呪珠③
「やられたか…」
移動途中に、アレンの口から舌打ちと共にそう発せられる。
アレンは闇姫の一体が消滅したことを把握しての言葉だった。敵がいると思われる場所とは異なる所での消滅のため、何かしら強力なアンデットがいた可能性がある。
「アレンさん、闇姫がやられた場所に行きましょう」
フィリシアが提案する。フィリシアの提案はアレンとフィリシアでその闇姫を斃したアンデットを斃すというものに他ならない。すでに闇姫は周囲に放たれているため、そのアンデットから各個撃破される可能性が高い。
「こちらも相手がどんなアンデットを召喚したのかを確認しておくべきです。それで、相手の力量の判断に役立てましょう」
フィリシアの言葉にアレンも頷く。
アンデットの召喚には、術者の力量が大きく作用する。自分よりも強力なアンデットは召喚できないし、もし、成功したとしても命令を聞くことはなく、それどころか術者を殺すために襲いかかってくることになる。
つまり召喚したアンデットを確認すれば、その術者の最低ラインがわかると言うことになる。
「よし!!フィリシアこっちだ」
アレンが闇姫の消滅した場所に走り出す。走りながらアレンは、四体の闇姫達に命を下し、周囲の掃討から直接、敵の排除に切り替える。
「フィリシア!!いたぞ!!」
アレンの視線の先に、一体のアンデットがいた。そのアンデットの名は死の隠者、リッチよりも強力な魔術を行使する、いわゆる上位種族として認知されているという、最高位に位置するアンデットの一つだ。この国営墓地においても滅多に発生しないようなアンデットである。
これを召喚したというのなら、敵の術士はほとんど反則レベルの力を持つ相手と言える。だが、一方で疑問も残る。なぜそこまでの力を持つような術士が、スケルトンごときを斃すのに10秒ほども時間がかかったのかという疑問だ。
だが、その疑問は後に回すことにする。死の隠者はアレン達であっても片手間に斃せるような相手ではない。
「フィリシア、二人でやるぞ!!」
「はい!!」
アレンとフィリシアは死の隠者に向け駆け出す。距離は約150メートル程だ。
死の隠者は普通のリッチと事なり、骸骨の顔をしていない。死の隠者の顔には薄皮が張り付いており、一応表情らしきものがあるのだ。ただ、アンデットであることは変わりないので、張り付いた薄皮には『生』というものを感じる事は出来ない。ひたすらおぞましい者なのだ。
その死の隠者がアレンとフィリシアを見て、ニヤリと嗤う。ひ弱な人間如きがという嘲りがその表情にあった。
死の隠者は詠唱に入る。アレン達と自分の距離は150メートル程、十分に魔術を放ち殺す事は出来るという余裕があったので、呑気に詠唱を始めたのだ。
アレンとフィリシアは死の隠者が詠唱を始めたのを確認するとスピードを上げる。というよりも先程までの走りはなんだったのか?というほどの急激なスピードアップだ。
アレンとフィリシアの詠唱前のスピードはせいぜい4割程度だったのだ。そのスピードを見て、死の隠者は十分、魔術の発動に間に合うと踏み、呑気に詠唱を始めたのだ。それを確認した段階でアレンとフィリシアは全力疾走を始め、一気に間合いを詰める。
アンデットには恐怖心はない。だが、死の隠者には知性があった。知性があるものは恐怖と無縁でいることは、ほぼ不可能だ。死の隠者も突然のアレン達のスピードアップに慌てる。このままのタイミングでは魔術の発動に間に合わず、アレン達の剣が先に自分に届くことは確実だった。
死の隠者が焦り、術の発動に必要な集中力が失われる。一度生じた焦りは、容易に立て直すことは出来ない。先程までの嘲りを含んだ嗤いは、戸惑いから恐怖に急速に変化する。
アレンの剣が一閃するのが目に入る。アレンが駆け抜け一瞬で視界からいなくなると、続けてフィリシアの突きが放たれるのを死の隠者は確かに目にする。
死の隠者の視界はゆっくりと変わっていく。まず地面が見え、自分の胸、夜空、女の腹、地面、自分の腰、夜空、女の膝と景色が次々と変わり、地面に落ちるのを感じた。
(儂は倒れたのか?すぐに立たねば)
死の隠者は手足を動かそうとしたが、それが出来ない。
(な…何故だ!!なぜ体が動かない!!なぜ声が出せない!!)
死の隠者は焦るが、どうも出来ない。やがて自分の意識が消えていくのを感じた。
(な…なに…が…起…きた)
死の隠者はアレンに首を刎ねられ、フィリシアに胸の核を貫かれていたのだ。あまりにも鋭く、速いアレンの剣の一閃が死の隠者に死を感じさせなかったのだ。
死の隠者は自分の身に何が起きたのか理解する前に意識を失ったために精神的な衝撃が少なかったのは幸いだったことだろう。
「油断するようなアホで良かったな」
アレンの呟きにフィリシアが頷く。
「ええ、こんな手にかかってくれて楽で良かったですね」
フィリシアの言葉は『にべもない』というべきものであった。死の隠者には知性がある。別の言い方をすれば個性があるのだ。そのため、罠にかかりやすい者もいれば、用心深い者もいる。今回の死の隠者は、前者だったわけだ。
「さて、相手の大体のレベルはわかったことだし、そろそろ決着をつけるとしよう」
「そうですね。不確定要素はありますが、直接会って答え合わせしましょう」
アレンとフィリシアは今までの得た情報を検証し、自分達の推測が正しいか、実物とどれほど違いがあるかを確かめるつもりだった。アレンにとってこの戦闘も、修練の一つと位置づけていたのだ。
アレンとフィリシアはゆっくりと歩き出す。
侵入者の魔術師と直に会うために…。
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「くっ…なんだこいつは!!」
男は突如現れた全身鎧に斧槍を掲げた騎士の戦闘に狼狽していた。
始まりは、スケルトンに襲われた事だった。たかだかスケルトンと思い、あっさりと自分の魔術で斃す事に成功する。その後、数回の襲撃も問題なく斃したのだが、一応念のために周囲に召喚術でスケルトンソードマンと鳴子として叫ぶ死霊をセットで配置した。
それからしばらくして、一体のスケルトンソードマンが斃されると叫ぶ死霊の叫び声が響き、敵の存在を知らせる。
男は、遠距離からデスナイトを召喚して、襲わせることで事が済むと思っていたのだが、それが間違いである事はすぐにわかった。送り込んだデスナイト6体はあっさりと消滅し、それどころか、周囲のスケルトンソードマン達が一斉にやられ始めたのだ。
かなりの手練れ、もしくは数と思った男は死の隠者を召喚し、敵を排除に向かわせることにしたのだった。死の隠者は敵の一体を葬り、男の期待に十分に答えてくれると思ったのだが、それからすぐに死の隠者の消滅を感じて男は狼狽える。
男はこの国営墓地の墓守のアインベルク家の事は勿論、知っていたが、尾ひれがついていると判断しており、この瘴気の満ちる国営墓地に侵入したのだ。
だが、死の隠者が斃されたことで、男はアインベルクの実力が凄まじく高い事をやっと悟ったのだ。
ようやく自分が窮地に立たされていることを知った男は、どう対応しようかと思案を巡らしているところに斧槍を掲げた鎧の騎士がやってきたわけだ。
鎧の騎士から放たれる凄まじい殺気は、男の心を砕きかけるが、砕けてしまえば即座に死が降り注ぐ事になる。
男はデスナイトを4体召喚し、鎧の騎士に対処させた。
四体ものデスナイトは少々、過剰な戦力かなと自分の用心深さに苦笑してしまう。だが、すぐにその苦笑は凍り付いてしまった。
鎧の騎士が振るう斧槍は、デスナイトを蹂躙し、あっさりと二体のデスナイトが消滅している。残りの二体も決して優勢ではないのは明らかである。
そこに、新手が現れたのだ。その新手は髪の長い美しい顔をした女性だった。だが、人間でないのは姿形から明らかである。背中に妖精の様な羽を生やし、体は瘴気で形成されていたのが明らかだったからだ。
もちろん、この新手はアレンが放った闇姫達であり、鎧の騎士は狂である。
新たな敵の登場に、内心、男はたじろいだが、逃げ出したりはしなかった。
闇姫達の攻撃が始まった。闇姫達は男に瘴気の塊をまとめて放つ。闇姫の数は4体、それぞれ思い思いに瘴気の塊を形成すると、容赦なく男に放った。男は防御魔術を展開し、闇姫達の攻撃をなんとか防ぐ。
威力といい、速度、連射といい、素晴らしい攻撃であった。もし自分の仲間であれば手放しで称賛しただろうが、その素晴らしい攻撃が自分に向かって放たれてるとなると、とても喜べない。
男は、闇姫達の攻撃を防ぐとすぐに右手に持つ拳大の珠に向かってなにやら呟くと、男を中心に魔法陣が展開された。
展開された魔法陣は直径5メートルほどのかなりの大きさであり、淡い青い光が美しく周囲を照らす。魔法陣の中から、アンデットが出てくる。みな死を連想させる恐ろしい容貌をしている騎士達だ。
召喚されたアンデットは死の聖騎士が3体、デスナイトが6体というかなりの大盤振る舞いだ。
死の聖騎士とデスナイト達はそれぞれ武器を構え、闇姫達を迎え撃つ。だが闇姫達は召喚されたアンデット達の間合いに入るようなことはせずに、一定の距離をとり、瘴気の塊を再び放った。
ドドドドドォォォン!!
すさまじい攻撃が男とアンデット達が襲う。巻き上げられた土煙がおさまったときに召喚されたデスナイト達が闇姫に向かって突っ込んだ。その動きを見て闇姫達は下がりながら、デスナイト達に再び攻撃を放つ。
「死の聖騎士共、お前らはあの騎士を斬れ!!」
男の命令に二体の死の聖騎士が動き出す。狂が残りのデスナイト2体を消滅させたための命令だった。残り一体の死の聖騎士を自分の側に置いたのは、自分の身に危険が押し寄せていることを悟っていたからだろう。
死の聖騎士が剣と盾を構え、狂に斬りかかる。狂は死の聖騎士の剣を自分の斧槍で受け止めると、雄叫びを上げる。
『ウォォォォォォッォォ!!』
狂の雄叫びは周囲の空気を振るわせる。狂は受けた剣を払いのけ、死の聖騎士に斬りかかる。その斧槍の一撃を、死の聖騎士の盾が受け止めると、そこからの斬撃の応酬が始まる。一対一なら狂に勝敗が上がっていただろう。
だが、これは二対一の戦いだ。少しずつ死の聖騎士側が優勢となっていく。
死の聖騎士の剣が、狂の足を切り裂く。バランスをくずす狂に二体の死の聖騎士の剣が降り注いだ。二本の剣が狂の頭と左肩に食い込み、狂の核を切り裂いた。
狂は苦悶の表情を浮かべ、塵となって消え去っていく。
「よし!!」
男は思わず声を上げる。命の危機が去ったことによる声色だ。
だが、決して去ってなかった…。
アレンとフィリシアが男の前に現れたからだ。
 




