魔剣Ⅲ①
「あっちだ!!殺せ!!」
森の中を疾走する男の背後から自分を追う男達の声が聞こえる。男は舌打ちしつつ、追っ手から逃げ出す。
(くそっ!!数が多すぎる!!いくらなんでも20人は!!)
男の追っ手は20人ほどだ。相当な実力者であっても20対1では勝負が見えている。
男は必死に森の中を駆けながら、追っ手を撒こうと闇雲に走り続けている、だが、ここは追っ手にとって庭のようなものなのだろう。ここは大丈夫と思い一息つこうとしてもすぐにみつかってしまう。
(くそ!!こんな剣を手に入れてしまったから!!)
男は自分が命を狙われるきっかけとなった自分の右手にある剣を憎々しげに睨みつける。棄ててしまおうと何度も思ったし、実行しようとしたのだが、どうしても棄てることが出来なかった。
男がこの剣を手に入れたのは5日前の事だった。男は冒険者ギルドに所属する歴とした冒険者だ。ランクは『プラチナ』で、冒険者からは一流どころと認知されている。
この剣は男が魔獣を狩るために、森の中に入った時に見つけたものだった。前の持ち主の死体は魔獣か獣に食い散らかされており、わずかに遺体の一部が残っているぐらいだった。
男は落ちていた剣を何気なく拾った時に、この剣の美しさに魅了されてしまったのだ。まるで黒曜石を磨き上げたかのような黒く輝く剣、柄の飾りも美しく、見ただけで一級品とわかる。
それからだった。
気味の悪い声が聞こえ始めたのは…
その声は昼夜関係なく聞こえてくる。
『殺せ…殺せ…』
ただ、それだけを延々と聞かせられるのだ。この剣を拾った事から聞こえ始めた事からこの剣は呪われていると察し、男は剣を投げ捨てようとしたがどうしても出来なかったのだ。
手から離すときは、鞘に収めると手から離れるのだが、決して体から離すことは出来なかったのだ。
そんな剣とともに過ごせば、短期間で精神を衰弱するのも当然で、男は目を血走らせて森の中を歩き回った。
精神を病み、さまよい続けて5日目に盗賊団に出会ったのだ。相手はこちらに気付いていないようだった。数は20人強、普段なら逃げ出す戦力差だ。だが、精神を病んでいた男はフラフラと盗賊団の方に歩いて行く。
盗賊団が男に気付くと、まず男の剣に目が止まった。さすがに利に聡い盗賊達だ。一目で剣が値打ち物である事に見抜き、男から剣を取り上げようとした。
だが、男は逃げるどころか最初に手を伸ばした盗賊の右手を手首から切り落とした。明らかな敵対行為に盗賊達はいきり立ち、剣を抜いて男を殺すために襲いかかってきた。男はここで正気に戻り逃げ出した。
男は必死に逃げたが、盗賊達を撒くことが出来ずになかった。ジリジリと包囲された男は半狂乱になって剣を無茶苦茶に振り回す。その姿は、とても『プラチナ』の冒険者には見えない。
「くるな!!!くるな!!!!」
男の半狂乱になった姿は自分達に追い詰められたからと思った盗賊達は、ニヤニヤ嗤いながら男を包囲していく。
だが、盗賊達は気付くべきだったのだ。男が剣を振り回しているのは何かを切り捨てるための動きではなく、剣を手放そうとして足掻いている姿だということに…。
「やれ!!」
盗賊の頭領と思われる男の号令の元、半狂乱になり剣を振り回す男にボウガンの矢が降り注ぐ。放たれた矢は男の眉間、腹、肩、胸に突き刺さり、男は短い叫び声を上げて地面に倒れ込む。
「頭の狂った奴だったな」
盗賊の一人が小さく呟く。
「おい、あの剣を持ってこい」
「へい」
頭領に命令された盗賊の一人が死んだ男の手から剣を奪おうと近づいた。そして、盗賊は見たのだ。
男の目が動くのを…。
眉間に矢が刺さり死んだはずの男の目が動いたのだ。
「ヒッ!!…がぁ!!」
不用意に近づいた盗賊の腹に死んだはずの男の剣が吸い込まれる。盗賊は倒れ込み、痙攣を始めた。致命傷なのは明らかだった。男は倒れ込む盗賊の喉に剣を突き立て、とどめを刺す。
ビクンと震え、盗賊はそのまま動かなくなる。
「ハド!!てめぇ!!」
仲間がやられた事に怒り狂った盗賊のうち5人が男を八つ裂きにするために剣を構え突っ込んでいく。
男は先程と違い、逃げるような事はせず。剣を振るう。一人の盗賊を肩から切り裂き、絶命させると、もう一人の盗賊の腹を切り裂く。腹を切り裂かれた盗賊は、傷口から臓物を撒き散らしながら倒れる。
残りの三人が男に剣を突き立てる。
ドス!!
ドス!!
ドス!!
三本の剣が男を貫くが、男は何でも無いように、自分を刺した盗賊の一人の首を掻き切る。喉を切り裂かれた盗賊は、信じられないという顔を浮かべ倒れ込む。
そして、そのまま他の二人を男の剣が刺し貫いた。
「がぁ!!」
「ぎゃあ!!」
二人の盗賊が叫び声を上げて倒れ込む。
他の盗賊達は自分達が相手をしているのが、化け物、しかもアンデッドであることをこの段階で悟る。だが、悟るのが遅かった。
男に殺された盗賊達が立ち上がったのだ。驚愕に満ちた顔をする盗賊達に構うことなく、アンデッドとなった元仲間達が盗賊達に襲いかかる。
それはあまりにもおぞましい光景だった。血の気の抜けた肌の色は青白く、生命というものを感じさせない。目は焦点が合わず、右目は内側、左目は下を向いており、これまた生命というものを感じさせなかった。
立ち上がったアンデット達に盗賊達は顔を青くする。そして、アンデットと化した盗賊達はかつての仲間達に襲いかかる。
「ひっ!!」
「うわぁぁぁ!!」
「ひぃぃぃぃ!!来るなぁぁぁぁ!!!」
そこからは一方的だった。狩る者と狩られる者がはっきりわかれたこの戦いは、生き物がこの場からいなくなるまで続いた。
後には剣を持った男とアンデッドとなった盗賊達…いや、この場にいた者すべてがアンデッドとなっていた。
アンデッドの集団は、ノソノソと歩き出していった。
主人公出てきませんでしたね…。




