呪珠①
戦闘はほとんどありません。本格的な戦闘は明日からですね
ローエンシア王国の王都フェルネルにある国営墓地には、アンデットが当たり前のように発生する。
原因は国営墓地に蔓延する瘴気だ。瘴気は人間の怒り、憎しみ、悲しみなどの負の感情が形となったものと一般には言われているが、ローエンシアの墓守であるアインベルク家ではそう思っていない。
もともと、悲しみ、憎しみ、怒りなどは人が生きていく上で必要不可欠なものであり、当たり前の感情だ。そこに正も負もないというというのが、アインベルク家の考え方であり、当代の当主であるアレンも心からそう思っている。
むしろ、瘴気は人間の感情のエネルギーの残滓、燃えかすであるとアレンは思っていた。
そう考えると命の残滓、燃えかすであるアンデットを生み出すのも当然という気がしてくる。
そして、その人間の感情の残滓、燃えかすを悪用し、人に仇なす術の一つに『呪術』がある。呪術を専門に扱う術士を呪術師と言ったりするが、それらは時々、国営墓地に入り込んでは、瘴気を集め、自分達の呪力を高めるのだ。
もちろん、見つければアインベルク家が容赦なく排除するのだが、呪術師達も異常な戦闘力を持つアインベルク家に正面から戦いを挑むようなことはせず、見つからないように瘴気をかすめ取るという行動に出ていた。
だが、時に呪力を高めた結果、堂々とアインベルクに挑んでくる者もいたのだ。
そして、それは人とは限らない…
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アレンは、フィリシアを伴って国営墓地の見回りに出かける。
今夜は、フィアーネは実家の方で夜会に出席しなければならないとの事で欠席、レミアは先日の魔将討伐の祝宴に参加のために欠席となっていた。そのため、今夜はアレンとフィリシアの二人での見回りになった。
「さて、いくか」
「はい」
アレンが墓地の門を開けて中に入る。その後にフィリシアが続いた。
いつもの如く、アンデットが現れる。スケルトンソードマン、スケルトンウォリアーが2体ずつの計4体だ。
アレンとフィリシアは剣を抜き、いつものようにアンデットを駆逐する。
アンデット達はアレン達に築くのが一瞬遅れた。が、アレン達にはその一瞬で十分すぎたのだ。アレンの上段から振り下ろした斬撃にスケルトンソードマンはまったく反応できずに、頭からまともに受ける。
頭上から真っ二つに切り裂かれたスケルトンソードマンは核も一緒に切り裂かれたことでガラガラと崩れ去る。もう一体のスケルトンソードマンを左鎖骨の位置から袈裟斬りし、核ごと切り裂き消滅させる。アレンが二体のスケルトンソードマンを切り裂いたときにはフィリシアもスケルトンウォリアー2体の核を切り裂き、ガラガラと崩れる様がアレンの視界に入る。
いつもの見回りの始まりだった。
「どうやら、俺達以外にだれかいるみたいだな」
ふいにアレンがフィリシアに話しかける。フィリシアも静かに頷くところを見ると、気付いているらしい。
「なんでしょうね?この気配?」
フィリシアの言葉にアレンも首を傾げる。確かに生者の気配とは別にもう一つ何かの気配がする。
「う~ん…用心しとくか…」
アレンはそういうと死霊術によるアンデット召喚を行う。召喚したアンデットは『スケルトン』、よく知られる最下級アンデットだ。アレンはこのスケルトンの召喚を多用する。これだけ瘴気の濃い国営墓地なら軽く見積もって1000は召喚できる。だが、ここで、それだけの数は当然いらない。アレンが召喚した数は15体、アレンならなんら戦闘に支障は無い。
アレンはアンデットを三体ずつ5チームにわけ、方々に放つ。いわゆる偵察だ。アレンが召喚したアンデット達は消滅した場合に、アレンにはそれを感じ取ることが出来るため、アレンはよく鉱山のカナリアのような使い方をするのだ。
アレンの命令を受けたアンデット達は方々に散っていく。
「アレンさん…」
「どうした、フィリシア?」
「魔族でしょうか?」
「いや、この気配は魔族じゃないな。人間ともう一つはなんだろう?」
アレンもフィリシアも不思議だった。確かに人間の気配はする。これは間違いない。だが、それとは別に人間以外の気配も確かに感じるのだ。だが、それが生物の感じがしない。かといってアンデットとも違う。
何とも、奇妙な感じだったのだ。
アレンとフィリシアは動かずにカナリアとして使ったアンデットからの情報を待つことにする。
といっても、アンデットが見聞きしたことをアレンが受信するわけではない。アンデットが戦闘に入りやられるまでの時間から敵の大体の強さを割り出すのに使うだけだった。一体では戦闘開始の始まりが分かれないために複数のアンデットをどのくらいで倒すかを図るのだ。
「アレンさん、どうですか?」
「うん、一つのチームが壊滅した。一体目がやられて残り二体がやられるまで十二秒だった」
「十二秒ですか…」
「ああ、次のチームは…」
アレンが言葉を止める。数を数えているため、フィリシアも静かにしておく。
「十四秒」
「十四秒…ですか」
「次は………十二秒」
「アレンさんということは、大体相手はスケルトン三体なら十二~五秒で倒すというわけですね」
「ああ、フィリシアのいう通り、時間だけ見ると弱くはないが強くもないといったところだな」
「でも、アンデット達を魔術で倒してますね」
「ああ、術の気配がしたな」
「ということは、侵入者は魔術師か、もしくは魔術の素養のある相手ということですね」
アレン達は、得た情報から相手を探る事を決して怠らない。敗北は死を意味するアレンたちにとって情報というのは重要な武器だ。その武器を使わないのはアレンたちにとって暴挙に等しいのだ。もちろん、調べすぎることで思い込みという危険性もあるが、調べようとしないことに比べれば遥かに危険が少ない。
「さて、これ以上はアンデットじゃ分からないから、直接出向くとしよう」
「はい」
アレンの言葉にフィリシアは静かに、だがはっきりと答える。
「フィリシア、俺が話して、俺に意識を向けるから、隙を見つけたら攻撃してほしい」
アレンとフィリシアは歩きながら基本的な作戦を立てている。フィリシアはアレンの提案にまたも、はっきりと答える。
「任せてください」
アレン達と侵入者の魔術師 (と思われる)との戦いはすでに始まっている。そして、アレン達がすでに数歩、先んじていることを相手は知らない。