魔剣Ⅲ③
ラゴル教団は太陽神ラゴルを信仰する教団だ。その総本山たるエギレム山の麓の東部にナキュリア大森林地帯が広がっている。
アレンが転移魔術により転移した先は、ラゴル教団の転移塔の一室である。ラゴル教団周囲一帯には結界が展開されており、ラゴル教団への転移を行おうとしてこの結界に触れると転移塔に誘導されるようになっているのだ。
アレンが転移塔の一室に転移すると、すぐにラゴル教団所属の聖騎士達がアレンに近づく。決まった時間以外の転移は侵入者の可能性があるため、尋問しに来たのだろう。
アレンが聖女の支援に来ることは聞いていただろうが、『準備ができ次第』という曖昧な連絡しか入れてなかったため、仕方の無い対応だった。
「所属とここにきた目的は?」
10名程の聖騎士の中で、筋骨逞しい短髪の40前半と思われる聖騎士がアレンに尋問を始める。
「ローエンシア王国の国営墓地の墓守のアレンティス=アインベルク。目的は禁忌の騎士の討伐」
最小限度の返答をアレンは行う。話が通っていたのだろう。アレンが名乗ったことで、聖騎士達の雰囲気も幾分和らぐ。
「これは失礼を、アインベルク卿」
聖騎士の口調も随分と柔らかくなっている。
「いえ、お気になさらず。それよりも聖女様が抑えているという禁忌の騎士の討伐にさっそく向かいたいと思います」
アレンの言葉に聖騎士達は頷く。
「はい、馬を用意してあります」
聖騎士の一人が申し出るが、アレンはそれを謝辞する。
「大変有り難い心遣いなのですが、馬は自作できますので大丈夫です」
アレンの返答に聖騎士達は『?』という表情を一様に浮かべる。確かにアレンの自作という言葉は意味がわからないだろう。
「残念ですが、ここで見せるとラゴル教団の方々には大変ご不快になると思われますので、敷地外にて」
アレンの言葉に聖騎士達はアインベルク家はその職業柄、死霊術を使いこなす事からアンデッドを召喚するつもりだという事を察した。確かにラゴル教団の聖域であるこの場所において、死霊術を使うというのは配慮が欠ける行為だ。
「承知しました」
聖騎士達は一礼し、アレンの言葉を肯定する。
「それでは、敷地外まで案内してください」
アレンの言葉には余裕がなかった。そのため、本来であれば教団上層部に説明する事があるのだが、その時間すら惜しかったのだ。
「禁忌の騎士については、教団上層部に討伐が終わったら報告に上がると伝えてください。急がないと奴はどんどん強くなるので、説明が後回しにすることを謝罪しておいてください」
転移塔から逃げるように出たアレンは、案内の聖騎士にその旨を伝えると敷地外に出た。
「ありがとうござました。それではこれで」
アレンは瘴気を集める。拳大に凝縮された瘴気は膨張し、馬の形に変わる。
馬と言っても純粋な馬ではない。体躯は普通の馬とは変わりないが、頭には角が三本、尻尾は大人の腕の長さほどの蛇というものだった。闇姫、狂と同じく、アレンの動く彫刻で運と名付けてあった。
突如、出現した自分達の知識にない生物に当惑しつつ、聖騎士達はアレンの礼に一礼で返す。
アレンは、聖騎士達の一礼を受けると、運に跳び乗り、禁忌の騎士の元に向かった。
---------------------
ラゴル教団の聖女ファリアは、幾度目かの浄化を行う。
結界の中に閉じ込めた禁忌の騎士とその盗賊のアンデッド達は聖女の結界を破るために攻撃をくり返していたのだ。そのため、ファリアは結界が破られそうになると浄化の術式を展開して、禁忌の騎士一行に攻撃を仕掛けるのだ。
だが、禁忌の騎士は、まったく傷つかない。浄化されるのは周囲のアンデッドばかりだ。そのアンデッド達も浄化が決まれば、そのまま倒れ込み物言わぬ死体となるのだが、しばらくすると再び動き出し、結界に向かって攻撃を行うのだ。
どうやら、禁忌の騎士が瘴気を死体に注入し、アンデッド化しているらしい。大本を断たない限り、何度も同じ事をくり返すだけだった。
ファリアが現在使っている結界は、それほど特異なものではない。高位の神官であれば普通に扱えるものだ。しかし、その程度の結界で禁忌の騎士を封じ込めることは出来ないはずであった。いくらファリアの実力を持ってしても本来は禁忌の騎士抑えることは出来ない。
秘密は、ファリアの使っている聖杖『エフェルミア』である。エフェルミアは、それ自身も魔力を増幅させる事が出来るが、それ以上に魔力の受信装置という希少価値の高い能力を有している。
受信装置と言うことは発生装置があるのだが、その発生装置は、ラゴル教団の総本部の一室にある宝珠である。その宝珠には膨大な量の魔力が貯蔵されているのだ。ファリアはその貯蔵された魔力をエフェルミアで受信し、結界を形成していたのだ。ちなみに貯蔵されていた魔力量は、30年に渡り神官達が補充していったもので、その量は一般的な魔術師の有する魔力量の軽く5000人分を超える。
5000人分の魔力によって形成された結界は禁忌の騎士といえども容易に破る事はできなかったのだ。しかし、それでも魔力量は急激に減っていき、遠からず枯渇するのはわかりきっていた。
ファリアの護衛の聖騎士達は、顔色を失っている。禁忌の騎士の放つ禍々しい殺意に生物としての根源的な恐怖に必死に耐えているのだ。
護衛隊長のエンリケですら顔を青くしている。
始まりはエギレム山の麓の東部にナキュリア大森林地帯に奇妙な一団が現れた事だった。全員がアンデッドの集団、中心にいる立派な剣を持つ男の容貌は冒険者のもの、周囲のアンデッド達は一目で盗賊とわかるというチグハグな一団、報告を受けた聖騎士達が討伐に向かったが、逆に破れたのだ。
聖騎士達の実力は、決して低いものではない。いくらアンデッドとはいえ元は盗賊だ。本来では負けるはずはなかったが、生き残りの聖騎士の話では冒険者風のアンデッドが突然黒い靄に覆われたかと思うと、おぞましい騎士に変貌し、聖騎士達を蹂躙したのだ。殺したアンデッドの騎士に殺された聖騎士達は、他のアンデッド達に食われ見るも無惨な姿となった。
第二次討伐対がすぐさま編成されたが、犠牲を増やすだけで、アンデッドの集団を滅ぼすことは出来なかった。しかも、アンデッドの騎士は聖騎士達を殺す度に確実に強くなっていった。
【千里眼】の術をもつ術士が、アンデッドの騎士を見たときには、すでにアンデッドの騎士は禁忌の騎士と呼ばれる最高位のアンデッドとなっていたのである。ここで、ローエンシア王国に救援を求めると同時に、聖女ファリアに禁忌の騎士の浄化を命じたのだ。
だが、現段階において聖女ファリアの力を持ってしても現状維持、いや、破滅の先延ばしが精一杯だった。一時的に聖女の護衛隊は100人に膨れあがったが、これが1000人となっても聖女を守り切ることは出来ない事は明白だった。
ファリアの結界が破れた時が、自分達が死ぬときということを悟っていたのだ。だが、自分は護衛隊長として、聖女を守らねばならない。
「シド」
エンリケはファリアの幼馴染みにして、想い人のシド=ガルトールにファリアに聞こえないように結界が破れた場合の行動について命令する。
命令の内容は、至極単純だ。ファリアを連れて逃げろというものだった。確かに簡単な命令だった。感情を抜きにすればだが…。
だが、結果として、その命令は遂行されることはなかった。
聖女一行の前にアレンが現れたからだ。
「おお、アインベルク卿、御助勢かたじけない」
エンリケがアレンを見て開口一番に礼の言葉を言う。
「お久しぶりです。エンリケさん、早速ですが、聖女様に会わせていただけますか?」
「はい、こちらです」
エンリケの案内にファリアの元に通される。
「お久しぶりです。ファリア嬢、早速ですが禁忌の騎士を始末しますので、結界を解き、戦いに巻き込まれないように、あなたと護衛の騎士達を守る結界を張ってください」
あいさつもそこそこにアレンはファリアに要件を伝える。アレンの要望にファリアは迷う。
アレンの実力の高さは前回の件で十分にわかっている。だが、それでもこの禁忌の騎士と戦わせるのは迷うものがあったのだ。
「しかし…」
「大丈夫です。私はアインベルクの当代、アンデッド相手に遅れを取るような真似はしません」
アレンの声の調子には一切の気負いがない。ただ、事実を指摘するだけだ。そしてその淡々とした態度は、ファリアやその様子を見ていた聖騎士達に妙な安堵感を与えていた。
「わかりました。どちらにせよ、アインベルク卿に頼るしか我々には出来ませんので、せめて邪魔にならないようにしたいと思います」
ファリアはそういうと護衛部隊を覆う結界を張る。この結界は外からは入れないが、中からは出られるというタイプの結界だ。まして、聖杖『エフェルミア』による魔力を受信して展開したものだ。
結界の強固さに満足したアレンは、聖女の結界から出てすぐに、禁忌の騎士の結界を解くことを求める。
ファリアはアレンの指示通りにアレンが結界から出て、すぐに禁忌の騎士を閉じ込めた結界を解く。
これで、アレンと禁忌の騎士一行は同じ戦場に降り立ったと言うことになる。
「じゃあ、やるか」
アレンは短くそう言い、魔剣ヴェルシスを抜き放った。




