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魔将⑤

読んでくれてありがとうございます。

 ゴブリンとオーガのリーダーをレミアが討ち取ったことで、失われた秩序は、なかなか回復しなかった。


 いまにして思えば、もっと数を減らしておくべきだったかとレミアは反省した。だが、戦い詰めであったため、わずかだがレミアの息が上がり始めていたのも事実である。思わぬ不覚を取る可能性がある以上、無理は禁物とレミアは自分を戒める。


 一方で、冒険者側の前衛に治癒魔術による治療が施され、かなりの数の前衛が戦列に復帰することができたが、それでも50名弱である。30名ほどの冒険者は先程の戦いで命を落としていたのである。

 もしレミアがいなければ、もっと被害は甚大だったことだろう。一兵卒として戦闘に参加したレミアであったが、絶大な戦闘力でなんとか戦線を維持に貢献していた。


(少しでも長く休ませてくれると良いんだけど…)


 レミアがそう考えていると、シアが声をかけてくる。


「レミア、あなたってミスリルなの?」


 シアの問いにレミアは苦笑して答える。周囲の冒険者達もレミアに声をかけようとしているのだが、きっかけが掴めないのだろう。聞き耳を立てているのが雰囲気でわかる。


「いいえ、私はブロンズよ」

(まぁ、冒険者としてまったく活動してないから上がりようがないんだけどね)


 レミアの返答にシアが目を見開く、いやシアだけでなく周囲の冒険者達も同じ表情だ。


「信じられない。あんなに強いのに…」

「ウソだろ…俺達と同じブロンズなのか」


 シアとジェドが呆然としながら口にした言葉は周囲の冒険者の心情を代弁したものであることは間違いないだろう。


「私、いつもは国営墓地の見回りをしてるの」


 国営墓地という単語が出た事で、周囲の冒険者の中に今までとは違ったざわめきがおこる。国営墓地の見回りと言えばアインベルクの関係者以外にありえない。


「通りで…」

「墓地の管理人かよ…強いわけだ」

「アインベルクの関係者か、弱いわけないよな」

「なんか…妙に納得した」


 周囲の冒険者から呟かれる言葉は、アインベルクに関する忌避感は感じられない。『納得』という感情が言葉となって紡ぎ出されていた。

 ただ、シアとジェドは『国営墓地の見回り』と聞いてもピンとこなかったらしい。


「レミア、墓地の見回りって何の事?」

「あのね、国営墓地には基本アンデットがでるのよ。そこで、見回りをすれば自然とアンデット達との戦闘を重ねるというわけよ」

「つまり毎晩、実戦をしているというわけか…」


 シアとジェドが一応納得してくれたようだった。


「それより…シアとジェドは知ってるの?」

「何を?」

「魔将の種族名」

「いや…知らない」

「私も知らない」

「やっぱりか、周囲の人達も魔将の種族を誰も言ってないから、もしかしてと思ったけどやっぱりそうなのね」


 今回の討伐対象の魔将は他国で発生した者だ。加えて、この魔将の一群は様々な種族が入り交じっている以上、どれが元々の魔将の群れかどうかはわからないのだ。


(困ったな…種族名がわかればそいつらをピンポイントで殺れるのに…)


 レミアが物騒な事を考えていると、夜が明け始める。東の空が明るくなり始めているのだ。


 それに伴い、魔将達の陣営も戦いの用意が調い始めたようだ。リーダーを失った混乱が収束していく。新しいリーダーが立ったのだろう。


「シア、ジェド、そろそろ始まるみたいよ」


 レミアの声を聞いたシア、ジェドだけでなく周囲の冒険者達も緊張の度合いを高める。


(夕方ぐらいまで耐えられれば…)


 魔将の一群の中から一匹の魔物が進んでくる。歩いてくるではない進んでくると表現されたのは、進み出る魔物は上半身が人間の妙齢の女性であったのだが、下半身は蛇という異形の姿だったのだ。

 その魔物はナーガと呼ばれる魔物で、高い知能、魔力を持ち、種族的に残忍な性格をしているものが多かった。


 その姿を見た冒険者達から動揺の声が上がる。


「ナーガだ…」

「ウソだろ…ナーガだ」

「おい、見ろよ。まだいるぜ」


 前に出てきたナーガの後ろには10匹ほどのナーガがいる。みな妙齢の女性の上半身である。


「聞けぇ!!人間共!!」


 ナーガの声が戦場に響き渡る。


「我が名はナシュリス!!魔将エルテン様に仕えし者よ!!」


 冒険者達はナシュリスと名乗るナーガの演説に耳を傾ける。約100メートルほどの距離でナシュリスは冒険者達に呼びかける。


「貴様らはよく戦った!!だが、彼我の戦力差は大きいのも事実!!降伏すれば命は助けよう!!」


 降伏という言葉に冒険者達は一縷の望みを見いだす。特にケガの重い者を抱えるチームはその傾向が強い。


「ただし!!先程、我らに乗り込み、蛮勇をふるった双剣の女の命と引き替えだ!!」


 ナシュリスの言葉に冒険者達は黙ってレミアを見る。そこには打算的なものが見え隠れする者と怒りに震える者が混在する。


 レミアはなかなか上手い手だと感心する。心の弱った冒険者達に助かる希望を与え、冒険者達の内紛を誘うという相手の策は悪い手ではない。そう思うとレミアは自然と笑みがこぼれる。


「レミア!!あんな奴の言葉気にすることはないわ」

「そうだ!!レミア、お前が犠牲になる必要はない」


 シアとジェドはレミアの笑みを自己犠牲のものと思ったのだった。だがそれが違うと言うことは次の瞬間にわかる。


「さぁ!!返答や…ぎゃあああああ!!」


 ナシュリスは最後まで言葉を発することが出来ない。最後は自身の叫び声によって中断させられたからだ。


 理由は、レミアが回収した槍を投擲し、ナシュリスの腹に突き刺さったからだ。よほどの勢いだったのだろう。レミアの投擲した槍はナシュリスの体を貫き、背後の地面に突き刺さっている。


「がはっ…げはっ」


 ナシュリスに攻撃をしたレミアは軽い足取りでナシュリスに向かう。戦場にいる者すべてが動くことが出来ない。この場にいる者、全員がレミアに注目している。まっすぐにナシュリスに歩いて行くレミアの顔は冒険者達には見えない。だが、魔物達はレミアが冷たい笑みを浮かべているのを凝視する。


 腹を貫かれたナシュリスは、憎々しげにレミアを睨みつける。その視線を感じた瞬間、レミアの剣が振るわれる。


「ぎゃあああああああああああああ!!」


 再びナシュリスの絶叫が響き渡る。レミアの剣はナシュリスの双眸を切り裂いたのだ。そして再び、レミアは剣を振るい、今度はナシュリスの両腕を切断する。


「ぎゃあああああああ!!」


 両腕を切断されたことで、ナシュリスは痛む両目を押さえることが出来ない。また、両腕の切断は痛みに耐えるため握りしめるという行為を奪った。


「調子にのるからこんな目に合うのよ」


 レミアの声は限りなく冷たい。そこに一切の慈悲はなかった。ナシュリスは死の恐怖を身近に感じ、ガタガタと震え始める。


「人間ならすぐに死ねるのに残念ね」


 レミアの言葉がナシュリスの心を折る。とんでもない奴に手を出したという思いがこの段階でナシュリスの心に満ちていく。


「そこのナーガ達!!」


 レミアに声をかけられたナーガ達はビクッと体を震わせる。


「私は今から、このナーガを切り刻んで殺す!!お前達の大事な仲間だ、助けなくて良いのか!?」


 レミアの宣言に敵味方の誰もが声をのむ。


「もっとも…助けに動けば来ればそいつから殺してやる」


 レミアの宣言が脅しでない事はレミアから発せられる凄まじい殺気からわかっていた。いや、本能が告げていたのだ。

 動けば殺されると…


「さて…始めましょうか、先程以上の苦痛に満ちた叫び声を上げてね」


 レミアの言葉にナシュリスは命乞いをしようと口を開く。それを制したのはレミアの言葉だった。


「誰も動かないわよ?どうやらあなたの命より、あなたの苦痛よりも自分の命の方が大事なようね? あなたは私の命を捧げることでみなの命を救うと言ったわね。いわゆる自己犠牲を私に強制しようとしたわけでしょう? そんなあなたは当然、自己犠牲の精神が旺盛な方と思うわ。当然、あなたの口から出る言葉は『みんな動くな』よね? 動けば私は絶対にそいつらを殺すのだからね。あなたはそいつらのためにも『動くな』と命じるべきよ。ねぇ自己犠牲旺盛なナシュリスさん?」


 レミアの言葉にナシュリスは何も言えない。ひたすらレミアが恐ろしかったのだ。


 レミアはナシュリスに十分に恐怖を与えたことを確認すると、ナシュリスに問いかける。


「ナシュリス…助かりたい?」


 レミアの思わぬ提案にナシュリスは頷く。


「そう…なら魔将を殺しなさい。あなたの部下をあいつらにけしかけなさい」

「でも…」


 苦痛に呻きながら、レミアの言葉にナシュリスは言い淀む。


「言っとくけど、あなた達では私を殺せないことはわかってるんじゃないの? だから冒険者達に私を殺させようとしたんでしょう?」


 レミアの言うことは半分は当たりだ。魔将達はレミアを最終的に殺す事は可能と思っていた。だが、戦力の半分以上が失われる可能性を考慮した結果の先程の策だったのだ。


 ナシュリスは自分が生き残る最善の一手を模索している。


「…わかった」


 ナシュリスは自分が一番生き残る可能性にかけることにする。それはレミアに従うことだった。後の事はわからないが、今、レミアの機嫌を損なえば確実に殺されるのだ。どんなに魔将に敵対して生き残る可能性が少ないと言ってもゼロではなかった。ゼロでない以上、そちらにかけるしかナシュリスには道がなかったのだ。


『我が一族達よ…。盟約は…成った。この…御方に…従え』


 小さな声、だが、飛ばされた思念はナーガ達の頭に直接届く。

 レミアはちらりとナーガ達を見る。みな驚いた表情をしている事から、思念を受信していることをレミアは察する。


「駄目ね…ナシュリス、あなたの一族は動かないわ。あなたは用済みね」


 すさまじい殺気をナシュリスは感じる。


「お前達!!!早く、殺される!!!!」


 苦痛を乗り越え、ナシュリスは叫ぶ。ナーガ達はその声を受けて、ついに決心する。ナーガ達はそれぞれ詠唱を開始し、魔術を魔将達に向けて放つ。


 火球ファイヤーボール雷撃ライトニング爆発エクスプロージョン魔矢マジックアロー火矢ファイヤーアローなどの魔法が一斉に放たれる。


 凍り付いていた魔物達はナーガ達の攻撃に対処できない。まともに攻撃魔法を受けた事により吹き飛ばされた。




 冒険者と魔将の第三戦目は、ナーガ達の裏切りにより始まったのだ。


 次回で魔将編は終了と考えています。

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