呪珠⑥
「すぐ終わるがな」
アレンの言葉に男とフィリシアはそれぞれ言葉を返す。発せられた言葉の意味は真逆だったが…。
「どこまでも儂を愚弄しおって!!!貴様如きが勝てると思っているのか!!!」
男の憎悪に満ちた声は、普通の反応だっただろう。自分と一流の呪術師の呪力を併せた自分の力は、いかにこの当代のアインベルクといえども容易に斃せるものでは無い。にも関わらず、この小僧は「すぐに終わる」などという安い挑発を行ったのだ。
到底、許すことは出来ない。
だが、フィリシアの発した言葉はアレンを窘める類のものである。
「アレンさん、何言ってるんですか? もう終わってるでしょう。言葉は正確に使うというのが、アレンさんのいつも言っている事ですよね」
フィリシアの声には『しょうがない方ですね』という感情が込められている。
「確かにすでに詰んでいるんだが、まだ終わったわけじゃないから、そっちを使ったんだが… 」
フィリシアに返答するアレンの声は珍しく歯切れが悪い。フィリシアの指摘が正しいことがわかっているからだろう。
「確かに、そういう言い方も出来ますが、この段階ではもう終わってるんですから…」
アレンもフィリシアもすでに男との殺し会いが終わったかのように話している。しかも、男はすでに破れているという表現だ。
「貴様ら、何をしたというのだ!!」
男はアレンとフィリシアの言葉に不快になりながらも、不安に満ちた声を上げる。この余裕ある態度はなにかしら必勝の策を自分に打ち込んだという自信の表れだろう。それが男にはわからなかったのだ。
(毒? いや、この体は瘴気だ、毒など無意味…。呪い? いや、儂とこの男の呪力なら、呪いなど簡単に跳ね返せるし、なにより儂が呪いのかけられ気付かないはずがない。 何らかの神聖術を打ち込まれた? いや、神聖術を打ち込まれれば、瘴気と対消滅するはずだが、それはない以上、神聖術の打ち込みではない…とすると)
「ハッタリだな!!くだらん、ハッタ…」
男の叫びは途中で止まる。
バァァァァァァン!!!!!
瘴気によって構成されていた男の怪物化した体から、二体の闇姫がすさまじい音を立てて出てきた。まるで寄生虫が宿主の体を食い破るかのような突然の登場に男は何も言えない。
いや、言えないのではない。体から出てきた闇姫の一体の手には呪珠が握られていたため、言うことが不可能だったのだ。呪珠はこの段階で男の核となっており、それを奪われた以上、瘴気は怪物の体を保つことが出来ない。せっかく男が集めた瘴気は何一つ活躍することなく塵となって消え去っていった。
呪珠を持つ闇姫はアレンに向かって呪珠を放り投げる。
放り投げた先にはアレンが剣を構えて待っている。呪珠はアレンの意図を悟った。声にならない叫びを意識の中でくり返す。
(ま、まさか、こんな、バカな!!!!!200年かけた儂の恨みが!!!)
アレンは剣を振るい呪珠を両断する。
呪珠は真っ二つとになり地面に落ちる。そこに闇姫の一体が拳を叩き込み、呪珠を粉々に打ち砕いた。
アレンもフィリシアも塵となった怪物の後に残った男に視線を移す。男はピクリとも動かないが、念には念を入れて闇姫の一体に瘴気の弾を放たせる。指先から放たれた弾丸は男の眉間にあたり、脳を貫いた。
「これで終わりですね」
フィリシアが闇姫が男に瘴気の弾を撃ち込むのを確認すると警戒を解き、アレンに尋ねる。
「ああ、さすがにこれで死なないというのはあり得ないさ」
アレンの返答に、フィリシアは笑顔をのぞかせる。その笑顔は安堵の表情に満ちている。
「それにしても、最後まで間抜けな方達でしたね」
「ああ、あいつらが召喚した死の隠者といい、死の聖騎士といい、あいつら自身といい。どこまでも間抜けだったな」
「召喚したアンデッドって召喚主に似るんですかね?」
「う~ん、どうなのかな」
「それにしても、あの怪物も華々しくアレンさんと戦いたかったでしょうね」
「そりゃ、そうだろうな。200年という時間は決して短くないからな」
アレンは呪珠の最後について、自分のやったことだが、ちょっと同情してしまう。
アレンが男を乗っ取った呪珠との会話をしていた目的は二つ。一つは、フィリシアが本体を探す時間を稼ぐため、もう一つは作成した闇姫二体を使って呪珠に乗っ取られた男を攻撃するためだ。
アレンは闇姫二体を地中で作成し、男に気付かれないようにゆっくりとアメーバーのような形にして地中を進ませていたのだ。闇姫は元々瘴気でありその形は一定ではない。アレンの使う彫刻は使い方次第によっては暗殺し放題という恐ろしい能力なのだ。
男の足下まで来たときに、闇姫の腕を形成し、男の足を握りつぶしたわけである。
その後は呪珠が周囲の瘴気を集める時に一緒に闇姫を吸収させることで、怪物の中に闇姫という爆弾を仕込んだというわけだ。
体を纏う瘴気の中に、闇姫が入っていることを知らずにペラペラと喋る呪珠は本当に間抜けだった。
思えば自分から『本体は呪珠です』という告白がなければ、アレンは闇姫を最初から体を食い破らせるような事はしなかった。
アレンは戦いの最終段階で、闇姫達を使うつもりだったのだが、いきなり本体の暴露をしてくれたので、本体の位置に闇姫を移動させ呪珠の位置を掌握したというわけだった。
「そういえば、この呪術師達の名前は何なんでしょうね?」
「さぁ?」
フィリシアの問いに今更ながらアレンは男の名前も、呪珠に込められた魂の名前も知らないことに気付いた。
「報告上、困るんじゃないですか?」
フィリシアの問いにアレンは顔を青くする。
(そうだった…、国王陛下、宰相閣下、軍務卿閣下にそんな報告書を上げて指導が入らないわけがないじゃないか…)
「フィ…フィリシア…」
すがるようなアレンの言葉にフィリシアははっきりと言う。
「駄目ですよ」
フィリシアの言葉にアレンは項垂れる。この事を報告しないようにしようと思ったのだが、フィリシアは一言でアレンの意思を否定したのだ。
「第一、報告しないで、それがバレたときの方がはるかに厳しい指導が入ります」
フィリシアの言葉は完全な正論だ。
「大丈夫です。私も一緒に考えますから♪」
フィリシアの浮かべた笑顔は本当に綺麗だった。ここで、もし、否定すればフィリシアの笑顔が曇ることだろう。それだけはアレンはしたくなかった。
「わかった。帰ったら報告書作成を手伝ってくれ」
「はい♪」
アレンの言葉にフィリシアはさらに嬉しそうな笑顔を浮かべる。
正直、指導のことを考えればきついものがあるが、フィリシアが素晴らしい笑顔を見せてくれるから収支上はプラスと見て良いかな。
そんなことをアレンは思ったのだった。
とりあえず呪珠編はこれで終わりです。派手な活劇を期待していた方は、あっさりと終わらせて済みません。
でも『この主人公達なら普通の事にやるよね』と思いつくまま、書いてしまいました。
厳しいツッコミはなしの方向でお願いします。




