呪珠④
「貴様らがアインベルクか?」
男が、現れたアレンとフィリシアに敵意のこもった目を向ける。だが、アレンとフィリシアはまったく気にしていないように見える。
「で?お前はなんだ?」
アレンはまったく行為のこもっていない声で男に問う。
「私はお前にアインベルクかと聞いたのだが、お前は頭が悪いのか?」
男はアレンに嘲りの表情を浮かべ挑発を行う。アレンは安い挑発だと思ったが、言われっぱなしは嫌なので、きっちり挑発し返しておくことにする。
「頭が悪いのはお前だ。俺がアインベルクであることは当たり前すぎるだろ。いちいち面倒をはぶいてあげた俺の気遣いがわからない残念な頭をしているのだな」
男はアレンの返答にかなり気分を害したようだ。そこにアレンは立て続けに言葉を発する。
「で、お前は一体何なんだ? まぁ、この国営墓地に入り込む奴の目的はろくでもない内容なのはわかっているんだが、お前のは、一体どんなろくでもない目的だ? 一応言っておくが、お前のような奴の目的ははっきり言って大したもので無いのが相場だ。高潔な内容と思っているのはお前だけだ。自分一人悦に入ってよがっているむさい男を見るのは、苦痛なんだぞ」
ほとんど息継ぎ無しでの挑発に男は怒りの表情を浮かべる。だが、怒りの度合いが強いからだろうか言葉を発することが出来ない。
「ほら、呆けてないで、早くお前だけが素晴らしいと信じている無意味な目的を言えよ」
「き…貴様…」
アレンは挑発しながらも目線を動かし周囲の状況を確認する。フィリシアも同様だ。アレンとフィリシアが探しているのは、人間以外の気配の持ち主だ。もちろんアンデットでないのはわかっているため、それ以外だ。
(どこだ?)
(いない…気配は確かにあるのに…)
アレンとフィリシアは男以外の気配を察しており、遠距離から確認したのだが、見つける事が出来なかったために、男の前に姿を現したというわけだった。虎穴に入らずんば…というやつである。
「やれ!!!」
男の命令に従い2体の死の聖騎士がアレンとフィリシアに凄まじい殺気を放ちながら突っ込んでくる。
アレンはフィリシアをかばうように全面に出ると剣を抜いた。死の聖騎士は、アレンに横薙ぎの一閃を放つ。大木ですら一太刀で両断できそうな斬撃だったが、アレンはまともに受け止めるような真似はせず、下からの切り上げにより死の聖騎士の剣を逸らすと、そのまま死の聖騎士の右腕を切断する。
死の聖騎士の右腕は、剣を振った勢いそのままに飛んでいく。その途中で塵となって消えていく。アレンは右腕を斬り飛ばした死の聖騎士の懐に入り込むと同時に胸剣を突き立てる。核を貫かれた死の聖騎士は切り落とされた右腕を再生する時間すら与えられずに塵となって消滅する。
もう一体の死の聖騎士も腕を振り上げた瞬間に、アレンの突きが胸に突き刺さり、ピンポイントで核を貫かれ消滅する。
死の聖騎士をあっさりと消滅させ、ジロリとアレンは男を睨みつける。反射的に男はビクリと体を震わせる。アレンが死の聖騎士をまったく苦にすることなく消滅させたことに戦慄したのだ。
「バ…バカな…死の聖騎士をあんなにあっさりと…」
男の口から漏れ出た言葉は、明らかにアレンへの恐怖を表現したものだ。死の聖騎士は、まだ一体残っているが、2体の死の聖騎士があっさりとやられたのだから、一体で何が出来るというのだろうか。
「ま…待ってくれ!!」
男は慌てたように叫ぶ。
「なんだ?」
アレンの返答はそっけない。だが、アレンもフィリシアも決して油断しない。この段階で相手が会話を求める時は、追い詰められているときだ。ということは、時間を稼いで、逆転の一手を打つということだ。この段階で油断するのはアホのすることだ。
「こ…降参する!! い…命だ…」
男の言葉が突然止まりガタガタと震えている。いや震えていると言うよりも痙攣を始めた。男の痙攣は治まるどころか逆に激しくなっていく。
アレンもフィリシアも男の痙攣をじっと眺め動かない。何かしらの罠の可能性がある以上、助けに行くという選択肢をアレンもフィリシアもそもそも持っていない。
「アレンさん…」
「ああ、どうやら人間以外の気配の理由はあれらしいな」
アレンはデスナイトを駆除した闇姫達を自分達の元に呼び寄せ、事態の推移に備えることにした。男のいきなりの痙攣の理由に心当たりがあったのだ。
あの男は今、何者かに乗っ取られようとしていて抵抗しているのだ。あの男自身もかなりの魔術師いや呪術師と呼んだ方が良いのかも知れないが、ひとかどの術士なのだろうが、乗っ取りをかけている存在はそれよりも強いらしい。
「どうします? 今のうちに切り伏せましょうか?」
フィリシアがかなり物騒な事をいう。フィリシアは優しい心を持った少女であるが、敵に容赦をするような少女ではない。優しさと甘さをきちんと区別しているのだ。この区別をきちんとしてなければ、自分だけでなく大切な人も傷つける事をフィリシアは知っているのだ。そして、アレンもまたその区別をきちんとつけている。
アレンと婚約者達の敵に対する態度は共通しており、一切容赦などという甘さはないのだ。
「いや、この段階であの男を殺しても乗っ取られるだけだ。あの男に勝ち目はないが、少しでも乗っ取りに抵抗してもらえればそれだけ消耗させることが出来るかも知れないから、ほっとこう」
アレンの言葉から、男に対する一切の情を感じる事は出来ない。
アレンとフィリシアの見ている前で男の痙攣は更に激しくなっていく。だが、その痙攣はピタッと止まり、男は、嫌らしく嗤う。
その笑顔は見るもの全てを不快にする笑顔だ。どうしらこのような醜い嗤い顔を作れるのか、アレンは本気で聞いてみたくなった。
「ふん、さっさと明け渡せばよいものを、手こずらせおって」
男の言葉から、アレンとフィリシアは乗っ取りが終わった事を知る。問題は乗っ取ったこいつの技量がどれほどかということだ。
「アインベルクよ!!積年の恨み今こそ晴らしてくれる!!」
男がアレンに告げた言葉から、アレンは大体の事情を把握する。かつてアインベルク家の者と争い敗れた者が雪辱を晴らしに来たというわけだ。アレンはこの事がわかって失望する。
「アレンさん、知り合いですか?」
「いや、おそらく俺個人じゃなくて、アインベルク家の関係者にやられたんだと思う。父上かな?」
「え?じゃあ、アレンさん本人じゃなく他の人にやられた恨みをアレンさんにぶつけてるんですか?」
「ああ、おそらく父上との実力差が激しくてまったく相手にならなかったんだろう。おそらくズタボロにやられたはずだ。本人にはとても怖くて復讐できないから、俺なら復讐できると思って来たんだろう」
「なんというか…小さい方ですね」
「そういうなフィリシア、あれでも頑張ってるんだよ。自分がやっていることがいかに筋違いという事を理解した上でやってるんだ。もしここで自分のやってきた事が無駄だったなんて言ったらいくらなんでも惨めすぎるだろ」
「それは…そうですね…」
アレンとフィリシアの会話は当然、男を乗っ取った者の耳に入っている。しかも、フィリシアは残念なものを見る目で男に視線を向けている。
これには男のプライドはいたく傷つけられたようだった。
「貴様ら、この私を舐めるなよ!!!」
男 (正確には乗っ取った存在)が喚き始めた。この体を奪い取る恐怖の存在のはずの自分が、二人から見るととるに足りない存在と見られ、しかも憎きアインベルク家の者に『同情』される事ほど自分が惨めになる事はなかった。
「ああ、すまんすまん、いくらなんでも同情なんてしちゃ駄目だよな」
「アレンさん…態度に出てますよ。いくら、あの方に自己客観視の能力が最底辺だといっても、それじゃあ傷つきますよ」
「え?態度に出てたの…。済まない表面上に出さないように頑張ろうとしていたんだが駄目だったか」
フィリシアの指摘に、アレンはわざとらしく恐縮してみせ、まったく誠意のない謝罪を行う。
しかも所々に、『面倒くせぇ~』という雰囲気が男にも伝わり、それがさらに怒りを倍増させている。
「貴様ら!!!!!どこまでも私を虚仮にしおって!!!!!!!」
男の怒りの声に、アレンとフィリシアはさらに話を続ける。
「なんだか、あいつ怒ってるな?」
「よくわからない方ですね。情緒不安定であんまり関わり合いになりたくない人です」
アレンとフィリシアは男を侮辱する。もちろん、侮辱するのには目的がある。男の意識をこちらに向ける必要があったのだ。
(フィリシアは周囲を警戒しておいてくれ、本体を探して欲しい)
(はい、わかりました)
アレンとフィリシアは視線を交わすと互いに意思の疎通を行う。
「貴様らにこの儂の力を…なっ!!」
男は言葉を途中で止め驚愕の声をもらす。その理由は地中から男の右足首を掴んだ手を確認したからだ。男の右足首を掴んだ手はそのままおとこの右足首を握りつぶす。
ギョギィッ!!
異常な音を発して、男の右足首は見事にへし折れる。いや握りつぶされた。本来であれば叫び声を上げ倒れ込むレベルのケガなのだが、男はうめき声一つあげない。乗っ取った男と乗っ取られた男の感覚は共有されていないのだろう。
男は、自分の右足首が握りつぶされた痛みは感じていなかったが、不意をつかれた驚きはあった。右足首を見るため、視線をアレン達から外したのだ。
それは、悪手中の悪手と言って良いだろう。アレンに敵対行為を取っておきながら、アレンから注意を逸らしたのだ。
そんな隙をアレンが見逃すことはない。
両者の距離は60メートル程だったが、アレンは凄まじいスピードで男に斬りかかる。男が視線を戻したときには、すでにアレンの剣は男の胸に突き刺さった。
アレンの剣は男の心臓を正確に貫いたのだ。




