線ともいえるものだ。そのことをあっさりとバラされ魔剣から怒りの感情が伝わってくる。
「しかし、お前には宝珠がないだろう?」
アレンの声は魔剣ヴェルシスへの懐疑に満ちている。
【私の宝珠は埋め込まれていますので…】
魔剣ヴェルシスは完全に疑われている事を理解し、語尾は消え入りそうなほど小さくなっていった。
「そうか…まぁいい」
一方的に会話を打ち切り、アレンは魔剣に向かって冷たい声を向ける。
「さて、今からお前を木っ端微塵にしてこの騒ぎを終わらせる」
〈お、お待ちください!!〉
魔剣が先程までとは違った声色でアレンの脳内に話しかける。だが、アレンはまったく相手にすることなく、拳に魔力を集中させる。その気配を察して慌てて魔剣は命乞いを始める。
〈助けてください!!お願いします!!〉
魔剣の声は哀れみを誘うものではあったが、アレンは構わず鍔元にある宝珠に拳を放つ。
ガギィィィィン!!
宝珠の砕ける音が周囲に響き、同時にアレンの脳内に響いていた魔剣の声もしなくなる。どうやら魔剣ヴェルシスの言った事は確かだったらしい。物言わぬ剣となった魔剣はまだ瘴気を放っていたが、少なくとも意思を感じる事は無くなったため、ひとまずこれでこの騒ぎは終結したと見て良いだろう。
アレンはこの魔剣を使うつもりはさらさら無かったし、壊すのはもったいないとも思わなかった。禁忌の騎士を生み出すような魔剣をこの世に残せば、後の世に大きな禍根を残してしまうし、その凶刃の犠牲となるのは自分の大切な人かも知れないのだ。今回は使用されなかったが、周囲のものをまとめてアンデッド化させるような禁忌の騎士の能力はやはりあっては困るのだ。
魔剣を消滅させたところで、聖女一行のもとへ向かうことにしたアレンは歩き出す。
聖女一行の表情はみな一応に呆けている。生き残る事は絶望的だと思われていたが、生き残る事が出来た事への安堵の表情が半分、もう半分はアレンと禁忌の騎士の戦いの次元の違いに呆けていた。
「ア、アインベルク卿、お疲れ様でした」
護衛隊長のエンリケがアレンに声をかける。
「ありがとうございます。なんとか勝てましたよ」
アレンの声には興奮もなく落ち着いたものである。それが、エンリケにはアレンの底知れぬ実力を思わせる。あれほどの激闘を制すれば、普通、気分が高揚し興奮した声の調子になるのだが、アレンの声は落ち着き払っている。言い換えれば、禁忌の騎士の実力は、アレンにとって想定内だったということだ。強敵ではあるが、不覚をとるような相手ではないということだ。
「さて…聖女様、瘴気の浄化をお願いしたいのですが…」
アレンが、ファリアに浄化の依頼を行う。アレンにしてみれば聖女の浄化の実力は高いため、ファリアに任せた方が確実だと思ったのだ。アレンも一応、浄化は出来るが、苦手な部類だったのだ。また、ファリアが浄化を行う事で、ラゴル教団にも華を持たせるという意味合いがあった。
自分がほとんど今回の騒ぎを収めたと言うのは、あまりよろしくないとアレンは思っている。ファリアと前回の護衛騎士達がアレンに不利益を与えるという可能性は低いが、ラゴル教団の上層部はそうとは限らない。
そのために、ファリアには瘴気を浄化してもらい、今回の騒ぎの解決にはラゴル教団の助けがあったことを示してもらわなければならない。
『ラゴル教団の聖女が瘴気を浄化した』という事実をラゴル教団はうまく利用すればいい。多少の脚色をした所で、アレンとすれば想定内の事だった。
あとはローエンシア国内でのアレンの立場もあった。アレンはアディラとの婚約により、国内貴族からかなりの妬みを狩っているのは事実だ。ここで、禁忌の騎士を討伐したとなれば、国内貴族の中にアレンへの恐れが生まれる可能性があった。それを避けるためにもファリアにはぜひともがんばってもらいたかった。
「え? でも…」
ファリアはアレンの申出に疑問をもったようだ。アレンが最後の締めをこちらにやらせようという意図が読めなかったのである。
アレンはそれを察し、ファリアに恥ずかしそうに伝える。
「実は私は浄化が苦手なんです。出来ない事も無いのですが、今回集めた瘴気を浄化しようとすれば半日はかかります」
アレンの言葉は嘘ではない。今回の禁忌の騎士から集めた瘴気の量はアレンが浄化を行えばそれだけの時間を要するのだ。
「そういうことでしたら…」
ファリアは歩き出し、周囲に人がいないことを確認すると浄化の魔法陣を展開する。ファリアが魔法陣を展開すると闇姫達の集めた瘴気がファリアの頭上に集まる。闇姫達が集めた瘴気がなくなるとアレンは闇姫達を消滅させ、構成していた瘴気もファリアの魔法陣に吸収してもらった。
周囲の瘴気を集め終わったところで、光の柱が立ち上り、瘴気を完全に浄化した。
こうして、今回の騒ぎは完全に終わった。
あとは、ラゴル教団上層部への報告と|ローエンシア王国の最高権力者《厳しすぎる教師達》への報告という二つの難題がまっている。
ある意味、そちらの方がはるかに難しいので、アレンは小さくため息をつくのであった。
これで魔剣Ⅲは終了です。ちょっと尻すぼみになったかなという印象ですが、私の技量ではこれが精一杯だったのでご容赦を




